【書籍化】S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった 作:ミズノみすぎ
【シエルグリス】はボロボロだった。
たった三匹のドラゴンに侵入され、かなりの被害が出てしまった。
しかしその場に居合わせたローグ・カティア・ローエの活躍でなんとか討伐に成功。
今は怪我人の回収や街の修復作業が開始されている。
レイゼ女王とリベカが指揮をとり【シエルグリス】の騎士たちは大忙しだった。
「おい! ゼクードさんがやられたって本当かよ!」
【シエルグリス】の街中にある病院の前でローグが駆けつけてきた。
「声がデケェよ」っとレグナは病院の出入り付近で腕を組む。
「いま病室に運ばれて意識不明の状態なんだ。雷をくらったらしい」
リイドが説明してローグはハッとなった。
「さっきの雷か! 嘘だろ……あのゼクードさんがやられるなんて……」
「雷相手じゃ仕方ねぇよ。あんなもん避けられるかって」
肩をすくめたレグナは、前方から歩いてくるネオを見つけた。
「ネオ!」
「レグナ……ゼクードさんは?」
聞かれ、レグナは顔を暗くして首を振った。
「そうか……」
「お前も大丈夫かよネオ。聞いたぜ? ゼクードさんが倒れた後、あの『人型ドラゴン』とやりあったんだろ? 大したもんだぜ」
「さすが天才騎士ってやつ?」っとリイド。
「やめてくれ! 僕は……天才なんかじゃない」
ネオのあまりに意外な言葉にレグナ・リイド・ローグが驚愕した。
それに構わずネオは悔しそうに口を開く。
「ゼクードさんが居なかったら何も出来なかった。あの人の目線で語るなら僕も凡人と変わらない。まだまだ……弱すぎる」
「お前……」
何があったのか?
レグナは不思議そうにネオを見つめた。
もちろんリイドとローグも同じで、そんな視線を集中されたネオはバツが悪そうに視線を逸らした。
「ふん……見せつけられた現実ぐらい、ちゃんと受け止めて見せるさ。でないと前には進めない。強くなれない。僕は……母さんのようにはならない」
そのネオの一言が、たまたま通り掛かったミオンを起爆した。
「お前えええええええええええええええ!」
怒りの絶叫と共に現れたミオンがネオを殴り飛ばした。
助走をつけた本気の拳だった。
ネオは頬にもろに受け吹き飛ぶ。
「わっと、ネオ!?」
リイドがネオを受け止め、レグナがミオンに怒鳴った。
「オイてめぇ! いきなり何してんだ!」
「バカにして! バカにして! バカにしてええええええええええええええええええええええええ!」
完全に怒り狂っていた。
開き切った双眸がネオを憎悪のままに睨み付けており、さすがのレグナもゾッとした。
「ちょ! やめろって! なんなんだよあんた!」
暴れるミオンを羽交い締めするローグだが、ミオンは止まらない。
ネオに怒りの言葉をぶつける。
「あんたに私の何が分かるのよ!」
「……っ!」
「分かんないでしょ! どうせあんたは才能あるもんね! 私の努力をあっさり抜いたもんね! そりゃいい気分でしょうね!」
「……」
ネオは黙っていた。
口から流れる血を手の甲で拭い、怒りで暴れ狂う母をその目に映した。
「言いたいことは、それだけか?」
「っっっざっけんな! バカにして! 私だって努力してきた! あんたなんかよりも遥かにたくさんやってきた! それを……なによ! 母さんのようにはならないって! あんた! どこまで人を惨めにすれば気が済むのよ!」
ミオンの怒声は街中に轟き、作業をしていた騎士たちや市民たちが気づいて視線を向けてくる。
さらには病院の中からグロリアとレミーベールまで出てきた。
「ちょっとなに騒いでんのよ! ここ病院の前よ!」
「うるさい!」
ミオンに怒鳴られたグロリアは「な!?」っと一瞬怯んだ。
しかしすぐに睨み返し「うるさいのはアンタでしょう!」っと怒鳴りながら前に出た
「ちょ、ちょっとグロリア! あんたまで怒ってどうするのよ!」
今にも殴り掛かりそうなグロリアをレミーベールが押さえる。
騒ぎが大きくなってきて、さすがにヤバイとレグナが思った時!
