陰キャ女子がギャルにカードゲームを教える話   作:LUNARCLOWN

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前編

 拝啓兄上様、灰流うららをマスターデュエルで打ち込まれたときのような桜の散り始める頃 ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。この私、一ノ瀬遊奈につきましては大変気分がよくありません。と、言いますのも全ては目の前で繰り広げられている光景にありまして……。

「一ノ瀬さん! このカードは? 絵、可愛いね〜、強いの?」

 何故か我が憩いの場、カードゲーム部の部室で私のデッキを広げながら弄くっている女子、クラスの陽キャギャル(陰キャのギャルがいるのかは知らないが……)神引葵夷…………さんが原因である。

 この方、二、三日から急にこの部室に現れ我が物顔で居座っている。最初は気を使ったのか、下心があったのか男子部員が矢鱈(やたら)と話しかけていたが、持ち前のコミュ力でのらりくらりと(かわ)して私に話しかけてきたのだ。

 数日も経つと、ヘルプ要請の視線を向けても「お前の担当だろ?」とでも言いたげな冷めた視線を返されるだけである。

「……あ、それG打ちます」

「じゃあうららで」

「うららに墓穴で」

「………………墓穴に抹殺の指名者で」

 いや、視線すら向けてなかった……。せめて見ろよ、そして混ぜろよ。そこで観戦してる山田、お前余ってるならこの人の相手するか私とデュエルしろよ。

「はぁ…………」

 そりゃあ溜息も出るってもんだ。

 私の目の前にいるこの神引さん、どうしてこうも腫れ物に触るような扱いを受けているかというと、第一にカードゲームを全く知らないのだ。私という前例があったため、カードゲーム知ってる女子が来たのかと思われたが……全くのド素人だった。遊戯王どころかその他のTCGも軒並み知らなかった。何なら分かる? というコメントに返ってきたのは

「トランプならわかるよ! 大富豪とかメッチャ自信あるし」

 だった。…………まぁ、カードゲームではあるけどさ…………。

 あとはやはり、見た目だ。正直金髪でピアスがあいているというのはそれだけで私達みたいな陰キャには威圧感がある。さらに美人というのもあいまって、声をかけづらくしている。

 これで、部室を荒らしてくようなDQNなら顧問に言うなりなんなりで対応できたかもしれないが、基本的には友好的で人当たりもよく、騒ぐでもなく大人しくしている……。残念ながら無理矢理追い出すような要素もないのだ。

 しかし、このままというのも居心地が悪い。正直、私は今すぐ組んだばかりのM∀LICEデッキを回したいし、次のショップ大会の調整もしたい。そもそも彼女は部員じゃないのだから、邪魔だ出ていけと言うだけではないか。ここは私達のホームで正義はこちらにある。ハッキリ言ってやろうではないか!

「……あ、の……かかか、神引、さん……」

 ……自分でも驚くくらい弱々しい声が出た。まあ、仕方がない。陽キャに陰キャが声を掛ける時なんてこんなもんだろう。ちなみに、内心でいきがってる時ほど声は弱くなる傾向にある。ソースは私。

「何?」

 対して私と違いハッキリとした口調で返してくる。ジッと目線が合い、フッと(そら)してしまう。なんでこう、陽キャというのは躊躇(ためら)いなく相手の目が見れるのだろうか……なんのために私が前髪を伸ばしているのか察してほしいところである。

「あ、あの……最近よく来ますけど……何か御用があったりするの……かな……と……」

 ダメだ。完全に相手の陽キャオーラに負けている……。

 顔を背けながらチラリと神引さんの方を見ると、彼女の色素が少し薄い澄んだ目とかちあった。……少し、綺麗だなと思ってしまった……というか顔が良いな。などと考えていると神引さんが噴き出すようにして笑った。

「あー、ごめんね。事情話してなかったよね……なんというか、カードゲームを始めなくちゃいけなくなってさ」

 教室とかでハキハキと話している姿が印象的だったので、微妙に歯切れが悪いその返しに面食らってしまった。ズケズケと物を言うイメージだっただけに違和感しかない。

 というか、始めなくちゃいけなくなったとはどういう事だろうか? 始めたくなったなら分かる。何かをきっかけに何にハマるかなど予想できる人間などいるまい。私とてカードゲーム以外の趣味にハマるなど想像もしてなかったからなぁ…………いや、何にハマったかは言わないけど。

 だから、彼女の始めなくちゃいけなくなった(・・・・・・・)という物言いに引っ掛かった。それでは強制された……言うなれば嫌々ながら始めるようにも聞こえなくもない。いちカードゲーマーとしてはそれに同意する気にはどうしてもなれなかった。

「……嫌なの? カードゲーム」

「え?」

 次に面食らったのは彼女の方だった。それもそうだろう、先程までオドオドしていた奴が急に語気を強めてきたのだ。前髪で見えないかもしれないが、視線も鋭くなっていることが自分では分かる。

