もしも柚鳥ナツが黒服の実験体だったらの話   作:GGenbuu

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【3】

-宇沢レイサ視点-

 

「うーん・・・少し奮発しすぎちゃったですかね・・・これだと、寧ろ気を使わせてしまうかも・・・」

 

その日、私はあるスイーツの名店に行き、美味しいと評判のやや高いケーキを買っていた。実は、放課後スイーツ部のアイリさんから、ナツさんが明日誕生日だということを聞いたのだ。

 

少なくとも、前に私が来た時に『杏山カズサの友達』ではなく、『私たちの友達』と言ってくれていたのを覚えている。それが何気なく嬉しかったからこそ、せっかくなので彼女に何かをあげたいと思っていたのだ。

 

とはいえ、張り切ってやや高いものを買ってしまい、これはこれで受け取る側が受け取りづらいのでは、なんて勘ぐってしまう。因みにサイフはカツカツになった。

 

「私とナツさんって、まだそこまでの関係じゃないですかね・・・む、難しいですね・・・」

そうして、買ったばかりのケーキを片手に、もやもやした感情を抱いていた時だった。

 

 

河川敷の近くを通っていた私は、向こう側で誰かが立ち尽くしているのが見えた。邪魔にならないように避けようとして──相手の顔を見て、足が止まった。

 

 

「──ナツ、さん?」

 

 

いつもとはまるっきり違う服装で──ナツさんが、呆然と遠くを見つめていたのだ。

「ど、どうしたんですか、こんなところで・・・」

そう私が声をかけた所で、向こうもこちらに気づいたようだった。ハッとこちらを振り向き、突然の知り合いの訪れに慄いたようだった。

 

「宇沢──レイサ──」

 

よく見ると、彼女の目の色が、それぞれ違う色になっていた。そしてその目元には、涙の通った筋が薄っすらと見え、赤く腫れた跡が刻まれていた。ここまでなるということは、私が来るまでに相当泣いていたに違いない。

枯れたばかりの涙が再び目元に溢れだそうとしているのを、堪えようと必死になっているのが伺えた。

 

「・・・何が、あったんですか?私で良ければ、お話を・・・」

そう言って、安心させようと少し歩を進める。するとナツさんは、それから逃れるように後ろに数歩後退する。明らかに、彼女は動揺していた。

 

 

「──レイサ。私に、近づいちゃいけない。どうか、私を放っておいて」

 

 

その言葉には元気も自信もなく、まるで今にも消えてしまいそうな灯のようだった。

 

「もうすぐ、夜がやってくる。君のように優しくて良い子は、大事な人のためにも家に帰るべきだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

自警団として様々な人を助けようと活動してきた私には、その声を聞いて勘づいたことがあった。

今のこの人は──放っておくことなどできないほどに、心身共に疲弊している。このままにしておくと、どうなってしまうか分からないと。

 

 

「──貴方が何を思って、そのようになってしまったかは分かりません。どんな事情があったか、分かってあげることはできないかもしれません。だけど──」

 

 

そして、徐々に歩幅の速度を上げ、一気に近づいて彼女の手を取った。その勢いに反応できなかったのか、ナツさんは狼狽えて目をそらそうとした。その目をしっかりと見つめ、私は優しく、しかし力強く声を出す。

 

 

「少なくとも、今、ナツさんは一人になってはいけません!ちゃんと、話せる人に事情を話すべきです!」

 

 

「・・・もう、話した後なんだ。大事なみんなには、もう」

「・・・杏山カズサ達にですか」

「うん。だから、今の私には話せる人はいない」

「──私じゃ、駄目ですか。貴方が『友達』と言ってくれた、私では」

「話しても、きっと君には分からないよ」

「分からなくとも、話すだけで変わる何かはあるかもしれません──」

 

 

「──君に何が分かるんだ!!!」

 

 

「!!!」

荒んだ声をあげ、ナツさんは強引に私の手を振り払った。

 

「もう、取り返しのつかないところまで来てしまったんだ。君にも、私は救えない。それほどまでに──私の手は汚れてしまった」

そして、盾と銃を手に取ったナツさんは、私を強引に止めようと身構えた。

「だから、もう関わらないで。君のことを『友達』と思うから──君を巻き込みたくないんだ」

 

 

──あぁ。私にとって、それは嬉しくて、優しくて──だけど、なんて悲痛で哀しい言葉なんだろう。こんな言葉を話すほどに、彼女は追いつめられていたとは。

ふと、自分のことを思い出す。そういえば、友達が上手くできなくて、一人で何もかも抱え込んでしまいそうになったことが、あった気がする。そうした時、大抵は自分の素直な気持ちに、正直になれなかったことが要因だったと今は思う。

 

彼女にも、もしかしたらそんな要因が絡んでいるかもしれない。それなら──私にできるのは──

 

「──ごめんなさい、ナツさん。貴方の優しさは、確かに嬉しいです。

 

ですが──生憎、みんなのヒーローは、巻き込んで巻き込まれてを繰り返してきた、お節介な存在です」

 

 

「星の輝きは、皆平等にあるんです。

私は、トリニティのスーパースター──宇沢レイサ!

