【書籍化】S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった 作:ミズノみすぎ
「ねぇお母さん……早めにお父さんに謝った方が良いんじゃない?」
焚き火に薪を投げ入れながらグロリアがローエに言った。
「なんでわたくしが謝らなきゃいけませんの?」
「なんでってそりゃ……」
夫婦喧嘩特有のこのギスギスした空気が嫌なのだ。
板挟みにされる子供の身にもなってほしい。
口にしようとも出来ず、グロリアは溜め息混じりに薪をまた焚べた。
するとローエが夕日を見上げて口を開いた。
「ゼクードがあんなに心の狭い男だとは思いませんでしたわ。……所詮、男に女の気持ちなんて分からないのよ」
「そんなことないって。お父さんはお母さんの気持ち分かってるよ絶対」
「どうだか……」
「お母さんだって勝手に飛び出したんでしょ? そりゃお父さんだって怒るって」
「それは……だってあなたが……」
「アタシの事を心配して飛び出してくれたのは分かるけど、やっぱりそれはダメだったわよ。オラージュの事を考えてあげなきゃ」
「それは……わかってますわ……わかってますけど……娘がドラゴン化したなんて聞かされたら……そんなの……無理ですわよ……」
ローエはうつ向いてしまった。
今にも泣きそうな顔で。
……それもそうか、とグロリアは得心した。
子を持つ親の心境なんてグロリアにはまだ分からない。
けれど、逆の立場になってイメージする事くらいはできる。
きっとアタシもお母さんと同じように後先考えずに家を飛び出したに違いない。
ましてやこんなにも自分を愛してくれている母親なら尚更だ。
「……ごめんねお母さん。心配かけて」
ふとした瞬間に漏れたグロリアの言葉に、うつ向いていたローエは顔を上げた。
「でもねお母さん……アタシ一人のためにオラージュ達を不幸にしないでほしいの」
「!」
ローエは虚を突かれた目をグロリアに向ける。
「【物心ついた時には両親がいない】なんて……オラージュ達には味わってほしくないの。その原因にもなりたくない」
「グロリア……」
「それにさ【フォルス家】はみんな揃って騎士ばっかなんだし、いつか誰かがドラゴンにやられて欠ける日が来るかもしれないじゃん? それが今回アタシだっただけの事でしょ?」
この先、誰も死なない保証はない。
もしかしたら次はお母さんかもしれない。
考えられないがお父さんやカーティスの可能性だってある。
みんな死と隣り合わせの世界で生きている。
それか騎士というものだから。
そう考えれば仕方のない事だと割り切れる。
いや、割り切らねばならないのだ。
本来はそれを覚悟というはずだから。
「騎士の家系ならこんなこと普通に有り得るわ。悲観したってしょうがないわよ。アタシの場合はまだ生きてるし、マシな方かもしれないけど」
「……でもあなた……【エルガンディ】には帰らないって……」
「お母さんなら帰る?」
「え?」
「自分がいつ正気を失うか分からない状態で家族の元に帰ろうと思う?」
「それは……」
「無理でしょう? つまりそういうことよ」
「……」
「心配しないで。アタシはアタシなりに楽しくやるつもりよ。いつまで正気かは分からないけれど、正気を失うまではあちこち旅をしてやろうと思ってるの」
正気を失うのは怖い。
本当に怖い。
だからこうしてポジティブに考えないと、恐怖でおかしくなりそう。
「アタシ思ってたのよね。この世界にはまだたくさん人間がいるんじゃないかって」
別の文明を見つけたところでどうする?
もはや人ならざる身で、どうしろと言うのか?
孤独に生き、仕方ないと割り切り、いつか正気を失うという恐怖を抱えながら、人知れず朽ち果てていくだけのことではなかったか。
「【エルガンディ】と【シエルグリス】しかないと思ってたけど【ハーティシオ】があった。きっと他にもいろんな国が存在するかも知れない」
ドラゴン化という現実を呑み込み、それこそ救われもしない泣き言を続けてもどうしようもない。
孤独に生きて、孤独に朽ち果てるのは悲しい。
だけど家族や仲間を手に掛けるよりかは遥かにマシだ。
「……そう考えるとさ、けっこうワクワクしない?」
ひどくさっぱりした夕日の空を見上げグロリアは言った。
しかしローエからの返事はない。
「ねぇお母さん聞いてる?」
「……聞いてますわ」
「そう? だからアタシの事は心配しなくても――――」
「決めましたわ」
「え?」
「わたくしもその旅に同行しますわ」
「は!?」
……何を、言ってるの?
