【書籍化】S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった 作:ミズノみすぎ
夜のエルガンディは静まり返っていた。
空は星が煌めき、月明かりが街を照らす。
フクロウの鳴き声が聞こえ、そよ風がロジェールの肌を撫でた。
「ちょっと! 馴れ馴れしく触らないで!」
ロジェールは不愉快にもレグにお姫様抱っこをされていた。
「おいおい騒ぐなよ。街のみんなが起きちゃうだろうが」
レグがやれやれと溜息を漏らすが、その顔は嫌味ったらしく余裕だった。
好きでもない男にこんなことをされて不快極まりない。
しかし逃げようにもロジェールの足ではすぐに追いつかれる。
結局暴れられず、騒ぐしかできずにいた。
「わたしを連れてどうする気なの!」
「オレの心臓がお前の匂いに興奮していてな」
「え!?」
「『奴の一族だ』『奴の血を取り込め』『奴の血は誰よりも強い』『この若いメスを次の子孫の母体にしろ』……そう訴えて来るんだ」
「ぼ……母体って……」
「レミーベールという女でも良かったが……あれはまだ身籠っている。レイゼとか言う女でも良かったが、あれより娘のお前の方が若い。だからお前を連れてきたんだ」
「な! あなた女をなんだと思ってるのよ!」
「そう騒ぐなよ。お前を連れてきたのはオレなりの慈悲だ」
「慈悲!?」
「何も知らない男に抱かれたくはないだろう? だからこうして会話する機会を儲けてやってるんだ」
「ふざけないで! 誰があなたなんかに! わたしには好きな人いるのよ!」
「ほう? それはそれは……まさかあの弱っちいネオとか言う男じゃあないだろうな?」
「!」
当てられて思考が一瞬止まってしまった。
それを見たレグがニヤける。
「ほぉら図星だ」
「なんで……」
「なんで分かったってか? そんなもん、あの時のお前を見りゃ誰だって分かるさ。倒れたネオにすがってネオ〜ネオ〜目を覚まして〜って。はは、傑作だったなぁ?」
「く……っ」
「ふ……残念だがお前はネオの女にはなれない。あいつは明日処刑するし、お前はこのオレの心臓に気に入られたんだ。お前の身体は半永久的にオレの子孫繁栄のために使わせてもらう。諦めることだ」
「え!? ネオを処刑!?」
「ああ。明日、平民どもの前で盛大にぶっ殺してやるよ。そうすれば平民どもの心は折れ、オレに服従するだろう」
「やめて! ネオを殺さないで! 代わりにわたしを殺しなさいよ!」
「自惚れんなよクソガキ。お前みたいな雑魚が一人死んだところで誰も折れねぇんだよ」
「……っ」
それからお互い一言も喋らなかった。
会話する機会を儲けてやってるんだ、とか言っておきながら当のレグはロジェールと会話する気などまったく無いらしい。
このお姫様抱っこにも何の意味があるのだろうか?
まさかこれでお互いの距離を詰めているとか、そんな感覚でやっているのだろうか?
まさか、このお姫様抱っこをすれば女は喜ぶとか、そんな事を思っているんじゃ?
もしそうなら女性への想いが浅はかというか、簡単に見過ぎというか。
そんなことを頭の中で思っていると、レグが不意に立ち止まった。
どうしたの? と思いつつロジェールはレグの顔を見上げる。
「……やけに静かだ。どうなってる?」
「え?」
エルガンディの街中は静まり返っている。
夜だからこんなものではないだろうか?
自分も夜明け前に城を抜け出して街中を彷徨いてたから、夜の静けさみたいなのは分かる。
こんなものだと思うのだが。
するとレグはお姫様抱っこしていたロジェールをなんの忠告も無く落としてきた。
「きゃっ!?」
いきなり落下させられ、お尻を打って、そのまま背中と頭も打った。
「い……っ! ちょっと! いきなり落とさないでよ!」
しかしレグは無視してきた。
痛がるロジェールなんか眼中にも無いように、近くの民家に寄ってドアを蹴り破った。
「ちょ、ちょっと! 何やってるのよ!」
さすがにギョッとなったロジェールが叫んだ。
そんなロジェールなぞ気にも留めず、レグは民家の中へ入って行った。
「……!」
コレは逃げるチャンスだと思い、ロジェールはすぐに立ち上がって走ろうとした。
しかし!
