ロベルト・カッツェ准佐は第七擲弾兵師団にすっかりなじんでいった。
その体躯と佐官でありながら生真面目に心身を鍛える事にも余念がなく、体力有能技能章や剣術優良技能章も収得。
また、机上戦術訓練などにおいても高い指揮能力を発揮し、最近師団内において「彼はカッツェ(猫)ではない、ルクス(山猫)だ!」と評されるようになった。
そんな評価に伴い、カッツェ准佐の率いる隊には「ルクス」のコール・ネームが割り当てられることが決定した。
「…それで…青〇三(ブラウ・ドライ)からの連絡は?」
首都・ヴィルトシュヴァイン近郊の首都大演習場。
第一擲弾兵師団と第七擲弾兵師団との師団対抗演習の只中に、カッツェ准佐達の隊はいた。
「…感ナシ、っすね。」
カッツェ准佐の問いかけに、努めて明るく肩をすくませて答えたのはコボルト族の通信兵、ラウド・ポプラン軍曹、ビーグル種。
ポプラン軍曹は魔術力もコボルト族の中では高く、また、近年発明された無線通信機の扱いに精通し、隊の通信を担当していた。
が、この無線通信機…作戦中の電力を補うために大容量蓄電池を必要としており、あまりに大型でコボルト族では運搬できず…ポプラン軍曹のバディとなるオーク族のアドラー・ケッセルリンク一等兵が背負って運搬していた。
首都大演習場も、ベレリアント戦争開戦前、ディネルース・アンダリエル少将が視察した師団対抗演習の頃に比べると大きく様変わりしていた。
ベレリアント戦争で萌芽し、第一次世界大戦で完成の域まで達した戦術…「塹壕戦」のためである。
一部を農家や酪農家に貸し出していた牧歌的な雰囲気から一転、まるで迷宮のように塹壕が張り巡らされ、有刺鉄線で囲うなど物々しい演習場へと変貌を遂げていた。
第一擲弾兵師団はその塹壕とベトン製の防衛施設、トーチカを有して防衛側の赤軍、第七擲弾兵師団はその塹壕へと浸透進軍する攻撃側の青軍、というのが今回の師団対抗演習の設定だった。
「どーにも…アレに排除されたってー判定じゃないっすかね?】
「耳」もいいポプラン軍曹が指を空に向けると…まるでタイミングを合わせたようにぶうううん…!と轟音をひびかせ、カッツェ准佐達の隊の頭上を金属の鈍い光を反射させた翼が通り過ぎた。
航空機。
第一次世界大戦あたりから人間族が大鷲族の優位性に近づくために生み出された工業製品。
今回の演習では赤軍に航空機が、青軍に大鷲族大隊の偵察小隊が参加しているのだが…
航空機は上空で火器の使用が可能となっており、空中での射撃によって大鷲族は演習場から離脱を余儀なくされ、青軍の空中偵察は演習2日目にして機能不全に陥っていた。
なお、航空機により空中攻撃は、相手の背後を取り合う戦術がまるで闘犬のようであり、このような戦術を「ブル・ファイト」などと呼び始めているようである…
「と、なると…これ以上の塹壕浸透行軍は危険かもしれませんな…航空機偵察でこちらが発見されるのは時間の問題でしょうし…」
塹壕内で身を低くし、カッツェ准佐の隣でリンド・タイラー曹長は忌々しげに空を見上げた。
「…いえ、そうは言い切れないと思います。」
タイラー曹長の言葉に、地図を広げながらカッツェ准佐は考えを述べ始めた。
「大鷲族なら…すぐ真下をみることができるので空中偵察の効果が大きいんです。航空機の場合…今回参加しているDH-54は顕著ですが、乗員はコボルト族1名です。操縦席は機体の上部…翼もありますから、真下を観るにはあまり向いていないはずです。現在のところでは偵察効果としては機体正面、遠方の視認のみのはずです…ポプラン軍曹、演習統制部からの連絡はないですね?」
無線通信機の発展により…演習において隊への損害が出た、と演習統制部が判定した場合、無線通信機を通じて参加している兵員を演習場より退去させたり隊の進行を停止したり…と指示を行うようになっていた。
「これだけ塹壕内へ浸透し、演習統制部から損害指示がないことを考えると…赤軍はおそらく、我が中隊を見落としています。」
カッツェ准佐は、今回の演習において魔術力の高いコボルト族兵士を演習参加隊に編成。
コボルト族の魔術探知で、敵兵の「少ない」方へと浸透していく…ネニング平原会戦でエルフィンド軍が採用していた戦術を模倣した作戦をたてていた。
