ツーマンセル~オルクセン王国史二次創作~   作:G-Ⅱ

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着任

人間族の「社会学」において、「社会」の最小単位は「家族」であるとされている。

これはオルクセン国内において、オーク族やコボルト族には当てはまるが…

血縁関係を持たない白エルフ族・ダークエルフ族においては当てはまらない。

彼女たちにおいては同じ白銀樹から生まれた集団、「氏族」を最小単位とするべきか否かについては議論を待つところだが…閑話休題である。

 

では「軍隊」における最小単位とは?

 

これは近年に置いて二人一組であるとされている。

 

1人が進行で見ている方向とは違う方向をもう1人が確認し、死角をなくす。

 

このような戦術を、「ツーマンセル」と呼ぶ。

 

星暦九四一年。

 

まだ真新しい黒の士官服に身を包んだオーク族の牡がオルクセン連邦北部・メルトメア州の第七擲弾兵師団の駐屯地にほど近い駅に降り立った。

 

顔つきはまだ若い。幼いといっていいほどだ。長寿のオーク族で、働き盛りと言われるのは100歳を超えてから、とされるが彼はまだその年齢に達していなかった。

 

だがその体躯は堂々としたものだ。グスタフ王の治世に置いて食糧事情が改善したのち、オーク族の平均身長も平均体重も大いに伸びたが、その平均をさらに上回っている。

 

そのあどけない顔立ちに堂々した体躯を真新しい軍服に包んだ姿は、やや頼りなさげなアンバランスさを醸し出していた。メモ用紙に何度も不安げに目をやり、あたりをきょろきょろと窺っていたのではなおさらである。

 

「…准佐…!カッツェ准佐!」

 

雑踏の中でようやく、己の名を呼ぶ声が耳に入り、ロベルト・カッツェ准佐は安堵のため息をつき、その声の方向へと足をむけた。

 

彼を呼んでいたのもまた軍服姿のオーク族の牡だった。こちらはずいぶんと年嵩である。

軍服に付けられた階級章は曹長を示していた。こちらに歩み寄ってくる年若いカッツェ准佐にややごつさのある牡らしい笑みを向けた。

 

「出迎え、お手数かけ申し訳ないです、先任曹長殿。」

「遠路お疲れ様でありました。リンド・タイラー曹長であります。…上官が部下に敬語を使うべきではありませんぞ?」

 

リンド・タイラー曹長の前に立つと、ぴたり、と体を停め、美しさを感じるほどの丁寧な所作で敬礼を行うカッツェ准佐。その所作だけでもしっかり体幹が鍛えられているのが見て取れ、なるほど、机にかじりついてきた士官大学校出の若僧とは一味違うようだな、とタイラー曹長は第一印象で好感を持った。

タイラー曹長とカッツェ准佐とでは親子ほど…下手をすると祖父と孫ほども年が離れている。

 

「いえ、若輩者でご指導、ご鞭撻いただく身ですので…」

 

タイラー曹長の苦言に敬礼を解きながら、生真面目そうにかぶりを振るカッツェ准佐に、なるほど出世コースから外れたわけか、と内心苦笑しつつ、駅のホームから車を待たせてあるロータリーへとカッツェ准佐を案内した。

 

近年、発明された内燃機関によるガソリンエンジン車が普及しはじめていたが、カッツェ准佐の出迎えの車は昔ながらの輓馬が引く幌付きの馬車だった。御者台にはこちらも軍服姿のコボルト族・コーギー種とテリヤ種の2人の牡が腰掛けていた。階級章は一等兵。

 

「お待たせして申し訳ない。お願いします。」

 

こちらの一等兵にも律儀に声をかけ、敬礼をするカッツェ准佐。敬礼をされたコボルト族の2人はすっかり面食らった顔をしてしまっていた。「ずいぶん変わり者の上官がおいでになったようだ…」と感じたようだった。

2人のコボルト族が御し、2人のオーク族を乗せた馬車は、輓馬らしいのんびりとした速度で駅のロータリーを、黒煙をあげるガソリンエンジン車を避け、駐屯地へ向かい始めた。

