「お主ら、人のえらい奴と知り合いみたいだったじゃろ?
ちょっとそいつと顔つなぎしてくれんか?」
ルイルはあの青い意匠を付けたシンプルな騎士の褪せ人に師事しているという聖女シンシアから、人間の中でも偉い存在と引き合わせてくれるように頼む。
すると、聖女シンシアは快く肯定を返した。
「…意外じゃな、亜人は必ず殺すべしというのが、そちらの宗教の理念に入っておったと思うんじゃが、よかったのかの?」
そのルイルの問いかけに、聖女シンシアは笑顔で答える。
「褪せ人様が攻撃しなかったんですから信頼しています、それにあなたの言っていたあの褪せ人への対処についても、もし失敗したら私たち以外は褪せ人さんについていけないってことですから…
これでも人並みの良心と祖国愛はあるんですよ?」
その答えを聞きながら、戦っている途中で砦に入るのを見たというシンシアの先導を頼りに、ルイルは進む。
やがて、入ったのを見たという西大門の内壁側に、遠目で見えた聖騎士と、冒険者の混成パーティがテントを立てていた。
「あ、帰ってきたみたいだけど…!?」
聖盾の騎士マユリが帰ってきたシンシアたちと一緒にいるルイルを見て固まる。
周囲に居た聖騎士や冒険者も、初めて見るエルフという存在に警戒しているようだ。
「あの、そんな警戒しなくて大丈夫ですよ?
万能の騎士、褪せ人様が攻撃せず、見逃したんですから
それよりも重大な話があるので、アーク大司教様をだれか呼んでくれませんか?」
その言葉に、周囲に動揺が広がる。
だが動揺の中テントから現れたアーク大司教は威厳を漂わせながら、ゆっくりと周囲を見回す。
冷静なアーク大司教の姿にだんだんと動揺は収まっていく。
「なるほど、初にお目にかかる。
正教会大司教、アークだ」
静かに自己紹介をしたアーク大司教にルイルは
「冷静な対応ありがたいのう、中で話せるか?」
テントを指さし、中で話そうと告げた。
アーク大司教とルイルがテントの中の椅子に座り、相対する。
「で、貴方はエルフとお見受けします。
膨大な寿命と明哲な頭脳をお持ちと聞いておりますが、何様で?」
「儂はエンシェントエルフなんじゃが、まぁエルフ以外に言っても分からんよな」
黒衣の褪せ人クロや呪いの褪せ人ノロに教えた時もよくわからない顔をしていた事実を、どこか遠い目をして思い出すが、今はそんな状況ではない。
「まず、恐らく気になっているのはあの騎士の褪せ人の行方じゃろう
…ああ、そんな心配せんでも無事…とは分からんが儂が特に何かをしたわけではない
彼らは今、世界の危機に立ち向かっておるのじゃ」
「世界の危機…ですか…?」
アーク大司教はどこか信じられないような視線をルイルに向けるが、
「ああ、そうじゃ、砦前で黄色い炎をまき散らしながら戦っていた存在、あれによって既に死の森は生物が住めん環境へと変化してしまった」
その言葉にアーク大司教は衝撃を受けるが
「それでも同じレベルの戦いをしている存在がいました、そこにさらに複数人の褪せ人が参加して、その黄炎をまき散らしていた褪せ人を倒せないわけが…
いや、その存在も褪せ人なんですね…?」
すぐに話を飲み込み、理解する。
「その通りじゃ、だからこそ、殺すのみでは封印できん
その交渉に彼らは向かっておる」
「なるほど…確認に部下を向かわせます」
「ああ、だが注意するんじゃぞ?
あ奴の生み出す炎を何時間か見続けると、頭部に炎が宿りその脳髄ごと焼き尽くす」
「わかりました、強く言い含めておきます。
では、なぜこちらに?
あのレベルの戦いですと私たちができることは何もありません」
無念そうに下を向くアーク大司教に、ルイルは声をかける。
「いや、実はあれらに対する秘策は、儂が持っておる、というより儂の仲間の褪せ人に渡されたものなんじゃがな
これでダメなら諦めるしかないわい」
その言葉にアーク大司教は目を白黒させると
「で、では何用でこちらに…?
その秘策とやらを使うのであるなら、戦いを見守るべきなのでは…?」
と思わず零す
「まぁ、あの戦いはお互いの交渉がうまくまとまれば神秘を使わずに済むじゃろうし、なによりそう簡単には終わらんじゃろう。
で、儂の目的じゃったな。
それは亜人と人間の仲を取り持たせるのと、あやつのような異常者に刺激をしないことを言い含めるのが目的じゃ、世界の均衡を図るためにものう」
「亜人と人間の…
貴方は、可能であると…?