 興味のない人達から見れば私達のしていることはお遊びに見えるかもしれない。だけど、私達は真剣だ。公認大会にも出ているし、デッキ構築などカードの研究も欠かしてない。やる気のない人とつるむつもりはないのだ。

「……………………あー、ごめんね」

 しばらく気不味そうに視線を背けていた神引さんだったが、素直に頭を下げてきた。

  顔を上げたときには気不味そうな苦笑いがなくなって、真剣な表情に変わっていた。真っ直ぐに見つめられたせいで今度は私が目を逸らす番だった。

「ごめん、真剣にやってる人の前で失礼な言い方だったよね。急だったから、私も戸惑ってたのかも……」

「え、あ、いや、べつに……」

 強気になったりオドオドしたりと忙しい奴である……まあ、私なんだが……。

 神引葵夷は目を逸らさない。私に逃げることを許さないと言わんばかりにその澄んだ目を向けてくる。本人にそんな意図はないだろうが、美人に真正面から見つめられるとそれだけでSAN値が下がるのが陰キャというものだ。

 俯き加減の姿勢で前髪の隙間から覗き見るように彼女を見ると、真剣な表情のまま私を見詰めていた。なんとなく気不味くなって顔だけでなく目も伏せてしまう。

「でもね一ノ瀬さん……やるからには本気だよ。カードゲームの難しい所、楽しい所……全部を全力でやるつもり……!」

 力強い言葉に視線を再び上げると、澄んだ瞳の奥にメラリとやる気の焔のような物が見えた気がした。勿論、幻視だろうが……彼女の本気というのはなんとなく伝わった気がする。

「……く、口ではなんとでも言えますし……」

 とはいえソレを素直に受け止められるなら10何年も陰キャをやっていない。憎まれ口にもなっていないような捨て台詞を言いながら顔を(そむ)けてしまう。

 そんな私を見て神引さんが困ったように苦笑する。……なんだそのやれやれ仕方がないなぁみたいな反応……主人公かよ。でも、陽キャって主人公側の人間か……特にホビー系アニメではその傾向にあるな。でも、カードゲームアニメの主人公はこっち側が多いんだぜ! 遊戯さんだっていじめられっこだったし……いや、最終的に友達多くなってたな……十代と遊馬と遊矢は論外だ。彼奴等は根っからの陽キャだ。遊星と遊作は……クールなだけで陰キャではないな……くっ、なんか裏切られた気分だ……。

 そんなどうでもいい思考に囚われている私を神引さんは不思議そうに見ていたが、黙っている私を不審に思ったのか、何かを言おうと口を開いたとき、

「――なるほど良いんじゃないかい?」

「――――――――!?」

 後ろから急に声を掛けられたせいで神引さんがビクッと座ったまま跳ね上がる。……ちょっと猫みたいな反応だ。

 恐る恐るといった感じで神引さんが振り向くと、後ろに立っていた人物と目が合う。中肉中背で肩まで伸びた髪に眼鏡といういかにもな風貌の人物が立っていた。

「……………………」

 謎の人物の登場に戸惑いながらも無言のまま会釈をする神引さん。それに対して「ウム」と唸ったんだか、返事したのだか分からない言葉を返すこの半ば不審者のような人物こそが、我らがカードゲーム部部長である。

「…………何が良いんですか、部長?」

「え? ……この人が部長さん!?」

 驚くのも無理はない。それなりの付き合いがあるから、厨二病を(こじ)らせているだけで誠実な人間だとは知っているが、初見だと不審者にしか見えない。

「初心者を導くのも先達の務めというものだよ、一ノ瀬君」

 腹立つ物言いだな。しかし、言わんとするところは正論である。初心者だからといって排斥してしまえば、衰退してしまうのはどのジャンルも同じである。特に排他的な空気が強いカードゲーム界隈では結構な死活問題で、私がメインでやっている遊戯王も新規参入者は減る一方である。

「…………私である必要はないと思いますけど…………」

 しかし、それはそれ、これはこれ。わざわざ苦手なタイプの人間に関わりたくはないというものだ。

「彼女は君に懐いているようだが?」

「他に女子がこないからでしょう。そもそも、教えるならもっとコミュ力のある人間がいいかと……」

「コミュ力ねぇ……オタクはリア充を、特に女子を前にしたらそんなもの掻き消えるのだよ」

「……私より強い人もいます」

「良い選手が良い指導者になるとは限らないものだ」

 ああ言えばこう言う人だ……。勝ち誇ったようにニヤニヤと笑って見せるのが実にキモ……腹立たしい。ふと、憮然たる表情を浮かべる私を神引さんがジッと見ているのに気が付いた。何処となく寂しそうな表情だ。

「……やっぱり、迷惑かな…?」

「え…………」

「急に来てカードゲーム教えろなんて、一ノ瀬さんになんの特もないし、虫の良い話だよね…………」

 待て待て待て、そんなガチでへこまれても困るのだが……。ふと、周りを見ると何人かの部員が手を止めてこちらを見ていた。少し潤んだ目でこちらを見ているのに神引さんと、何も言わず腕を組んで瞑目(めいもく)している部長。

 ……………………なんか、これ、私が悪いみたいになってないか?

