もしも柚鳥ナツが黒服の実験体だったらの話   作:GGenbuu

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【4】

-柚鳥ナツ視点-

 

トリニティ内、とある廃墟の中。

かつて一度訪れたその場所に、私は再度足を踏み入れていた。

 

「…………」

今はもう亡き、廃れた店の風景。積みおかれた、駄菓子の箱の山。

前に一度、シャーレの先生と一緒に中に入ったことのある場所だった。

 

「──何で、ここに来たんだろうね」

 

思えば、不思議だった。

過去の失った記憶の執着か、私はこれでもかというほどにトリニティの生活に憧れていた。

貧困に喘ぐこともなく、必要な環境は全て備えられている。人間関係の派閥や諍いはあれど、一先ず食べたり飲んだりに困らないっていうのは当然だ。

一言で言えば、「何一つ不自由のない暮らし」──それを、過去の私はどれだけ追い求めていたというのか。

あの実験に参加するほどという事は、よほど追い詰められていたのだろう。

 

だとすると──ここにいるのは変だ。

何故なら──目の前にあるのは、非常に安価で質も良いとは言えない、トリニティで売られてる高価なお菓子に比べれば求めてる層は少ない筈の駄菓子たちなのだ。

 

「…それだけ、私の中で『ロマン』が強くなっていたのかな」

 

あの時。先生と一緒に、この駄菓子たちを見つけた時。初めて見るものばかりでありながら、異様な懐かしさを覚えた時。

私は、ずっと鍵をかけられていた宝物庫から、無くした宝物を見つけたような、そんな気分になっていた。執着だけなら、見向きもしなくなっていた筈のそのお菓子達に、私は躊躇なく飛びついていたのだ。

 

「…ッ…」

既に動かないレジスターの前に、少量のお金を置く。

置かれた箱を一つずつ見ていき、割と新しく置かれたであろう箱を見つける。その中に入っていた、小さなスナック菓子を一つ取る。置かれた駄菓子の中で、一番安くて買いやすい物だった。

恐らく、この場所を知っているのは、自分だけではないのかもしれない。同じように、ここをなるべく知られない状態で、受け継ごうとしていた人がいたのだろう。

それを一つ貰うことに罪悪感を覚えつつも──その袋の端を裂き──私は、一口頬張った。

 

「……何で……」

 

それは、本当にシンプルで、しけてしまった味で。

大量生産する為に、ありとあらゆる原材料を削ぎ落としてできた物なのに。

 

その味が──あまりにも懐かしくて、親しみやすくて。

忘れきっていた大事な事を引き摺り出してしまう様な。

 

そんな味に──また、目の前が滲んでいく。

 

 

「ッ……どうして……どうして、この味が好きなの……何で今の私が、これを求めていたの……?」

 

 

──あぁ、そっか。

 

生活とか、安全とか、お金とか。

最初に何よりも欲していたそれを手にした後に。

私はきっと、契約する前に忘れていた、大事なことを教えてもらったんだ。

みんなに、裕福さだけでは決して満たされない溝を埋めてくれる──『日常のロマン』を。

 

 

だから──この味も、好きだったんだ。

 

 

「──でも、もう遅いんだ。もう……みんなには、会えない。受け入れてくれたとしても──私はずっと罪人だ。だって、私の契約は──」

そう、私が呟いた時だった。

 

 

「──やっぱり、ここにいたんだね。ナツ」

 

 

「!?」

一人で泣いていたあまりに、気づかなかったのだろう。廃墟の暗闇から出てきたのは──よりにもよって、シャーレの先生だった。

 

「先、生…どうして…」

「君がもし来るとすれば、ここだと思ったからね」

 

そして、私の姿を見て、こくりと頷いた。

「そうか──やはり、君だったんだね。ホシノから聞いた情報と、完全に一致してる」

「───ッ」

 

胸の奥が締め付けられる。きっと、私に裏切られたと失望しているのだろう。私と一緒に来てくれたこの場所で──今度は、私を捕まえに来たのだろう。

 

「わた…私、は…せん、せ……」

 

思わず、自分の腕を痛いほどに握りしめる。爪が食い込むほどに握った手は、まるで枷の様に外れない。

もう、駄目だ──ここで、私は終わりなんだ──

 

「…ごめんね、ナツ」

「…え?」

 