 

第七擲弾兵師団、師団愛称「ノルデン・イーバー」

 

オルクセン王国時代から脈々と続く最古の歩兵師団。

 

精鋭ぞろいの屈強な師団とはいえ、首都ヴィルトシュヴァインの士官大学校卒の准佐が着任するとなれば…

 

おおむね、士官大学校出の佐官となれば中央の参謀本部の幕僚や首都防衛隊でもある第一擲弾兵師団に着任することが多い。カッツェ准佐は出世コースから外れ、半ば左遷という形でに着任となったのだろう、タイラー曹長はそう察していた。

 

「遠方地への着任です。ご家族は心配されなかったのですかな?」

カッツェ准佐の着任から数週間。生真面目な性格から精力的に事務方や訓練などの任務に取り組み、下士官や兵からも「真面目に過ぎるが悪い佐官でもないようだ」と好意的な評価が上がり始めたある午後。

 

オルクセン軍でも取り入れられている午睡の時間をも削り、書類作成に没頭していたために、ややうとうと…としてしまっていたカッツェ准佐に、目覚ましの世間話のつもりで声をかけたタイラー曹長は…思いがけない返事を聞くことになる。

 

「家族は…おらんのです。父は軍人だと思うのですが…」

「…思う、とは?」

「母は、ベレリアンド戦争の折にアルトリアに出稼ぎにいった娼婦だと…ぁ、いえ…今のは忘れてください。」

 

眠気からやや判断力を鈍らせてしまったのだろう、普段ならこんな話は相手を不愉快にさせてしまう、と秘してした己の出自を口走ってしまい、そのあどけなさを残す顔をゆがませてしまうカッツェ准佐。

 

タイラー曹長も従軍していたベレリアンド戦争。オーク族の抑えきれぬ欲望を満たすためにオルクセン軍の兵站は異様に発達しており…占領下のエルフィンドの町にも公娼施設の設置は速やかに行われた。

 

その後、「10年に1人生まれれば町がお祭り騒ぎになる」と言われるオーク族・コボルト族でも多くの祝福されぬ「私生児」が生まれてしまうことになる。

 

困窮や未就学にあえぐ「私生児」に積極的に手を差し伸べたのは、「国民の王」グスタフ王だった。

私生児たちを養う「孤児院」が設立され、衣食住を充足させ、教育を施し、多くの私生児たちを他のオルクセン国民とかわりがないように社会に送り出した。

ディネルース・アンダリエル妃も孤児院の運営に関わり、「私生児」たちはやがて「グスタフ王の子供たち」と呼ばれるようになる…

 

そして…オルクセン連邦軍の参謀本部は、今現在完全に内部硬直を生じていた。

「人が3人集まれば派閥が生まれる」などと言われるが、参謀本部はまさにその派閥争いの真っ只中であり…

「グスタフ王の子供たち」であるカッツェ准佐はどの派閥に属しても影響力を発しえない、とされたのだろうとタイラー曹長は理解した。

 

季節はすぎ、北風に肌を刺すような鋭さの寒さが混ざり始めたころ…

 

オーク族としては若者の集まる軍である。ちょっとしたことからその「腕力」を振るってしまう、というのは軍の古今東西を問わず、自然に発生してしまうことである。

 

タイラー曹長が事務方への書類提出のために中隊の訓練から離れている隙に…その喧嘩は発生してしまった。

 

一度始まってしまったオーク族同士の殴り合いは、同じオーク族同士といえどなかなか仲裁は難しいものであり…

また、娯楽の少ない軍内のことである。無責任にやれやれ、決着をつけてやれ!と煽る者も少なくなかった。

 

「…あいつら…!ええい!やめんか…?」

 

ちょうど事務方から、カッツェ准佐を伴って訓練場にもどってきたタイラー曹長が、一喝して喧嘩を停めようとしたところ…その肩を引きとめてとどめたのはカッツェ准佐だった。

 

喧嘩をしていた2人の兵が肩で息をし、その手が止まり始めたタイミングを見計らい…

 

