【書籍化】S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった 作:ミズノみすぎ
ゼクードがフランベールを追いかけて崖から飛び降りてしまった。
ドボンという川の弾ける音が響き、ローエは慌てて武器を捨て崖へ走った。
「今行きますわゼクード! フラン!」
「待てローエ! 行くな!」
カティアに片腕を掴まれ、強引に引き戻された。
「ちょっと! なんで止めますの!? フランとゼクードが落ちたんですわよ!?」
「二重遭難になる。行くな」
「でも!」
「全滅したいのか! 落ち着け!」
「!」
全滅という言葉には、さすがのローエも動きを止めた。
「……じゃあ、どうしたら」
「ゼクードが行ったんだ。あいつを信じるしかない。我々はいったん山頂を目指すのは諦める。ゼクードとフランの捜索を優先しよう」
「……わかりましたわ。ならレイゼたちにも協力してもらいましょう。一刻を争いますわ」
「ああ。急ぐぞ!」
ローエとカティアはレイゼ達の元へ急いだ。
※
川の流れは激しく、何より死ぬほど冷たかった。
寒いを通り越して全身が痛い。血が凍るようだ。
長くは持たない。
紺色の水面下は視界が悪い。
そんな中を泳ぎ、前を流れるフランベールを追った。
彼女も必死に流れに逆らっている。
おかげで俺は少ない息でフランベールを掴まえることができた。
互いの手を握り合い、なんとか水面から顔を出す。
「ぶはぁっ! はぁ、はぁ……フラン! 大丈夫か!」
彼女の安否を確認しながら、俺は近くの岩に片手で掴まって流されるのを止めた。
「はぁ……はぁ……ゼ、ゼクード、くん……」
返事をした。
大丈夫みたいだが、川の低温にやられている。
「まずいな……このままじゃ低体温症になっちまう。どこかで身体を温めないと!」
幸いにも少し流された先で岸があった。
俺とフランベールはなんとか這い上がったが、あまりの寒さに身体が鈍器のように重くなっていた。
俺は立つのがやっとだったが、フランベールに至っては両手を地面の砂利につけて立てなくなっていた。
ガクガクと凄まじい勢いで震えている。
相当体温を奪われた様だ。
見かねた俺はフランベールを抱き上げ、雨風を凌げる横穴を探した。
早く身体を暖めねば。
焦る気持ちを胸に、絶壁だらけの砂利道を進んでいく。
すると横穴ではないが、絶壁のくぼみを見つけた。
この際ここで良いと、俺は消耗の激しいフランベールを座らせる。
「フラン。お前はここで休んでろ。間違っても寝るなよ?」
「は……は……ひ……、う……ん……ごめ、ん……なさい……迷惑、かけて……」
「なに言ってんだよフラン。家族ってのは迷惑かけて良いもんなんだぞ。待ってろ。すぐに火を起こしてやるから」
「あり、が、とう……は……は……ふ……ぅ……」
俺は急いで薪を集めを開始した。
不思議なもので、身体は立ってるのがやっとなほど重いのに、フランベールのためを思えば動くのだ。
ゼクードもフランベールと同じくらい体温を奪われているのに、だ。
自分の底力に驚きつつ、砂利道を進んで木を探した。
見つけた木をロングブレードで微塵切りにし、使いやすい大きさにカットする。
それを持ち帰り、フランベールの前で組んで常備している火打ち金で火打ち石を叩いた。
鋼の削りカスがスパークし、火花となって薪に引火。
煙が上がり、俺は空気を送るため息を吹きかけまくる。
火打ち石と火打ち金は多少濡れていても火を起こせるのが強い。
でもカティアが居ればもっと楽だったのだが。
この際、贅沢は言ってられない。
空気を送り続け、薪が燃え上がってきた。
ようやっと焚き火の完成だ。
「よし。ほらフラン。暖まろう」
「ぁ、あり、がと、う……」
俺とフランベールは濡れた衣服を乾かすために、インナーを残して装備を脱いだ。
こんなとき夫婦だと恥ずかしがることなくできるから良い。
まずはマントの水を跳ばして乾かし、それを羽織った。
最低限の寒さを凌いでくれるマントを羽織ったら、今度はインナーをも脱いで乾かしていく。
時間は掛かるが、こんな寒い場所で濡れた物を着ていたら凍死する。
同じ要領で濡れた装備品をも乾かしていった。
身体も暖まってきて、体力がゆっくりと回復してきた。
だがその頃には既に日が落ちて夜になってしまった。
今日はもうここで寝泊まりすると決めて、薪を追加する。
暖かいものを飲みたいが、道具がない。
やれやれと溜め息を吐き、隣に座るフランベールを見た。
彼女は先程から暗い顔でお腹を撫でている。
「大丈夫かフラン? お腹痛いのか?」
「ううん……赤ちゃんが、心配で……」
「え?」
フランベールのお腹に赤ちゃんが?
あ、でもローエがそんなことを言っていたな。
でも……なんで赤ちゃんが心配なんだろう?
まさか、強くどこかに打ってしまったのか!?
「こんなに身体冷やしちゃって……。これでお腹の赤ちゃんが死んじゃったら……わたしのせいだ……」
違ったようだ。ぶつけたわけではないらしい。
「冷やすと、やっぱりまずいのか?」
フランベールは泣きそうになりながら頷いた。
「最悪……流産になるって聞いたことあるの……妊娠中の身体を冷やすのは自殺行為だって……」
そうか。
だから最近ローエ・カティア・フランベールは、任務中でもどこでも、やたら頻繁にお湯を飲んでいたのか。
身体を冷やしすぎないために。
エールをまったく飲まなくなったのもそのためか。
凄いなみんな。
妊娠したと分かると飲食にも気をつけるんだ。
一人の騎士であると同時に母親でもあるんだ。
自分一人の身体じゃないから。
彼女たちに比べたら……男の俺なんて気楽なもんだな。ホントに。
出すもの出してスッキリしたら、あとは女性に丸投げなんだから。
だからこそ、こんな場面では誰よりも動けないとダメなんだろうな。男は。
「フラン……あんまり思い詰めるなよ?」
「うん……わかってる。わかってるけど……なんであんなドジ踏んじゃったんだろうって、自分で自分が腹立たしくて……」
崖から落ちたことか。
過ぎたことは仕方ないけど、取り返しのつかない事態になっている可能性は否めない。
敬意を表したい妻に対して、なんと言ってあげたらいいのか?
こんなとき、気休めな言葉が意味をなさないのは知っている。
俺にできることと言えば、彼女の不安を分かち合ってあげるだけ。
「……絶対大丈夫なんて、無責任なことは言わないよ。とにかく温めてあげよう? お腹の子のためにも」
俺は手を出し、マント越しにフランベールのお腹を撫でた。
フランベールはポロポロと大粒の涙を流す。
「ありがとう……ゼクードくん」
「うん」
まだ出来てるかも確定ではない赤ちゃんのために、こんなにも本気の涙を流せるフランベールは、やはり本物の母親だ。
ちゃんと常に覚悟を持っている。
だからこそ、こんなドジを踏んだ自分が許せないんだろう。
そんな妻に、命があっただけ良かったじゃないか、なんて無神経な言葉は掛けられなかった。