「オラージュを連れて、あなたと一緒に行きますわ」
突如告げられたローエの言葉にグロリアは怒りを覚えた。
「バカも休み休み言いなさいよ! さっきの話を聞いてなかったの!? アタシ一人のためにオラージュを巻き込まないで!」
「「「グロリアアアアアアアア!」」」
「え!?」
いきなり遠くから聞こえた声。
それは聞き覚えのある三人の声だった。
その声の正体は……
嘘……なんで!?
★
「と、父さん! あれ!」
カーティスが声のした方角を指差した。
ゼクードはそこを注視すると、馬に乗ったカティア・フランベール・レミーベールの姿が見えた。
「嘘だろ……おい……っ!」
★
「グロリア!」
駆け寄って来たのはカティア。
その後に続いてフランベールとレミーベールもやってくる。
ここに居てはいけないはずの三人がここにいる。
オラージュたちを連れている様子はない。
グロリアは全身の血が熱くなるような感覚を覚え、震える声を絞り出す。
「お義母さん……ママ……なんで……」
「良かったグロリア……また会えて」
「ごめんなさいグロリア。どうしてもあなたに会いたくてわたし達……」
カティアとフランベールがそう言うが、グロリアはそれどころではなかった。
「……オラージュたちは? 子供は……どうしたのよ!」
凄まじい剣幕でグロリアが言うと、レミーベールが慌てて前に出てきた。
「だ、大丈夫よグロリア! リリー伯母さんが見てくれてるから」
「なにやってんのよ! またそうやって伯母さんに迷惑掛けて! アンタたち子供をなんだと思ってんのよ!」
怒りが頂点に達したグロリアは母親全員に向けて怒鳴っていた。
冗談ではない本気の怒声にカティアやフランベールが驚愕して一歩下がる。
「グ、グロリア……それは!」
「違うのグロリア! わたし達はあなたが心配で!」
「心配でじゃない! なんでオラージュたちを置き去りにするのよ! バカッ!」
涙を流してグロリアは森の奥へ逃げるように走り去った。
「グロリア!」
「待ってグロリア! 行かないで!」
カティアとフランベールがグロリアを追い掛けようとしたが、そこにゼクードが立ち塞がった。
「待てみんな!」
「ゼクード!」
「ゼクードくん!」
「……俺が追い掛ける。みんなはここで待て」
「でも……」っとフランベール。
「いいから。グロリアを連れ戻したら、いったんみんなで話し合おう。……カーティス!」
「はい!」
「ここは任せる。ちょっと行ってくるよ」
「了解です」
もうダメだ。
家族がメチャクチャだ。
俺が些細なことでイライラしてたばっかりに……
しっかりしろ俺!
★
森の奥へと進み、拓けた場所に出た。
そこにグロリアはいた。
背を向けて、大きな木の前に立っている。
「グロリア……ここにいたのか」
「…………どうしてお父さん達は……そうやって子供を置き去りにするの?」
いきなりの一言だった。
重い沈黙が場を支配し、ゼクードは息を呑む。
「それは……………………すまない」
それしか言えなかった。
それしか、言葉が見つからなかった。
「結局みんな来ちゃった……どうすんのよ……これで全滅なんかしたらオラージュたちがアタシたちと同じ目に遭うじゃない!」
「……すまない」
またそれしか言葉が絞り出せなかった。
謝るしかできないゼクードに、グロリアは振り向いてこちらを見てきた。
その顔は涙で濡れていたが、確かに怒っていた。
「もっと子供を大切にしてよ! 無責任よ! お父さんもお母さんたちも!」
「…………すまない」
それしか言えない自分が情けなくなってくる。
当のグロリアも謝るしかしないゼクードに溜め息を漏らした。
「……お父さんお願い。レミーとお母さんたちを帰して。力づくでもいいから。レミーなんてお腹に子供がいるのよ。アスレイ陛下との」
「!?」
初耳だ。
レミーが妊娠してる?
国王陛下の?
