人食いアンドロイドは夢も食む 作:knk
ニィウ・ロールテッドはA級冒険者である。
齢14の頃から夢見がちな青年や荒くれ者たちが集う冒険者稼業に少女ながら身を投げ、順当に魔法使いとして実力を蓄え気付けば5年。最年少A級冒険者として界隈ではそこそこ有名になり、今では冒険者を目指す少年少女の憧れの人となっていた。
しかし、プライベートとなればニィウだって一人の少女に過ぎない。
「あーーー。なんで私ああなっちゃうのよ……!!」
年単位で住み込んでいる宿屋で激しい自己嫌悪に苛まれながら、ニィウは隣室に聞こえそうな声量なのも憚らずに大きく叫びながらベッドに倒れ込んだ。恥ずかしさを削ぎ取るみたく枕に顔を擦り付けては意味の無い奇声を発する。
「最悪だわ……ここ一年で最鬱だわ……」
奇声を上げるターンが終わると、次には譫言を上げ始めるその姿は年頃の娘でしかない。周囲からは年齢以上に持ち上げられることも多く、その名声を意識した立ち振る舞いをしているが、それでも中身はまだ19歳の少女と言っていい年齢。こういった他人から見られたら間違いなく悶絶物の奇行も自室では結構やる。
こんなにも心が惑わされる原因は元パーティーメンバー、ルエンにある。
ニィウにとってルエンの存在はかなり大きい。大きかった。具体的にニィウの心情を借りれば『ルエン? いや別に同時期に同年齢で同じ志を持った戦友で、ちょっとだけ気になるところもあるかなぁなんてそういう意味とか全然無いしただの平凡な冒険者よ!』と曲がりくねった好意を表明するのだが、当の本人は顔を赤らめつつも決してその好意を行為として肯定することは無いだろう。
ゴロゴロ。ゴロゴロゴロ。
繰り返し枕に頭を擦りつけるように転がり付けて、ピタリと疲れたように止まった。
「そもそも……素直に頷く必要ないじゃない」
ポツリと零れ出た言葉にドッと力が抜けた。
ニィウがルエンとのパーティーを解散したのは三年ほど前のことだ。それなりにランクも上げ、新入りの中でも一廉の冒険者として見られていたニィウは仕事とは別に問題を抱えていた。
異性として意識されたい。
親しい異性にちやほやされたい。
そんな当時15歳と多感なお年頃であるニィウからすれば至極当然に生じてしまう感情、その矢印がルエンへと向かった。
その転機となったのはC級パーティーからきたニィウ個人への勧誘だった。
C級といっても当時B級も間近と目されていたより上位のパーティーからの勧誘にこれだとニィウは確信した。ニィウは別に興味は毛程も無かったが、使えると感じたのだ。パーティーから抜けると言えばかなり引き留めて、何なら普段ならば言わない言質もルエンから取れるのではないかと子供ながら甘い思いから画策をして、そしてそれは失敗という形で幕を閉じた。
ただ、本音を言えば引き留めてもらえればそれで良かった。
しかしルエンは一切の考えを挟まずに「おめでとう、流石ニィウだね」と祝福の言葉を投げ掛け、次の句はあろうことか「パーティー解消の申請はこっちでやっておくよ」である。血も涙も情も無い。嫌いだ、嫌い嫌い嫌い。ニィウは結局ルエンを呪いつつもそのパーティーに入って、以降はロンダリングするように毎年違うパーティーで仕事をした。仕事をする中で、あれ私が愚かだったのでは? と自分に対する疑念のようなものも抱き始めたのも事実だったため態度はすぐに軟化したが、そのしこり自体は未だに抱え続けている。
冒険者を辞めた時だってそうだ。手紙一通で済ませてきた。それがムカついたから謝って来るまでルエンが開く定食屋には行かないと決めて、半年待って自分自身で首を絞めてしまったことを知って、それでも性格的に引くに引けなくなってしまったことを後悔したりもした。何せルエンは既に冒険者ではないから偶然を装ってギルドで出待ちしてもやってくることは無いのだから。
その次に来た手紙が女性型の
「……魔力、二割くらいしか残ってないわね」
ベッドの上で横たわりながらニィウは今日使用した魔力量を確認する。
ルエンには六割までやってあげると言ったが、あれは嘘だった。本当は足りなくなるまでは供給するつもりでニィウは魔力を流し込んでいた。年数と共に魔力量も増加して行っているとはいえ、20分弱も魔力を垂れ流しにして底が見えない程巨大な魔力量をニィウが保持している訳じゃない。ただ、ニィウは格好悪いところを見せたくなかった。ニィウの中にいるルエンは戦友であり、本人は認めないが気になる異性の相手でもあり、そしてライバルだ。この四年間の集大成を果たすと言わんばかりにニィウはあの魔力供給を行っていたし、それが明日明後日の仕事に支障を欠かすとも構わないと考えていた。
