北アイギス、そこは城塞都市アイギスについで歴史が古い都市として賑わいを見せていた。
日照りがジリジリと肌を焼く快晴の日
衛兵はいつも通り通過する冒険者や商人を検分していた。
ここは大きい城塞都市だ、それでも偶に亜人が襲撃が来るとこもある。
襲撃に備えていた俺はその日、異様な風体の女が近づいてくるのを見つけた。
門からは周辺1kmほど完全に畑とされており、侵入者はすぐ見つけることができる。
だが女は熏んだ金髪で、妙な襤褸切れと股間部を布で覆っただけの服とも言えない衣装を纏っている。
冒険者でそんな装備はありえない、商人や娼婦のようなまともな服でもない。
出てきた方向は森、捕らえられていた女が自力で脱出し、帰還したのだろうか?
通常はゴブリンなどに囚われた女が逃げ出すことは不可能だ、ゴブリン共は女一人を見逃すほど弱くも無ければ優しくも無い、稀にゴブリンの集落移動などで移動していた際、強力なモンスターと接触しゴブリン共に集中している間に、脱出してきた前例は存在する。
移動手段があればの話だが。
そして最近そんな大規模戦闘がこの北アイギス周辺で起きたという報告はない。
つまりあれは、城塞都市に侵入しようとしている不審人物だ。
「止まれ!」
部隊長に報告をした後、弓で狙いを定め一応の停止勧告を行う、万が一逃げ出してきたのなら数日間の拘束のみで解放されるだろう。
女は止まらない、何度声がけをしても止まらない。
正当性は担保された、アレは新しい魔物か何かだと断定する。
距離は既に目測50mを切っていた。
頭部を狙い弓を放つ。
その矢は女がいた場所からいきなり飛び込むように前転した事で外れた。
味方が更に矢を放ち、援護する。
当たらない。
左右に不定期に動きながら前転移動を繰り返す女は、もうすぐそこまで迫っている。
「〜〜〜〜〜ッ!」
ふざけた動きに此方の攻撃が全て見切られているという事実
焦りが募る。
警鐘が鳴った。
同時に冒険者が集まる。
こういう時こそありがたい、と前衛に出た冒険者の後ろに下がりつつ弓矢を放った。
だが
女は黄金の翼を生やしふわりと浮いた。
いつの間にか手に持っていた、剣を2つ繋げた奇抜な武器を掲げ、回転しながら突っ込んで来た。
瞬間、20mはあった距離が一瞬で詰められ、前衛の冒険者たちと衛兵は女が放った剣舞に巻き込まれ、鋭刃により体を切り裂かれる。
関門前に居た大多数の衛兵と冒険者による防壁がその一撃で突破された。
運よく後ろに下がっていた俺は刃から逃れることができた。
女の黄金の翼が消える、そして背中に棘が生えた。
悪寒を感じる、だが今女を止められる距離の者はいない
女が棘を逆立てさせ転がると同時、周囲に居た存在が全て弾き飛ばされる。
弾き飛ばされ、背中の棘を飛ばしたのだと気づいた時には、自分の胸に深々と飛んできたと思わしき棘が突き刺さっていた。
ゴフッ……
吐く息に血が混じっている、俺は此処で死ぬだろう。
ズシンッ
安堵する。
門の内にいた誰かが緊急手段として門を強制的に閉めた音だ。
ざまぁみろ
そう思って目を閉じようとした時
ドッガァンッ!
とんでもない音が響く、破壊音が鳴った震源には肩から生やした角を振り上げた女と
振り上げられた角によって破られたらしき城門が在った。
絶望が心を支配し、俺は意識が途絶えた。
side.冒険者
城塞都市アイギスで冒険者となり、1年この暗黒大陸で生活していた俺はパーティの仲間と北アイギスへと来ていた。
その日、ふかふかダンジョン表層での簡単な採取を終わらせた俺らのパーティが酒場で休んでいると、西門で侵入者の警報が鳴った。
火をつけたばかりのタバコを口に咥えたまま装備を整える。
俺ら新米冒険者は西門に向かい、他はそれぞれ割り振られていた門へと向かう。
門で見たのは奇妙といえる現実だった。
既に集まっていた冒険者が前に出ている隙間から見える、侵入者は前転しながらこちらに近づいてきている。
教官の指示で前線である城門より内側に隊列を組み敵の行動を観察した。
不気味さに言い知れぬ不安が湧き出し、だが不安は現実のものとなる。
ギュバッ!