「おい!」
凄まじい大声を上げてレイゼ女王が現れた。
彼女はみなの視線を一斉に浴びながらミオンの前に立ち塞がる。
するとさすがのミオンも怯えるように大人しくなった。
「レ、レイゼちゃん……」
「ったく……こんなクソ忙しい時に」
吐き捨てるように言い、レイゼは顎をしゃくった。
「ツラ貸せよミオン」
「え……?」
「黙ってついてこい」
「な、なんで……」
「ツラ貸せっつってんだ!!!」
その場にいる全員が竦み上がった。
爆発的な怒声が【シエルグリス】全土に響き渡る。
下手なドラゴンよりも遥かに怖かった。
本気でビクついたミオンは、踵を返したレイゼの背をゆっくりとした足取りで追いかけていった。
その二人が見えなくなって、ようやく全員の緊張が解けた。
みんなレイゼ女王の凄みに完全にビビっていた。
人間は本気でキレるとああも怖いのか。
恐ろしい経験をしたと思いつつ、やっと嵐が去ったと安堵したレグナは隣のネオを見る。
「大丈夫かネオ?」
「……ああ」
「なんだったんだよあのヒステリー女……」っとローグ。
「ネオのお母さんだよ」っとリイドが答えた。
「はぁ!? お母さん!? あんなことで息子殴るか普通!?」
驚くローグを尻目に、やれやれとレグナは頭を掻くいた。
すると……ゆっくりとネオが歩き出した。
向かう先はどうにも先程のレイゼ女王とミオンが行った方角だ。
気になるんだろうか。
だがこれ以上は巻き込まれたくないと、レグナは黙ってネオを見送った。
※
【シエルグリス】の北東。
その城壁の上にレイゼとミオンは来ていた。
空は夕焼けになっており、オレンジ色に照らされる地面に二人の影が伸びた。
「レイゼちゃん?」
立ち止まったレイゼにミオンが顔を上げると、当のレイゼはいきなり振り向いて殴ってきた。
「っ!?」
ミオンの頬にレイゼの鉄拳がめり込み、衝撃で尻餅をついた。
「いい加減にしろよ! ミオン!」
「え……」
「いつまでもいつまでも自分だけ不幸みたいな顔してんじゃねぇ!」
あまりにいきなりで最初は何を言われたのか理解が追い付かなかった。
殴られた頬を触り、ズキリと痛む。
拳を鳴らして立ちはだかるレイゼを見上げ、ようやく言われた言葉の意味を理解した。
「な、なによ……なによレイゼちゃんまで!」
「ああ? 言いてぇことがあるなら聞いてやるよ!」
立ち上がった瞬間にまた頬を殴られた。
「ぶっ!」
立ち上がった瞬間に鈍い衝撃が頬を走り、吹き飛んだ身体が石壁に叩きつけられた。
ミオンは焦点の定まらない視界にレイゼを捉える。
「おら立て! 遠慮しなくていいんだぜ? 今は立場は対等だ。女王も騎士も関係ねぇ。おら立てよ! あるんだろ言いてぇことが!」
レイゼの挑発的な声音が、耳鳴りのやまない頭に響く。
ミオンは歯を食い縛り、拳を握り締め立ち上がった。
「言ったって! 言ったってどうせ分かってくれないよ!」
ついに主君を殴り飛ばしたミオンだが、レイゼは踏ん張った。
「……っ! 決めつけんなよ! 言えよ!」っと今度はレイゼがミオンを殴った。
「うるさい!」っと次はミオンが殴る。
そこからは激しい言葉と拳の応酬になった。
「言えよ! 黙ってたら分かんねぇだろうが!」
「わかってほしくない!」
「ウソこけっ!」
「どうせっ!」
「どうせって言うな!」
「なによ!」
「なによじゃねぇ!」
「なによっ! レイゼまで私を否定するの!?」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ! 最初にネオを否定したのはお前じゃねぇか!」
「!」
ピタリとミオンの拳が止まった。
その隙を逃さずレイゼは彼女をぶっ飛ばした。
壁に叩きつけられたミオンはそのまま尻餅をつく。
「お前のその未熟な心が! ネオをあんな風にしちまったんじゃねぇのか!」
「……ァ……私は……! だって……だって!」
