もしも柚鳥ナツが黒服の実験体だったらの話   作:GGenbuu

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【6】

-柚鳥ナツ視点-

 

その日の深夜。

キヴォトス某地の、高層ビル。

夜の街中の灯りが下に見える、高い階層のとある一室。

オフィスのような空間で、私──そして先生は、彼に相対した。

 

「これはこれは・・・貴方たち2人が同時に来訪するのは、想定外でしたね」

「それで・・・本日はどのようなご用件で?」

「・・・ッ」

 

そして、私は息を飲む。

それを口に出したら、引き返せなどしない──だとしても、だ。

決まった道を進むために──目の前の大人に対して、その最初の啖呵を切った。

 

 

 

「黒服──私は、あなたとの縁を切りたい」

 

 

 

「・・・クックック。クックックックッ・・・えぇ、柚鳥ナツ。先生と一緒に来たこと、そしてその火炎に焼かれきった身体。そう言うと、思いましたよ。ですが──

 

忘れたわけじゃないでしょう」

 

「シャーレの先生がこのキヴォトスに赴任する以前に──私と君は契約を結んでいる。しかも──あなたは一度、側にいた三人の被検体達を生存させるために、貰った貴方自身の名前で契約書に記入をして更新している。彼の介入があったところで──それが覆るとでも?」

「えぇ、えぇ。残念ながら──それはあり得ません。これは私と貴方の間の関係であり、問題です。彼に、そこに立ち入る権利など──」

 

「──黒服」

 

そこで、隣で聞いていた先生が口を挟む。

「あなたは、何か誤解をされているようだが──私は、ただの付添人だ」

 

 

 

「私は──何もしないし、する気もないよ」

 

 

 

「・・・ほぅ。では、柚鳥ナツ──あなたは、あなた自身の手で、この契約に対抗しようと?私の実験で得た神秘で、私を殺すとでもいうのでしょうか?」

「・・・いいや。それは、何一つ根本的な解決にならない。貴方を殺した所で、私にかけられた呪いは解けない」

「よくお分かりで。それでは、いったい──」

そこで、彼の言葉のアンサーと言わんばかりに、私は──

 

いつもの牛乳パックを、バッグから出した。

 

 

 

「だから、私は──一度、私自身を完全に殺す」

 

 

 

「・・・クックック。成る程。そう来ましたか。

そうでしたね、あなたの神秘は『再生』──生まれ変わりの神秘。

しかし、不完全な神秘ゆえに──生まれ変わった後も、周囲は『柚鳥ナツ』──そして『朱羽』として認識している。明確には、完全には生まれ変わったわけではない。

それを完全に殺すということは──」

 

 

 

「私──『柚鳥ナツ』という存在そのものを、一度完全にこの世から消し──そして、再び生命を得直す」

 

 

 

「──ですが。それは、あまりにも愚行だと思われます。何故なら──課題点があまりに多い。思考が浅はかと言わざるを得ません」

 

「まず──あなたの神秘は、未だ不完全──そもそも、概念も含めての『完全な生まれ変わり』ができるかどうか。していることは、輪廻転生で全く同じ存在として生まれるということ・・・今ここでするというのなら──あなたはこの場で、神秘を完全体にしなければいけない」

 

「次に──概念ごと消えてしまうということは、あなたを『柚鳥ナツ』として覚えている全ての人の記憶が──同時に失われるということ。それは──仮に成功したとして、あなたは今度こそ一人きりになります。『柚鳥ナツ』という名前すらも、失って──。

確かに契約の相手そのものがいなくなるので、私との契約は無効化はされるでしょうが──そのあとのあなたはどうすると言うのでしょうか」

 

「そして──あなたがずっと生かし続けてきた、三人の被検体。──彼らの生命も、保証するものは同時に失われます。それは──貴方の望むことではないでしょう?」

 

「そのようなことをして、君の価値がなくなるのは、私としては実にいただけません。考え直して──貴方の神秘を利用して、自身の手で掴み取ればいいではありませんか──」

 

 

 

「断る」

 

 

 

その私の返答に──黒服は首を傾げた。

 

「・・・何故?」

「貴方の言う通り、確かに私が言ったことは非合理で、分の悪すぎる賭けそのものだ。安全策を取るなら、しない方がはるかにましだ。だけどね──」

 

 

「私を焦がすのは、神秘や復讐の炎なんかじゃない。

理想と情熱、そして絆──

 

