【書籍化】S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった 作:ミズノみすぎ
浜辺から森に入り、ローエはグロリアの後を追いかけていた。
ローエを置き去りにする気満々なグロリアは、とにかく怒っていた。
それもそのはずで、ローエが水を噴いた時……目前にはグロリアがいた。
つまりそういうことである。
「……あなたに水をブッ掛けたことは謝りますわ。でも──」
ローエは前を歩くグロリアを睨みながら、自分の頭を指差す。
「こんなに殴ることないでしょう!? タンコブが段になってますわよ!」
世にも珍しい四段タンコブである。
「うっさい! アンタのせいでアタシはビショビショになったのよ! 自業自得でしょうが!」
「だってあなたがお父様はゼクードなんて言うから!」
「ホントのこと言っただけでしょうが!」
「嘘おっしゃい!」
「嘘って何よ! なんでアタシがアンタに嘘つかなきゃなんないのよ!」
「そ、それはそうですけど! 話がおかしいのですわ!」
「なにが!」
「ゼクードって言ったらわたくしの夫ですわ! そしてグロリアはわたくしの娘の名前ですわ! あとローエはわたくしの名前ですわ! 真似するんじゃありませんわよこのパクり女騎士!」
「はぁーっ!? なに言ってんのアンタ! 頭おかしいんじゃないの! パクッてんのはそっちでしょう!」
「なんですってぇえ!」
「なによぉお!」
怒鳴り合う二人だがパキッと小枝が折れる音は聞き逃さなかった。
どちらも騎士という職業柄、ドラゴンの気配を察して身構える。
そして案の定、森の奥から一匹のドラゴンが現れた。
灰色のドラゴンだ。赤い血管のようなものが鱗から浮き出ている。
「やっば……喋りすぎた。アンタのせいだかんね!」
「あなたのせいですわよ! ……でも、何なんですのアレ? あんな気持ち悪いドラゴン初めて見ますわ!」
「【ドラゴンゾンビ】よ」
「ドラゴンゾンビ?」
「そ。っていうか、アンタ邪魔だから下がっててよ」
グロリアが戦斧を展開して言った。
「あら、舐めるんじゃありませんわよ? わたくしだって戦えますわ」
「はぁ? 素手で戦うの?」
「え?」
ローエは背中に手をやった。
しかし【ヴェルデリボルバー】の柄がない。
というか、武器そのものがない!
通りで背中が軽いと思った!
「あ、あら? わたくしの武器はどこ?」
「知らないわよ! さっさと下がって! どうせそんなフラフラじゃロクに戦えないわよ!」
言ってグロリアは駆け出した。
右手に戦斧。左手にバックラー。
どう見ても両手持ちを前提にした戦斧を片手で軽々と振り回している。
それだけで彼女がどれほどの怪力を有しているのかが分かった。
並の騎士ではない。
ドラゴンに肉薄したグロリアは、瞬時に来た噛みつきを跳んで避けた。
凄まじい跳躍力でドラゴンの頭上を取り、戦斧を振り下ろす。
「うおりゃあああああああああ!」
落下の威力を上乗せしたグロリアの一撃は、ドラゴンの竜鱗を容易く両断した。
真っ二つになったドラゴンは、その余りある威力によって生じた衝撃波によって吹き飛ぶ。
倒したと思ったのも束の間。
近くの茂みからもう一匹のドラゴンが飛び掛かってきた!
潜んでいたらしいが、グロリアは把握していたように身体を回転させ戦斧を薙ぎ払う。
ドラゴンの口に戦斧がめり込み、顔から尻尾まで綺麗に両断された。
刹那、グロリアの背後からさらにもう一匹ドラゴンが飛び掛かってきた!
振り切った戦斧では対処が間に合わない。
そう判断したグロリアは、背後の奇襲をバックラーで迎え撃つ。
それは敵の頭部を狙った左手の裏拳。
鋼鉄のバックラーを使ったバックナックル。
斬撃ではない強力な打撃がドラゴンの頭部を強打し、一発でドラゴンの怯みを取った。
隙だらけになったドラゴンにグロリアは戦斧を両手持ちに切り替え、真っ直ぐ振り下ろした。
頭部を両断し、トドメの横薙ぎで首を切断する。
切り離された頭部が地面に落ちて、本体もすぐに倒れた。
ふぅ、と面倒くさそうにグロリアは息を吐いて戦斧を背中に納めた。
なんと鮮やかな。
グロリアの戦いぶりにローエはそんな感想を抱いた。
二度の奇襲に難なく対応する冷静さ。
戦斧と小盾を使い分ける柔軟性。
彼女は一流の騎士だ。
自分と大差ない実力者である。
ただ、ゼクードほどか? と聞かれればそうでもないが。
相当な手練れであることは確かだ。
「あなた……けっこう強いんですわね」
「当たり前じゃない。誰だと思ってんの?」
自信満々に答えるグロリアに、ローエは肩を竦める。
「自信過剰ですわ……上には上がいますのよ?」
するとグロリアの顔が露骨に険しくなった。
「……知ってるわよそんなこと。いちいちムカつく奴ね。守ってくれてありがとうも言えないわけ?」
!
