人食いアンドロイドは夢も食む   作:knk

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長すぎた一話を二話に分割しているだけなので既読済みの方、ごめんなさい。


2話 目覚めの残光

 

 感覚的には15分ほど経った。

 僕は魔法使いを詳しく知らないけど、こんなに魔力があるものなのだろうか。少なくとも昔のニィウであれば数分でヒイヒイと汗を流してへたり込んでいた。チラリとニィウの表情を盗み見れば平然としている。まだ六割を切ってないのか、凄い余裕そうだな。まあ当時E級だった冒険者が、今じゃA級なんだからこれくらい出来てもおかしくはないのかもしれない。

 

 再度少女の顔を見る。相変わらず安らか寄りの無表情で、ぐったりと力が抜けたままである。僕は頭を撫でた。意味は無いと思う。ニィウも僕が何もしなくても魔力は注入できると言っていた。それでも何かしないと落ち着かない気分になって、気付けば右手が絹のような髪の毛をゆっくりと撫でてしまう。当然それで何か変化があるかと言えば一切無く、少女の髪型が少し歪になっただけだった。

 

 ───残念だけど、諦めた方が良いかも知れないな。

 そんな空気感が僕とニィウに漂い始めた、その刹那だった。

 

 目尻がぴくぴくと上下して、瞼がゆっくりと上がる。白雪を被ったような長い睫毛が上下に開く。

 気品さすらある紫色の虹彩だった。目を奪われる。宝石みたいにキラキラとしていて、明星が夜空を照らし上げて少し明るくなった空みたいな、そんな超自然的な感想すら抱かせる。とにかく造り物みたいで凄い綺麗だった。いや造り物だったか。

 

 少女は完全に覚醒しきったように目を開くと、僕を凝視した。

 右手を離すと、ニィウとつい顔を見合わせる。

 ……ほんとに魔力で正解だったのか。

 

「貴方が私の所有者ということでしょうか?」

 

 第一声は造り物とは思えないくらいに凛とした音色だった。少女はずっと僕のことを見ている。困ったな。僕は所有者を騙ってこの少女をウェイトレスにと思っていたけど、今ここにはニィウがいる。

 

「いいや、僕は所有者じゃないよ。倒れていた君を拾っただけだ」

「そうですか」

 

 のっぺりとした沈黙が広がった。少女は目をパチクリさせて、ただ僕を凝視している。自分がどこにいるのか、今何が起きているのかなんて気にならないみたいだ。確かにその反応は人間っぽさはないな。

 その結果、気まずい沈黙が横たわった。

 何かお前が喋れというニィウの圧を背中に感じる。

 

「分かりました」

 

 まずは名前でも訪ねてみようかと考えていると、少女は薄い桜色の唇を戦慄かせる。

 

「所有履歴が欠損しています。どうも私には記憶が無いようです。暫定処理として貴方を所有者として登録しても宜しいでしょうか?」

 

 記憶が無い……?

 いや、そういうこともあるのか。

 少女が倒れてから10日くらいは経過しているわけで、中身が機械でその間動力源となる魔力が一切無かったというなら多少不具合が起きてもあり得そうなことだ。

 それで、所有者がいないから魔力を注ぎ込んだ僕を新たな所有者として登録しようとしていると。ニィウの言う通りになってしまったな。

 

「どうするのよ」

「決まってるさ。拾った責任もあるし」

「は?」

 

 何か凄まれた。ニィウを一瞥すると限界まで目が吊り上がっている。ここまで目付き悪くなるとは、人って時間で変わるもんだなあ。

 ともあれ、非常に好都合だ。

 僕は少女と向き合って屈むと、なるべく優しい声で出す。

 

「分かった、じゃあ僕が今日から所有者だ。宜しくね」

「分かりました。お名前をお聞かせください」

「ルエン・ギュンタイン。ルエンで良いよ。僕は君のことを何て呼べばいいかな」

「ありません。ルエンが決めてください」

機械人形(アンドロイド)なのに呼び捨てなのね……」

 

 つい零したみたいにぽつりとニィウが言った。それはちょっと思ったけど言わない約束だろうに。

 でも名前か、今すぐ決めるとなると難しい。元々僕はネーミングセンスがあまり良くない方だ。

 視線を倉庫内に彷徨わせてみる。ミルク、干した肉、数々の野菜……。

 何か名前になりそうなものは、そうだな。

 

「ブイヨンとかどうだろう」

「止めなさい。絶対に後悔するわよアンタ」

「だよねぇ……」

 

 流石に食材過ぎるよなぁ。僕ってどうも名付けのセンスが無いらしい。

 もう少し良く考えてみる。

 まず身体的特徴から見ていこう。職人によって丁寧に磨き上げられた鉄みたいな銀色の髪、初雪に染まった白い肌、紫の瞳にあどけない顔。童話に出てくる少女みたいだからと安直にそういった登場人物の名前を付けたらまたニィウに咎められそうだ。

