承影は静かなる心と体で、古き時代からの友である龍淵を見つめた。
そして、斬られた傷から赤い血を流し、水の中を漂ってゆく赤霄を一瞬見てから再び、龍淵へと視線を戻す。
「龍淵。何がお前を狂わせた」
「俺は何も狂ってなどいない。何もな」
「俺……か」
承影は静かに目を伏せると、相剣を抜きそれを構えた。
そして、龍淵もまた何も言わず相剣を構える。
「一応……目的を聞こうか。龍淵。アルバスとエクレシアを手に入れ、お前は何を目指す」
「白の世界を破壊し、神を自称する者達を全て駆逐し、世界を取り戻す」
「この世界は誰にも奪われてはいないぞ」
「ホールという名の歪から穢れが落ちてきて、世界を汚している。それを俺は許せんのだ。我が師が狂った原因も、あの世界の力が原因だ」
「烙印は、我らに制御できる物ではない。それは師を見れば分かる事だろう」
「かもしれんな……だが、それでも俺はやり遂げねばならんのだ」
相剣の主である承影は決して心を表に出す事は無かったが、龍淵との道が分かたれてしまった事、そして赤霄の命が奪われたことは、承影にとって酷く辛い事であった。
そして何よりも龍淵と承影の意見はすれ違うばかりで、重なり合う事はないという事実が何よりも悲しい事であった。
今日という日まで共にこの世界の為に生きてきた二人だからこそ……。
「もはやこれ以上の言葉は不要だろう。承影」
「……」
「……む? なんだ?」
龍淵の問いに何も答える事が出来ずにいた承影であったが、不意に大きな物が近づいてくる気配を感じ、意識を少しそちらへ向ける。
そして龍淵もまた承影と同じ様にそちらへ意識を向け、目を細める。
「……氷水の切り札か」
それは、まるで巨大な鳥の様な姿をした翡翠の塊であり、龍淵の言葉通り、基本的に戦闘を行わない氷水の切り札であった。
そして、その巨大な鳥の背に乗った氷水帝コスモクロアが龍淵の呟きに応える様に顔を出し、その名を告げる。
「その通りです。相剣軍師-龍淵。この力は【氷水艇キングフィッシャー】。この氷水が持ち得る最大の戦力となります」
龍淵はその巨大な姿に油断なく相剣を構え、コスモクロアもまたキングフィッシャーの動きを制御して戦闘状態へと移行する。
「さぁ、承影。剣を構えなさい。この者の計画は多くの命を奪うモノ。許す事は出来ません」
「そうだ。承影。お前の心を示せ。相剣を構えろ。俺を認められぬというのであれば!」
コスモクロアと龍淵に求められ、承影は武器を構えた。
そして、龍淵はそれを確認すると、勢いよく黒き相剣を構えて承影に突っ込むのだった。
その突進の様な攻撃を承影は受け止め、承影の背後からはキングフィッシャーが水流を操りながら、龍淵を攻撃するのだった。
しかし、その程度の攻撃では今の龍淵を止める事すら出来ず、龍淵は水流を切り裂き、まずはキングフィッシャーを仕留めようと、水の中を高速で突き進むのだった。
「コスモクロア! お前の時代はもはや終わった! 消えろ!!」
「えぇ。そうでしょうね。ですが、エジルはまだ幼い。あの子を残して消える事は出来ないわ」
「それこそ無用な心配だ! 貴様と共に氷水は全て消し去ってやろう!」
「氷水が貴方に何をしたというのですか」
「貴様らが何をしたという事はない。ただ、邪魔だから消す。それだけだ」
「その様な身勝手が」
「あぁ。だから……」
「っ!?」
口論を続けながら水の中を高速で動き回っていた龍淵とキングフィッシャーであったが、不意に龍淵が相剣を振るって、水流の流れを変える。
その衝撃で、キングフィッシャーは体勢を崩してしまった。
そして、隙を見せてしまったキングフィッシャーに龍淵が迫る。
「恨んでくれて構わない」
「くっ」
「龍淵!!」
「お前たちの憎しみも背負って俺は進もう!!」
龍淵はキングフィッシャーの上に居るコスモクロアを切り裂こうと相剣を振り下ろした。
しかし、その狂気は淡い真紅の大剣を持った承影によって受け止められる。
「承影……!」
「龍淵! 私は間違えていたようだ」
「……」
「今この時、この状況になってなお、お前を説得出来ると思っていた。だが……」
「あぁ! そうだ。俺はもはや止まらん。莫邪を裏切り、泰阿と赤霄を殺め、氷水に襲撃を仕掛けているのだ。止まることなど出来る訳がない」
「あぁ。そうだな!!」
承影の湧き上がる闘志に龍淵は吹き飛ばされながら、ニヤリと笑う。
もしかしたら、この時をずっと待っていたのかもしれないと。
「龍淵。私はもはやお前を友とは思わん」
「あぁ」
「相剣の主として、我らが盟友である氷水へ刃を向ける外敵を排除する!」
「あぁ!! 良いだろう!!」
龍淵は相剣を構え、再び承影とキングフィッシャーに向けて飛び込んでゆくのだった。
激しい争いが続く戦場からやや離れた氷水底イニオン・クレイドルの最奥では、最も若く、次なる氷水の主であるエジルが震えながら自分の身を抱きしめていた。
外から聞こえる激しい戦闘音に。
そして、自分が水を通して見えている未来に。
母であるコスモクロアに襲い掛かる悲劇から目を逸らす様に震えていた。
そのあまりにも哀れな子供の姿にエクレシアはエジルの傍に座ってエジルの背中を撫でながら声を掛ける。
「エジルさん。大丈夫ですよ。ここには怖いモノはまだ来ていませんから」
「え、エクレシア! エジルは……! エジルは!」
「大丈夫。私が居ますからね。何が来ても、エジルさんには指一本触れさせません」
怯えて、怖がって、泣いているエジルにエクレシアは微笑むと、拳を握って強さを示した。
「ね。ほら、アルバス君も居ますから」
「エクレシア……アルバス……」
振るえる声で、エクレシアとアルバスの名を呼ぶエジルに、エクレシアは何度も安心させる様に優しい声をかけて微笑む。
その姿は正しく聖女と呼ばれる物であり、エジルは敵の狙いがエクレシアであると知りつつも、エクレシアに甘えるのだった。
しかし、その選択が間違いであったとエジルはすぐ知る事になる。
そう……。
龍淵の動きを監視していた者が、氷水への襲撃から、その奥に何かがあると考え、その場所を見つけたからだ。
「あぁ……長かったなぁ」
エジルはその声を聞いて、すぐに自分の過ちに気づきエクレシアを逃がそうとした。
だが、もはや全てが遅い。
「本当に久しぶりだね。カルテシア……いや、今はエクレシアか」
赤きホールの道を開き、デスピアから来た少年……【凶導者アルベル】はエクレシアの姿を見て、口元を歪めながら笑うのだった。