呉竜華が拳願絶命トーナメントの参加を承諾してからしばらくして――乃木英樹がガンダイとの拳願仕合に勝利し、拳願絶命トーナメントの開催が決定した。
「あの【
「の、うちの一つだな。他にも幾人か狙っている闘技者がいる」
「そうですか……彼よりも強い闘技者を期待します」
この日、彼女は乃木英樹の会長室に再び呼び出されていた。今日は前回とは違い、呉竜華としてではなく倉重理香として振る舞っており、常用している目の包帯も装着している。乃木英樹の秘書の【
「……そろそろ聞かせていただけますか? 私に会わせたい人物とは誰なのか」
「まあ待ちたまえ。あともう少しで来るはず――」
『ガチャ』
「――っと、来たな」
「邪魔するぜ」
噂をすれば何とやら。入ってきたのは待ち人の一人である十鬼蛇王馬だ。後ろから、乃木出版所属のしがない会社員である【
「で、何の用だ? オッサン」
「ちょっ、王馬さん! 口には気をつけないと――」
「ああ、構わないよ山下君。……さて、単刀直入に言おう。要件は一つだ。――十鬼蛇王馬、此度の拳願絶命トーナメント、我が社の代表は君以外に任せることにした」
――瞬間
『ガシッ』
「何をするつもりですか?」
乃木英樹に掴みかかろうとした十鬼蛇王馬の腕を、倉重理香が掴んで止めた。
「な、何だって!! 王馬さんを止めた!? 何だこの人……ってえぇぇえ!!? この人、く、倉重証券の倉重社長!!」
(何だコイツ。うるさいな)
山下和夫が喚いているのも無視し、辺りは険悪な雰囲気が流れる。
「何もクソもねぇよ! このオッサンがふざけたことを抜かしやがったんだ! どけ!」
「落ち着きなさい。人の話は最後まで聞く。それに、彼が言った事はそうおかしなことではありませんよ?」
「何だと!!」
王馬が怒りに身を任せ、拳を振るう。……が、
「なっ!?」
「あ、あれは! 王馬さんの技!!」
王馬の攻撃は、掴まれた腕を起点に軌道を逸らされた。
「こう、でしたよね? ここ3試合、全て見ていましたよ。中々便利な技じゃないですか」
「テメェ!!」
「だから落ち着けと言っているのですが……聞く耳を持ちませんか。――なら」
倉重理香が一歩踏み出した、その時
「――あら? 取り込み中だった?」
3人目の待ち人が現れた。
「もう一人の待ち人とは【
「そうだ倉重君。そして十鬼蛇君、紹介しよう。彼こそが拳願絶命トーナメント、乃木グループ代表闘技者だ」
「よお……初めまして、
入室した初見泉は、飄々とした態度で険悪な雰囲気の中を歩いてくる。
「おやぁ? 倉重ちゃん、ずいぶん久しぶりじゃない?」
「はぁ……こちらはあまり会いたくなかったですよ」
「相変わらず冷たいねぇ。で? そのおっかないの、どうにかした方がいいかい?」
「こちらでどうとでもできるのですが……興が削がれましたし、貴方に任せますよ」
「――だ、そうだ。実力行使をするが、構わんね?
