歌姫庭園39にて頒布した『ノクチル死体埋め合同』に寄稿した小説。
その名の通り、ノクチルが死体を埋めるお話です。

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遡上

「雛菜、帰りにコンビニでアイス買いたい~」

「だ、ダメだよ雛菜ちゃん! 他の人に見られたら後で大変なんだから……!」

「それより喉乾いた。私ポカリ」

「円香ちゃんまで!」

「じゃあ小糸ちゃんはアイスなし~」

「……ほ、本当にコンビニ行くの?」

「こんな所にこんな時間までやってるコンビニがあると思う?」

「え、じゃあ……」

「旅館の自販機で我慢」

「来る途中、ぜ~んぜんお店なかったもんね~」

「も……もうからかわないでよ!」

「小糸ちゃんすぐ本気にするんだから~」

「それより」

「帰ろ~」

「帰ろう」

「帰ろうっ!」

 

 

~1~

 

「こっち見ろー」

あたり一帯に響く爆発音と色とりどりに煌めく波間。

その合間に漂いながら、観客のいる砂浜に向かって私も声を上げる。

しかし、どれだけ大きな声をあげても、返ってくる視線は一つだけだった。

そんなことはみんな承知の上だった。

もう一度、もっともっと叫んでやろうか、などと柄にもないことを考え始めたとき、視界の端に気を引くものが映った。

砂浜の端、岩場の先には川が流れ込んでいる。

川には橋が架かっていて、その下に小さな中州を見つけたのだ。

橋からはそれ自体の陰に隠れ、砂浜からは岩場に隠れているようだ。

海から眺めて初めてその存在に気がついた。

あんな場所があったのか、と思った瞬間、今日見かけたものたちが頭の中で繋がり始めた。

人気のない道路。

設営に使われたスコップ。

高さのある岩場。

そして、人目につかない中州。

それら全てが「できる」と伝えてくる。

そうすればこの茶番は終わる、と。

「できる」と「やる」は違う、などと凡庸な反論が脳裏をよぎる。

もしも今までの、身の丈に合った、いつもの、いつも通りの生活に戻るなら、戻りたいなら、これが最後のチャンスだと、脳内に広がる全てが私に語りかけてくる。

ステージの熱に浮かされていた頭が、スーッと芯まで冷めていく。

「できる」と「やる」は違う。

私は、私たちはきっとやれる。

そうすれば私たちは……

私は……

 

~樋口円香の場合~

 

樋口円香にとって、浅倉透とは全てだった。

美しいものとは浅倉透であったし、等しいものとは浅倉透であった。

指針たる北極星であり、そびえる壁であり、ただの幼なじみだった。

言うなれば、樋口円香は浅倉透を信仰していた。

その彼女が本当に偶像になると言い始めたときには、その突飛さに彼女の正気を疑ったものだ。

同じくらい自身の正気も疑ったが。

あまりに気がかりだったため、所属するという事務所まで様子を探りに行った結果、どういうことか自身までアイドルとして活動することになった。

それは何故か。

プロデューサーだ。

いつも大人然としていて、つかみ所がなく、何かにつけて気にかけているような態度をし、いつも掻き乱してくる、あの男。

彼さえいなければ、今こんなところにいることもなかっただろう。

彼を、排除するのだ。

 

~2~

 

先に寝た透ちゃんを起こさないように、私は部屋を抜け出した。

旅館の廊下には誰も居なくて、昼間と雰囲気が違って少し怖い。

でも、これから私たちがやろうとしていることと比べれば些細なことに感じた。

誰にも見られないように気をつけながら、円香ちゃんと雛菜ちゃんの部屋に滑り込んだ。

「あ、小糸ちゃん来た~」

「ね、ねぇ!……本当に、その、あんなこと……」

「今ならできる」

「雛菜もやるよ~」

「ひ、雛菜ちゃんまで!」

「小糸、大きい声出さない」

確かにそうすれば今までの私たちに戻れるかもしれない。

でも、だからって……

「小糸は?」

「ぴゃっ……!」

「話はしたけど、別に参加する必要はない。私たちだけでもできると思うから」

「私は……」

また、

「ただ秘密にはして。元に戻るためにしたことで捕まったら意味がなくなる」

また私だけ、

「あは~、でも私たちまだ子供だから大丈夫かも~?」

独りに……

「や、やるよ!私も!」

「声、大きい」

「あっ、ご、ごめんね……」

「じゃあ早く準備しよ~」

「そうね」

「う、うん……!」

 