あなたを包むその暗闇に──

 

 

星の灯りを、今一度見せないといけません!」

 

 

「──無理だよ、レイサ。どんな星の灯りも、街のライトや暗雲に遮られる。君の光じゃ、私の奥底にある闇は晴らせないよ──」

「ならば──私ではない誰かにつなぐために、貴方から話を聞き出すために。そのために、貴方に私は挑みます。さぁ、行きますよナツさん────」

 

 

「これが、私からナツさんへの『挑戦状』ですッ!!!」

 

 

そう発すると同時に──私はショットガンを片手に、がけっぷちの『友達』の手を掴もうと駆け出した。

汚れてしまったという、今にも水底に沈みそうなその手を、躊躇することなく引き上げる為に。

 

 

それが──私と彼女の開戦の合図だった。

 

 

 

 

 

 

-小鳥遊ホシノ視点-

 

『──襲撃にあった?』

「うん。幸い、けがはなかったけど──その襲撃者について話したくてね」

 

アビドス高等学校の、教室の中にて。

放課後、後輩たちが帰宅した中、私は件のゲマトリアの少女について、先生に情報共有していた。

 

「見た感じ、どこかの生徒っぽくてさ。その子自身が、自分をゲマトリアの『朱羽』と名乗っていたんだけど、先生は心当たりがあるかい?」

「うーん・・・ゲマトリアの『朱羽』か・・・残念だけど、心当たりがないなぁ。姿の特徴とか無かったかい?」

「そうだねぇ・・・口調は比較的穏やかで、髪色はピンクで、一見はおっとりとした印象を受けたよ」

「なんかホシノみたいだね…という冗談はさておき。他にはどうだい?」

「…あぁ、執事服みたいな格好をしてたような気がするよ」

「執事服・・・私の知っている生徒だと、メイド服の子はいるけれど・・・」

「ミレニアムのC&Cとかかな?でも、ミレニアムの生徒っぽくは見えなかったし。あとは──」

 

そこで、あまり思い出したくない男の姿を脳裏に浮かべ、思わず顔をしかめる。

「・・・黒服に似ている雰囲気を感じたよ。敬語じゃないけど、丁寧かつ含みのあるような話し方」

「黒服にかい?・・・しかし、過去に会ったときには、そういった子はいなかったと思う」

「そうなると、余り絞れなくなる、と。ん~~・・・困ったねぇ」

 

そうして、半ば疲れ気味の脳を休めるように、教室にある仮眠用のスペースにゴロンとする。

どうやら、先生にもなるべく会わないようにしていたのだろうか。

 

 

「ピンク色の髪、おっとりとした印象、丁寧かつ含みのある言葉使い──いや、まさか──」

 

 

そこで、先生の方に何か動きがあった。

「ん?先生、心当たりでもあるの?」

「あくまで仮定にすぎないけれど──ホシノ、彼女のヘイローの形は?」

「ヘイロー?・・・丸の中に、照準のようなマークがあったかなぁ。でも、該当する子は結構多い気がするけど」

「含みのある話し方って言ってたけど、比喩みたいな表現を使ってなかった?」

「・・・使ってた気がするねぇ」

 

 

「牛乳パックとか、持ってなかった?」

 

 

「──ん?牛乳パック?」

突然、脈絡のないワードに困惑したが、先生はそのまま続けていった。

「或いは、それと似たようなものを飲んでたりしてたとか」

「────うん。飲んでたよ、先生。小瓶に、白い液体の入ったものを持ってた」

それを聞いた先生は、少し沈黙した後に、深くため息をついた。

 

「──もしかしたら、彼女かも知れない」

 

すると、スマートフォンで先生は、行きついた答えと思わしき子の写真を、モモトークで送ってくれた。

「この子かい?」

 

その写真を見た私は──少しだけ、目を細める。さすが、ありとあらゆる学校の生徒と関わりを持つ人だ。生徒の情報や姿、特徴に精通している。

 

「・・・違うところはあるけれど。目の色とかは、彼女はオッドアイだったから。でもそれ以外は──全く同じだよ」

 

「・・・その子の名前は、『柚鳥ナツ』。トリニティの、放課後スイーツ部にいる生徒だ」

「ナツちゃんか。先生は、この子かなって思うんだ?」

「聞いた限りではね。…正直、ほとんど関りが無さそうな子だから、私も思い当たるまで時間がかかった。でも、私はナツが自分から悪い事をする子じゃないって信じてる。もし彼女なら──何か事情があるはずだ』