わざわざ王馬を煽るような口調。それを綺麗に受け流せるほど、今の王馬の気は長くない。
「〈行使〉できるのかよ…? 〈テメェ〉が〈俺〉に?」
「――ああ、できるぜ」
初見は素早く王馬のすぐ側まで移動し、倉重に掴まれている腕を見る。
「あ~あ~、見事に芯を掴まれてらぁ。下手に動くと関節がイカれるぜ? 唯でさえもう骨にヒビが入ってんのによ。折れた腕で無茶するもんじゃない」
「チッ! 医者かテメェ!!」
「倉重ちゃん、離してやれ」
「はぁ、分かりましたよ」
倉重が手を離した途端、初見に向かって殴りかかる王馬。
「右腕だけじゃない。全身だ。この3戦でお前さんが負ったダメージは決して軽くない。そんな状態でトーナメント? 寝ぼけんなよ小僧」
つらつらとそんなことを述べながら片手間で連撃を処理していく初見。
「秋山さん」
「は、はい。何でしょうか、倉重社長」
「初見さんの対戦成績は確か、15回負けてましたよね? 3回程バックレたのは見たので知っていますが、もしかして他も……」
「はい――」
「――バックレもう1回、寝坊が9回、それとド忘れが2回。合計15回だな。何だい倉重ちゃん。素っ気ない態度取りつつも、俺が気になるのかい?」
「いいえ、そうではありません。勘違いしないでくだ――」
「そう言うなって。どうだい? この後、飯でも――」
「いい加減にしてください。殴りますよ?」
初見泉の女癖の悪さが存分に発揮されている。
倉重は、久々の彼の言動に耐えきれずゴミを見るような目を向けながら、手を出しそうになってしまう。
「そんなに怒んなよぉ。俺だって傷つくぜ? ってことで秋山ちゃん、傷心の俺を慰めてくんない?」
「慰めませんよ! こっちまで狙わないでください!」
「おいおい〜、二人ともつれないじゃ――」
『ドンッ』
初見のおふざけに最初に耐えきれなくなったのは、王馬だった。
「あらら、ちょいとふざけ過ぎたかねぇ…?」
【前借り】を発動した王馬が初見に襲いかかろうと踏み込む………が、
『バキィ』
「な、なななななな…!! ゆ、床にヒビが!!」
「っ! おいおい……」
会長室の頑丈な床にヒビが入る。
「二人とも、いい加減にしなさい」
ヒビの出所は倉重の足元からだった。
「二人まとめて、トーナメントを待たずに再起不能にさせられたいの?」
瞬間、その場にいた誰もが動けなかった。倉重から放たれる圧倒的な圧力に、その怒気に、身体が硬直してしまったのだ。
「……分かった分かった。トーナメント前にアンタとやるのは勘弁だぜ」
初見が両手を上げて、降参の意を示す。王馬はまだまだ【前借り】を解いておらず、戦意に満ちていたが、
「そろそろ、いいかな」
今まで静観していた乃木英樹が発言した。
「王馬よ、これは決定事項だ。絶命トーナメント乃木グループ代表闘技者は、初見泉だ」
「うん、うん」
「そッ、そんな…!」
「分かった…やっぱりてめぇはここで殺――」
「ただし! 貴様が自力で出場枠を勝ち取る事は、何ら問題ない!!」
(……やっぱりそういう腹ね。で? いったい誰のところに出場させるのかな?)
(…ナルホドね……そういうことかい)
乃木英樹の言葉に、倉重と初見以外は混乱を隠せない。
「本来は彼女、倉重君の闘技者として君を推薦してもよかったのだが――見ての通り彼女は十分強いのでね。今回は、自身が闘技者として出場するそうだ」
「えぇえー、倉重社長自ら!!? つ、つまり…社長兼闘技者!!!」
「そう。故に、この計画には
「……へ?」
今度こそ、乃木以外の全員が混乱に固まる。
「山下君――なっちゃおうか? 拳願会会員」
「……ん?」
「な…! 何をおっしゃるんですか会長!!? そんなことは不可能です!!!」
「ああ、そうだね。君も知っての通り拳願会会員になるには〈富と社会的地位〉に加え〈拳願会の承認〉が必要だ――ただし、それはあくまで〈正規の手順〉を踏んだ場合の話だ」
「……ああ、小遣い稼ぎに開催されているアレですか」
「そうだ倉重君。参加料一億円の非公式の賭け仕合。いわば〈拳願仕合チャレンジマッチ〉だ」
「い、いちおッッッ!!!」
参加するだけでかかるとんでもない金額に、空いた口が塞がらない山下一夫。
