人食いアンドロイドは夢も食む 作:knk
誰かが家にいるというのは何とも不思議な感覚だった。
日の光が落ちて早々、僕は自室に引きこもった。明日も仕込みがあるので、外が暗いうちに起きなくてはならない。僕の生活は夜というには早すぎる時間帯に寝て、朝というには真っ黒な世界の中で起床する必要がある。ほとんど隠居老人のような生活習慣だった。
ククルも僕と同じくして従順に宛がわれた部屋に引っ込んでいった。今頃何をしているんだろう。
僕はランタンの光を消した。
明日も早いし、夜更かしは趣味じゃない。それだけのことだった。
目を覚ましたのは寝入って一時間か二時間ほどした頃だった。
体を押さえつけられるような感覚に、冒険者時代の癖ですぐに頭が覚醒した。
強盗か。確かに月草の藁は結構賑わっている定食屋だ。でもそんなリスクを取って襲うのならもっと良い場所があるだろう。
目を開けたのと僕が直感から首を何とか正面から背けたのは同時だった。
顔が通り過ぎて、つい今まで僕の肩があった場所に顔を近づけて、カチリと歯を鳴らした。
音からして噛みつこうとしていたのは明白だった。
下手人は顔をそのままゆっくり上げて、ククルだった。
無感情な紫の瞳が窓から入ってきた月夜の光に反射して怪しい光沢を放ち、僕の肩目掛けて口を近づけてきている。それは舐るとか夜伽とかそういう目的ではない、純粋に捕食行為として口を開けているように思えて、僕は確信を得た。
───やはり少女食人事件の犯人はククルだ。
足を差し込んで、力任せに体勢を入れ替える。ククルは重かったが僕だって元冒険者の前衛職、多少重量があるくらいでひいこらなんて言わない。
ククルはこてんと回って、僕が上側に回った。
僕はここで不思議に思った。
どうしてククルは何も言わないんだ。
もしかして寝ぼけているんじゃないだろうか。
「ククル、ククル! 起きて!」
ぺちぺちぺちぺちと僕は軽く頬を叩いた。材質が何かは分からないけど赤ん坊の肌のようにすべすべで触り心地が良い。
「………………ルエン?」
何度も呼びかけながら叩いていると、ククルは漸く意識を取り戻したようにこちらに視線を向けて、そのまま目の前にあった僕の指をパクリと口に含んだ。なんでだよ。意識取り戻したんじゃなかったのか。
「ペッしなさい」
「はひ」
僕の指を口に含んだまま頷くと、ゆっくりと桜色の唇が開いた。右手の人差し指をククルの口から抜く。非常に唾液が纏わりついて気持ち悪い。
拭くものも無いのでしょうがなく寝巻で拭き取りながら、僕はククルを見た。
「僕の部屋まで来た経緯は分かる?」
「……すみません。覚えていないです」
「じゃあ僕の部屋に来る前の最後の記憶は?」
「部屋で待機状態になっていました」
「待機状態?」
「人間の睡眠と同等の行為と考えて結構です」
つまり
「私は何をしにここへ来たのでしょうか……?」
「ククル、少女食人事件って知ってる?」
「存じあげません」
首を傾げるククルに僕は告げる。
「最近この辺りで起こっている事件で、人気の居ない通りを一人で歩いていると少女に食べられちゃうんだ。肩とか腕とか、一部分を食い千切ってくるらしい。おかげで今この町で一人歩きしている人は腕に自信がある冒険者くらいのもんだ」
「……?」
何を言っているんだと顔を見上げるククルを無視して僕は話を続ける。
「ククル、僕は記憶を失う前のククルがこの事件の犯人なんじゃないかと思ってる」
「私がでしょうか?」
「うん。今だって僕のことを襲ってきたことだし、間違いないんじゃないかな」
「全く覚えていません」
「無意識だろうね」
自分で言っていて
重要なのは、この一件を突き付けることでククルの記憶が蘇るかどうかという一点だった。もしククルが思い出して、人を襲った理由が身勝手なものであるなら僕は慈悲なくこの
「仮にそうだとして、私は何故食べたのでしょうか?」
悩むように暫く間を置いて、次にククルの口から出てきた言葉はそんな疑問だった。
「私の主要な動力源は魔力です。私には食べ物から魔力に変換する器官もありますが、エネルギーを返還する際に零れ落ちるロスも多く実際に吸収できる魔力は微々たるものです。人間を襲って栄養補給するくらいならどなたかに魔力供給を希う方が合理的だと思います」
「じゃあ食事目的じゃなかったってこと?」
「記憶がありませんので確かなことは言えませんが、私が今の私と同じ思考回路を有しているならば、その質問には肯定します。あまりにも非効率的です」
「そうだな。じゃあ前の所有者から命じられていたとかはどうだろう?」
「可能性はあります。しかし私の記憶にはありません」