「中隊傾聴!!」

 

と、雷鳴のごとく響き渡る号令をかけたのはカッツェ准佐だった。

 

「自主的な訓練、ご苦労様です。我ら魔族も、人間族も…生まれてくる時は裸です。その無手の技から練るのは道理ですな。しかし…あまり大きなケガのでるものはいただけません。訓練で使用できるエリクシル剤にも限りがありますから。そこで…」

 

真顔でそういうカッツェ准佐に、真面目な話なのか冗句なのか、中隊が戸惑いながらその言葉に耳を傾けるなか…塹壕作成訓練のためにおかれいたツルハシをずるずる、と引きずり、訓練上に円を描いていくカッツェ准佐。その直径は6メートルほどになるだろうか…

 

「道洋はアキツで行われている武術の1つで…スモ…?スモウ?といったと思いますが…殴るのは禁止、足を相手の足にかけるのは可、この円の外に相手を追いやるか、足の裏以外を地面に付けたら負け、というルールだそうです。」

 

からん、とツルハシを投げおくと…おもむろに軍服の上着を脱ぐカッツェ准佐。

 

「…私に勝てれば…特別休暇かビール1杯か…好きな方を差し上げます。どうぞ?」

 

カッツェ准佐の言葉をタイラー曹長が止める間もなく、わぁ!!と上がる歓声。オレが、いやまずオレが!と1人づつ、訓練場に描かれたサークルに入っていくオーク族兵。

 

古参兵から言えばはるかに年下、士官大学校出で言ってしまえば「もやしっ子」だと侮り、サークルの中で力任せにカッツェ准佐を追いやろうとするものの…

カッツェ准佐は巧みに相手の力を活かし、いなし、次々と「挑戦者」たちに土をつけていった。

鍛えてはいるのだろう、と思っていたタイラー曹長も舌をまくほどだ。

さすがに後半ともなればカッツェ准佐も息が上がり、2人ほどの古参兵に土をつけられるとまた大きな歓声があがった。

 

「曹長!タイラー曹長!最後はぜひ!」

「お、おい!」

 

若手の兵に促され、困惑しながらも…サークル上のカッツェ准佐がうなづくのを見てやれやれ、とため息をつき、上着を脱いでサークルへ入るタイラー曹長。

 

「准佐は優しすぎますな?喧嘩をした兵の処分を避けるためですか…」

「まぁ、それもありますが…このあたりでそろそろ腕っぷしも見せておく必要があるかとも思いましたので…」

 

サークル上でみあい、小声で話しかけたタイラー曹長に苦笑交じりに答えるカッツェ准佐。

 

真面目に任務に取り組むだけでなく、兵の心の機微も理解している…

 

いい、実にいい佐官だ。いい上官だ…

 

タイラー曹長は惚れ惚れする思いだった。

 

タイラー曹長としても初めて経験するスモウ、だったが…なるほど、白兵戦の訓練としても悪くない競技だと感心しながらも…

 

この若さで、タイラー曹長が目いっぱいの力で押し出そうとしてびくともしないカッツェ准佐の鍛え方にまさに瞠目した。

さらに、こちらの力を活かし、バランスを崩しにかかってくる。

 

それまでのスモウの中で一番時間の長い「大一番」となったあと…土をつけられたのはカッツェ准佐だった。

 

「さすが曹長!」「いやいや准佐もお疲れだったからな」「それにしても准佐殿はお強いな!」

 

このスモウをきっかけに、カッツェ准佐はすっかり中隊の下士官、兵員に溶け込み…

また、なにか喧嘩のきっかけになりそうなことが発生すると「スモウでけりをつけよう」ということが流行し、喧嘩によるケガの発生が減少する副次的な効果もあった。

 

その後、カッツェ准佐が率いる部隊は団結力を高め、ノルデン・イーバーの中でも屈指の精鋭部隊に成長する。

そのカッツェ准佐の傍らにはつねに…先任曹長としてカッツェ准佐を補佐し、ツーマンセルのバディとしてタイラー曹長が控えていた。

 

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