それに第一、それくらいで支障が出るようであれば冒険者としてここまでの地位を築けていない。
「今日寝て三割ってとこかしら。で、明日からの仕事はまた水竜の駆除……移動二日現地調査一日置いてからの討伐日。つまり三日あるから運良ければ六割まで持っていける……まあちょっと見込み甘いけど何とかなるでしょ」
ニィウは雨戸を閉めるとランプの魔力灯を消して、室内を暗闇に落とした。
消灯させた時点で次の仕事のことは頭から立ち消える。代わりに脳裏へ浮かび上がったのは次ルエンの店へ行った時に何を言おうかという乙女の悩みだけであった。
─── ─── ───
「これとか似合うんじゃないか」
次の日の昼、店は定休日として閉めて僕はリーエンの町中でククルを連れてショッピングをしていた。ウェイトレスにするためだった。
当たり前のことだが、僕の店にはウェイトレス用の制服が存在しない。それ以前に店の制服なんてものはない。今まで従業員など僕しかいなかったし、男が可愛い服を買ってもしょうがないことだ。だから今回、ウェイトレス感のある似合う服をククル用に買う必要性が存在した。
そんな事情からククルを伴って呉服店でククルに服を宛がっているのだが、素材が良いと大抵のものが似合ってしまうから困りものだ。しかもククルはどうも服に拘りがなく、僕が買うものであれば何でも良いと豪語して二言が無い。困ったもんだ。別に
「肯定します。それにいたしましょうか」
「いや。美少女というのはどれを着ても可愛いから判断基準に困るな。服まで目立ち過ぎても良くないし、これにしようか」
「……?」
良く分かってなさそうに小首を傾げるククルを敢えて無視して、元から目を付けていた黒色のベストとスカートに白色のシャツという、ファッションというには余りにも地味すぎる服装一式を僕は提案した。地味だがやっぱりククルが着用しているのを想像すると結構映えるように思える。
本当は可愛い服を着てもらいたかった、がしかし、その願望を抑えた理由はある。
ククルはこんな虫をも殺したことないかのような顔立ちをしているが、これで『少女連続食人事件』の犯人の可能性が非常に高い。幾ら店内と言えど、あまり際立って目立つのは暫くは宜しくないと考えた末の選択である。
因みにこの事件については昨晩ククルに事情聴取を実施済みだ。本人によれば分からないだそうだ。記憶が欠損していたと目を醒ました時に口走っていたが、きっとその影響だろう。記憶が無くなる前のククルが何をしていたのか。裏取りくらいはしておくべきなのかもしれない。
「分かりました」
「試着してみてよ、大きさが合わないかもしれない」
「不要です。ルエンの言う通り少し大きいですが許容範囲内です」
「ククルはファッションとか興味ない?」
「興味を持てと命じて頂ければ興味を抱くようにします」
「止めとくよ。人の嗜好を屈折させるのは僕の趣味じゃない」
「私は人ではありません」
「アンドロイドでも同じだ」
ククルは押し黙った。ダボッとした袖を垂らす。あの灰色の外套は例の事件の被害者に目撃されている可能性も考慮してククルに命じて取り去って、代わりに僕のシャツを今は着ている。頭には念のため羽根つき帽子を被せて、髪を目立たせないよう抑えつけている。一方でピンクのスカートはそのままだ。流石にズボンのサイズが無かった。僕の物を無理矢理着せた姿を想像するとどうも犯罪臭がして気が引けた。
「……私に意見という機能はありません。ですが客観的にルエンの意見が正しいと思われます。分かりました、試着します」
そう言うと一分弱試着室に籠った。恐らくテキパキとした着替えだったのだろう。込み入った事情とか抜きでククルに似合う服は無いかと見繕おうとする間にもカーテンが開いた。
「何か問題あれば言ってください」
「うん、特にない」
本当に特に無かった。
シンプルだからこそ素材の良さが際立つというか。これはこれで非常に余ることなく美少女っぷりが凝縮されてしまっている。ウェイトレスというには些か地味な白いシャツはククルの肌と馴染み、黒いスカートから真っ白な太腿が露出している。白と黒と銀のモノクロームなコントラストは神秘的な女性らしさを思わせる。この子は神秘とは真反対の