即ち、『ロマン』の焔さ」

 

「そして、分の悪い賭けを乗り切り、最後には全てを掴み取る──こんなことがあったら」

 

 

「最高に、ロマンがあるじゃないか」

 

 

 

私は──笑う。

止まらない冷や汗も、身の毛がよだつ恐怖も。

かつて求めた生活をくれた、恩義さえも。

 

今は振り切り──大胆不敵に笑って見せようじゃないか。

 

そんなカッコ悪さも含めて──

 

 

みんなが好きな、ロマンチスト復活って訳さ。

 

 

 

そんな私を見て──先生もまた、笑って見せた。

「・・・確かに、上手くいかない可能性の方が高いだろう。でも、これは──私の生徒が、希望を掴むために選んだ大事な選択だ。それを応援して、時に支える──それぐらいが、先生として私にできる唯一のことだよ、黒服」

 

先生の声を聴いた黒服──彼もまた、私と同じく笑う。

「クックック・・・成る程、面白いです。狂気の沙汰としか思えない生徒の選択を、あなたという大人がさらに進んで取らせるとは。やはり──貴方は愉快な人です」

「いいでしょう──今、私の目の前で。その『完全な生まれ変わり』をやってみせなさい。できた暁には──私もまた、あなたのことを忘れているでしょう。その時には、契約そのものすら覚えていない。晴れてあなたは自由です」

 

「──分かった。それじゃ──始めるね」

「えぇ。ですが──そう簡単に行くでしょうか?」

 

彼の目元の罅から漏れる白い光が、更に一層濃くなる。強く睨まれてでもいるのかと思った私は──それでも、笑みは絶やさない。一歩も引きはしない。

 

一度こうすると決めたロマンチストの覚悟を、舐めないでいただきたい。

 

 

「──今に分かるさ」

 

 

その言葉と共に、私は手に持った牛乳パック──彼の薬ではなく、『再生』のメタファーとしての媒体の口を裂き──中身を全て、喉元に一気に流し込んだ。

そして──一度、喉が鳴る。

 

 

瞬間──炎が激しく焚きつける。

 

 

今までかつてないほどの寒気と熱気が、身体を強く蝕み、一層肌を酷く焼きつくす。

私の体に身に余りすぎる神秘の熱が──私自身を酷く焦がした。

 

 

「・・・ッ・・・グッ・・・あぁ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!」

 

 

身体が灰塵と化していく。視力が失われていく。骨が砕けそうになる。

今にも、神秘に全てを持っていかれてしまいそうだった。

 

「・・・やはり無謀でしたか。今ならまだ、私の実験で生き永らえることはできますよ?引き返すなら今のう────」

 

 

 

「────舐めるな」

 

 

 

 

「!?」

私の発した、焼け爛れた喉からの声に──彼は口を噤んだ。

「黙って見てなよ──『私』の生誕を」

「それに──今度こそ『一人ぼっちになる』って言ってたよね。先のことなんて誰一人として分からないのに、減らず口を叩かないでもらいたい」

 

先生は、人でなくなっていく私の手を。

彼もまた灼けてしまいそうなその手を、それでも握ってくれていた。

そして──思い出すのは──大事な人たち。

 

カズサ。ヨシミ。レイサ。先生。────アイリ。

あぁ、それと──小鳥遊ホシノも、また。

 

──ここに彼らはいないのに。

思い出すだけで──どこまでだって行けそうで。

 

そして──どこにいようと、帰ってこれる。

 

これもまた──大事な、ロマンの一つ。

 

 

 

「何度生まれ変わろうと、私は『放課後スイーツ部』のみんなと、ロマンのままに生きる──』

 

 

 

「『柚鳥ナツ』、ただそれだけだ」

 

 

 

炎は──焔へ。

温度を上げたその先の彩りは──朱から蒼へ。

反転しかけて揺れていたヘイローは──安定を取り戻す。

 

やがてその焔は──完全に収束し。

 

 

 

左手から、蒼い焔を巧みに操り──私はまさしく、『完全な神秘』を得た存在となった。

 

 

 

「・・・まさか、本当に神秘を完全にするとは──」

予想外といったように、立ち上がった黒服を前に、私は自慢げに笑って見せる。

 

「ロマンを焚べて燃ゆる太陽──さながら、神秘の名は『プロマネウス」とでも名付けるべきかな」

 