「そっか・・・まぁでも、できれば人違いであってほしいけどねぇ──」

 

そう、私が呟いた時だった。

 

「ごめんホシノ──電話が来た」

「電話?」

「あぁ──彼女とも関りのある子だ」

 

その電話に先生は出たかと思うと、再び私に電話をかけてきた。先生から話を聞いた数秒後には──私は、アビドス高校の教室

から姿を消すことになる。

 

「全く──自分を見てるようで、ヒヤヒヤするよぉ」

 

 

 

 

 

 

-杏山カズサ視点-

 

「ねぇ、カズサ──私たち、これからどうしよう」

「・・・私にも、分かんないよ。アイリも──多分そうだよね」

「・・・うん」

 

一先ず、その施設を後にした私たちは、一人欠けた部室の中で、何をしようともするわけでなく塞ぎこんでしまっていた。

これから、ナツのいなくなったこの部で、一体どうしようというのだろう。元より、お菓子に関して人一倍興味と関心を持っていた彼女が居なくなった今となっては、何も喉を通ろうとしない。

このまま、行先もなく空中分解してしまいそうな──そんな空気だった。

 

その空気を切り裂いたのは──たった一本の着信だった。

 

「わっ!?で、電話!?」

「い、一体誰から・・・」

 

電話の差出人を見て、私たちの空気は──更に一変した。

「・・・レイサちゃん・・・?」

「なんでこんな時に──普段、レイサってあまり電話をかけてこないわよね・・・?」

「・・・もしかして」

 

まさかと思い、私は古くからの腐れ縁ともいえる友人の電話を取る。スピーカー状態にし、全員に聞こえるようにする。

「もしもし。宇沢?」

 

「・・・ハァ・・・ハァ・・・やっと、繋がりましたか」

「あんた──」

「会いましたよ、ナツさんと。──事情は聞いております」

「・・・そっか」

 

予想した通りだった。向こうから聞こえる声は、随分と呼吸が荒々しい。まるで、誰かと果てしない一戦を繰り広げてきたような。

「…ナツと、戦ったの?」

「えぇ。残念ながら、通してしまいましたが。ですが──思いの丈と、いくつかの真実には行き着けました」

「……聞いてもいい?」

「勿論。元よりそのつもりでした。

 

まず──ナツさんは、日常が壊れてしまった事を酷く悔やんでいました。見られたくない自分を見られてしまった事で、今の自分を形作るものを全て失った──それが、今のナツさんの認識でした」

 

「…私たちが、あれを目撃したから…」

 

「皆さんが見たらしい、隔離された施設にいたのは──ナツさん曰く、『与えられた仕事によって自分が勝手に生かしている存在』だそうで。詰まるところ──ゲマトリアとかいうよく分かんない人たちの仕事をこなして、日々の生活費と彼らの治療費を得ていたそうです」

「ナツさんにとって、それは何物にも代え難いほどに大事なようで。でも、その仕事はあまり良くないものが主だったんでしょう。皆さんに黙ってし続けることが、本当に辛かったみたいでした」

「………」

 

 

「ですが──確かに、凄まじい程の渇望と執念、そして罪悪感の奥に。私、別のものを見たんです。ナツさんはよく、『ロマン』というワードを口にしている人だったんですけど──その執念と同じくらい、もしくはそれ以上に大事にしようとしているものが」

 

 

「えっと…それは、レイサちゃん?」

「…アイリさんもいるってことは、みなさんそちらにいるということですかね?」

「…そうね。私もいる」

「ならば、話が早いですね。ナツさんが大事にしているもう一つのもの。それは、多分──

 

 

『友達』ですよ」

 

 

「…!」

「戦ってる中で、ナツさんは最初から自分がロマンを持っていたわけでは無さそうな事を口にしていました。まるで──日々の生活の中で、誰かから沢山のロマンを貰ったと言わんばかりに」

「そしてそれが一番できそうなのは──杏山カズサ。もう、分かりますよね?」

 

「…私、たち?」

 

「他に誰がいると思いますか。一番ナツさんの近くにいたのは皆さんです。もしかして、ショックのあまり、忘れてしまったんじゃないですか?」

「…うるさい。近くにいたからこそ──それを信じられないんだ。信じたく、ないんだ──」

 

 

「…それが、『友達』でしょうか?」

 

 

「………」

「確かに、皆さんと比べれば、私とナツさんの関係は希薄なものです。正直、深い関係とは言えないかもしれません。でも、私を『友達』と呼んでくれたナツさんを、私は信じています。信じてるからこそ、正面からぶつかった。受け止められるものは、受け止めました。