しかし、先生は──私を捕まえようとはせず、深々と頭を下げてきた。

 

「君がそんなにも、苦しみの中にいたことに、私は気づいてあげられなかった。きっと──ずっと、好きな人たちに隠しながら、辛い思いをしてきたんじゃないかな?」

 

核心を突かれた私は────また、見ないふりをする。

「──違う、よ。先生。私は犯罪者──先生も知ってるでしょ、ゲマトリアのこと。私はその一人の部下で、今までのキヴォトス各地の破壊工作に加担してきたんだ。『朱羽』という名前で、先生に見えない所で色んな悪事を働いてきたんだ」

 

「私は、みんなに黙っていたんじゃない。みんなを騙してきたんだ。だから──罪人は、裁きを受けるんだ。

それで先生は──私を捕まえる為に、ここに──」

 

「──ナツ」

 

私がそこまで言いかけた時に、先生が口を挟む。普段、私と話す時に、そんな事をした事はなかったから、思わずびくりとしてしまう。

「君は聡い子だから、分かると思うけれど──まず、第一に。私はあくまでシャーレの先生で、君を捕縛する権利も義務も持ち合わせていない。次に、君は確かに『朱羽』かもしれないけれど──同時に、『柚鳥ナツ』っていう私の生徒だ。生徒の危機に駆けつけるのが、先生の役目だ。そして──」

そうして先生は──硬く腕を握った私の手を柔らかく包み、ゆっくりとその手を開かせていった。

 

 

「私がここに来たのは──ナツ、君と話をする為だ」

 

 

「……!」

「君が抱えてきた秘密も、それを話せなかった理由も、君が耐えてきた辛苦も。その胸の奥に隠した本音を聞く為に、私は君に会いにきたんだよ」

 

「…せん、せ…い……」

「勿論、無理に話さなくてもいいんだ。その時は、君が話せる様になるまで、君を守る方法を考えるよ。幸い、私には沢山の力強い生徒達がいてくれる。君の要望に合わせて、助けることができる子を探すよ」

 

「…どうして…どうして、私を疑わないの…?先生も、ゲマトリアの事を──『黒服』のことは、知っているんでしょ……?」

「──ナツ。私は先生だ。生徒を信じないで、先生を名乗ることはできないさ。君が何をしていたとしても、何を思おうとも──

 

私は、君を信じると決めたんだ」

 

 

「…う…うぅ…ううう……」

何故──こんなにも、私を信じてくれる人の事を。私は。信じていなかったのだろう。何故もっと早く、この人を頼ろうとしなかったのだろう。

何故──この人をずっと、裏切ってきてしまったのだろう。

 

 

「うあぁ…あぁ…ごめん、なさい…ごめんなさ、い……」

 

 

そうしてずっと、悔むばかりに縋り付く私を──先生は、決して拒もうとはしなかった。

ただ、嗚咽して啜り泣く私の背を──優しく撫でてくれるだけだった。

 

 

 

暫くして落ち着いてきた頃、私は一つ一つ、少しずつ先生に隠してきた事を話していった。

 

過去に『黒服』と契約を交わしたらしく、それでいて過去の記憶がないこと。

実験を受けた時に目覚めた自分の側で、目覚めなかった三人の子がいたこと。

その子達の治療費と生活費を貰う代わりに、彼の指示に従い続けてきたこと。

そしてそれを──放課後スイーツ部のみんなに、隠し続けてきて、ついにバレてしまったこと。

 

話を聞いていた先生は、それらを丁寧に、頷きながら聞いてくれた。よく見ると、右手の拳が微かに震えていたのが分かる。やっぱり、怒らせてしまったのだろうか。

 

「ごめん、ナツ。これは君に対しての怒りじゃない。別の人に対してだから、安心して」

私がそれに怯えていた事に気付いたのか、先生は肩の力を下ろしながらそう言った。

 

「…分かった。ありがとう、先生。でも……私、黒服のこと、嫌いにはなれないんだ」

「…それはちょっと、意外だったね。てっきり、憎んでいてもおかしくないと思ってたけど…」

「確かに、縁を切りたいのは本当だよ。でも──悪い人だったとしても、利用されたとしても──あの人が、確かに私にあの日常をくれたのは事実なんだ。

だから先生──あの人を傷つけるってことなら──私は、正直嫌だ…」

「…そっか。ナツは優しくて、義理堅い子だね。──分かった。ナツがそういうのなら、私も彼に何もしないよ」

「…本当?」

「本当さ。私を信じてくれるかい?」

「…うん。信じたい。今度こそ、先生を信じたい」

「ありがとう、ナツ」

 