「なに……心配することはない。
「たッ、たまたまって!!? ティッシュじゃないんだから…!!」
(……ずいぶんと入れ込んでるな、乃木会長)
取り出されたアタッシュケースには、きっちり一億円の札束が入っている。一会社員の山下一夫には、本来縁のない光景だ。
「さあどうする山下君? 王馬をトーナメントに出場させるには他に道はないぞ!?」
「せっ、せっかくのお心遣い誠に――」
「上等だ…挑戦してやるぜ。非公式仕合とやらになァ!」
(いや、断ろうとしてたじゃんこの人)
山下一夫の意志をガン無視して事態は進んでいく。倉重理香は山下一夫に同情の視線を送った。(フォローはしないが)
「…お前らとはトーナメントで決着つけてやるよ……」
「……へいへい、わかったよ」
「まぁ、当たることがあれば」
王馬にギロリと睨まれた二人だが、まるで堪えない様子でサラリと返答する。
「うむ…よくぞ言った」
乃木英樹も本人の同意がまだなのにも関わらず頷いている。
「……可哀想に」
倉重理香は心の内で山下一夫に黙祷を捧げた。
その後、詳しい説明があった後、山下一夫と十鬼蛇王馬は退出した。
「……で? こんな茶番のために私は呼ばれたのですか?」
「む? まぁそれもあるが、それだけではない。君には、〈計画〉について話しておこうと思ってね」
「計画?」
「左様。今回のトーナメントにて、―――」
乃木英樹の口から計画の全貌が明かされる。
「……なるほど。本気なんですね?」
「ああ。
「面白そうじゃないですか」
倉重理香は笑みを浮かべる。
「い、いつもの目隠しをしたままその顔をされると、余計に不気味な感じがするな」
「乃木会長、女性に向かって不気味は失礼ですよ?」
「あ、ああ。すまない」
「では、当日楽しみにしておきます」
そう言い残すと、倉重理香は席を立ち、会長室から出ていった。
「……初見。どうかね?」
「初めて会ったときからただもんじゃねぇとは思ってたけど、想定以上だな。あの圧力に馬鹿力、とんだバケモンだ」
「君では勝てぬか?」
「ハッ、冗談だろ。どんな相手でも勝つのが超一流だぜ?」
「ハハハ、流石だな」
乃木英樹は張っていた気を緩めつつ、今後の展望に胸をはせるのだった。
◇◆◇◆◇
「此度のトーナメント、あの竜華が出場するようだ」
暗殺一家呉一族、その本拠地たる呉の里の本家。現当主である【
「アイツが…?」
「マジかよ」
「あの適当娘が企業に雇われるかね?」
「てか今までどこで何してたんだよ」
「アイツがいきなり出ていって何年経ったかね…」
もう6年も前、当時18歳の一族最高傑作は、『旅に出る』と置き手紙を残して、身一つで里を飛び出したっきり、戻ってこなかった。そんな彼女がいきなりこのトーナメントの出場。困惑も当然だった。
「ジイさん、その話はマジか!」
「おぉ、雷庵か」
魔人【
「おい! そのトーナメント、俺も出るぜ! アイツとは一度戦てみたかったんだ! オレより強えとほざいたアイツとはよぉ!!」
それは呉竜華が里を出ていく一月前、
「お、雷庵じゃん」
「あ? 竜華か」
きっかけは単純なものだった。
「あ、そういえば……最近、私最高傑作って言われてんだよね。ってことは雷庵は私より弱いのかな?」
「……あ?」
次の瞬間には、雷庵の中で竜華の蹂躙が決定した。
「ちょっと褒められて調子に乗ったらしいな…! いいぜ、思い知らせてやる!!」
「あ、予想以上に怒っちゃった」
「死ねやぁ!!」
【外し】を使った上での雷庵渾身の一撃。
(獲った―!)
「もーらい♪」
(――は?)
次の瞬間、雷庵は倒れていた。食らった雷庵ですら認識できない、超高速の顎へのカウンター。自身の全力に合わせられたその一撃に、雷庵は動きを止め、追撃の3発で完全に意識を刈り取られた。
「ふぅ〜。やっぱ、強い奴倒すのって楽しいわ」
意識を失う直前に聞いたセリフは、雷庵の脳裏にしっかりと焼き付いた。
「アイツは、俺がぜってぇぶっ潰す!!」
「……良かろう。丁度先程アンダーマウント社から依頼が届いたのでな。雷庵、我が一族からはお前を出すことにする」
「ハハハ、楽しみだぜ……あぁ楽しみだ…!!」
すべてを破壊する魔人は、雪辱を晴らすその時を思い、笑みを浮かべた。