「逃げたら殺すぞ」
どうやら気配で察知されたらしい。
冗談の色が見えないレグの言葉に、ロジェールはブルッと震え上がった。
逃走を諦め、仕方なくロジェールはレグを追って民家へ入った。
真っ暗な部屋の中には誰もいなかった。
月明かりで照らされたベッドには誰もいない。
空き家か? と思ったが、それにしては物がたくさん置いてある。
ついさっきまで人が住んでいたのは間違いない。
「誰もいないの?」
見れば分かるがロジェールは聞いていた。
が、レグは答えない。というかまた無視してきた。
なによコイツ……ネオより無愛想だわ。
あのネオでもここまで話せば返事してくれるのに。
レグは眉間にシワを寄せたまま踵を返して民家を出た。
そしてまた近隣の民家に不法侵入する。
もちろんドアを蹴り破って。
するとまた無人の民家だった。
次も。
また次も。
何件もの民家を回ったがどれも無人だった。
不思議なことに……
そのどれもがさっきまで人が住んでた状態だった。
これにはロジェールも困惑した。
カーティスとネオがやられてから、みんな希望を失って家に閉じ籠もったと聞いていたのに。
どうなってるの? 街の外へ逃げたのだろうか?
「バカな……あれだけの人数を逃したってのか」
目付きを鋭くしたレグがそう独り言ちた。
すると思い付いたようにレグはロジェールを強引に引っ張り寄せる。
「嫌っ! なに!?」
「飛ぶ。掴まっていろ」
「へ!?」
再度ロジェールをお姫様抱っこしたレグは背中から翼を生やしてきた。
それはドラゴンの竜鱗を纏い、滑らかな翼膜が張ってある。
それを瞬時に羽ばたかせ、風を掴んで一気に浮上した。
「ひっ!」
凄まじい上昇感と風がロジェールに襲いかかる。
地面があっという間に離れていく様を目で見てしまい、全身に寒気が走った。
ロジェールはあまりの恐怖に思わずレグの首に手を回した。
力いっぱい抱きついてしまった。
嫌で仕方なかったが、空を飛ぶ恐怖を和らげるにはこれしか思いつかなかった。
レグがネオだったならばどれだけ良かっただろう。
ネオだったらもっと密着して、ぬくもりを感じたいくらいなのに。
レグだと不快感しかない。
あぁ……ネオに会いたい……ネオ……
そんなことをレグの肩に顔を埋めながら思っていると、急に上昇感が止まって停止した。
バサッバサッと翼の音だけが聞こえる。
どうやらレグの望んだ高度に到着したらしい。
ロジェールは恐る恐る目を開けると【エルガンディ王国】が一望できた。
足元には先程の民家が豆粒のようになっている。
「――――っ!」
声にならない悲鳴と共に息を呑み、レグを掴む腕に力が入った。
とんでもない高度に全身が冷え込むような感覚を覚えた。
落ちたら即死する高度だ。
またさっきみたいに落とされたら即死する。
怖い怖い怖い!
ロジェールは落とされまいと必死にレグに抱きついた。
不快とか言ってられない。
死ぬよりマシだ。
「見張りに被害が出ていないだと? 妙だな……」
見張り?