すると、廃墟の奥から、もう一人。予想だにしない影が現れた。

 

「いやぁ〜…私としちゃ、甘すぎる気がするけどねぇ」

 

「小鳥遊…ホシノ…!?」

「ま、そういうことなら仕方ないか〜。先生も了承しちゃったしね。後で後悔しても知らないよ〜?」

「…分かってる。それでも、私なりに決めたことだから」

「そっか。それならいいけどねぇ」

 

そういうと、ホシノは私の横にちょこんと座った。

「『守りたいものがあるなら、ちゃんとそれを共有できる人は作っておいた方が良い』…前に私が言ったことを覚えてるかな、ナツちゃん?」

「…うん」

「あれはね、自戒も込めたものだったんだ。私も過去に、誰にも相談せず、独りで突っ走っちゃったことがあって。それで結局、全てを失う所だったんだ。でも、先生と後輩ちゃん達が助けてくれたんだ」

 

「私もこの先、また同じ事をしてしまうかもしれない。でも、少なくとも前と違うのは、昔より共有できるものは少しずつする様に気をつけてること。独りで抱え込んで、また暴発するのは──できれば避けたい」

「まぁ、それでもやっちゃった時は──みんなが助けてくれるって信じてるけどね」

「………」

 

「だからさ、ナツちゃん。これは、私とある意味似ている君への、私なりの言葉。私と同じ様な轍を、どうかこれ以上踏まないでほしいな」

「…でも。私は…怖い。私の見せていなかった所を、みんなが知った上で受け入れてくれるか…とても怖い。もし駄目で──あの日常に戻れなくなったら──」

「…ナツ」

 

すると、先生がバッグから、ホワイトボードとペンを取り出した。

 

「…?」

「君と会う時、私は君の生徒によく成る。君の語ってくれたロマンは、どれも私には興味深いものだったからね。

 

 

だけど今日は──文字通り、私が先生になろう」

 

 

ホワイトボードに先生が描いたのは、アイスと思わしき球体を入れた様なカップ。

そして、そこにコーヒーと思わしき黒い液体を注ぐポッドだった。

「わーお…先生、意外と絵上手いねぇ」

「意外とって、ホシノ…まぁ、いっか。ナツ──

 

"アフォガード"の話をしてくれたの、覚えてるかい?」

 

「アフォ、ガード…?」

「そう。バニラアイスに、エスプレッソをかけてできるデザートを教えてくれたことだ。

あの時、ナツはこういうことを言ってた気がするんだ。『全く違う領域のもの同士が排斥せずに受け止め合う事で、かつて到達できなかった境地に行ける』って。

 

即ち──『包容力』のことをね」

 

「そう、『包容力』──相手を受け入れる力だ。確かにそれは必要だけど──君の説は、もう一つ似ているようで少し違う力も含めて、初めて完成する」

「それは…何…?」

 

 

「それは──相手に受け入れてもらう力。自分でできないことを、他人に任せる力。

 

 

一言で言えば、多分『協調性』になるかな」

 

 

「「…あ…」」

声が重なって思わず隣を見ると、ホシノがぽりぽりと気まずそうに頰を掻いている。…なんだか心当たりのある様な顔で。

 

「元々、アフォガード(affogato)の意味は『溺れる』って意味だ。このデザートは、互いが相手に溺れているけれど、その上で完全に溺れきらないから成立しているとも解釈できる。

今のナツは──多分、相手を溺らせてしまうのが怖いあまりに、溺れきれずに残ってしまった、苦いエスプレッソなのかもね。言い換えると、自分自身に溺れているとも言える」

「時には、相手を信じて、思い切って相手に溺れること。これも、時と場合によっては必要な協調性だ。もし行き過ぎそうになっても、きっと相方がその手を掴んで止めてくれるさ。甘い甘い、バニラアイスの様にね」

 