そしてすかさず──私は、窓に向けて三つの緩やかな焔を解き放った。

彼らは自由を謳歌するように飛んでいき──窓を破壊して、『ある場所』へと向かっていった。

 

「──成る程──彼女らの元へですか。であれば──」

黒服は即座に受話器を取り──どこかへと連絡を取る。

 

「私です。えぇ、直ちに被検体たちの身柄の確保を。直ちに行って──

 

 

──いない?」

 

 

その時、部屋のドアが再び開き、もう一人──彼女が合流する。

 

「お望みの方々ならもうここにはいないよ、黒服」

「──小鳥遊──ホシノ」

「さっき秘密裏に、身体の移動から病院への送り届けまで、ぜ~んぶ済ませちゃったからね~」

「しかし、あなた一人でそれを──」

「だ~か~ら~・・・出来るわけないでしょ一人で。こっちにいるのは、無数のコネクションを持っている先生だよ。私はただ──伝えただけ。助け合いって言葉、知らないの?」

 

そういって煽るホシノの顔は──実に楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

──かの施設から少し離れた、トリニティ僻地の山の近くにて。

「全く・・・ホシノ先輩も、人使いが荒いのよ!ここに来てって言ったかと思ったら、急に別方向に行かせるんだから!おまけに建物侵入して人を運んでほしいって!?」

「まぁまぁ、セリカちゃん・・・怒る気持ちは分かりますが・・・」

「うんうん。ホシノ先輩が、私たちにちゃんと頼ってくれたんですよ~?寧ろ喜ぶべきです!」

「ん・・・私は結構嬉しい。ついでに、百キロメートルくらいこの子で走れたから、運動になって満足」

「シロコ先輩のその無尽蔵の体力は何なのよ!?」

 

 

 

 

 

 

「お帰り、ホシノ。上手くいったみたいだね」

「いやー、うちの後輩ちゃんたちに、ナツちゃんが暴走してた時にヘルプをしておいて正解だったよぉ。あとは、トリニティの救護騎士団の子たちが、保護を済ませてくれてるはずだよ」

「では──今飛んでいった神秘の欠片は──」

 

 

 

 

 

 

──そしてこちらは、救護騎士団の緊急医療室にて。

 

「急患が三人!生命維持装置を、絶対に止めないでください!窮地を脱したとはいえ、非情にまだ危ない状態です!緊張を解かずに!」

「はい!・・・あれ?」

 

救護騎士団の団長のミネが指示を出す中、運び込まれた急患を診ていたセリナとハナエの元に──窓から、一つの蒼い焔の魂が、ゆっくりと入ってきた。

「こ・・・これは・・・!?」

そして、セリナの手をすり抜け──急患の彼女の身体に入っていき──

 

 

命が──再生する。

 

 

「だ、団長・・・!!バイタルが、急速に安定しています!」

「こ、こっちの二人もです!?」

 

「・・・これは──いったい・・・?」

 

 

 

 

 

 

「気づいてももう遅いよ。今の貴方に、彼らの身体を取り返す力も権限もない。何かしら裏で動いて、下準備を済ませるのが、君のやり方だしね」

 

そう言って、ホシノが私と先生の横に立った。そうして、私と彼女は顔を見合わせて微笑み合う。

「・・・ありがとう、ホシノ。これで随分と楽になったよ」

「いや~、神秘を飛ばしたのはナツちゃんでしょ。それに──良く乗り切ったねぇ。おじさんは嬉しいよ」

 

 

「クックック・・・お見事。確かに、これで貴方を脅かす問題の内の二つは無くなった──では、残りの一つは如何するおつもりでしょうか?」

「──やることは変わらないさ。私自身を──完全に生まれ変わらせる」

「それでは何も解決はしないでしょうが──それでもですか?」

「うん。変わらない。私は、私を諦めない」

 

 

「『柚鳥ナツ』を──決して諦めない」

 

 

「・・・・・・良いでしょう。やれるというなら、やって見せてください。

ここまで進んだあなたの覚悟には──私もそれなりの敬意を持たなければ。

そうでなくては──ここまであなたを育てた私も、お粗末というもの。

 

私の思惑を──乗り越えて見せてください、『柚鳥ナツ』」

 

「──ありがとう、黒服。

それじゃ──先生、ホシノ──みんな」

 

 

「──また会おう」

 

 

そして、蒼い焔が、再び彼女を包み──残ったのは、少しの灰の山だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──浮かび上がる、記憶があった。

