覇蛇大公ゴルゴンダについて詳しく知る者は、この世界にどれだけ居るだろうか。
多くの者は、大砂海ゴールド・ゴルゴンダの主であるという事や、ホールの力を喰らい生きているという事しか知らないだろう。
だが、そう……ゴルゴンダは生まれた時からゴルゴンダであった訳ではない。
ゴルゴンダがゴルゴンダと呼ばれる前、彼は確かに一人の人間であった。
遠い昔の話だ。
未だこの世界が争いに満ちていた頃、彼は一人の相剣師として世界の在り方に憂いで居た。
人間は教導国家ドラグマの内部で権力争いを繰り返し、多くの無垢な少女の命が失われてゆく。
獣人や獣たちはまだ鉄獣戦線など結成しておらず、種族同士の争いを繰り返していた。
大砂海ゴールド・ゴルゴンダでは、盗賊団が生まれ、治安は悪化の一途をたどっている。
世界は未だ、暗闇の中に居た。
「師匠……!」
「ようやく追いつけました」
「龍淵、承影」
大霊峰相剣門の最も高き山の頂で、独り遥か遠い空の彼方を見ながら未来を憂いでいた男は、弟子たちの声に目を閉じて大きなため息を零す。
「随分と登ってくるのが遅かったな。そんな事で相剣師の未来を担えるのか?」
「いや、師匠が早すぎるだけですよ」
「龍淵の言う通りです。我らはもはや風より早く走る事が出来るのですから」
「こんな老いぼれに勝てない様では話にならんわ」
「うぉーい! お前ら、早すぎ……だっ!」
「赤霄!」
「ふっ、迎えに行ってやれ。承影」
「はい!」
承影は師匠の指示に従い崖の様な山を滑り降りて、赤霄の元へ向かいその肩を支える。
赤霄もまた、承影に感謝を告げながら頂まで登ってくるのだった。
「師匠……! 俺も到着しました」
「よし。よくやったな」
三人の若き相剣師達の師は、ボロボロで疲れ果てた弟子たちの満たされた顔を見て笑い、また遥か遠い彼方を見据える。
「お前たちの様に、支え合い、手を取り合う事が出来るのであれば。共に未来を目指す事が出来るのなら、この世界にも光が生まれるやもしれん」
「光……ですか?」
「そう。未来を照らす光よ」
師は彼らに振り返りながらニヤリと笑う。
そこには一欠けらの悪意もなく、ただ純粋に未来を想う老人の姿があった。
「師匠。私は必ずその未来を開いて見せます」
「っ! 俺もです!」
「俺もだぜ! 師匠!」
「ふっ、青いな。だが、それもまた良し! お前たちはそのまま未来へ進んで行け」
この日、若き相剣師三人は世界を照らす光を夢に見て、それぞれの道を歩み始めた。
しかし、この一月後、若き相剣師達を一つの絶望が襲う。
「何!? 氷水達が襲撃を受けている!?」
「あぁ。彼女たちも抵抗しているが、状況はあまり良くない。既にイニオン・クレイドルは崩壊状態だ」
龍淵の言葉に承影は苛立ちを示すと、すぐに自らの相剣を生み出しながら、氷水の楽園に向けて走り始めた。
「どこへ行く! 承影! 師匠はここで待っていろと!」
「待ってなどいられるか! コスモクロアはまだ氷水帝になったばかりなんだぞ! なのに! こんな!!」
「っ!」
「お前はここで待っていろ龍淵!」
承影の言葉に、龍淵は一瞬迷った様な顔を見せたが、師の様な笑みを浮かべると自らも相剣を生み出して、承影の隣を走る。
「龍淵! お前……!」
「師匠も言っていただろう? 共に手を取り、歩む先に未来の光はあると」
「……そうだな!」
そして、二人は氷水の楽園に飛び込んで、ホールの向こう側からやってきた悪意と戦った。
しかし、二人が加勢に来た所で状況は変わらず、白の世界から来た者達によって氷水の楽園は壊滅状態になってしまい、龍淵と承影も立つことすら難しい状況になってしまうのだった。
「……ぐっ、すまない。コスモクロア」
「承影……! 私こそごめんなさい。こんな事に巻き込んでしまって」
「いや、助けに来て、この様な姿を晒している様ではな……むしろこちらこそ申し訳なく思う」
承影とコスモクロアは互いに慰め合いながらも、待ち受ける運命に覚悟を決めた。
天を覆う強大な力に、自らの死を覚悟したのだ。
しかし、まだ龍淵は諦めていなかった。
