【書籍化】S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった 作:ミズノみすぎ
女王との話を終えて、ネオは城を出て街へ続く階段を下りていた。
夜空を見上げると、そこには青白く光る満月があった。
今朝の騒動から一変して街は静まり返っている。
もはや時刻も深夜。負傷者の回収も一段落ついている。
だからこれは当然の静けさであった。
ネオは階段の途中で座り込み、小さく息を吐いた。
そして先ほど女王様に聞かれた母ミオンの謝罪の件を思い出す。
『ネオ……その……あの……』
次の言葉が出るまで数秒を要した母だが。
『今まで……………………ごめんなさい!』
それだけなんとか絞り出して、母は逃げるように去って行った。
あれが母の精一杯の謝罪だったんだろう。
まぁ、謝って来ただけでも凄い進歩だ。
それにネオは女王と母の壮絶な殴り合いを見ている。
下手な男よりも暑苦しい拳の語り合いを見た気がしたが、あの一件で母の本音もやっと聞けた。
『分かんないよ親なんて! 親なんていなかったもん』
初めて聞いた母ミオンの親の話。
まさか親そのものがいなかったとは。
何も話してくれなかったから、てっきり病気か、ドラゴンにやられたのかと勝手に思っていたが……
『気づいたら一人だったし! 自分だけでやらないとダメだったし! ちゃんとしろって言われたって分かんないよ!』
『分かんないよ! 分かんないよ分かんないよ! 親なんて分かんないよ! うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』
良い歳して泣きじゃくる母の姿が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
親がおらず、親がそもそも何なのかすら分かっていかったという、とんでもない母親だったことが発覚した。
親のいない不幸な生い立ちだった。
でも、じゃあ母親のいる自分は母ミオンより幸せだったか?
と言われるとまったくそうでもないから複雑だが……
ネオはハァと大きく溜め息を吐いて、ひどくさっぱりした【シエルグリス】の夜空を眺めた。
『ロゼ女王が死んで、ネオが強くなるまでの数十年間【シエルグリス】を一番前で守ってきたのはミオンじゃねぇか』
レイゼ女王が言っていた言葉を思い出した。
ネオたちが幼い頃はたくさんの女騎士たちが【シエルグリス】を守っていた。
その中でも必ず最前線にいたのが母ミオンだったという。
あの時は本当に幼心ながらに母を尊敬していた。
母に追い付きたくて、母の喜ぶ顔が見たくて、自分という息子を誇ってくれる母が嬉しくて……
あの時は本当に剣を振るっているだけでも楽しかった。
僕という存在を、誇ってほしかった。
生んで良かったと。
自慢の息子だと、言ってほしかった。
なのに──
「ここにいたんだ。ネオ」
「!」
いつの間にかミオンが階段を上ってこちらへ来ていた。
まだ起きていたらしい。
「ずっとあんたの家の前で待ってたのに……いつまで経っても帰ってこないから……探しに来た」
「どうして?」
聞くネオの隣にミオンは座った。
「もっとちゃんと謝ろうと思ってた。だいぶ、その……頭も、冷えたから……」
あまりに意外だった。
謝ってきただけでも凄いというのに、ちゃんと謝ろうと思って行動するとは。
明日は槍でも降るかもしれない。
「もう別にいい。謝ったんだからそれで」
「あんなので……許してくれるの?」
ちょっと昔の自分なら、許せなかっただろう。
でも今なら許せる。
現に気持ちは落ち着いている。
母に対する険悪感はない。
こうやって隣に座られても、嫌な気持ちにはならない。
「……今の僕なら許せる」
「!」
ミオンが絶句する気配を見せた。
ネオは構わず空を見上げる。
「僕の方こそ……いろいろごめん」
数々の罵倒を母に対してぶつけてきた。
仲間にもだ。
【シエルグリス】で一番強いのは僕だと、天才だと信じて止まない自分がいたが、
【エルガンディ】にはカーティスがいて、その更に上を行くゼクードがいて、
そんな彼でもやられてしまうドラゴンが存在して……
自分がどれだけ小さい存在なのかを思い知った。
悔しいが、良い薬だった。
やっと目が覚めた気がする。
ゼクードさんには感謝しかない。
「ネオ……あんた……」
「僕は凡人だった。今回の戦いで思い知ったよ。まだまだ強くならなきゃいけない」
「…………あんたで凡人なら、私はゴミじゃない」
「そんな事を言うなよ。あんたの……いや母さんの悪いとこだぞそれ」
「……」
「まぁ確かに母さんの実力は僕の足元にも及ばないさ」
「……悪かったわね」
「でも僕は……騎士としてはまだ母さんより下だ」
「はぁ? なによそれ? 嫌味で言ってんの?」
「違う。母さんはちゃんと次に繋げた。僕たちの世代を守り切った。なのに僕は……それが出来なかった」
