【書籍化】S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった 作:ミズノみすぎ
両腕に力を込めてきたセレン。
ゼクードの鎧が軋み、その圧力は骨さえも同じく軋ませる。
「ぐあああああああああああああああああ!」
「ゼクードオオオオオオオオオオオオオオ!」
心臓を貫いているんだぞ!?
なんでこんなに動けるんだコイツは!
「オオオオオオオオオオオオオオオ!」
「くそ! 離せこの野郎!」
抱き締められているせいで両手も使えず、ろくな反撃さえ出来ない。
下を見ればその高さはもはや即死級の高度。
離せと言ったが本当に離されたら落ちて死ぬ!
だがこのままではセレンの圧倒的な腕力による抱擁でアーマーごと潰されて死ぬ!
このままじゃ本当に死ぬ未来しかない!
なんとかしなくては!
そう思った矢先、ゼクードは凄まじい衝撃に全身を叩きつけられた。
その衝撃は激痛となって全身を回り、一瞬でゼクードは血を吐いた。
頭が少し切れて流血し、全ての骨が砕けそうな感覚さえした。
「か……は……」
何が起こったのか?
飛び欠ける意識の中、ゼクードの目に映ったのは【ハーティシオ王国】の城だった。
見ればその城の一番高いところにある三角形の屋根が砕け落ちていた。
どうやらついさっきあそこに叩きつけられたらしい。
そしてまた激突!
「ぅ……っ! が!」
別の屋根に叩きつけられ、視界がボヤける。
凄まじい速度で城に体当たりさせられている。
強靭なセレンは痛くも痒くもないだろうが、ゼクードはそうはいかなかった。
鎧越しに衝撃が伝わり全身の骨が今にも爆発しそうだ。
やばい……次また食らったら、耐えられる気が……
案の定……セレンはまた速度を上げて空をターン。
向かう先は残った城の屋根。
同じ体当たりを食らわせようとしている。
なんとかしようと藻掻くが、ほとんど身動き出来ない今では為す術もない。
万事休す、か……
ごめん、みんな……
カーティス……みんなを……頼む……
フォルス家の長男に全てを託し、死を覚悟したその時!
【レクスオブルージュ】の刃が限界を迎えて弾けた!
「いぎゃああああああああああああああああ!」
セレンが断末魔の如き悲鳴を上げた。
心臓に突き刺さったまま剣が弾けたせいで、セレンの内部は剣の破片でズタズタになった。
おかげでセレンの軌道が乱れ、屋根への激突を避けることが出来た。
さらに両手の拘束も弱まり、その隙にゼクードは自分の両手を自由にする。
まさかこの土壇場でカーティスの剣に助けられるとは。
まだ諦めるな! と叩かれた気分だ。
「ああああああああ! 痛いぃいい! 痛あああああい! ああああああああああああ!」
「うわっ! うおわっ! くそ! もっと高度下げてから暴れろよ!」
空中でのたうち回るセレンに、それにしがみついて振り回されゼクード。
未だに落下すれば死ぬしかない高さ。
さらに最悪な事に痛みで暴れるセレンはさっき見た崖へと近づいていた。
徐々に崖へと高度を下げてきている気がする。
冗談じゃない!
こんな奴と仲良く落下死なんかできるか!
それに最悪、セレンは死なない可能性の方がある。
心臓にこれだけのダメージを受けても死ぬ気配がない。
どうすりゃいいんだ!
ゼクードはセレンの胸を見た。
風穴が空いた胸の奥には心臓が見えた。
ちゃんと剣は心臓を貫いていたらしく、切り口があった。
だが信じられないことにその心臓はまだ元気に脈動していた。
一度貫かれ、その傷がまだ癒えてもないのに、だ。
これかS級ドラゴンの心臓か。
なんて生命力だ。
人間の心臓ならとっくに死んでいる。
大量の血を流しているのに衰えない心臓。
斬ってもダメなら……
「引きずり出してやる!」
ゼクードはセレンの胸に手を突っ込んだ。
「ああああああああ!」
痛みを感じたらしいセレンがまた断末魔を上げ、ゼクードを締め上げていく。
ビキビキ、ボキィッ!
「ぐあああああああああああああ!」
ついにゼクードのどこかの骨が折れた。
しかしゼクードもセレンの心臓を掴……もうとした瞬間セレンはドラゴン形態に変身した!
「なにぃっ!?」
あと少しで届きそうだった心臓はセレンの巨大化に伴って離れていく。
せっかく開いた心臓への傷穴も塞がっていく。
逃がすか!
「【ブラックホール】!」
闇魔法を唱えたゼクードの手のひらから黒い渦が発生し、離れていく心臓を吸引した。
全ての体力を使い切ってもいい!
心臓さえ引き寄せれば!
「届けええええええええ!」
心臓と肉体を繋げる血管が【ブラックホール】の吸引力によって次々と千切れていく。
もう少し!
だがセレンも黙ってはいなかった。
未だに胸に手を突っ込んだままのゼクードを、その巨大な腕で掴んだ!