飢えた体。追われる日々。

その中で一緒に生きていた、三人の同じように飢えた者たち。

 

 

あの、とても安かった駄菓子を、分け合って食べる私と三人。

 

それを──私は眺めていた。

 

 

互いに声は聞こえない。灰色の世界に私と彼女たちはいる。

それと私が──混じることは無い。

何故なら、彼女は私であっても──今の私ではないからだ。

 

 

彼女たちは、『柚鳥ナツ』を知らない。

もう覚えていない、その時の私の名前を呼ぶ誰かでしかない。

 

 

──彼女たちもまた、未来へと歩を進める。私の神秘が、彼女たちも蘇らせる。

しかし──そこで、私と彼女たちの縁も終わるだろう。

彼女たちは、『柚鳥ナツ』という私を知らないままに──私と関係のない、幸せへと向かう。

 

 

寂しいけれど──こういうロマンもまた、ありだろう。

 

 

「ごめんね──そして、ありがとう。知らない君たちと生きていた時、確かにそこにロマンもあったんだろうね」

 

「きっと──君たちと生きる道もあっただろうけど。

私は──私の道を往くよ。

君たちのロマンを──どうか君たちも追いかけてくれ」

 

「さよなら、かつての私の友達。さよなら、かつての私」

 

 

「さよなら──『朱羽』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・クックック。これはこれは──如何したことでしょう」

 

 

「何故──私は『柚鳥ナツ』を覚えている?」

 

 

彼の目の前には──確かに、『柚鳥ナツ』がいた。

灰の山から確かに──彼女は、『再生』を果たしていた。

執事服はもう着てなどいない。服ごと新たに生まれ直し──放課後スイーツ部としての、彼女の服装に戻っていた。

 

「お帰り、ナツ。気分はどうだい?」

「うん、文字通り生まれ変わった気分。最高だよ」

「うへへ、やっぱり若い子はこういうのを着なくちゃねぇ」

「にへ、でもあれはあれで気にいってたけどね」

そうして、弄ってくるホシノに対して、私はダブルピースで返事をする。

 

「・・・どういうことでしょうか、『柚鳥ナツ』。何故──あなたのことを、私も含めて皆覚えているのでしょうか」

「そして──覚えているのなら契約は、未だにゆうこ──」

彼は、引き出しから、契約書と思わしき一枚の紙を取り出し──しかし、慌ててそれを見返した。

 

 

 

そこに書かれた名前である『柚鳥ナツ』の文字が──『朱羽』になっていたからだ。

 

 

 

「そう、生まれ変わる前の私に──あなたは『二つ』の名前を与えている。『柚鳥ナツ』──そして、『朱羽』。作ったコードネームが、仇になったね」

「つまり──」

「過去の私を、もう一つの名前の『朱羽』として、世界側に再定義してもらったんだ。主となる名前を改名した場合、その名前が当然、最新の契約書に記載される。それも許さないほど、世界は酷じゃないってこと」

「そして──空中浮遊となり、完全に自由になった『柚鳥ナツ』という固有名詞の概念を、あるものと引き替えに買い取ってもらうことで、その名前と一緒に最後の『再生』をさせてもらった」

 

「買い取った──まさか、今のあなたは──」

 

 

「うん。

 

 

──もう神秘、売っちゃった」

 

 

 

それを聞いた黒服は──笑いを堪え切れなかったようだ。

 

「クックック・・・クックックックック・・・これはまた、随分な選択を。

生と死という、人にとって切っても切り離せない概念に結び付いた、極上の神秘──『再生』という神秘を、たった一つの名前を手に入れるために売り払うとは!実に狂った選択です、柚鳥ナツ──」

 

「しかし──買ったのはあくまで名前だけ。あなたは確かに一度、存在が消えた。である以上、それと関連した記憶も確かに消えるはずですが──」

 

「あれ、黒服?それは違うよ。もう、答えは今の中に合ったけど?」

すると、ホシノが隣でそれを否定する。

 

「?????」

「まだ分からないの、黒服?