~福丸小糸の場合~

 

福丸小糸にとって浅倉透とは、円の中心だった。

自分は円の一点でしかないと感じていた。

中心が規定する一点。

繋がりはあれども、決して近づきも遠ざかりもできない。

他の二人も似たようなものだと感じていた。

はずだった。

彼女がアイドルになるまでは。

近くも遠くもない、安定していた点が、点たちが、どんどん離れていくのを感じた。

だから、まだきっと、間に合うはずだと信じたかった。

そう、彼さえ。

彼さえいなくなれば……

 

~3~

 

「じゃあ、計画通りに」

「はい~」

「……うん」

「こっちの準備ができたら連絡するから、小糸、よろしくね」

「う、うん!」

「雛菜、行こう」

「うん~」

 

 

「雛菜次第で、すぐにバレるかどうか決まるんだから、しっかりね」

「やは~わかってるよ~。上手くできるかわからないけどね~」

「途中までは手伝うから」

「円香先輩なんか頼もし~」

 

 

「そろそろ」

「うん~。円香先輩しっかりね~」

「雛菜も。ギリギリまでよろしくね」

「はい~」

「……この天気なら、そんなに深くなくても良さそうだけどね~」

 

~市川雛菜の場合~

 

市川雛菜は浅倉透に恋をしていた。

知り合った当時、彼女はボーイッシュで、自らを僕と呼んでいた。

だから透が女の子だと知ったとき、ひどく驚いた。

そして、その事実よりも驚いたことがあった。

それは自分の透に対する気持ちに変わらないことだった。

悩まなかったと言えば嘘になる。

でも彼女はそれでいいと、このままでいいと思った。

しかし最近、悩ましいことが起こった。

彼女が変わろうとしている。

それも彼女や自分、自分たち以外の要因によってだ。

きっとこのままでは居られなくなる。

どうにかして元のままでは居られないか考えた。

まさかこんな形で解決策が舞い込んでくるとは思いもよらなかったが。

きっとまだ間に合うはずだ。

彼が消えれば……

 

~4~

 

旅館の玄関を出ると、正面には先ほどまで賑やかだった砂浜が見える。

しかし既に深夜と言っていい時刻であり、土地柄たむろする若者もいない様子で静かなものだ。

たった数時間しかたっていないのに、まるで別の場所のようだ。

ただし、目の前には片付けられることを静かに待っているステージややぐらの鉄骨や畳まれたテントがあり、その事実が、確かにここで祭りがあって、自分たちもその中にいたことを物語っていた。

道路を渡って砂浜まで降りると、静かだと感じていた中にも波の音があり、同時に潮の香りにも気づかされた。

サクサクと砂を踏みながら波打ち際へと向かう。

旅館の下駄と足の間にどんどん砂が入り込み、自分と地面の境界が曖昧になっていく。

そのまま歩を進めると、だんだんと視界が空と海だけになっていく。

祭りが終わる頃に広がり始めた雲に、月や星は隠れてしまったのか、目の前が暗い。

微かに波のうねりは感じられるが、水平線は見えない。

街灯の疎らなこの地域で、更に道から外れた浜辺は暗い。

寄せては返す潮騒に酔わされ、そのまま引きずり込まれそうだ。

「あ」

暗闇に沈んでいた意識が視界の端に集中する。

砂浜の端の、そのまた向こう。

岩場のあたりで何かが動いた気がした。

こんな時間に出歩く人がいるだろうか、と考えかけたところで自分のことに思い至り、心の中で苦笑する。

遠く砂浜の反対端に、わずかな明かりが灯っていた。

そして、落ちた。

「え」

間抜けな音が口から漏れた。

暗闇を見つめ過ぎて幻覚でも見たのだろうか。

あるいは単なる気のせいか。

そう済ます事は簡単だったが、見てしまったからには確かめなければならない気がした。

こういうときの勘はよく当たるのだ。

彼女の場合は。

 