「そっか。でも今もこうして僕のことを食べようとしてきたって考えると、本能的なものなんじゃないかな」
「私に本能はありません。
つんとした顔で否定してみせた。
しかしやっぱり記憶は思い出せないか。ならしょうがない。
「じゃあククル、一ついいかな」
「はい何でしょうルエン」
「夜の間は手足、縛ろうか」
これは僕の安全のため仕方がない決断だ。
ククルは
夜は四肢を拘束して寝かせることに決めた次の日から、ククルは新たな店員として定食屋デビューを果たした。
「ルエン、香草焼きと肉シチュー入りました」
「了解。あとこのエール2番卓持って行って」
「はい」
昼時とあって注文も多くドタバタとしているにも関わらず、てきぱきと動く姿を見るとやはりククルは
いつものより余裕を持って料理を作っていると、ククルが客と会話している声が聞こえてきた。
「新しい子? 可愛いね~なんでこんな場末の定食屋で働こうと思ったんだよ?」
「職に困っていて、親に相談したら特別にここで働かせてもらうことになりました」
事前に取り決めていた設定をつらつらククルは話す。
「ほ~ん。まあ変な奴いたら常連の俺に言えよ、これでも冒険者なんだ。ぶっ飛ばしてやる」
「その時は店主のルエンに頼ります」
「……そうか」
ククルの連れない言葉に常連らしい男客はトーンダウンした。可愛い子相手に良いところを見せようとして失敗した気持ちは察するものがある。でも許してほしい、ククルは
そうして淡々とした仕事ぶりながらも、概ね客からの評価は高いまま一週間が過ぎた。
まだ色々とコミュニケーションの部分で単調すぎるきらいがあるが、それも学習する内に改善されるだろう。何せ
「ルエン、今日の私はどうだったでしょう」
街に影が落ちる時刻になったので店仕舞いをしていると、ククルが僕の後ろに立ってそんなことを言った。他己評価が気になるのか毎日ククルは僕にそんなことを聞いてくる。そして僕の返答も大体決まりきったものだ。
「仕事については文句なしの完璧。あとは客にもうちょっと愛想良く出来れば完璧かな」
「愛想良くですか」
ぶすっとした顔をしながら難しそうに顔を歪めた。
そういう顔を客前で出来れば定食屋のウェイトレスとしては何も言うことがないんだけど、これは完全に本人の問題だ。幾ら
「分かりません。愛想というのは笑顔を振り向くということですか。私に自発的に笑顔を作る機能は搭載されていません」
「違うなあ。笑顔じゃなくてもいいんだよ。ただ客から話しかけられたら自然体で会話に応じてくれれば」
また難しそうな顔をした。
ククルは表情を大きく変えることはしないが、よく見ると微かに顔に出ている。今は注視すれば眉間に皺が寄っていることが分かる。
「自然体と言われても分かりません。より明確にお願いします」
「そうだね。思っているまま、ありのままって意味かな。例えばちょっと疲れているなぁとか、やる気がないなぁとか、そういう負の感情も勿論正の感情も隠さず表に出してくれる方が客も僕も嬉しいと思う」
「理解が出来ません。
それはどうだろう。結構ククルにも感情っぽいものが見え隠れしている部分がある、だからこそ僕も人間として半ばククルのことを扱っている。
フォローをしようとして、先にククルが続けるように口を開けた。
「───ですが、私も感情に対する好奇心はあります。どうしたああも人間は十人十色に場面場面で違う表情を浮かべるのか、心とは何なのか。興味深いです」
「そっか……ククルならいつか分かるよ」
何もお世辞じゃない。
「あと一つ、ご報告があります」
腕を組んで心から頷いた僕に、ククルは業務的に言葉を紡いだ。
「私のことをずっと見ている客がいました。今日を含めて二日連続で来ています。目的は不明ですが長時間私を目で追っていたのが不自然でしたので、念のためルエンにもお伝えします。如何しましょうか」
「その客は何か頼んでた?」
「今日は魚の香草煮込み、それからミルクでした」
「じゃあ客だね」
何も頼まずに居座り続けるのであれば明確な対処が必要だが、僕の料理を食べたんだというならただの一介の客でしかない。
しかし、そうか。
もうククルの容姿に惹かれる人間が出てきたか。いつかは出てくるだろうことは覚悟していたけど早かったな。
「特に何もしなくていいけど注意だけはしておいて。もしかしたら店で変なことを言われるかもしれないし、私生活を付け回されるかもしれない」
「分かりました。防衛許可も下りたという認識でいいですか?」
「防衛許可って……ククル戦えるの?」
「想像通りならば恐らく」
「じゃあ何かされそうになったら反撃はしていいよ。僕も注意はするけど、ずっと見てやれるわけじゃないからね」
ククルはこくりと頷いた。