 後は口に血を付けて倒れていたってくらいだろうか。

 少女の顔をどれだけ見ても背後から襲って、人肉を嚙みちぎっていた食人鬼とは思えない。それ以前に何でそんなことをしたんだろう。この少女の動力源は魔力だった。つまり生存を永らえる目的で人肉を食べていた訳じゃない。どうしてそんなグールみたいなことを……。

 

「ククル、はどうかな」

 

 ふと適当に思いついたことを呟いてみる。グールはそのままな上にあまり宜しい名前じゃないから、少し変化を加えてククル。

 少女は僕の言葉から間を置いて、一度頷いた。

 

「分かりました。私のことは今日からククルとお呼びください」

「……ブイヨンよりはマシかな、ククルなら」

 

 難しい顔をしながらニィウは僕を一瞥した。何処から名前を取ったか分からないけど一先ずは及第点ねとでも言いたげな表情だ。グールから取りましたとか言ったらまた呆れられそうなので黙っておくことにする。

 

「そうだ、私はニィウ・ロールテッド。ニィウでいいわよ」

「はい、ニウとお呼びします」

「正確にはニィウだけど……まあいいわそれでも」

「失礼しました。ニィウですね」

「そうそう。まあ、もしかしたらここにはまた顔を出すかもしれないから一応宜しく」

 

 一応って来る気あんまり無いな。でも一年間来なかったことを考えれば妥当な気もする。

 少女、ククルはニィウを見た後に僕を再び見上げた。

 

「私はどうすれば良いでしょうか」

「空き部屋を案内するからまずはそこで暮らしてほしい。んで、早速仕事の話をするとここはしがいない定食屋でね。出来ればウェイトレスとかやってくれると嬉しいかな」

「かしこまりました。給仕と言うことであれば可能です」

「助かるよ。給金は弾むからさ」

「金銭は機械人形(アンドロイド)には不要です。使い方は所有者に委ねられています」

機械人形(アンドロイド)だろうが何かと入り用だろう。ま、そういう込み入った話は後に回そうか」

 

 僕は手を伸ばすと、ククルは意図を汲み取ってその僕の手を取って立ち上がる。機械人形(アンドロイド)とは思えない人の温かみを帯びた手だ。

 

「まずはここの案内をするよ。これから暮らす場所だからね」

「分かりましたルエン」

「と、ついでにニィウも来なよ。何だかんだ言って僕がどんな店をやってるかは気になってるだろ?」

 

 振り返って言えば、ニィウはくるっと丸まった毛先を弄りながら僕から目を反らした。

 

「それはどうでもいいけど、しょうがないから見てあげる。魔法工房を開くときの参考になるかもしれないし」

 

 素直に来るなら来るで良いのに。でもこれがニィウの可愛いところでもあるんだよな。こういう一画捻くれた性格は一年前から変わってない。知人が自分の知っている姿そのままっていうのは嬉しいもんだね。

 思わず微笑ましい気分になりながら僕は店の案内を始めた。

 

 厨房、店内の客席の順番で見回っていくと、次は裏にある僕の生活スペースへと連れて行く。一階にはシャワーやトイレといった水回り設備が集まっていて、二階は僕の部屋やリビングスペースや台所、更に空き部屋が4つほどある。なぜこんなに部屋があるかと言えば単純に空間が余ったからだ。一人暮らしだからこんな部屋があっても使わないことは明白だったけど、余った居住スペースの活用方法も思い付かず結局個室にしてしまった。お陰で管理が面倒だったりする。

 

「ククルの個室も充てがおうと思うんだけど、気に入った部屋とかある?」

 

 全ての部屋を見終えて、僕はククルを見遣る。相変わらず表情筋が固く、考えていることはあんまり読み取れない。

 

「私の部屋など不要です」

「そうは言ってもこれから私物が増えたりするじゃん。部屋は必要でしょ」

「では物置きを貸していただければ私物はそこに保管します」

 

 これは弱った。何でか非常に頑なだ。正直言って僕はそこまでククルのことを機械人形(アンドロイド)……物として見れないから、リビングで生活するとかは勘弁してほしいんだけど。

 どう説得をするか悩んでいるとニィウが眉を顰めた。

 

「じゃあ何処で寝る気なのよ」

「リビングで構いません」

「駄目でしょ。こいつがいるじゃない、寝顔とか見られるわよ」

「はあ、別に構いませんが」

「構うのはククルじゃなくてこの男なの! ああもう、なら着替えはどうするつもり?」

「着衣の脱ぎ着もリビングで問題ありません」

「だから問題大有りなの! せめて個室を借りなさい!」

 

 僕の懸念を全て言ってくれたな、ありがたい。

 肩を上下させながら捲し立てるニィウに、ククルは目を白黒させて小首を傾げる。

 

「何故所有者ではない貴方の命令に従う必要があるのでしょうか?」

「この子……!」

「まあまあ落ち着いて、ククルも悪気がある訳じゃないから。ククル、君に魔力を注ぐ時にニィウには手伝ってもらったんだ。そう邪険にせずある程度は耳を傾けてくれると助かるよ」

 

 そう言うとククルは若干顔を俯かせて、唇を震わせた。

 