侵入者が翼を広げたかと思うと、門の外にいた冒険者と衛兵の防壁が容易く破られる。
空いた穴を埋めるように翼の突撃を免れた冒険者と衛兵が包囲する。
人の壁といえる包囲網を侵入者は棘を撒き散らし一蹴した。
周囲にも不安が広がり
「アレはなんだ!?」
「魔法……」
「落ち着け! 隊列を崩すな!」
異様な攻撃で多くの仲間が倒れているという現実に俺達と似た新米らしきパーティの足並みも崩れそうになる。
それを教官の一声で何とか堪えさせるが宥めた教官の頬にも冷や汗が伝っていた。
これは不味い、判断をした軍の司令官は既にこの場にいる衛兵は門を閉め始める。
北アイギスの教官の指示で俺達のパーティも門の閉鎖を手伝う。
すぐに扉は閉鎖され
「これでもう暫くアレは来ないだろう、今のうちに人を集めなければならない」
と教官は哨戒兵に他の門からさらに援軍を呼ぶという提案をした。
その場にいた司令官も意見に同意し鐘信号で援軍を呼ぶ指示を出す。
ドッガァンッ!
破壊音に皆が固まった。
振り向くとそこには門を打ち壊した侵入者がこちらに目を向けている。
「ッ! 構えッ!」
教官の指示で盾を構える。
飛び出しはしない、門で見せた謎の攻撃を盾で防げるのか。
俺の恐怖も知らずに侵入者は手にした黒い刃の両刃剣を振るうでもなく、ゆっくりと壊した門から入ると門扉の側壁に向けて歩みを進めた。
両刃剣、殆どのやつが知らないだろう、事実、俺がみたのも武器研究者の親父を持っていたからだ。
槍として使うには保持するべき部分が刃のせいで一般的な剣分程度の射程しかなく、振り回して攻撃しようにも障害物に引っかかりやすい欠陥武器だ。
困惑して教官を見るが油断せず鋭く睨んでいる。
侵入者は門扉の側端に辿り着くと腕を翳すような謎の動作を行った。
直後、侵入者の着ていたみすぼらしい装備が、禍々しい赤黒い鎧へと切り替わった。
腕に持っていた武器も変化する。
変化した武器は先ほどの両刃剣とは全く違う、背骨の似姿をした大剣だった。
侵入者はこちらに向き直り、俯いたかと思うと
ガアァアアア!!!!
おぞましい絶叫に一瞬で戦線が瓦解した。
「うわぁああ!」
「無理無理無理無理!」
俺たちのパーティも逃げ出す。
アレはダメだ。
人の理から逸脱し過ぎている。
恐怖に震えながら走った為、転倒し、後ろを振り返ると
侵入者が何かを取り出す。
行動を止めようと教官やベテランの冒険者たち、衛兵が一斉に突撃する。
ガアァアアア!!!!
突撃した者たちは黄金に燃えている暗い攻撃を周囲に撒き散らされ、当たったものは力が抜けるように動きが鈍る。
運悪く当たった数が多かった人は倒れている。
動きが鈍くなった味方と入れ替わり、突撃した最初の人数の3分の2程度で囲むことに成功した。
観察していると異様さがよくわかる。
あの愚鈍そうな鎧を着ながら不気味な大剣を片手で上手く振り回し、距離を詰め、連携された攻撃を躱す。
鎧は見た目に違わず堅牢なようで、隙を見て打ち込んだ一撃は自らの隙を晒すだけ、矢も全て弾いている。
通常ならば広く取られている視界確保用の穴すら存在しない事で矢が通じそうな場所は間接部分だけだ。
弓矢の効果が認められないことで少数を残し大多数は近接戦闘に切り替えられた。
背骨の様な突起が出ている大剣は鎧に引っかかる素振りすら見せず、人の身体を残酷に引き裂いている。
本能で理解した、
呪い。
侵入者は呪いを振りまいている。
俺の横を衛兵たちが走り抜ける、援軍だ。
倒れた仲間を手早く確認し、後ろへと逃がしていく、先の黄金に燃える暗い攻撃は威力が低いようだ。
多勢に無勢、援軍が来た事で有利になっただろう。
最初の棘を撒き散らす攻撃も、連発できるものじゃないのではないか。
予想して俺も加勢しようと走り出す。
侵入者の紅く編まれた紐を持つ左手、掌に火を宿すのが見えた。
燃えた手を地面に叩きつける。
地面は赤熱し、次々と火柱を燃え上がらせた。
