アルバスこと黒衣竜アルビオンはアルベルこと赫灼竜マスカレイドを倒した後、同じ様に龍淵に向かって突撃した。
しかし、長く相剣を操り、実力を隠しながら戦っていた龍淵にとってアルビオンの攻撃は速いだけの児戯に等しい。
故に容易くかわされてしまうのだった。
しかしそれでも龍淵の相剣もまた、アルビオンを捉える事が出来ない以上、戦いとしては成立する。
どちらがどちらかを仕留める事が出来れば勝ち、という戦いは。
しかし、二人きりの戦いはそう長くは続かなかった。
何故なら、この場にはアルビオンと龍淵の者たちも存在するからだ。
例えば、龍淵に敗北し、傷つきながらもまだ戦う意思を消していない承影。
そして、龍淵に裏切られながらも、師を止めようと水の中に飛び込んできた莫邪もそうであった。
「承影様!」
「莫邪か」
「はい! 私も戦いに参加させて下さい!」
「それは構わないが……お前は相剣を失ったのだろう? それでは戦場に立てん」
「それでも!!」
「……」
「それでも友であった泰阿や赤霄様を斬った師を、龍淵様を倒したいのです」
「そうか」
承影は莫邪の言葉に頷くと、傷ついた体で立ち上がり、使命を託す。
「莫邪よ。お前に我が力を託す」
「承影様のお力を……? でも私には承影様の相剣は」
「あぁ、扱えぬだろうな」
承影の言葉にやや傷つきながらも莫邪は己の未熟故だと自分を叩き、前を見た。
そして、言葉の続きを待つ。
「だが、力を振るうばかりが全てではない。莫邪。この力をかの者に、アルバスに」
「アルバスに……?」
莫邪は天を仰ぎ、ギリギリの戦いをしているアルビオンと龍淵を見た。
確かに今の状況で最も龍淵を倒す可能性があるのはアルビオンである。
ならば、と莫邪は覚悟を決めた。
「承影様。その任務。私が必ず果たして見せます!」
「……頼もしいな」
「お任せ下さい!」
承影は残る命を全て莫邪に託し、数百年ぶりの笑顔を浮かべて逝った。
残された莫邪は溢れる力を握りしめて、涙を振り払いなが立つ。
そして、空を見上げながら呟いた。
「承影様。泰阿。赤霄様。向こうの世界でもまた、よろしくお願いします。龍淵様の事は、私が連れてゆきます故……では、行きます!!」
莫邪は相剣の屋敷から持ってきた普通の剣を手に、龍淵へ向かって飛び込んだ。
姿は見えずとも、未だ残っている氷水たちの無念もその身に宿して、莫邪は水の中をどんな生き物よりも疾く駆けた。
そして手に持った剣を龍淵に振り下ろす。
「っ!? 莫邪だと!?」
「龍淵様! その首! 貰い受ける!」
「くっ! これは!?」
『莫邪。動き続けて、止まったら危ない』
『水の流れに逆らっちゃ駄目』
『ふふ。龍淵。貴方に莫邪は捕まえられないわ』
「コスモクロアが消えれば氷水共も消えるはずだ! 何故まだ存在している!」
もはや姿は殆ど見えないが、それでも薄く水に溶け込んで存在している多くの氷水たちが莫邪に力を貸し、莫邪は自分でも信じられない様な鋭い速さで動き、全てを打ち倒す力で動いていた。
しかし、それでも。
それでも莫邪の狙いは自分の手で龍淵を倒す事ではない。
無論、このまま倒したい気持ちはあるが、何度か打ち合って理解した。
理解してしまった。
自分の手では龍淵を仕留める事は出来ないと。
だから……。
「そこ、だっ!!」
「龍淵様……!!」
「なっ、莫邪……! 貴様、何故避けなかった」
「龍淵様の剣が、鋭かったから」
莫邪は龍淵の相剣をその身に受けて、血を吐き出す。
血に濡れた震える手で、呆然と莫邪を見ている龍淵の相剣を握りしめるのだった。
「こうして、貴方の心に触れて……分かる。あの厳しい言葉は、全て、私の為に」
「違う」
「娘の様に、思っていて下さったのですね」
「違う……! 私は、全ては野望の為に」
「だから、私に心を預けて下さった」
「私は!! 違うのだ……! 友を殺し、お前たちを手に掛けた私は、薄汚い裏切者だ。私を想ってはならん! 莫邪」
莫邪は、龍淵の手を掴んだまま、やや離れた場所から状況を伺っていたアルビオンに視線を向ける。
そして、血に濡れた美しい顔で微笑みながら、承影から託された力をアルビオンに氷水たちを通して受け渡すのだった。
この世界をずっと見つめ続けて来た男の魂を。
そんな男と共に、この世界の平穏を護り続けて来た女の願いを。
アルビオンはその身に受けた。
承影とコスモクロア。
二つの魂がアルビオンの中で混ざり合い、一つの刃として完成する。
燃え滾る様な意思を、氷様な信念で閉じ込めて、命を奪う為の武器ではなく、救う為の力として導く。
相剣として形を成すのではなく、相剣と一つになる事で、アルバスの剣は頂に到達した。
【氷剣竜ミラジェイド】
アルバスの竜化と承影の相剣を氷水の力によって繋いだ究極の力――
世界を終わらせる事も、守る事も出来るその力で、アルバスは龍淵へと向かう。
咄嗟に龍淵は莫邪から相剣を引き抜き、構えたが、力なく水底へ落ちてゆく莫邪を無意識に目で追ってしまった。
それは拾った子が、何の力も持っていない事を知った時、自身の相剣を二つに割って、与えた時の感情に似ていた。
利用するのだと言い訳をして、自分の心を騙して……この最も大事な瞬間にすら足を引っ張っている。
「……あぁ」
だが、不思議と龍淵に後悔は無かった。
龍淵は自分に向かって飛んでくるミラジェイドの力を感じながら目を閉じた。
思い出すのは、今日という日まで共に歩んできた友、承影達の姿だ。
「マクシムス」
そして、共犯者である教導の大神祇官の名を呼び、天を仰いだ。
自分の体が氷に覆われていく中で、何もせず、ただ言葉を落とす。
「確かにお前の言う通り……娘は可愛いものだな」
龍淵という男が最期に落とした言葉を拾ったものはいない。
ただ、多くの者を巻き込んだ戦いが終わりを告げ、全ての元凶が氷の中で静かにその命を終わらせただけだ。
この戦いで何かを得た者は居ない。
だが、それでも……全てを失った者達は、また新たな明日へ……。
「大した力だな。名無し……! それが、王の力か!!」
嗚呼。
ようやく一つの戦いが終わりを告げたというのに、この静寂の世界で、一人の男がまだ立ち上がろうとしていた。
まだ憎しみを吐き出そうとしていた。
イニオン・クレイドルの瓦礫を吹き飛ばし、赫灼竜マスカレイドが咆哮を上げる。
新たな戦いを始める為に。