教国の首脳陣、教皇様ですら説得して見せるというのですか…?」
「もちろんじゃ、何せ儂には褪せ人の二人もついておる、何よりも…
いや、これは実際に見せた方がいいじゃろう、何人か、おぬしが信を置いておる人物を連れて、来てくれんか?
次は亜人共との交渉に行くつもりじゃ、おぬしら人類側の高い立場を持った存在が、亜人との協定、もしくは一定のルールを定めることに前向きという姿勢を見せるのならば、亜人共もある程度の理解は示すじゃろう…
何より、おぬしもこのままでは駄目だと理解しておるじゃろう?」
「…そうですね、私もこのままでは無為に人々の命を散らすだけだとは考えていました。
少々お待ちを、信を置く何人かを連れてきますので」
アーク大司教は軽く頷くと、テントの外に待機していた何人かを呼びに行った。
「…亜人がそれで本当に納得すると思う?
亜人側は身内を殺されすぎているし、もう止まらないと思うんだけど」
アーク大司教を待っている待っているルイルに声をかけたのは聖剣の勇者セイ、だが答えを聞く前にセイは
「あ~そっか、「今亜人たちは集めた仲間の大部分を失って、ここで人間に攻められたら全滅はしなくてもいろんな場所の首長が消えちゃうし、長年積み上げてきた人類に対する数というアドバンテージを失ってるから強引にでも納得させられる」ってことね」
と一人納得した。
「…吸血鬼の超人的な感覚で微細な体の動きから情報を言語化している…といったところかの」
「よくわかんないけどたぶんそうだよ!」
そうしてちょうど聖剣の勇者セイとルイルの会話が終わったタイミングでアーク大司教は人を集め終えたのかテントに顔を出す。
「セイちゃん、一緒についてきてくれるかい?」
「はい! 全然大丈夫ですよ! このエルフの人も敵対するつもりとか全然ないみたいなので!」
セイの言葉を聞いたアーク大司教は、後ろに聖騎士を何人か集め、そこにセイを加えた4人でルイルに付いてくることを決めたようだ。
「では、今度は亜人たちの拠点に行くかの」
そう言って立ち上がったルイルに、アーク大司教はついていく。
南の大門が見えた時点で、ルイルは足を止めると大きく声を張り上げた。
『儂はエルフじゃ! 終わりの見えない人間どもとの戦いを終わらせるため、人間どもの交渉を締結させるためにここへ来た!
それぞれの首長、もしくは現在それに近い立場の物をここに呼べ!』
声を張り上げて数分後、建物の物陰から現れたのはケンタウロス、アラクネ、ゴブリン、オーク、レッドキャップ、ハーピーの6種族だった。
「我々は全員、人間の言葉を理解している。
人間は亜人の言葉を話せないだろうが、こちらが人間の言葉を理解できるということは知っておけ」
そう口を開いたのはゴブリン、人間の言葉を理解しているという言葉にアーク大司教たちは驚愕するが
「もともと儂のいる場で言葉が通じないからと不平等なルールなど制定するわけが無かろう。
この場での戦いはご法度、剣を抜いた時点でそ奴を儂が叩きのめす、良いな?」
その言葉に、周囲の全員が頷きを返す。
やがて南門の前でそれぞれ座り、話し合いが始まった。
「まず、人間側の要求としては人類との全面的な戦いの停止、そして戦いのルールを定めたいと考えております。
これまでも一定のラインを設けようと亜人の皆様はしてくれていたようですが、それを理解できず、申し訳ありませんでした」
アーク大司教の言葉に、ゴブリンが答える。
「我々のメッセージを幾度も無視して、問答無用で殺しつくしといてその言い草かッ!」
「抑えろ、既に境界線を越えた相手であれ、今不利なのはこちら側だ。
このまま無限に戦いが続けば、どちらかが絶滅するまで戦いが続き、そしてどちらの損害も馬鹿にならなくなるだろう」
ゴブリンの怒りの声をレッドキャップが抑える。
「だが、全面的な休戦というのは無理だ、ゴブリン、オーク、レッドキャップはそれぞれがバラバラに小さな集落として集まっている。
それにレッドキャップは人間を食べ、血で帽子を赤く濡らす文化があり、ゴブリン、オークは産ませる子供が絶対に己の種族となってしまう。
レッドキャップは言わずもがなだが、ゴブリン、オークも人間の雌をさらい、子供を産ませるという生活で成り立っている部分もある。
全てにそのルールを知らしめるのは難しいだろうし、それで戦争にでもなったら目も当てられない」