『再生』っていう、生死に関するあまりに希少な神秘を手放して、それで手に入れるのが『柚鳥ナツ』っていう名前の固有概念の一つだけだよ。どう見ても、割に合うわけないじゃん」

 

 

 

「なら──『お釣り』ぐらいあってもおかしくないんじゃない?」

 

 

 

「──そうですか──では、非常に沢山のものを買い取ったようですね」

「そう。余った価値──お釣りで買ったのが、『柚鳥ナツ』に関する記憶、ってことさ」

 

「しかし、そうなると過去の『柚鳥ナツ』の存在を肯定することに──いえ、既に契約書の名前は『朱羽』に書き換えられている。

過去の『柚鳥ナツ』がいたとして──その存在こと『朱羽』は、書き換えられた後に既に死んでこの世にいない。

死んだ存在に対して──契約は意味を為さない」

 

「それにさ──『デジャヴ』ってあるよね。

経験した事がないはずなのに、まるで過去にあったように覚える錯覚。

存在の概念と、過去の記憶──繋がりはあっても、一蓮托生って程じゃない。

どちらか片方だけが存在する、なんて事は、イレギュラー的に発生することもあるんだ。

で、今回は記憶だけを、その『お釣り』で買い取ったってこと」

 

「これで、ナツちゃんは人質ともいえる子たちの安全を確保して──完全体となった神秘で生まれ変わって──過去の自分の概念を書き換えて。

そして──覚えられたまま帰ってきたって訳だ」

 

 

 

「つまり──私の完全勝利、ってわけだよ、黒服」

 

 

 

「クックック・・・クックックック。

 

 

素晴らしい。

 

 

非常に暴論でしかなく、抜け道も非常に多そうなやり方です。ですが──見事。実に見事だ。そして神秘を失っているとなれば、これ以上私があなたを実験する価値もない。

 

何より──これ以上の抵抗は、あなたが許さないのでしょう、先生?」

 

見ると先生は──懐に手を伸ばしていた。

 

「無論だよ、黒服。

貴方は確かに今──契約書の名前が変わっているのを認識した。そして、あなた自身が暴論と言った上で、あなたの頭の中ではこのやり方に納得してしまっている──故に、あなたはその契約書を無理に書き直そうともしない。そうだろう?」

 

「そして、生まれ変わった今の『柚鳥ナツ』は──正真正銘、私の生徒だ。もう、あなたの実験体としていた彼女は、どこにもいないのだから」

 

「えぇ──確かに。私は、このやり方に、口とは裏腹に納得してしまっている。認めましょう。

 

あぁ──惜しい。非常に惜しい。ですが──これでも、私も一介の大人なのですよ。

貴方と対峙したあの日から──私もまた、どうやら影響を受けたようです。でなければ──彼女を、ただ実験体としてここまで至らせはしなかったでしょうから」

 

 

「俗な言葉で言えば──育てたものとしての『愛着』が湧いてしまったのかもしれませんね」

 

 

「ですが──えぇ、えぇ。私が手塩をかけて育てた存在自身が、自らの意志で私の思考を上回った──その時点で、私の敗北は確定です」

「大人しく、引きさがるとしましょう。ここで彼女を無理やりにでも引き留めようとするほど──私は『毒親』にはなりたくはないですからね」

 

「・・・あなたに親になってもらった覚えはないけどね、黒服」

「──えぇ。それは、そうですね」

「・・・だけど。確かに、貴方からもらったものがあるのは事実だ。側にいる二人は貴方を良くは思わないだろうし、私も貴方を許す気はない。

 

それでも──ありがとう、とだけは言えるだろう」

 

「・・・利用した相手にありがとう、とは。クックック・・・ですが、えぇ。今はそれを受け取りましょうか」

 

 

 

「この契約書は意味をなさないので、私の方で処分いたしましょう。ここまで覚悟を持って臨み、この状況を勝ち取った──私からあなたへの餞別です」

「では、時間です。行きなさい、柚鳥ナツ。ここに、あなたはもう縁もゆかりもないのだから」

「・・・うん。それでは、失礼するよ」

そうして、先に立ち去っていくホシノと先生を見送り──私は一度だけ立ち止まる。

 

 

「──黒服」

「──何でしょう」

 

 

「私は、私の思う道を自由に行くよ。私自身が大事にしたい『ロマン』のために。

 

それが──私が、自分に課した契約だ」

 

「──では、そのように生きなさい。これは契約ではなく──育てた者としての、期待です」

 

「・・・悪いけど、それに応える気はないけどね。それじゃ、二度と会うことは無いだろうけど──

 

さようなら」

 

「えぇ──さようなら」

 

 

 

 

 

 

「──ねぇ、先生」

「ん?どうしたんだい、ナツ?」

 

高層ビルから出た帰り道。私は──先生に相談していた。

 

