【書籍化】S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった 作:ミズノみすぎ
「う……うぇ……げほっ! げほっ! は、は……かは……」
ローエは込み上がって来た胃の中身を地面にブチまけた。
「ちょ、大丈夫!? ねぇ! どしたの!?」
グロリアが駆け寄り、痙攣するローエの背中を撫でる。
「はぁ……はぁ……よ、良かった……つわり、みたいですわ……」
「つわり!?」
「お腹の子、無事みたいですわ……」
氷漬けにされて18年も経っていたのに、妊娠は継続されている。
その事実がローエにはとんでもなく嬉しいものだった。
心のどこかでもうダメだろうと諦めて、考えないようにしていたから尚更、このつわりは嬉しい。
「お腹の子って……妊娠してるの!?」
「ええ……でも一緒に氷漬けにされて……でも大丈夫だったみたいで、本当に良かったですわ」
涙目で安堵するローエに、グロリアはポカンと口を開いて呆然としていた。
「もう……わけ分かんない」
グロリアが呟いた。
それも仕方ない。
自分の母親が若い姿のまま現れて、しかも妊娠しているのだから。
「ごめんなさいグロリア……わたくし、あなたを18年も放置して──」
なんとか立ち上がったローエが、どうしても言いたかった言葉を紡ぐ。
「んなこと今はどうでもいいわよ」
キッパリ返したグロリアはまた別の水瓶を取り出し、ローエに手渡した。
「グロリア……」
「生きてただけ良かったわよ。ほら、その水で口の中すすぎなさいよ。気持ち悪いでしょ?」
「ありがとう……」
娘の優しさに感動を覚えながら、ローエは水を口に含んですぐに吐いた。
口内をスッキリさせると、グロリアが寄ってくる。
「ほら、掴まって」
「え!? ちょ、え!?」
ローエは娘の突然の行動に頬を赤くして驚愕した。
抱き上げられたのだ。
その抱き方が【お姫様抱っこ】である。
「あら。思ったより軽いのね。お母さんって」
「や、ちょ、ちょっと! こんなの恥ずかしいですわ!」
「いいからしっかり捕まっててよ」
「で、でも……」
「仲間探すんでしょ? だったらチンタラしてる場合じゃないわ」
「……うぅ」
まさか娘に【お姫様抱っこ】される日が来るとは思わなかった。鎧装備の自分を軽いだなんて……。
本当の本当の本当に……人生とは分からないものである。
ローエは抱かれながら、大きくなった娘の横顔を見た。
美しく綺麗で、気丈そうな横顔がそこにある。
自分が彼女の母親だという実感は、まだ湧かない。
でも娘だと確信を持っているという複雑な心境だ。
一言で言うなら、夢を見ているみたいだ。
しばらく娘の横顔を見つめていると、視線を感じたらしいグロリアと目が合った。
お互い顔を赤くして、視線を剃らした。
※
波の音が聞こえる。
「ん……」
胸が苦しい。
圧迫されてるみたいだ。
でも、背中は妙に暖かい。
フランベールは自分が俯(うつむ)けで倒れていることに気づいた。
それに気づけるぐらいには、意識が回復してきた。
「ここは……?」
痛む身体をなんとか動かし、フランベールは顔を上げた。
すると髪に絡んだ砂がサラサラと溢れる。
砂?
ここはどこ?
ゆっくりと上半身を起こして、フランベールは周りを見た。
前には森があり、後ろには海が広がっている。
……なんでわたし、こんなところに?
みんなは?
ゼクード・カティア・ローエの姿がない。
おかしいな……何してたんだっけ、わたし……
そうだ……雪のドラゴンと戦ってて、それから……
フランベールは自分の手を見た。
バリスタの矢を握って氷漬けにされたはずの右手。
そうだ。
わたしたち、みんな氷漬けにされて……それから……
それから?
どうなったんだろう?
……なんとなく繋がっては来た。
氷漬けにされて、海に落ちて、今に至るのかもしれない。
みんなは別の場所に打ち上げられてるのかも。
そう自分を納得させると、不意に殺気を森の方から感じた。
見ればそこから灰色のドラゴンが現れた。
「!?」
なに、あれ!?
A級ドラゴンみたいだけど……色がおかしい。
まるで腐ったような灰色で、鱗が剥がれた隙間から血管のようなものが浮き出ている。
目など赤く光っていて恐ろしい。
ドラゴンはこちらを見て、黄ばんだ唾液を垂らしながら近づいてくる。
フランベールは咄嗟に立とうと思ったが、全身の骨が軋んで、あまりの激痛に動けなかった。
ならば、と武器だけでも展開しようと背中に手をやったが、武器はどこにもなかった。
抵抗する術がない!
やっと暖まってきた身体が、一気に凍りつくような寒気を感じた。
冷や汗が喉を濡らす。
ドラゴンは牙を剥き出しにして近づいてくる。
フランベールの肉を屠らんと。
「や、来ないで!」
腕の力で身体を後退させるも、お尻が波に濡れるだけだった。
「だ、誰か!」
叫んだフランベールに、ドラゴンが飛び掛かってきた。
せっかく助かったのに、こんなところで!
フランベールは涙し【ヨコアナ】に残してきた子供たちと、お腹の子を想った。
ごめんなさい!
ただそれだけしか言えず、目を閉じて死を覚悟した。
直後!
白銀の閃光がドラゴンを裂いた。
ピタリと動きを止めたドラゴンは、綺麗にバッサリ左右に割れた。
え、なに!?
「間に合ったー」
聞き覚えのある声が聞こえた。
姉リリーベールの声だ。
なぜ姉さんがここに!?