「…ケッセルリンク一等兵。どれくらい浸透できてると思いますか?」
「…本日の浸透開始起点から、5キロほどは進めておると思います。」
ケッセルリンク一等兵はメルトメア州でも海沿いの生まれだった。趣味は最近頓に発展し始めた近代登山。
その趣味が高じたのか…ケッセルリンク一等兵の歩測は大変に正確だった。まるで計測機器一式が頭の中で準備されているようなものだ。
「予定より浸透できてますね…赤軍の側面か背後に繞回できて…」
カッツェ准佐が、独身の気楽さからかずいぶんと大枚をはたいて購入し、たまに中隊の士官たちに自慢する三稜鏡方式の野戦双眼鏡を手に、塹壕からを身を伸ばし、演習場をのぞき込んだ後…言葉を切り、ずるずる、と塹壕内へしりもちをつくように戻り…先ほど広げていた地図をにらむように見つめ始めた。
「…カッツェ准佐?」
「…タイラー曹長。ウィロック一等兵とボーレル一等兵を呼んでください。」
ロバート・ウィロック一等兵とダスティン・ボーレル一等兵はともにメルトメア州の山岳地帯出身の幼馴染だった。
こだわりの山地酪農による乳製品をつくる商家のウィロック家と、林業経営だったボーレル家。ロバートもダスティンも、子供の頃は山地を遊び場として育ち、本来なら山岳猟兵の適正を認められるところだが…
「これ以上山地を歩き回らされてたまるか」とそろって擲弾兵の試験をうけ、「あんなところ歩き回ってなにが楽しいんだ」とケッセルリンク一等兵を揶揄うのが常だった。
が、山育ちの常で、2人とも大変に「目」が良かった。
「2時の方向。建物がみえるのですが…私の目では立哨が居るかまでは確認できなくて…」
三稜鏡方式の双眼鏡を2人に渡し、先ほど演習場をのぞき込んだ際に見えた建物の確認をさせるカッツェ准佐。
「立哨は…居りますね。さすがにこの距離では赤軍の者か演習統制部の者か判別はつきませんが…」
「…有刺鉄線がぐるりと囲んでいるようです。軍事施設とみて間違いはないかと。」
ウィロック一等兵とボーレル一等兵とが交互に双眼鏡で建物をのぞき込み、それぞれ見えたものを報告する。
カッツェ准佐は地図を広げ、先ほどの建物の位置を鉛筆で書き込んでいた。演習初日、空中偵察をしていた青〇三の報告にはなかった施設だ。見落としか、報告する前に演習から排除されたか…
赤軍の施設なら攻撃すればなんからの打撃を与えることができる。ただ、演習統制部の管理する施設なら無駄足になってしまう…
「…あの施設を攻撃します。」
カッツェ准佐は地図をしまいながら決断をくだした。
「ただ…理由は私の勘、というものにすぎません。付き合わせる皆さんにはもうしわけないですが…」
「なにをおっしゃいますか。今、この場で准佐の勘ほどあてになるもんはねーっすよ?」
ポプラン軍曹が明るくいい、塹壕内の隊は攻撃準備に入った。
塹壕内から腹ばいで身を乗り出し、ギリギリまで匍匐前進で建物まで近づき、建物の立哨が感知する前に攻撃を開始。立哨は赤軍の者で…倍以上の人数で取り囲まれた場合は排除されたと判定されるため、カッツェ准佐は赤軍の立哨に演習場からの退去を指示。中隊に随伴していた工兵隊から抽出していた小隊を呼び寄せ、有刺鉄線(とはいっても、演習場に置かれているのは無駄な怪我を避けるためにワイヤーをぐるぐる巻きにして有刺鉄線に模したものだが)の除去を指示。
建物内部に侵入すると、果たして…
「こいつぁ…ビンゴですぜ!赤軍の無線通信中継基地です!」
オーク族が5人も入れないほどの狭い建物に置かれた大型機械を一目見、ポプラン軍曹が歓喜の声を上げた。
無線中継基地なら、大型アンテナを伴っているはずだが…施設内の通信機から有線を伸ばし、そのあたりの樹木にアンテナを偽装しているのだろう。手の込んだことをする…
カッツェ准佐はポプラン軍曹に演習統制部への無線通信を開かせた。
「こちらルクス〇一。演習統制部へ。赤軍の無線通信中継基地を発見。こちらの破壊を宣言したい。送れ。」
「こちら演習統制部。ルクス〇一。そちらの施設のドアに登録番号が刻印されたプレートがある。番号を送れ。」
「…これか。演習統制部、番号は「R44356」だ。送れ。」