「だってじゃねぇ!」
「なによ……なによなによ! みんな私が悪いって言うの!? みんなだってアイツのこと天才天才って持て囃《はや》してたくせに!」
「そうだよ! だからこそ親のお前がちゃんとしてりゃこんなことにはならなかったんだろうが!」
夕焼けの空にレイゼの言葉が響き、それはミオンの頭の中でもこだました。
じわりと涙を浮かべたミオンは、そのまま俯いて大粒の涙を溢した。
「わかんない……」
「ああ!?」
「分かんないよ親なんて! 私、親なんていなかったもん!」
「!」
今度はレイゼが止まった。
ミオンは大泣きしながら吐き出していく。
「気づいたら一人だったし! 自分だけでやらないとダメだったし! ちゃんとしろって言われたって分かんないよ! 見たこと無いのに!!」
「ミ、ミオン……お前……」
「分かんないよ! どうやればよかったのよ! 赤ちゃん生むのはがんばったよ! なのにそれだけじゃダメなの!? 親ってなに!? もう分かんない! 分かんないよ! 親なんて分かんない! うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
泣き叫ぶミオンに、レイゼは掛ける言葉を見失っていた。
空に向かって嗚咽を吐き散らすミオンを、夕日は虚しく照らしている。
別にミオンの過去を忘れていたわけじゃない。
ミオンなら母親を出来ると思っていた。
その根拠はレイゼ自身がほぼ彼女に育てられた過去にある。
だからこんなに分からないと泣き叫ぶミオンが正直意外だった。
自分とリベカには確かに持っていた愛情。
なぜそれを息子のネオに向けられなかったのか。
なぜ息子の成長を素直に受け止められなかったのか。
普通の母親ならば、あれほどの騎士となった息子を持てて誇らしいと思うはずなのに。
ミオンは自身が騎士であることから、それが反作用した。
ネオの強さに嫉妬して、そこからどんどん歪んでいった。
どうしてこうなってしまうのか。
「ミオン……」
「うるさい! もう放っておいて!」
「オレもリベカも……正直ミオンなら出来ると思ってたんだ。母親」
「放っておいてって言ってるでしょ!」
「オレとリベカはミオンに育てられたみたいなもんだからな。だから大丈夫だと思ってた」
「うるさい! 喋るな!」
「ミオンは……オレとリベカのこと、いつも何しても受け入れてくれて、たまに怒って、それでも守ってくれたし、愛してくれただろ?」
「……っ」
「だから……ネオにもそうするんだと思ってた。そうすれば良かったんだよ」
「……」
「けどまさか、ミオンが息子に嫉妬してこんなことになるなんて……それこそオレには分からなかったよ」
ミオンは顔を上げなかった。
それでもレイゼは続ける。
「途中で気づいても……
いきなり謝られ、ミオンは顔を上げた。
「レイゼ……ちゃん」
「放ったらかしてごめん。オレもリベカも、誰かに何とかしてほしいって甘えがあった」
「……」
「けどもう……そろそろやめようぜ? ミオン」
レイゼに手を差し出され、ミオンは黙ってそれを掴んだ。
ゆっくりと引っ張られ立ち上がる。
夕日が眩しかった。
「オレたちはもう大人にならないとダメだ。見ろよ今の【シエルグリス】を。ボロボロだ。まるで……今のオレたち見てぇだ」
城壁から見下ろす【シエルグリス】の光景は、確かにボロボロだった。
確かにそれは身も心も疲弊し切ったミオンとレイゼのようで……
「ネオに抜かれて、それでミオンが苦しんでたのは分かってた。……けどよ、だからって息子を否定することはねぇだろ?」
「……」
「ネオはお前が大好きで、そんなお前に褒められたくて、毎日楽しそうに剣を振ってた」
「……知ってる」
「知ってるなら否定するなよ……悔しいのは分かるけどさ。強い弱いの世界なら、どっかで割り切らねぇと」
「わかってる。わかってるけど……」