「……掴んで貰えるかな」

「少なくとも、私はそう思うかなぁ。ホシノはどうだい?」

「耳に痛いけど、私も同感かなぁ。いやぁ、先生らしい所見させてもらったよぉ〜。内容が内容だけに、おじさんのハートはボロボロだけどねぇ」

「はは…ごめんね、ホシノ」

そうして、先生は罰が悪そうに少し笑った。その柔らかな笑い方に、どこか心の糸が解れるような気分になった。

 

「…ふふ」

その柔らかな笑いに、思わず私もつられて微笑した時だった。

 

 

心臓が──飛び出すように脈動する。

 

 

「うっ…!?」

その痛みに思わず、胸元を両手で押さえる。しかし、止まらない衝撃に耐えきれず、うずくまって倒れてしまう。

「あっ…ッ…ぐぅ…!?」

「ナツ?どうしたんだ!?」

「…!駄目、先生下がって!!!」

小鳥遊ホシノの予想は的中した。

 

次の瞬間──私の体は、瞬く間に炎に包まれた。

 

「あ、あぁぁ…あ……あつ、い……熱い、よ……せん、せ………」

「ナツッ!」

「ナツちゃん、しっかりして!」

 

どうして──まだ、今は飲んでないはずなのに。

黒服から受け取っていた、『あの薬』を。

 

今日は使っていないのに──

 

 

 

 

 

 

──その頃。

彼──黒服は、窓の外の、沈みかけの太陽に目を向けていた。

「…やはり。忠告はしていましたが──使わざるを得ない状況でも多かったのでしょうか」

「…あなたに与えていた、白濁の液体──『神秘活性薬』。飲む度に、神秘の力を一時的に活性化させ、使用させることができる薬」

 

「ですがそれは、体に多大なる負荷を与える劇薬。体内が、徐々にその負荷に侵食され、破壊され、それ無くして成立しなくなってしまう」

「だからこそ、極力使用は避けるように言ったのですが──用法要領を守らず、オーバードーズした被検体の最後は──暴走した身体機能による自滅」

 

 

「つまり──神秘の暴走です」

 

 

「…クックック。えぇ、えぇ。ですが──これもまた、崇高へと至る道。暴走した不完全な神秘と言えど、今は多大なる恐怖の中──」

 

「さぁ、『柚鳥ナツ』──もとい、『朱羽』。その名に違わぬ、生誕の時です。あなたという炉に神秘の薪を焚べ続けてできた、燃ゆる大火の化身。不完全な『再生』を繰り返す、虚しき擬似不死性の生物」

 

 

「言うなれば──『虚火の鳥(うつろびのとり)』でしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──浮かび上がる、記憶があった。

 

 

飢えた体。追われる日々。

その中で一緒に生きていた、三人の同じように飢えた者たち。

あの、とても安かった駄菓子を、分け合って食べる私と三人。

 

その顔は──横たわっていた三人の顔と同じだった。

 

そして──目に映った、トリニティの生徒の生活。

 

 

 

あぁ──あれが欲しい。

 

 

 

安定が欲しい。

安全が欲しい。

安心が欲しい。

安泰が欲しい。

 

 

あの──ロマンが欲しい。

 

 

 

 

思い出した。

思い出してしまった。

思い出さなければ、いけなかった。

 

 

 

 

黒服の実験に彼らを誘ったのは──私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、だったんだ──最初から──私────」

 

あぁ、なんて──愚かだったのだろう。

相手の奥底をよく見ようともせず。目先の欲に眩み、更にそこに親しかった者達を巻き込んだ。

信じていた大人は、最初から約束などしていなかった。

最初はその契約通りのものを与えたとして──それが続くかは本人次第。

でもそこに──選択肢を与えないようにリードを渡さない。

 

それに抗うこともせず、契約だからと、恩義のためだと。私は、何も考えずに、恐れと執着の余りに従い続けた。

 

だからこうして──ツケが回る。

 

 

「ナツ……」

「──ナツちゃん」

「──あり、がと。先生、ホシノ…でも、もう──耐え、きれない───早く、逃げ、て──」

 

 

「──ごめん、レイサ、ヨシミ、カズサ───アイリ。やっぱり私の最後は──

 

大罪人としての、火刑みたいだ」

 

そうして──『柚鳥ナツ』は、神秘に体そのものすらも包まれ。

 

 

『朱羽』の鳥は──炎を散らす翼を広げた。

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