「ルクス〇一、復唱する。「R44356」だな?…確認した。工兵小隊を随伴している場合は爆薬箱をドアの前に設置、建物内にある黒い旗をドアに掲げて5分待機。随伴してない場合は赤い旗を掲げ、10分待機したのち演習に復帰してくれ、終わり。」
…なるほど、工兵による爆破を行える場合と、爆薬無しでの破壊工作とではちがっているとルール化されているのか、とタイラー曹長が妙な関心を覚えながらも…工兵隊に爆破工作(こちらも演習であり爆薬は所持しておらず…「爆薬である」と設定された木箱をおくだけであるが)を指示。
5分間とはいえ貴重な小休止となり…隊全員に軽糧食(あの悪名高い「ハードタック」を…曲がりなりにもオルクセン流に改良した、ビスケット食のようなものだ)を摂らせた。
「さて…友軍とは離れてしまいましたか?」
この5分の時間を活かし、地図を確認するカッツェ准佐とこの後の行動について打ち合わせるタイラー曹長。
「…友軍との合流を優先します。」
カッツェ准佐の言葉に、やれやれまたあの塹壕内を引き返すのか…と辟易した顔を見せる兵たちに、カッツェ准佐は驚きの方針を示した。
「抽出していた工兵小隊に、コボルト兵を中心とした小隊をつけ、そちらは塹壕内を引き返させますが…主力はまっすぐ…演習場を進んで友軍と合流します。ポプラン軍曹。友軍と赤軍と…もっとも密集していそうな場所の魔術感知をお願いします。」
「…交戦中の赤軍と青軍のど真ん中を突っ切るんでありますか…?」
「それがもっとも赤軍への奇襲効果が高いはずです。」
しかも赤軍の背後か側面か…魔術感知派を受け取った赤軍は突然その場所に青軍の中隊規模の戦力が降って湧いたように感じるはずだ。
一見無茶なような作戦だが…オーク族の好むところだ。わ!と小さくオーク族兵が歓声を上げ…俺は主力に随伴だよなぁ…とポプラン軍曹は肩を落とした。
「では…行きましょうか。我々兵隊の仕事は…」
「走ること!だ!ルクス中隊!駈足!行動開始!」
工兵小隊とコボルト兵を中心とした小隊を塹壕に向かわせ、準備が完了した主力隊。カッツェ准佐とタイラー曹長の号令に、主力に随伴するコボルト兵はオーク族兵に抱え上げられながら…威風堂々、ルクス中隊主力は演習場を駆け始めた。
演習2日目。演習統制部は赤軍に対し、無線通信の使用を停止するよう指示。この際、公平を期すため、無線通信中継基地が「破壊された」のか「占拠されたのか」までは伝えなかった。
そのため、赤軍司令部は無線通信基地の現状を把握するために兵員を割るべきか、すぐに魔術通信に切り替えるべきかで論がおき、紛糾。その間前線への指示が停滞し…青軍は千金詰んでも得られない貴重な時間を稼ぎ出した。
演習3日目。赤軍は無線通信が復帰しなかったため(実は無線通信機中継基地に掲げられた旗が赤だった場合、工兵中隊を派遣すれば無線通信は回復する設定だった)、航空機との連携に魔術通信の使用を開始。これにより青軍は逆探知によって航空機の位置をある程度まで正確に把握。航空機の針路上で集中した火力により「対空弾幕」をはる作戦を開始。これによって航空機は被弾したと判定、航空機も演習場より離脱を余儀なくされる。
演習4日目。お互いに「空からの目」を欠いた状態ながら…演習2日目の混乱と、無線通信が行えない赤軍はじりじりと戦線を後退。ついにはトーチカ1つの機能を失い…「伝統の一戦」ともいうべき第一擲弾兵師団と第七擲弾兵師団との師団対抗演習は、第七擲弾兵師団の勝利と判定され、その勝率を五分に戻した。
カッツェ准佐率いる中隊主力は…演習2日目、交戦中の赤軍の背後を突くことに成功するものの…赤軍への増援として司令部から派遣された援隊とに挟撃され、全滅と判定された。
師団対抗演習の各隊の成績について…
カッツェ准佐の隊は、演習2日目の塹壕内の長距離浸透と、敵施設への攻撃が独断専行と判定され、減点。演習2日目での全滅が減点。
また、カッツェ准佐の隊が塹壕内浸透で最大の浸透距離であったことが加点。敵施設攻撃により赤軍が無線通信を使用できなくなったことが加点。2日目の戦闘が、包囲を受けていた友軍の解囲行動につながったとして加点。
ぎりぎりのところで、成績「優」を獲得することができた。