痛みに震える体をそれでも奮い立たせて、相剣を支えにしながら起き上がる。
「どうした……! 承影! この程度の傷で、もう泣き言か!」
「……龍淵」
「私はまだ諦めていないぞ。まだ、この美しき世界を……! あの様な者達に奪われてなるものか……!」
龍淵は空を睨み、そこに居る巨大な竜を見た。
白き圧倒的な力を持った竜を。
この世界を我が物にしようと、氷水に襲い掛かる悪意へと叫んだ。
「この世界は!! 私が守る!!」
だが、白き竜は龍淵の叫びにも大した興味は示さず、先ほどまでと同じ様に全てを破壊する為の一撃を準備する。
龍淵は雄たけびと共に水の中を駆けあがり、白き竜へ迫った。
しかし、そんな龍淵よりも早く水の中を駆けた者が居た。
それは龍淵の師であり、相剣師達、そしてこの世界の守護者であった。
彼は血を吐きながら、それでも白き竜の懐へ飛び込み、一撃を加えてから更に白き竜と共に空へ舞い上がる。
そして、白き竜を倒す為に限界以上の力を求めて、ホールの向こう側にある力を自らの物にし始めた。
「師匠!!」
龍淵は空の上で人の姿から変じてゆく師匠を見て、叫んだ。
しかしその声は届かず、師はそのまま白き竜と共に大霊峰相剣門を離れ、遥か遠く大砂海ゴールド・ゴルゴンダへと落ちてゆくのだった。
その日から、大砂海ゴールド・ゴルゴンダには一匹の巨大な蛇が生まれ、ただ力を喰らう心なきモンスターへとなった。
龍淵と承影はそれから幾度か大砂海ゴールド・ゴルゴンダへと足を運んだが、師と話をする事は叶わず、いつしか師に会う事も止めていくのだった。
だが、この日、承影と龍淵にはそれぞれ違う想いが生まれた。
承影は世界を守る為には、結束の力こそ重要と考え、氷水や未だ争いを止めぬ者たちとの対話を始めた。
そして、龍淵は結局白き竜を撃退したのは力だと考え、より大きな力を求める様になっていった。
それから時は流れ、二人の道は違えたままぶつかり合い、互いに氷水の楽園で命を落とした。
しかし、氷に閉ざされたその奥で、龍淵の指が僅かに動く。
遠くから聞こえてくる人では無い物に落ちてしまった師の声を聞いて、既に死した体が意思の力だけで動き出そうとしていた。
全ては世界を守る為に。
正しく生きる者達が、この美しき世界の中で生きていける様にと。
そう願った男の躯が動き始める。
「……」
そして、龍淵と呼ばれた男は氷に体を封じ込められたまま、氷水の楽園より大砂海ゴールド・ゴルゴンダへと氷水の力を借りて一瞬の内に移動した。
「……っ!?」
その異変に気付いたのは、氷水の主であるエジル・ギュミルであったが、全ては遅かった。
氷に封じ込められたまま死していた龍淵は、何かに導かれる様に覇蛇大公ゴルゴンダによって喰われ、その体を一つにしてゆく。
人であり、竜であり、相剣師であり、神の頂へと手を伸ばした男へと変貌してゆく。
この世界を汚す全てを破壊する為に!
「マズイ!! アルバス!! 逃げて! ソイツは!」
エジルの叫びが届くよりも前に咆哮を上げ、動き始めた意識なき虚ろな世界の守護者は雄たけびを上げながら、白き竜と同じ匂いのするアルバスへと襲い掛かった。
完全なる不意打ちにより、アルバスはここで終わりかと思われた……が、その呪われし顎を食い止めた者が現れた。
そう。
暗い水底で、生まれたばかりの氷水と死した氷水の狭間で、龍淵と承影の……。
そして、コスモクロアと氷水達の過去と想いを知った少女は、コスモクロアの力を借りる形で、大砂海ゴールド・ゴルゴンダに顕現する!!
全てを捨てて、それでも穏やかな世界を求める哀れな【深淵の相剣龍】を止め、全てに決着を付ける為に、死の世界から記憶だけを頼りに戻ってきた少女が操る一つの力。
【氷水艇エーギロカシス】
コスモクロアと承影の力を受け継ぎ、数多の願いを体に宿して少女は飛ぶ。
自らを娘と呼んだ師を、父の様な人を止める為に。
『今度こそ止めます! 私の手で!! 龍淵様……いえ、父上!!』
そして、二つの強大な力は周囲に破壊の嵐を巻き起こしながら正面からぶつかり合うのだった。