割り切ってしまうと、自分が消えてしまいそう。
「やっぱり悔しい……ネオが羨ましい……」
「ミオン……」
「自分はこの程度なんだって……認めるのが怖い……今までやってきたことが全部ムダだったなんて……思いたくない」
「何言ってんだよ。ロゼ女王が死んで、ネオが強くなるまでの数十年間【シエルグリス】を一番前で守ってきたのはミオンじゃねぇか」
「……」
「これはみんな知ってる。ネオだって知ってる。ミオンの努力がムダだったなんてことは有り得ねぇよ。むしろミオンはちゃんと責務を果たしたんだ。誇っていいと思うけどな」
「……」
「上の世代がやることって次に繋げることだろ? 新しい世代が育つまで守る。人間ってのは結局それの繰り返しで、それが出来なかったら滅ぶ。今ここに【シエルグリス】があるのは、それこそミオンの成果じゃねぇか?」
「……」
「いやミオンだけじゃねぇ。騎士みんなの成果だ。新しい世代が育つまで守り抜いたって」
「…………そんな風に考えたことなかった」
「はは、実はオレもいま思い付いた。まだまだ子供だわオレも」
隣で笑うレイゼにミオンはどこか救われる思いを感じた。
次に繋げる責務と成果。
ありとあらゆる命は理不尽との戦いを宿命づけられている。
特に人間はドラゴンとの生存競争を避けては通れない運命にある。
こんな苛酷な自然の中から人間が生まれたこと自体が理不尽だろう。
人間より遥かに強靭な身体を持つドラゴン。
そんなものを相手にしながら、子孫を残すために強くなり、過去の人間は戦って繋げてきた。
苛酷な自然と戦い、水を飲み、ドラゴンの命を食らって、今日よりマシな明日を信じて生きてきた。
レイゼの言うとおり、結局のところ人間はそれの繰り返し。
だから次世代を守り切った自分は、責務を全うしたと言うことなんだろう。
そう思うと、ずっと強張っていた全身の力が抜けてきた。
ネオには勝てない。
そんな情けない自分を肯定したくない。
認めたくない。
どうすればいいのだろうか。
「なぁミオン。ネオはお前が腹を痛めて産んだ子だ。そんな子が自分より強くなって国を守った。それがそんなに嫌か? 誇ってやれないのか?」
「……」
「思い出せよ。ネオが生まれたばかりの頃。へその緒で繋がってた時なんかあんなに小さくて、一人じゃ生きていけないほど弱かったのに。今じゃあれだぜ? お前より身長も大きくなって、筋肉だってオレたちより遥かに上になった。子供ってのはスゲェよな。特に男の子は」
「……」
「ネオは夜泣きが酷いって言って寝不足になりながらミオンは育児がんばってたじゃねぇか。好き嫌い多くてご飯食べさせるの大変だったとか、お風呂で顔に水が掛かるとギャン泣きしたとか色々言ってた。覚えてるか?」
「……なにが言いたいの?」
「……ミオン。親ってのはな、子供には無償の愛をやらなきゃいけないんだ」
「無償の、愛?」
「オレさ『〜するべきだ』とかの『べき論』が死ぬほど嫌いなんだけど……子供に関してだけは違う。『親は子供を愛するべき』だと思ってる。どんな子供でも、こっちの都合で生まれてきた子供に罪はねぇんだ」
「……無理だよ……私……ネオを愛せない……憎いもん……羨ましいもん……悔しいよ……ネオは私がほしいの全部持ってる。なんであんなに強いの……私より努力してないのに……なんで……」
「それでもダメだミオン! お前はもう『大人』なんだ!『母親』なんだよ! 息子の成長を嘆く母親が居て良いはずがねぇ! ネオは誰よりもお前の言葉を待ってるはずだ! ネオはお前が大好きだからここまで強くなったんだ。他でもない母親のお前に褒めてもらいたかったから。そんなお前が『子供』でどうする?」
「……」
「いつまでも自分のことばかり言ってちゃダメだ。ネオをちゃんと見てやれよ。理不尽な才能の差を嘆く前に、お前がやった理不尽をネオに謝るんだ」
「…………っ」