火柱は走り出した俺の目の前で教官や指揮官、何人かのベテラン冒険者を飲み込む。
飲み込まれた人間は上に打ち上がり、地面に叩きつけられた。
体の中心を飲み込まれたと思わしき人は助からないだろう、火柱に飲み込まれた部分は真っ黒に炭化している。
致命傷を逃れた弓持ちの衛兵と冒険者は火柱によって拓けた視界から連続で矢を放つ、放たれた矢は侵入者を囲むように到達した。
鬱陶しいのか弓兵に向けて動き出した侵入者を、致命傷を免れた複数の冒険者が後ろから組み付く。
やはりあの鎧では身動きをしにくいようだ、手のひらを地面につけていた火柱攻撃も拘束してさせていない。
組み付いた冒険者が悍ましい大剣で切り裂かれるのも構わず、引き倒そうとする。
愚鈍な鎧、起き上がろうとするならば多少の時間稼ぎはできるだろう。
周りで矢を放っていた冒険者と衛兵も剣で鎧の隙間を狙い、斬りつけている。
だが全く動きが変化しない。
上手く隙間へと打ち込んだ刃は確実に、筋肉や関節を動けなくする威力なのに。
再度、手が燃えているの気付いた冒険者が地面に接着させまいと押し上げるように上へと拘束する、しかし侵入者は自ら地面に向けず上に手を伸ばす。
今度は巨大な炎球が生まれた、動きは遅いがジリジリと組み付いていた冒険者に近づいていく
ドォンッ!
炎球が明滅し大きく爆発した。
組み付いていた冒険者も周りいた衛兵も吹き飛ばされ、侵入者だけが起き上がる。
俺は腰が抜けて、後ろにへたり込む。
周りにはもう俺だけだ。
俺に向かって侵入者が歩いてくる。
震えた唇からタバコが落ちた。
侵入者は落ちたタバコを見るように首を傾ける。
侵入者は手を伸ばす。
俺は恐怖で目を瞑った。
・
・
・
何も起きない、目を開けると目の前には、タバコをつまんでこちらに顔を向けた侵入者が居た。
恐怖を押し殺し声を出す。
「タバコ、好きなのか?」
問いに侵入者は否定も肯定もしない
「吸い方はわかるか?」
俺は生き残る為に興味を持ったと思しきタバコについて懇切丁寧に教えた。
侵入者は俺の持っていた残りのタバコを全て奪い、掌から火を出して煙草を吸い出す。
(なんでこんな事になってんだ……)
ダメ元で行ったタバコ献上が意外にも効果があり困惑するが
「対価は…」
侵入者の言葉に現実に戻った。
対価……つまり何かをくれると言っている。
何を頼むべきだ?
聞きたいことは山ほどある。
特に
「俺を殺さないのか?」
俺の問いに対して侵入者は
「初めてタバコを知った。
その礼だ…」
とだけ返す。
人間なのか、女なのか
魔法のようなものは何なのか
そのような他の問には何も答えなかった。
俺は、
「いざという時の回復手段をくれないか?」
と答える。
どうせなら無理難題を言って帰らせたかったがそれで逆上でもされて殺されたら本末転倒だ、薬草でも取ってきてもらう間に防御を整えてもらい、俺は逃げよう。
侵入者は頷くと
黄金に輝く植物の意匠が施された小さな薬瓶を取り出した。
瓶だけでも高額がつくだろう。
驚愕で固まる俺に侵入者は言う。
「飲めば病気も傷も全て治る」
言葉はまるで詐欺師のようだったが、真実だと確信させる圧倒的な迫力があった。
瓶を受け取ると侵入者は街の中心へと向かい歩いていく。
後ろ姿につい言葉が出た。
「お前は……何がしたいんだ……」
侵入者はただ一言
「呪いを…育てなければ……」
とだけ残し歩き去った。
俺は走り出す、門の開けられた穴から外へと逃げ出す。
仲間も街も全てがどうでもよかった。
ただ呪いを撒き散らした戦いの場所から逃げ出したかった。
後ろを振り向く。
今度は転ばないように、ゆっくり前に歩きながら、少しだけだと。
北アイギスに炎の雨が降っていた。
真紅の雨は城塞都市を内から燃やしていく。
まるでさっきまで吸っていた俺のタバコのように火の粉が舞って登っていく。
俺は二度と振り返らず、近くの開拓村まで走った。
位置関係が漫画内だと地点111.332みたいな感じだから書きにくい…