「ルエンの言うことなら分かりました」

「うん。ニィウの言うことも一理、いや百理あるんだ。僕も年頃の男だからね。ククルには是非自室を持ってそこで自分だけの生活空間も作って欲しいと思ってる。駄目かな?」

「不要と思われますが命令であれば受け入れます」

「なら命令だ。空室から好きな部屋を一つ選んで自分の部屋を決めてくれ」

 

 僕はククルの頭をぽんぽんと叩いた。命令が好きじゃないからだ。上からの物言いをすると他人の人生に制約を課してしまう気がして、どうしても心が荒んでしまう。せめて態度くらいは柔和で行きたいものだ、今の僕は定食屋の主人でしかないのだから。

 

「分かりました。ではここにします」

 

 ククルは悩ましげに右手を顎に当てて熟考した上で、角部屋で日当たりが良く部屋も最も広い部屋に決めた。機械人形(アンドロイド)だからか、良い判断基準を持っているみたいだ。

 

「じゃあちょっとベッドで待ってて」

「分かりました。こちらで待機します」

 

 僕はククルを部屋に待たせて、ニィウを一階に連れて行く。ククルには聞かれたくない話をするためだった。

 

「今日はありがとう。凄い助かったよ」 

「別に大したことはしてないわ。適当に言ってみた仮説が偶然当たっただけよ」

「ニィウからすればそうかもしれないけど、僕にとって正しく魔法みたいだった」

 

 ニィウはまた自分の前髪を弄り始めた。照れている時は前からこんな仕草をする。

 

「それで、もう一つまでお願いがあるんだ。図々しいと思うけど」

「聞くだけ聞くわ。何よ今度は」

「魔力を供給する方法について教えてほしい」

「ああそうゆう。確かに道理ね。アンタ一人じゃ出来ないんだもんね。全く面倒くさい。教えてあげるけど暫くは私が定期的にここ来るわよ」

 

 面倒と言う割に弾んだ声だ。案外この状況を一番楽しんでいるのはニィウなのかも。

 

「その代わり、ここのご飯は全部無料にしてくれるんでしょうね?」

「勿論。何食べても代金は構わないよ」

「定食屋なんだから大して高いものなんてないでしょうに」

「そうだね……そうだ、今回分含めて依頼料出すよ。ちゃんとギルド通して個人依頼って形で。流石に無料って訳には行かないから」

 

 思えば今日の件は最早相談の範囲を大幅に越している。適切な依頼料を振り込むべきだ。でも今後もニィウのようなA級冒険者に依頼となるとかなりの額面になっちゃうのがネックだな。解決策も分かった事だし、今後はもう少し低ランクで安い他の冒険者に依頼を投げてもいいかもしれない。

 金勘定に頭を回していると、ニィウは端金など要らないとばかりに手を振った。

 

「アンタの金なんてお断りよ。その代わり料理、期待してるから」

「ホントにいいの? 僕もそれなりに稼いでるから遠慮はいらないよ」

「止めてよ気持ち悪い。そんな仲じゃないでしょうが私たちは」

 

 本気で渋面を作るニィウに僕は金銭での支払いを諦めることにした。こうなったニィウはとにかく頑固で自分の意見を曲げてくれない。

 

「……わかった。甘えさせてもらうよ」

「そうそう、アンタなんて精々私の度量の広さに甘えていればいいわ」

 

 度量の広さって……その言い方だと僕がお願いして金銭の支払いを免れたみたいな言い方だなぁ。免れたのは事実だから何も言わないけどさ。

 ニィウは杖を持つと軽く息を吐く。

 

「じゃあ私、帰るから。今日だって毎日忙しい中来てあげてるの。今度は何時になるか分からないけどまた来るわ」

「あ、うん。本当にありがとう」

 

 毎日忙しいと言う割には直ぐに僕の店来てくれたんだよなニィウは。忙しいのは本当だろうけど素直じゃないのは確かだ。

 踵を返して立ち去ろうとしたニィウは、ふと立ち止まると振り向いた。

 

「やっぱり一つだけ聞かせて」

「いいよ。なんだろう」

「魔王が死んだ日とアンタが冒険者を廃業した日が重なっているのは偶然?」

 

 突然何を言ってるんだろうニィウは。

 そりゃ魔王っていうのはいたさ。つい去年までの話だ。それが正体不明の勇者に討伐されて今日、言うほど平和にはなっていないものの今現在のところ多少は情勢は落ち着いた。

 その功労者が僕?

 そんなはずが無いだろうに。

 まあ敢えて言及するとなれば、

 

「必然ではあるね。僕がやったとかそういう話じゃなくて、金も丁度貯まって平和になったから定食屋も穏当に開業出来そうって見込みが付いて、廃業するには凄い良いタイミングだったんだ」

「……そう。ならいいけど。じゃあね」

 

 きっと求めていたニィウの回答ではなかった。何か言いたげな吐息交じりの言葉に、それでも特に言及することはなく、ニィウは今度こそ視線を僕から切った。

 小さな背中が遠ざかる。

 それが何だか気落ちした姿に見えたので、せめて次来た時は精一杯の料理を振舞おうと僕は考えた。

 

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