また頭が混乱しそうになったが、グロリアが俯いたのを見て冷静になった。
「みんながアタシを心配して来てくれたのは……分かってる。痛いほど伝わってるよ。でも……もうどうしようもないんだからさ……」
「グロリア……」
「正直、今のアタシにとってお父さんとお母さんたちは……ウザッたい」
「!」
「家族そのものがウザッたいわ。アタシはアタシなりに割り切ってるんだから、もう放っておいて」
「……グロリア」
「お母さんなんて一緒に旅するとか言い出したのよ。しかもオラージュも連れていくって。バッカじゃないの? 人の話を聞いてないわ。脳ミソまで筋肉なのかしら?」
「グロリア……」
「お義母さんとママも、アタシが心配だからってまたリリー伯母さんに子供を押し付けてさ。なんとも思わなかったのかしら?」
「そんなはずない」
「じゃあどうして来たのよ!【手遅れの娘】と【これからの娘】でどうして前者のアタシを優先するの!?」
「同じだからだよ」
「なにが!」
「【手遅れの娘】と【これからの娘】でも【娘】は【娘】なんだ。だから……母さんたちの気持ちを完全に否定しないでくれ」
「……でも」
「簡単には割り切れないんだ。【手遅れの娘】だから見捨てよう。【これからの娘】だから優先しよう。……そんなことが平気で出来る奴は人間じゃない」
「……」
「ただ……お前の言うことは正しいよ。グロリア」
「……」
「全員ここに来る必要なんてなかった。俺だけで十分だったのに……」
待っていろと言ったのに来てしまった。
ローエもカティアもフランベールも。
弱った身体でこんなところまで。
本当に困った妻たちだ。
でも彼女たちの気持ちがまったく分からないわけじゃないのも事実で……
「……けど、もう来てしまったのなら仕方ない。レミーや母さんたちにはセレン討伐を手伝ってもらう」
「は!? なに言ってんの!? 正気!?」
「正気だ」
「ぜんぜん正気じゃない! お父さんもアタシの話を聞いてくれないの!? セレンと戦ってお母さんたちに何かあったらどうするの! 最悪全滅だって有り得るのに!」
「そうだ。俺とカーティスが束になっても傷一つ付けられない相手だ。全滅は十分に有り得る」
「だったら!」
「俺とカーティスが勝てないなら、どのみち母さんたちも危険だ。オラージュたちも。【エルガンディ】そのものも……」
「!」
「だから、全員の力を合わせて倒すしかない」
「合わせるって……なにをどうやって? お父さんとカーティスでダメなのに、アタシやお母さんたちが役に立つの?」
「ああ。その説明をするから母さんたちのところへ戻ろう」
するとグロリアの顔がさっきより暗くなった。
「……勘弁してよ。またグロリアグロリアってベタベタされたらたまったもんじゃないわ」
「グロリア……」
「アタシさ……もう本当に、割り切ってんのよ。一人で生きていこうって。なのにグロリアグロリアって、みんなして心配心配って、ウザったい……」
グロリアは震えていた。
涙を堪えているようだった。
「せっかく割り切ってんのにさ……優しくされるとキツイんだって。いっそ見捨ててくれた方がどれだけ楽か……」
……俺も同じだ。
いっそ見捨てられるくらい自分がクズならどれだけ楽だったか。
「お願いだからもう見捨ててよ……本当に」
「グロリア……」
「もう……こんな身体なのよ……アタシ……」
その言葉を聞いた瞬間にゼクードはグロリアを抱きしめた。
「あ……」
「……ダメだ。頼むグロリア。もう少しだけ、もう少しだけ俺に時間をくれないか?」
「え……?」
「お前を救う方法を探したい」
「ないよ……そんなの……あるわけない」
「探してみなきゃ分からないだろ?」
「……」
「セレンの件を片付けたら、お前を救う方法を探したい。だから頼む。もう少しだけ……俺の、俺たちの側に居てくれないか?」
「アタシ……いつおかしくなるか、分からないのよ?」
「おかしくなったら。その時は俺が………………俺が……」
言いかけて、ゼクードは言葉を詰まらせた。
おかしくなったら……俺がやるのか?
娘を、斬るのか?
俺が求めて、手に入れた家族を自分で?
嫌だ……なんで俺がグロリアを斬らなきゃ……
でも……最悪の未来はきっとそうなる。
考えたくもないが、そうなったとき、まっさきにやらなきゃいけないのは……きっと俺なんだろう。
グロリアを救えなかった時、その代償は、引き止めた俺が払わなきゃならない。
腹を括っているグロリアを引き止めるなら、俺もそれ相応の覚悟を決めねばならない。
だから……わずかな希望でもすがる。
娘が助かる未来を夢見て。
「俺が止めるから……大丈夫だ」
「バカ……お父さんが泣いてどうすんのよ……」
ぁぁ……俺、泣いてるのか……
なんで泣いてるんだろう?
やっぱり怖いのか?
父親だろう?
しっかりしろよ俺。
くそ……家族を持つって、こんなにも辛いことだったなんて……
一家の大黒柱なんて聞こえはいいけど、重い決断を迫られる嫌な立場だ。
「ごめん……」
「ううん………………ありがとう。お父さん」
しばらく抱き合い、お互いに涙が落ち着いてきた。
ゆっくりと身体を離して、グロリアは目元を手の甲で拭う。
「……お母さんたちに酷いこと言っちゃった。謝らないとね」
「俺もローエに謝らないとな。行こう」
「うん……」