なんのことだと思い、レグの見ている先をロジェールも気を張り詰めながら見た。
そこには城壁の外に配置された大群のA級ドラゴン。
ワラワラとエルガンディを囲んでいる。
あれではどこから出ても発見される。
まさか王国の周辺がこんなことになっているとは。
レグは周囲を確認し終えると高度を下げていった。
高さは王国を一望できる高さから、街中を一望できる高さまで落とした。
すると黒煙が上がっている一軒家にレグが目をつける。
「……爆発音がした場所はあそこか」
★
ゼクードはグリータに案内された。
そこは館内にある書斎らしき部屋。
「ここが【ヨコアナ】へ通じる隠し通路だ」
グリータが本棚を押してスライドさせた。
すると地下への階段が現れた。
どうやらここからエルガンディの民を【ヨコアナ】へ逃していたようだ。
「すげぇな。こんなのが用意されてたなんて。よし。みんなは先に【ヨコアナ】へ行っててくれ。俺は姉さんやカーティスたちを助けてから向かう」
「一人で行こうってのか!?」と驚くグリータにゼクードは
「一人の方が見つかりにくい」と即答する。
すると後ろにいたカティアとフランベールが口を割った。
「待てゼクード! 私も行く! カーティスを放ってはおけん!」
「わたしも行くよゼクードくん! レミーが捕まってるんだから!」
そう言うだろうと思っていたゼクードは首を振って冷静に拒否する。
「ダメだ。レミーたちの事は俺に任せるんだ。その代わり三人は子供たちの事を頼む。俺の代わりに側にいてあげてほしい」
ゼクードは頑とした態度で言い放った。
レグという巨大すぎる相手に……帰って来れない可能性も含めてそう言った。
それを理解してくれたらしい三人の妻は一滴の汗を頬に流し、生唾を飲み飲んで深く頷いてくれた。
最悪なケース……夫の戦死も覚悟してくれた。
これでいい。
ローエもカティアもフランベールも騎士を引退する身だ。
これからは育児に専念して、俺に代わって子供たちの側にいてあげてほしい。
しかしこう言ったが俺も死ぬわけにはいかない。
ローエたちに安心して育児をしてもらうには、やはりレグをなんとかしないといけない。
何か手は無いものか。
何かレグを弱体化させる方法でもあれば……
「ゼクードさん。せめて私は同行させてください」
前に出てきたのはリベカだった。
ネオ・レイゼ・ロジェールも捕まってるなら立候補してくるだろうとは思っていた。
「ダメですよリベカさん。リベカさんはシエルグリスの民をまとめてあげてください。姉さんが戻るまでお願いします」
「しかしあなたに任せっきりなのは……」
「それが俺の仕事です。リベカさんだってそうでしょう?」
「……!」
「お互いの仕事をこなしましょう。姉さんたちは……なんとか救ってみせます」
「……お願いします」
自分の役割を思い出したようで、リベカは引いてくれた。
リベカには悪いが、中途半端な戦力なら居ない方がいい。
それはS級ドラゴンが相手でも同じこと。
ましてカーティスとネオが負けたレグが相手なら尚更だ。
本当に強い相手には数なんて無意味なのだ。
それはたぶん……ここにいる全員が理解しているはず。
数が意味を成すようにするなら、それこそゼクード・カーティス・ネオ……そしてナイトの四人を束にしないとレグには通用しないだろう。
だがその最強のパーティを組もうにもカーティスとネオはすでに重傷。ナイトはどこにいるかも分からない。
やはり自分一人で戦う他ない。
ここで自分が死んだら、いよいよエルガンディは終わりだ。
まるで崖っぷちにいる気分だが、俺でこんな気分なら、俺より弱いみんなはもっと苦しい心情のはず。
やるしかない。
「まずい! レグが来たぞ!」
窓から外を見張っていたガイスが低めの声で言った。
確かに外から異様な気配が近づいて来ている。
なんて気だ。セレンの比じゃない。
「みんな! 急げ!」
ゼクードの指示に従いローエたちが地下へ走った。
ローエ・カティア・フランベール・リベカ。
そして……
「ゼクードくん! レグの側にはロジェール王女もいた!」
「了解だガイスさん。さぁ行って! みんなをお願いします!」
殿のガイスを見送り、即座に本棚を戻して地下への階段を隠した。グリータだけは行かせない。
「グリータ。悪いがお前には手伝ってもらうぜ」
「おう。何すりゃいいんだ?」
「簡単だよ。俺がレグを引き付けるから、その間に城へ向かってくれ」
すると間もなく奥のホールでガシャンという轟音が響いた。
ドアが破壊されたらしい。
「出てこい平民ども! ここに居るのはわかってんだぞ!」
レグの声だ。
ギシギシと床を軋ませながら歩いてくる。
こちらの部屋に近づいてくる。
見つかるのも時間の問題か……
ゼクードは【ブレイブエルガンディ】の柄を握った。