「な……何言ってるの? ちゃんと守ったじゃない」
「
「それは……」
「いいんだ。この事実はしっかり受け入れる。今回の戦いは、本当に幸運だったんだ。結局みんなゼクードさんに守られた」
今回の戦いはゼクードがここにいたという不幸中の幸いに恵まれた。
だがこんなラッキーは二度も続かない。
おそらく次はないだろう。
その時までに僕は……もっと強くならなければならない。
「しっかり受け入れて、もっともっと強くなる。いつか必ずカーティスもゼクードさんも越えてみせる」
「ネオ……」
「そしてしっかり繋げて見せるさ。【シエルグリス】を次の世代へ」
騎士として成すべき事を成し、新たな世代が力を付けたその時、やっと僕は言って良いのだと気づいた。
誰かを越えるのは、思ったより簡単ではない。
「それが出来て初めて、僕は
「……っ!」
心からの言葉だった。
自分でも驚くほどすんなりと言えた。
自分なりに導き出した答えと、自分なりに感じた世界の広さ。
下だと散々バカにしていた母ミオンは、実はまだまだ遠くて。
実力しか勝っていない自分は、まだまだ小さくて。
「ふ……ぅ……ぅ……っ!」
母が隣で大粒の涙を流していた。
「……母さん泣きすぎじゃないか?」
「あんたのせいでしょ! こんなの……惨めすぎるわよ。あんたは大人みたいなこと言って……私は子供みたいで……」
怒るミオンの顔は涙と鼻水で美人が台無しになっていた。
「もう私……全部あんたに負けてるじゃない……何もないじゃない……私……」
「なにもない? じゃあ僕は誰の息子なんだ?」
「……」
「……いい加減、誇ってくれたって、いいだろう?」
「……ネオ。あんたの才能にずっとずっと嫉妬してた。あんたを見てると、私の存在価値がどんどん無くなっていく感じがしてたから……」
「……もういいんだ母さん。やめよう」
「ネオ……」
これで話を締めよう……そう思ったが、一つだけ伝えておきたいことがあった。
恥ずかしいから言わなくてもいいかもしれないが、自分の存在価値を希薄に感じている母には、これは伝えてもいいかもしれない。
「母さん。……こんなに強い身体で生んでくれて、ありがとう」
「!」
「母さんが居なかったら、僕はこの世に生まれていない。だから自分に存在価値が無いなんて思うな。僕を生んだ。それだけでも価値はある」
「ネオ……」
「……仲直りは、時間をかけてすればいい。僕も母さんも、不器用なところはそっくりだからな……」
それだけ言ってネオは去って行った。
取り残されたミオンは、打ちひしがれたように息子の背中を見ていた。
ただ呆然と、あまりにも差をつけられたことに対する衝撃。
実力だけでなく、中身まで抜かれてしまった。
いや、とっくに抜かれていたのかもしれない。
大きくなった息子の背中。
自分の未熟を認めて前に進む息子は、あまりに眩しい。
もういっそ消えてしまいたいと思うほど惨めな自分に、また、泣きそうになる。
大人になれない自分が忌々しい。
こんな自分に、生きている価値があるのだろうか?
ネオを生んだことが自分の存在価値ならば、今の自分の価値はなんなのだ?
ギュゥルルルルル〜!
「!?」
な、なにこの音!?
「母さん……」
「え!?」
ミオンはいつの間にか俯いていた顔を上げた。
そこには去ったはずのネオが、腹を押さえて立っていた。
「すまん……緊張が抜けたら急に腹が減ってきた……頼む、なんか作ってくれ……」
「な……」
「頼む。僕は天才だが、料理たけはダメなんだ」
あまりに深刻な顔をして言ってくるから何かと思えば、ただの空腹とは。
完全に虚を突かれたミオンは、反応に困ったが。
「久しぶりに母さんの手料理が食べたいんだが……」
素直に、それこそ久しぶりにネオが甘えてきた。
確かにネオは料理だけはヘタクソだ。
対するミオンはシエルグリス国内でもトップクラスに料理が上手い。
「……こんな時間に食べるの?」
「朝から何も食ってないんだ。いいだろ別に。早く作ってくれよ」
息子に手を差し伸べられ、ミオンは戸惑いながらもその手を握った。
すると逞しい力で引き上げられ、立たせられた。
並ぶと際立つ身長の差。
ミオンの目線はネオの胸に来る高さだ。
自分の腹にいた時は、こんなに大きくなるなんて思ってなかったのに。
本当に、何もかも大きくて、男の子は母親なんてすぐに抜かしてしまうものなのかもしれない。
「僕の好きな料理、忘れてないだろうな?」
「……厚切りドラゴンステーキ」
「そうソレ」
……ネオと仲直り、出来るだろうか?
いや、やらなきゃダメだ。
少なくともネオは、やろうとしてるんだ。
今、こうして……
私も、応えなきゃ……
今さら良いお母さんにはなれない。
もう手遅れだ。
でも、今こうしてネオは私と向き合おうとしている。
そんな息子から逃げたら、私は本当に終わってしまう気がする。
……向き合おう。
私も。
殴ったことも、謝らないと……