~彼の場合~

 

「小糸!何で来たの!」

「だ、だって……私だけ、私だけ部屋で待ってるだけなんて、なんだかズルしてるみたいで……!」

「じゃあ小糸ちゃんもシャベル持ってきて~」

「あ……う、うん!行ってくる!」

「いってらっしゃい~」

「……小糸が戻るまでに、せめて姿だけでも」

「うん~!雛菜もそう思ってた~!」

「ぴゃっ!」

「小糸?!」

「ん~?」

「あー……そっかー……」

「透……ちゃん」

「早くしないと来ちゃうかもよ、他の人」

「……何も言わないの」

「んー、じゃあ、手伝おうか、とか?」

「透先輩、いいの~?」

「うーん……もう、うん」

「そっか~」

「小糸ちゃん、私のもお願いしていい、スコップ」

「う、うん!」

「小糸ちゃん気をつけてね~」

「いいの?」

「うん」

「そう」

「円香先輩、透先輩と話してないで手伝ってよ~」

「はいはい」

「透ちゃん取ってきたよ!スコップ!」

「ありがとう、小糸ちゃん」

「深さ足りそう?あんまり浅いと良くないらしいけど」

「それなんだけど~、雛菜ホントは浅くてもいいかな~って思ってて~」

「そ、それじゃバレちゃうんじゃない……?」

「普通だったらそうだけど、このあとすっごい雨降るらしいよ~」

「それで?」

「上手くいけば、川の水が全部ザバ~ッて流してくれるんじゃないかな~って」

「そんな上手くいくわけ……」

「かけてみるかー、ザバーッに」

「浅倉まで……」

「それより雛菜、掘るの疲れた~」

「思ったより重いね、砂って」

「あ、雛菜いいこと思いついた~!」

「今度は何」

「濡れてる砂が重いんだったら、乾いてる砂を持ってくればいいんだ~!」

「た、確かにそれなら早く済みそう!」

「雛菜、バケツ探してくる~!」

「いくかー」

「行くか」

「あ、待ってよみんな!」

 

 

体を覆う砂越しに、そんな会話が聞こえた気がする。

自分の状況はわかっていたし、今更どうしようもないこともわかっていた。

それなのに、だからこそかもしれないが、とても穏やかな気持ちでいた。

自分が濁らせてしまった彼女たち自身やその関係性が透明に戻っていくようで……

きっと彼女たちには、この塩辛い海の水は合わなかったのだろう。清濁併せて飲み込むような海とは違った、もっと澄んだ……

湧き水や泉のような……

帰れて良かった……

 

~浅倉透の場合~

 

最後尾。

立ち止まる。

振り返る。

 

~僕たちの場合~

 

「雛菜、帰りにコンビニでアイス買いたい~」

「だ、ダメだよ雛菜ちゃん! 他の人に見られたら後で大変なんだから……!」

「それより喉乾いた。私ポカリ」

「円香ちゃんまで!」

「じゃあ小糸ちゃんはアイスなし~」

「……ほ、本当にコンビニ行くの?」

「こんな所にこんな時間までやってるコンビニがあると思う?」

「え、じゃあ……」

「旅館の自販機で我慢」

「来る途中、ぜ~んぜんお店なかったもんね~」

「も……もうからかわないでよ!」

「小糸ちゃんすぐ本気にするんだから~」

「それより」

「帰ろ~」

「帰ろう」

「帰ろうっ!」

「……うん、帰ろう」

 

 


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