だからこそ、右足の怪我だけは良く目立つ。今は布で巻いて怪我をしている箇所を隠しているが、今後一目に出る機会があるのだから目立たないように補修しないといけないだろう。そのためにはその手の熟練工に依頼するか、或いは素人作業で頑張るかの二択だが……。
後者は無いな。僕は根っから機械とか魔道具とか、そういう中身がごちゃごちゃしたものには弱い。下手に手入れして不細工にしたら目も当てられない。
まあすぐに解決できる問題でもない。
呉服店の店主に話してククルが試着したスカートをロング丈に継ぎ足すようお願いをして、その依頼料を払って店を出た。
「るんるんるんるん」
ククルが平然とした足取りながら鼻歌交じりに気分良さそうに言う。
「ククルも嬉しいときは鼻歌を歌うんだな」
「……今私は何か言っていたでしょうか」
「るんるんって言ってたよ」
「恥ずかしいです」
全然恥ずかしそうに見えない顔で言われてもだなぁ。まあ羞恥心とかないだろうからしょうがないんだろうけど。
「興味本位で聞くけどそういうのは元の知識にあるのかな。るんるん、だなんて多分何処かで聞かないと自分でも口に出して言おうだなんて思わない言葉だと思うけど」
「分かりません。私は記憶を失っています。ですがもしかしたらそれは全部ではなく、残滓程度は残っているのかもしれません」
「残滓ね」
きっかけさえあれば過去の記憶を取り戻してしまうという意味なのか、或いは一部残っている記憶があるというだけなのか。判断が難しいところで、前者だとお互いに非常に困ったことになってしまう。僕にとってもククルにとってもだ。
ククルは質問が終わったと考えたのか、鼻歌の続きを歌い始めた。
「るんるんごてん、ざっしゅざっしゅぐっちゃりばたーん」
「……なんか物騒な擬音混じってない?」
「そうでしょうか。鼻歌とはこのようなものでは」
「誓って言うけど古今東西どの地域でも鼻歌にざっしゅっとかぐっちゃりなんて擬音が入ることはない。ククル、今後はるんるんだけで留めてくれ」
「命令とあれば分かりました。るんるんるんるんと歌います」
すると本当にるんるんだけを永遠に繰り返す機械になってしまった。少し人間らしいところを見せられると機械であることを忘れかけてしまう。るんを何十回も横で聞かされると流石に疲れてくる。
「……前言撤回するよ。物騒な擬音とか単語とかは慎んだ上で、可愛い感じの鼻歌に留めてほしい。るんだけ繰り返されると何か頭が痛くなってくる」
「申し訳ございません。しかしルエン、それは抽象的で少し難しい命令です。具体的にどのような単語に置き換えるべきか教えてください」
そう言われても僕は鼻歌なんて普段歌わないし、良く分からない。
癖で周囲を見渡して、上を見て、遥か上空で黒点と化している鳥が滑空するように飛んでいた。
「何でも良いよ、何でも。ククルが感じたままでいい。例えばピヨピヨとかちゅんちゅんとか」
「分かりました。るんるんちゅんちゅんぴよちゅんちゅんにします」
「何か語感がいいね」
「駄目でしょうか」
「いいや。さっきと比べれば100点だ」
そう言うと今決まった鼻歌をのっぺりと歌い始めた。元の歌とかはないから判断できないけど、完璧に聞こえる。もしそういう鼻歌があるんならきっとこうだろうと思わせるような音色だ。
音程も滑舌も声音も間の取り方も素人ながらに完璧と思えるほどで、でも少し不気味さが僅かに伝わってくる。何故だろうとか考えるまでも無い。人間なら多少は生じる揺らぎがククルには無い。意のままの声音を出せるククルはそんな揺らぎとは無縁だ。だからこそ違和感がある。その違和感は小さいけど、聞いていると少しずつ大きくなっていく。まるで少しずつ海風に吹かれて錆びる鉄のように。
僕はククルを
しかし、それはつまり
仮にククルが社会性を獲得したと想定する。朝起きて僕に小言を零しながら家事を熟し、昼から夕までは客と楽し気に会話しながら仕事をし、夕に肉や野菜の買い出しに行くと商店のおじさんたちから必ずオマケと称された買った物以上の付属品を持たされて買ってくる。するとどうだろう。何だか僕がヒモみたいだ。
……そこまで社会性は持たせなくていいよな。
てか持たないだろ普通に考えて。
ククルは
ククルから感じた視線を振り払うように僕は空を見上げた。
感想いただけれると有難いです。モチベのため。