そうだった……わたくしとしたことが……人として最低ですわ。
「あ、ごめんなさい! ……ありがとうですわ。えっと……」
「グロリアって言ったでしょ?」
やっぱりグロリアと名乗ってくる。
母親がローエで、父親がゼクード。
いくらなんでも、こんな偶然……あるはずがない。
「グロリア…………本当にその名前なんですの?」
「だからそう言ってるじゃない。何なのよホントにさっきから……」
さすがのグロリアの嫌気が差してきたらしく、心底面倒くさそうな顔になってきた。
「だ、だって………………あなたの御両親は」
「ローエとゼクードだってば。もういい加減にしてよ」
ダメですわ……彼女、とても嘘をついているようには見えない。
自然体すぎですわ。
「……その御両親は今、どうしてますの?」
「アンタねぇいい加減にしなさいよ! 失礼よさっきから! なんで答えなきゃなんないのよそんなこと!」
「ぉ、お願い教えて! 大事な事なのですわ!」
ここまで来てローエも引き下がるわけにはいかなかった。
真剣な眼差しでグロリアを見つめると、彼女は小さく息を吐く。
「……雪のドラゴンと相討ちになって死んだ」
「!?」
雪のドラゴン!
まさかこの名前を聞くなんて……
しかも相討ち?
死亡!?
わたくし達が死亡扱いされてますの!?
「もう18年も帰ってきてない」
「じゅ、18年!?」
途方もない時間の経過を知ってしまった。
あの雪のドラゴンとの戦いからすでにそんな時間が過ぎていたなんて……
どうしてわたくし……
ローエは自分の手や肌を触った。
出産は経験してるが、まだまだ現役の若い女の身体だ。
とても18年の老いを受けているようには見えない。
まさか……氷漬けにされて、身体の老化が?
「──ね、ねぇあなた……わたくし、いくつに見えます?」
「え? ん~、36?」
「殴りますわよ?」
人が真面目に聞いてる時に!
「冗談よ。23歳くらい?」
やっぱり、端から見てもそれほどの年齢にしか見えないようだ。
18年の時を止まったまま過ごしてしまったらしい。
とんでもない事が自分の身体に起きていた。
「19ですわ」
「え、同い年!? 嘘でしょ!? ちょっと老けてない?」
「悪かったですわね! そんなことよりあなた」
「な、なによ? まだ何かあるの?」
グロリアはウンザリしたように言ってくる。
しかしローエは構わない。
ここまで来たなら明かすしかない。
グロリアという名前が娘の名前と偶然重なった名前なのか、確認せねば気が済まない。母親と父親の名前だってそうだ。
ローエとゼクード?
こんな偶然があるわけがない。
自分は氷漬けになって18年の時を止まったまま過ごした。
ならば、18年の時を経て成長したグロリアが彼女だとしても、なんらおかしくはない。
「あなた……母親が三人いるのではなくて?」
「え!?」
その一言は、グロリアの目の色を変えた。
思わぬ一言だったのだろう。
ローエは攻める。
「【ローエ】【カティア】【フランベール】っていう三人の母親が、居たんじゃありませんの?」
「なんで……それを!?」
先程の態度とは打って変わって、グロリアは目を見開く。
今にして思えば、彼女のエメラルドグリーンの瞳は自分と同じ。もっと早く気づくべきだったか。
「姉弟もいるはずですわ。【カーティス】と【レミーベール】という」
「な、なんで知ってんのよアンタ! いったい何者なの!?」
逆に怖くなったらしいグロリアが身を引いてきた。
攻めすぎたか。
でもこの反応……やっぱりグロリアはカティアら母親と、カーティスら兄妹を知っている。
疑問が確信に変わってきた。
ローエの心臓が激しく脈動してきた。
大きくなった娘が、目の前にいる。
その確信が胸を高鳴らせている。
「ですから……わたくしは……【ローエ・フォルス】なのですわ。本当の本当に」
「フォルスって……!」
「さっきも言いましたけれど、わたくしには娘がいますわ。【グロリア・フォルス】という女の子が」
その言葉に、グロリアは凍りついたように止まってしまった。
凍てつくような静寂に、ローエはそれでもグロリアを見つめる。
それしかできなかった。
きっと……いま彼女の中ではパニックが起きてるはず。
整理しているはずなのだ。
だから……待とう。
「──ホ……ホントに、お母さん、なの?」
ローエは頷いた。
「嘘よ……なんで……若すぎるでしょ!?」
「……わたくし達はあの時、雪のドラゴンと戦ってましたわ。最後はみんな氷漬けにされて、そしてそのまま、きっと今日まで……」
「年取らなかったってこと!? そんなことあるの!? 氷なんてすぐ溶けるじゃん!」
「わたくしにも理由は分かりませんわ。でも……生きてますわ。こうして」
「……っ!」
「グロリア……あなた……【グロリア・フォルス】なんですわね?」
「そ……そうだけど……」
完全に繋がった。
この子はわたくしの娘。
こんなに大きくなって……
小さな感動と……そして大きな喪失感が、胸の中を重くした。
わたくしは……18年も、グロリアを……
不意に身の毛もよだつような不快にとらわれ、身体が震えるのを感じた。
同時に喉から何かが一気に込み上がってくる。
「うっ!」
「お母さん!?」