「これで契約からは解放された訳だけど──多分、私はまだ自由じゃない。

結局、私がやってしまったことは変わらないし、私が犯した罪は消えない。

 

それは──償う必要があるんだ」

 

「・・・真面目だねぇ。だけど、当然か。良いのかい?せっかく自由になったのに、またみんなに会えなくなるかもだけど」

そう、ホシノが気遣うように聞いたが──私はそれでも、意志は変えない。

「みんなは、資格なんていらないとは言うだろうけど──これは私が、自分自身で決めたんだ。

勿論、みんなには話したうえで決めるけど──多分、結局はそうなると思う。

それに──」

 

「獄中でも、スイーツは何とか食べられるだろうからね」

 

「・・・そっか。意志が強い子だねぇ・・・」

「だからさ──先生。これは形としてじゃなくて、心としての話。

 

 

本当の意味で償うために──私は、どうすればいいんだろう」

 

 

「うーん・・・どういう意味で償うかにもよるけど・・・」

暫く考えてた先生は、やがて口を開いた。

 

 

「──『ロマン』かな」

 

 

「・・・ここで?」

「うん。寧ろここ以外無いだろうしね。

誰かにとって大事な『ロマン』を──ナツが守ってあげて。

勿論、自分の『ロマン』も大切にね」

 

「それが──壊してしまった誰かの『ロマン』の、『再生』に繋がるだろうから」

 

その言葉に──私は頷く。

「──分かった。檻の中にいたとしても、できることからやってみるよ」

「うん。ナツ自身が自分で決めた先で──それをやってみるといいんじゃないかな」

「じゃ、暫くは会えないかぁ~・・・惜しいなぁ、せっかく新しい『友達』ができたと思ったのに」

「・・・すまないね、ホシノ。また、会えたら嬉しいけど」

「そうだねぇ・・・その時は、どこか美味しいお菓子でも食べに行こうか」

「にへ、いい所を期待してる」

 

 

すると、朝焼けの空が作る影の向こうから──彼らがやってきた。

 

 

「・・・みんな?」

 

カズサ、ヨシミ、レイサ──そしてアイリ。大事な、彼女にとっての「放課後スイーツ部」(+α)だった。

 

「・・・ナツちゃん」

「──上手くいったみたいだね」

「全く・・・ずっと気が気でなかったわよ」

「でも、これで一安心ですね!」

 

「・・・うん。待たせたね、みんな」

 

すると、アイリがバッグから、何かを包んだ袋を取り出した。

「・・・これは?」

 

私がそれを覗き見れば──そこにあったのは、歪な形のクッキーだった。

「・・・誕生日用に、放課後スイーツ部のみんなで作ってたの。今回のことで、渡すまで時間がかかっちゃったけどね」

「・・・ッ」

 

そのクッキーを見て、受け取るか迷っていた私の背中を──ホシノがそっと押してくれた。

 

「・・・えっ」

「受け取ってあげなよ。受け止めるって、きっとそういうことだよ」

 

「そうそう。あんたが犯罪者だからって──差し入れの品ぐらいはあっても良いでしょ」

「カズサ、あんたね・・・もうちょっと言い方ってもんがあるでしょうが」

「私もケーキを買って来たんですが・・・戦闘している内に潰れてしまって・・・うぇぇ・・・」

「おーよしよし、泣くな宇沢。私が次はお金持つから」

そうしてレイサを慰めるカズサと、あきれ顔で見るヨシミ。そして──

 

「そういうわけだから──受け取ってほしいな、ナツちゃん」

「・・・・・・」

 

柔らかく微笑むアイリの顔を見て──決意を固める。

恐る恐る袋を取り──包装をはがして、一枚のクッキーを手に取る。

 

そしてそれを──一口齧り、咀嚼する。

味わうようにゆっくりと噛み──喉を過ぎていった。

 

「──どう?」

 

そう、どこか緊張した面持ちで聞いてきたみんなに。

私は、泣いていいのか笑っていいのか、よく分からないながらも──こう答えた。

 

 

 

「──あぁ。

 

『ロマン』の味だね」

 

 

 

それじゃよく分かんないよ、という感じで、思わず笑ったみんなに釣られて。

私もまた、笑ってしまう。

だけど──それでいいんじゃないか、と思えたのだから。

間違いなく──それは私が欲しかった幸福だろう。

 

 

 

それが、久々に思い出した──『日常』のロマンだった。

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