目を開けると、そこにいたのは銀髪で碧眼の女性だった。
姉さんじゃない!?
誰?
「大丈夫?」
リリーベールそっくりな声で手を差し伸べてくれるその女性は、女騎士だった。
銀の重厚な鎧に身を包み、さきほどドラゴンを一閃したらしい大剣を肩に担いでいる。
「あ……ありがとうございます! 助かりました」
言いながら彼女の手を握り立ち上がったフランベールだが、やはり全身の骨が軋む。
「痛っ!」
「ちょっと大丈夫!?」
銀の女騎士に身体を支えてもらい、なんとか踏ん張った。
「ご、ごめんなさい……身体のあちこちが軋んで……」
「無理に動かない方がいいわ」
優しくそう言われ、まるでリリーベールに言われてるみたいで変な気分になった。
でも不思議と落ち着く……安心できる声だった。
初対面なのに不思議だ。
姉の声と同じというだけで、こうも安心できるものなのか。
「あなた……エルガンディの弓使いみたいね。なんでこんなところに?」
「えっと……雪のドラゴンと戦ってたんです」
「雪のドラゴン?」
銀の女騎士が怪訝な顔を浮かべる。
だが当のフランベールはハッと、雪のドラゴンで仲間の事を思い出した。
「あ、あの! わたしの他に三人の騎士を見ませんでしたか!? 一緒に戦ってた仲間なんですけど!」
「ごめんなさい。見てないわ。あなただけよ」
「そんな……! こ、こうしちゃいられない!」
「ちょ、ちょっとあなた! そんな身体でどこ行くの!?」
「仲間を探しに行きます! 助けてくださってありがとうございました! きゃっ!」
砂に足を取られて転倒してしまった。
またやってしまったと、フランベールは自分に腹が立った。
お腹に子供がいるのに転けるなんて……もうわたしって、本当に!
「ほら、フラフラじゃない。無理しちゃダメだってば」
銀の女騎士がフランベールを立たせながら呆れる。
「で、でも……こうしてる間にも仲間がドラゴンに襲われるかもしれません!」
「わかったわ。付き合ってあげるから落ち着いて。ね?」
本当に優しい……姉のような包容力でフランベールに囁く。
同じ銀髪と声のせいか、リリーベールと被って見える。
そんな彼女に得体の知れない安心感を覚えているのも事実で。
「す……すみません」
「いいのよ。気にしないで。ワタシはレミーベールよ。あなたは?」
「え!?」
「ん?」
レミーベール?
いまレミーベールって言った?
うそ……なんの偶然なの?
「いま、レミーベールって……」
「そうよ? で、あなたは?」
「フ、フランベール……です」
「あら偶然ね。ワタシの母と同じ名前だわ」
「え!?」
母親がフランベール!?
ちょっと待ってどういうこと!?
「ワタシの母もフランベールって言うのよ」
「そ、そうなんですか……」
どうにも引きつった笑い顔で答えるフランベール。
この子はなに?
わたしの娘のレミーベール・フォルスなの?
どう見ても自分と同じくらいの年頃に見える。
レミーはまだ一歳のはずだけど……はて?
やはりたまたまだろう。
「あなたさっき『雪のドラゴンと戦ってた』って言ってたけど……それいつの話?」
「いつって……最近だと思うんですけど……」
「雪のドラゴンって18年前に討伐されたはずよ?」
「18年前!?」
なんか凄い昔の話になってる!?
なんで!?
もしかしてここ……わたしの知ってる大陸じゃないのかな?
いや、でもさっき彼女はわたしの装備を見て【エルガンディの弓使い】って言ってたから、ここはやはりわたしの知ってる大陸なのかも。
だとしたら【雪のドラゴン】の話は、わたし達が戦ったあのドラゴンの事よね?
なんで18年も過ぎてるの!?
「そうよ。……ワタシの母もね。その雪のドラゴンと相討ちになっちゃったらしくて……帰ってこなかったらしいのよ」
「ええええ!? ちょ、ちょっと待って! 相討ちにはなってないよ!」
フランベールは思わず口を出してしまった。
「え、なに!?」っとレミーベールが驚く。
「あ、いや……相討ちには、なった、のかな? いやでもこうして生きてるし、相討ちにはなってないよ!」
「な、なに言ってるのあなた?」
「いや、だから……その」
やばい……自分でも何が言いたいか分かんなくなってきた。
でも最後に氷漬けにされたのは覚えている。
結果としてわたし達が生きてるなら相討ちじゃないと思う。
勝ったということにしたい。
……いや、そんなことは今はどうでもいい。
なんであれから18年も過ぎてるのか?
それが重要だ。
まさか氷漬けにされて18年そのまま過ぎたなんて、バカな話はないと思うのだけど……。
「そもそも雪のドラゴンの討伐命令なんて出てないわよ? あなたどこの部隊の騎士なの?」
「え? ふぉ、【フォルス隊】ですけど……」
「【フォルス隊】!? 冗談でしょう? 伝説の部隊じゃない!」
「で、伝説!?」
「そうよ? 五千のS級ドラゴンをたった四人で全滅させたっていう超強い部隊よ?」
──わたし達の事だ。完全に。
伝説になるほど過去のものになってるなんて……
……じゃあ彼女は?
本当にレミーベールなの?
わたしの……わたしとゼクードくんの……娘?
確かに当時はこんな女騎士は居なかったはず。
見たことない。
やっぱりこの子は……大きくなったレミー!?
「あなたが【フォルス隊】だとは思えないわねぇ~、なんか弱そうだし」
さらっと失礼ねこの子。