「そりゃそうじゃ、だからこそ、人間には何らかの問題を起こされた場合にのみ、その村や集落のみを皆殺しにしても良い、対してそれが返り討ちにされ、女子供も奪われたとしても文句は言ってはならぬ。
つまるところ専守防衛という奴じゃ。
対して他の村も、あの村がやられたからとその報復に行ってはならぬ。
これはどうじゃ?」
「…攻め返され、それで負けても先に手を出したのは亜人側とするのか…」
「…人間側としては、異論はありません。
これ以上、負の遺産を未来の子供たちに受け継がせるわけにも、無為に人類を減らす訳にはいきませんから」
「よかろう、ではそのことを長たちは周知させよ」
そうしてゴブリンなどの亜人は敵性亜人として、駆除の基準のみが定められる。
「では、残りのケンタウロス、アラクネ、ハーピーはどうじゃ?」
「私たちは戦いの全面的な停止というのは賛成にゃ、そっちから攻撃してこなければ私たちも何もしないにゃ」
「わかった、では戦いのルールについて定めることとしよう」
ルイルによって仕切られながら話し合いは進む。
ルールの枠組みも決まり、それぞれが周知させると約束し書状を書き記し終えた時
「では、こちらが特に重要なんじゃが、転移者、あの外で戦っているあやつらについての事じゃ
あのそうな存在に対する対応を教える、これは強制じゃ、なんとしてでも守ってもらうこととなる」
そう言ってルイルは南門から出て、未だ続いている褪せ人達の戦いを、見せた。
戦場は既に地面すら焼き爛れ、燃えカスと灰が舞う本当の死の森ともいうべき様相を呈していた。
「あれが…転移者、たった一人でここまでやったのか」
「なんだあのクレーター…」
アーク大司教に連れてこられた聖騎士たちが思わずといったように口から漏れ出した言葉。
それは褪せ人の戦いを見た者たちすべてが思ったことであった。
「早急に、亜人と人間、そして言葉を通じる種族すべてに、世界統一言語を普及させよ。
あやつら自身、攻撃を受けず、交渉をしたのならばいとも簡単に協力をしてくれるが、言葉が通じなければその交渉も不可能じゃ
…中にはあの燃えている奴のように本当の狂人もいるじゃろうがな…」
やがて、戦いは終わり、頭部が太陽のような姿の褪せ人が倒れる。
しかし
「やはり、交渉は失敗かの…」
他の褪せ人の語り掛けにも耳を貸さずに攻撃し続ける黄炎の褪せ人に、ルイルは集中し
「この戦いで理解したじゃろう。
世界を容易く壊せる存在がいると、儂はもう二度と奴が起きないように封印し続ける。
あやつも最初から友好的に接していればここまで大暴れすることは無かったかもしれん
だからこそ、転移者に対する行為は慎重にするのじゃ、いいな?」
ルイルは懐から瞳のような円形の模様を特徴とした、円形で中心に瞳孔のような部分を持ち、それを取り囲むように黄金色の光沢を持つ輪が広がっている何かを取り出す。
それは非常に神秘的で、思わずルイル以外の全員がそれに目を奪われるが、ルイルは黄炎の褪せ人から目を離さず、そのアイテムを握りしめる。
握りしめられ砕けたそれは、黄金の粒子へと返事、ルイルの体へと吸い込まれていき
「ハッアアッ!」
腕を掲げた瞬間、謎の黄金に輝く光が黄炎の褪せ人を包み込んだ。
ルイルは掲げた手を押し込むように下に下げ、その光は地面へと沈んでゆく。
腕から血が噴き出し、目や鼻からも血が垂れるがそれでも腕を押し込み続ける。
やがてすべての光が地面に沈み、見えなくなった時
「カァッ!」
ルイルが血に塗れた手で陣を組み、光が沈んだ場所を中心に魔法陣がが生まれ、魔法陣は地面へと溶け込んでいった。
誰もが固唾を飲んで見守る中
「ふぅ…成功したか…
これで理解したであろう、この世界は容易く終わらせることが出来るということを
これ以上お互いの均衡を崩すようなことをするならば、今度はお主らの手によって世界が終わるということをゆめゆめ忘れるでないぞ」
そうしてルイルは呪いと黒衣の褪せ人の元へ去っていった。
この日、大陸中でこの時話し合われた公約が広められ、聖教国の経典も大きく改定されることになった。
なぜここまでスムーズに進んだのか、それは謎に包まれている、一説には反対をする教皇を含む何人もが、不審死を遂げたからだと言われているが真偽は不明だ。
そうして褪せ人と呼ばれる人々も、この日を最後に姿を消したと言われている、その理由は誰にも、わかっていない。
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