氷水のエジルによって氷水の楽園から外へ弾き出されたエクレシアは相剣師-莫邪にその体を受け止められ、相剣瑞獣-純鈞に預けられた。
「エクレシアは……どうやら気を失っている様だな。それだけ激しい争いが行われているという事か」
莫邪は澄んだ瞳で、エクレシアを見つめると、その頬を撫でて笑う。
「こんな事でも無ければ、お前とも話をしてみたかったが……これも運命か」
少しの間、莫邪はエクレシアを見つめていたが、やがて覚悟を決めて、自身も戦場へと身を投げた。
そして、残された純鈞は戦場で失われた多くの命に頭を下げ、少しの間彼らの魂を見送ってからエクレシアを背負ってこの場から脱出しようとした。
しかし、純鈞は何かの気配を感じて足を止めた。
「あら。犬らしく鼻が利くみたいねぇ」
純鈞は唸り声を上げながら、どこからか聞こえてくる声に警戒するが、その声の主はすぐに現れた。
そう。何もない空間からホールに似た空間の裂け目が生まれ、そこから長い爪で空間をこじ開けて現れたのはデスピアの凶劇だった。
そして、その後ろから巨大な腕が現れてデスピアの凶劇が開いた道を更にこじ開けて純鈞たちの前に降臨する。
「まずは自己紹介から始めましょうか。私は凶導の白聖骸。別にあなた達相剣師と争いに来た訳じゃないわ。あなたの背に居る子を受け取りに来ただけ」
純鈞は敵の狙いが分かったと、凶導の白聖骸と凶導の白聖骸が乗っているデスピアン・クエリティスから距離をとる。
しかし、そんな純鈞を見て、凶導の白聖骸は邪悪な笑みを浮かべると、デスピアの凶劇たちに指示を出してジワジワと周囲を囲んでゆく。
逃げ場など、与えないとばかりに。
「犬は犬らしく、大人しくしなさい。そうすれば、ペットとしてくらいなら飼ってあげるわ」
凶導の白聖骸から圧を掛けられつつ、伝えられた言葉は、拒絶によって返された。
純鈞は逃げ出そうと反転し、走り出そうとしたが、その行く先を塞ぐ様にデスピアの凶劇たちが空間を割いて現れた。
「アハハ! 逃げられると思ってた? 逃がす訳が無いでしょ? もう諦めた方が良いわよ?」
凶導の白聖骸の煽る様な言葉にも純鈞は何も応えず、静かに戦う意思を示した。
かつて相剣師であった身だ。獣に落ちても闇に魂を売る様な真似はしない。
ホールの力を求め、友が言葉を無くした時も、純鈞は変わらず清廉を貫き、友の弟子たちを導いてきたのだ。
故に、どの様な状況になろうとも戦い続ける覚悟があった。
しかし、覚悟を決めた純鈞に背中から優しくも頼もしい声が聞こえた。
それは孤独な戦いを決めた純鈞の覚悟を否定するものであったが、代わりに戦う勇気を燃えあがらせる物でもあった。
「ごめんなさい。私、どうやら眠っていてしまったみたいで……」
『起きたか! エクレシア! 状況はヤバいゼ!?』
「っ!? この人たちは……」
『敵だ! しっかりしな!』
「分かりました!!」
エクレシアは純鈞の背中から飛び降りると、背負っていた戦槌を起動させた。
戦槌は眩いばかりの輝きを放ちながら、エクレシアの想いに応え、その力を発揮する。
だが、真剣な眼差しで戦闘の意思を見せているエクレシアに冷静な凶導の白聖骸は声を掛けた。
「エクレシア。私たちは戦う為にここへ来た訳じゃないわ」
「では、何故この様に敵意を見せながら、私たちの前に立つのですか!」
「それはもしもの時の為よ。貴女と話が出来るのであれば、戦う必要はないわ」
「……それは」
『騙されるな! エクレシア! コイツ等は、下に出てきた奴の仲間だぞ!』
「っ! そ、そうでした。同じ様な力を使っています。なら、アルバス君と戦っている方と同じ方ですね!?」
「……アルバス?」
「はい! アルバス君です!」
エクレシアが再度アルバスの名を叫んだ瞬間、氷水の楽園から二匹のドラゴンが水しぶきを上げながら飛び出してきて、空中で争いを始める。
「アルバス君!!」
「あれは! アルベル! それに……まさか、アレは、そう名乗っているの!? 白き竜王と!?」
凶導の白聖骸は怒りに身を震わせると、空で争う二匹のドラゴンを睨みつけた。
そして、見つめるだけで命が奪えるのであれば、今すぐにでもアルバスの命を奪っていたであろう眼差しを一度閉じて、深いため息を吐きながら、視線をエクレシアに戻した。
冷静さを保とうとしているが、その瞳には怒りの色が宿っている。
「ひとまず、アレの事は後回しよ。私が手出しすればアルベルのプライドを傷つける事にもなる……だから、私は当初の目的通り……動く!!」
「っ!?」
『しっかりしろ! エクレシア!!』
「は、はい!!!」
凶導の白聖骸から放たれる戦意にエクレシアは一瞬緊張で体を硬直させながらも、ロッキーからの叱咤で自分を取り戻し、意識を戦場に向かわせる。
そしてそのロッキーの声を合図として、戦闘が始まった。
エクレシアと純鈞は互いの位置を確認しながら、デスピアの軍勢と戦い、主にエクレシアはデスピアの凶劇と、純鈞はデスピアン・クエリティスと凶導の白聖骸の相手をして、エクレシアには近づけない様に戦うのだった。
初めて共に戦っているというのに、エクレシアと純鈞には隙がなく、長引いてゆく戦闘に凶導の白聖骸は苛立ちのまま叫ぶ。
「早くエクレシアを捕まえなさい!! デスピアの凶劇!!」
しかし、冷静さを失ってゆく凶導の白聖骸とは違い、エクレシアはあくまで冷静さを保ちながら、苛烈さを増してゆくデスピアの凶劇の攻撃をかわしてゆくのだった。
そして、エクレシアは敵の大半を倒しながら、笑みを浮かべる。
それは誰かを傷つける事を喜んでいるのではなく、守られてばかりであった自分も戦う事が出来ると。
アルバスと共に戦う事が出来ているのだという純粋な喜びがあった。
しかし、視界の端でアルバスとアルベルが世界の夜明けとでも言う様な輝く光に包まれてしまったのを見て、思わず戦いを忘れて空を見てしまう。
それは明かな隙であったが、デスピアの者達も同じ様にその光に気を取られてしまっていた為、結果的に無事であった。
そして、アルバスも今自分と同じ様に戦っているという事実がエクレシアに更なる力を与えた。
「……私も、負けません! 一緒に戦いましょう! アルバス君!」
エクレシアは知らず知らずのうちに、相剣の力を覚醒させつつ、自分でも知らぬうちに上がってゆく力に笑みを作りながらひたすらに戦槌を振るい続けるのだった。
その様子に、押されてゆく戦場に、そして空でアルベルを巻き込んだ何かが起こっているという状況に、凶導の白聖骸は歯噛みするが、考えうる限り状況は彼女にとって最悪であった。
しかし、天はまだ彼女を見捨ててはいない。
凶導の白聖骸とエクレシアの戦況を見守っていた仮面の男は、凶導の白聖骸が捕らえ、イザという時の為に隠している者と共に戦場へと向かうのだった。