「ぐっ!」
「離レろォオオおおおおお!!」
がむしゃらにゼクードを身体から引き離したセレン。
引き離されたゼクードの右手には心臓が!
「――――っ!? あ……」
セレンの動きが止まった。
「これで終わりだ!」
ゼクードは手にしたその心臓を握り潰した。
ブシャアと音を立てて肉片と化す。
心臓を失ったセレンは糸が切れたかのように止まり、次第に落下していく。
その落下先は崖のド真ん中。
見えるハーティシオの地面は遥か遠く。
足場はすでにどこにもなかった。
「マジかよ……」
やっとセレンを倒せたのに。
結局、仲良く落下死するハメになるとは。
まぁいいや。
セレンという驚異は排除できた。
これで母さん本人も悪夢から開放されるだろう。
父さんも、これで安心だろ?
感謝しろよこのクソオヤジ。
そっちに行ったらとりあえず殴ってやるからな。
それと……やっぱごめんみんな。
俺は帰れそうにないや。
一瞬だけ希望があったんだけど、やっぱダメだった。
ローエ……カティア……フラン……グロリア……レミー……
本当にごめん……
カーティス……後は……頼んだ……――――
ゼクードは目を閉じて死を覚悟した。
もう逃れられないだろう死を。
残してきたオラージュ・カレンティア・リィンベールにまた会いたかった。
グロリアを元に戻してやりたかった。
それらが心残りだが、どうしようもない。
カーティスに託すしかない。
託せる相手がいるだけでも幸せ者だなと思いつつ、ゼクードは全身を襲う落下感に身を強張らせた。
その時、ゼクードを掴んでいたセレンの腕が動いた。
「!?」
こいつ! まだ生きて!?
ゼクードは恐怖したが、セレンに殺気はなかった。
「ゼクード…………助けてくれて、ありがとう」
「え……」
その優しい声音は母セレンそのものだった。
母さん? っと聞き返そうとしたその時にはもうセレンはゼクードをハーティシオの方角へと投げ飛ばしていた。
「うおわあああああああああ!」
凄まじい勢いで地面へと戻されたゼクードは何度か転がり、勢いを殺してすぐさま崖を覗いた。
「母さん!」
しかしもうセレンの姿はなかった。
崖の暗闇へと消えていた。
「母……さん……」
いつまで経ってもセレンが地面に落ちる音はしなかった。
どれほど深い崖なのか……
「母さん……」
涙が出てきた。
最後の最後で母に助けられるとは。
嬉しい反面、悲しい。
最後のセレンは、あの優しい母さんそのものだった。
元に戻ってたんだ。
心臓を引き抜いたおかげで、元の人格に戻れたのかもしれない。
母さん……
『助けてくれて、ありがとう』
ついさっき言われた母の最後の言葉が脳裏をよぎった。
……そっくり返すよ母さん。
ありがとう。
助けてくれて。
ピシッ!
「え?」
ゼクードが崖っぷちに立っていたせいで、その足元の地面が崩れた。
嘘……だろ!?
せっかく母さんが助けてくれたのに、結局……落ちる!?
そんな結末……!
景色がやたらと遅く見えた。
地面がゆっくりとゼクードの目線より上にスライドしていく。
落下していく。
ゼクードは慌てて手を上に伸ばすが、もう間に合わない。
あぁ……ちくしょう!
ちくしょう!
こんなのって!
ガシッ!
「!?」
ゼクードの腕を誰かが掴んでくれた。
見上げればそこにはナイトの姿があった。
「お前……!」
ナイトは無言でゼクードを引き上げてくれた。
過去の因縁の相手に命を救われた。
「その…………ありがとう」
ナイトにはもちろん通じない。
彼は無言のまま少しだけゼクードを見て、すぐさまそっぽ向いた。
今は味方だからとりあえず助けた、ということだろう。
ナイトを見るたびに片目の傷が疼いたが、今だけは疼かなかった。
「父さん!」
こちらに駆けつけてきたのはカーティスだった。
彼の後ろには妻たちや娘たちの姿もあった。
みんなかなり怪我をしているが、死人はいない。
みんな無事だ。
良かった。
素晴らしい戦績だ。
「カーティス! みんな!」
「父さん! 無事で良かったです!」
「ちょ! どこが無事なのよ! 血だらけじゃない!」
グロリアが言うとゼクードは笑った。
「おお、何回も死ぬかと思ったよ。でもセレンは倒せた。これで終わりだ」
「……ゼクードくん……泣いてる?」
フランベールに気づかれてしまった。
どうやらまだ目が赤かったらしい。
「いや、うん……実は母さんが最後にちょっとだけ元に戻ってたんだ。それで最後の最後に俺を助けてくれたんだけど、母さんはそのまま崖の下に落ちてってさ……」
「そうだったんだ……」
「見せたかったんだけどな。俺の家族」
「ゼクード……」
ローエが同情の声を漏らし、みんなが暗くなるが、ゼクードはすぐに打ち消した。
「ん……まぁいいや。これで母さんもゆっくり眠れるだろ。みんな……本当によくやってくれた。心から感謝するよ。ありがとう」