その奥底から出してくれた本音を今──皆さんに伝えているんです」

 

 

「それを──ましてや最も深い関係だった皆さんが、受け止めずにどうするんですか。信じてあげないでどうするんですか」

 

 

「「「…!」」」

「ナツさんを、信じてあげてください。何があろうと、何を言おうと。泣いている友達がいたら──手を差し伸べて、話を聞く」

 

 

「裏切られても、打ちのめされても──最後まで信じて、助ける為に駆けつける。それが、『友達』でしょう!?」

 

 

「───私は」

「さぁ、立ち上がってください。時間が経つほど、人と人は離れていってしまいます。まだ手を掴みたいと思うのなら──くよくよしてる時間は、ありませんよ?」

 

 

「「「────」」」

夢にも思わなかった。まさか、私たちが分かりきっていると思いこんでいた事を──すっかり忘れてしまっていた時に、彼女──宇沢レイサから改めて教えられ、思い出させられるとは。

 

「…はは。全く──あんたには敵わないよ、宇沢」

「そういう敗北宣言は、私は認めませんからね。ちゃんと、私と勝負して決めるものですから!」

「さぁ、どうしますか!助けるのですか、助けないのですか!?大事な友達の危機を救えるのは、あなたたちだけですよ!」

 

 

「──私は、行きたい」

 

 

隣でさっきまで、一番泣いていたアイリが──真っ先に立ち上がった。

「───アイリ」

「ううん、行く。行かないといけないと思う。だって──この場所をこの放課後スイーツ部を最初に作ったのは、私だから。独りぼっちで戦ってたナツちゃんに、大事なものを、場所をあげられていたなら──私は、それを守りたい。その世界に、ナツちゃんも居ていいんだよって、私は言いたいの」

 

「だから──私は行きたい」

 

「アイリ…」

隣で、目元を拭ってきっと前を向いたアイリは、その時の私から見た時、どれだけ勇敢で心強かっただろう。改めて、この部を作ったのは、いつも優しくて穏やかな、だけどここ一番の行動力がピカイチなアイリだった事を思い出す。

 

「…私も。元はと言えば、私が言い出したことがきっかけで、こんな風になっちゃったから……正直、ナツにとって本当に嫌だった事をしちゃったことは、後悔してる。次に会ったら…謝らないといけない」

「ヨシミちゃん…」

 

「でも──それはそれとして、よ」

 

そこでヨシミも、すっくと立ち上がる。その目には後悔とは別に、どこか不満げなものがあった。

 

「こんな大事な事隠してたんだったら、せめて私たちに話して欲しかったって怒りたいのが本音。そりゃ、話すのは関係が壊れるかもって、怖いかもしれないけど…もっと信頼してくれたって、私は特に気にしないのに…」

 

「…そうだね。私も同じ──というか、前に自分がそうだったから、気持ちは分かるけどね」

「あぁ、キャスパリーグの件のこと…」

「あまり思い出したくはないけど…あの時、自分が知られたくない事を知られて、今の私の世界が壊れる事が、怖かったんだと思う…多分」

 

「でも、私の不安なんか大したことないって言うみたいに、『放課後スイーツ団』なんて結成して。その中にはナツもいてさ──あの時は、正直かなりムカついたけど、でもそれに救われたような自分もいた」

「そういえば、アイリがバンドをやっていて途中でいなくなった時も──アイリの為に、セムラを奪おうって言い出したのはナツだったわね…」

 

「…自分にとって、何に代えても失いたくないものを投げ打つことになるとしても──ナツちゃんは、私たちのために動いてくれてたんだ。ずっと、ずっと」

 

「…どうやら、私の立てた推測は、あながち間違いではなかったようですね」

電話越しに、レイサがホッとしたように息を撫で下ろした声が聞こえた。そのレイサに、私は声をかけた。

「…うん。ありがと、宇沢。あんたのおかげで──大事なことを思い出したよ」

 

 

「ナツのいない放課後スイーツ部なんて、私たちはいらない。

ナツがいなくなるなら、それはこの部が解散する時って決まってる。

 

…行こう、アイリ、ヨシミ。ナツを取り戻しに。

ナツもいる、私たち全員の──

 

『放課後スイーツ部』である為に」

 

 

「…うん!」

「えぇ!」

 

 

「──方針は、決まった様ですね!なら、先んじて先生と話しておいた、私からもう一つ!」

「え、先生も知っちゃってるのこの件…?」

「何でも、小鳥遊ホシノさんって方と、ナツさんのことで話していたそうですよ?それで何ですけど──」

そうして、宇沢レイサからある住所が送られる。

 

「──恐らく、ナツさんはここにいるだろうと」

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