 いやいやいやいや、私は悪くないだろう。何故なら私は悪くないから――――などと開き直ったような思考をしたところで空気は改善しない。むしろ時間が経つたびに空気が重くなっていくのを感じる。

「……あ……いや、その…………別に……嫌、ってわけじゃあ…………その、ないというか……」

 なんとかかんとか声を絞り出した末に出た言葉は弁解にすらなっていなかったのだが、どう肯定的に捉えたのか神引さんが笑顔になっていた。

「教えてくれるの?」

「あ、いや、その……ちが、いや、あの……」

 ――――――! 急に手を取ってこられた為、どもってしまう。いやいや、身体的接触はダメですって! て、手、柔らか、近い、いい匂いが、近い……!

 くっ、落ち着け私! こういうときは素数を数えるんだ! 1,2,3,5,7,11………………1って素数だっけ? 違ったような気がするな……。いや、そうじゃない、問題はそこじゃないよ私。とりあえず解決すべきは今の状況だ。うん、いい感じに混乱しているな。

 混乱したまま視線をあっちこっちに飛ばしまくる私は、とりあえず神引さんの言葉に首肯することにした。というか、混乱しすぎててそれしか返せなかったのであるが…………我ながら情けない奴である。

 そんな私の反応を見て、神引さんがパァッと表情をほころばせる。……クソッ、可愛いかよ。美人は得だなチキショウ!

 正直ここまで来ると、神引さんに対する敵対心的なものはほとんどなくなっていたが、やはり陰キャとしてはすぐさま受け入れられるものではない。というか、敵対心はなくなっても、苦手意識はなくなっていないのだ。そんな私の心裡(しんり)を知ってか知らずか、神引さんが嬉しそうに私の手を掴んだままブンブンと上下に振る。やめてやめて、私の腕取れちゃうから。そんな頑丈に出来てないのよ私。

 そんな神引さんの反応にピンと立った犬耳とブンブン振りまくる犬の尻尾を幻視しながら、どうしてこうなったと小さく独りごちるのであった。

 

 

「……さて神引さん」

「何でしょうか先生!」

 …………先生…………悪くない響きだ。じゃなくてだ。

 結局神引さんのカードゲーム講師をすることになってしまったので、神引さんには私のデッキを渡してある。もちろん、小難しいカードは抜いた初心者仕様である。いきなり手札誘発とか言われても意☆味☆不☆明になってしまいますからね。

「神引さん、には、その……デッキ、をお渡ししますた……」

「すた?」

 噛んだ……死にたい……。

 一瞬で顔を真っ赤にした私に神引さんが笑顔を向ける。

「あるよね〜、人前で急に話すと噛むの、私も良くなるわ〜」

 …………女神かな? 笑顔で話す神引さんの後ろに後光を幻視してしまった。いや、半分冗談。

 でも、どうせ揶揄(からか)われると思っていた私は少し肩透かしを食らった気分だった。…………いい人じゃん、神引さん。

 さて、いつまでも(うつむ)いていたんじゃ話は進まない。噛んだことは水に流して、神引さんがいい人なことも脇に置いといて、今はカードゲームの説明である。

 私が神引さんに渡したのは【青眼デッキ】。世の中にカードゲームは数あるが、その中でも私が一番力を入れている遊戯王OCGのカテゴリの一つで、OCGの中でも一番有名なカードの一つである【青眼の白龍】をメインにしたデッキだ。余談だけど、大体のカードゲームはTCG(トレーディングカードゲーム)なのだが、遊戯王はOCG(オフィシャルカードゲーム)なのだ。どうせ交換(トレーディング)なんかしないだろ? みたいな気概があって個人的には嫌いではない。

 閑話休題。

 その【青眼デッキ】を一枚ずつめくるようにして見ていた神引さんだったが、何かに気がついたように声を上げた。

「あ、これ知ってる!」

「え、あ、知ってます……?」

「うん、強靭! 無敵! 最強! ってヤツだよね」

「………………………………………………ぁ、はぃ」

 …………いや、まあ、間違ってはいないんだけどね。ただ、その、知識の偏りが凄いというかなんというか……。

「あ、アニメとか……見るんですか……?」

「え?」

「あ、いや、な、ななな、何でもないです……」

 あっぶねぇ……陽キャギャルがアニメなんか見るわけないでしょうに。多分アレよ、芸人さんが言ってたとか、ちっくたっく? とかで流れてきたとかですよね、はい。

「見るけど?」

「で、ですよね、あ、アニメなんて、神引さ…………見るんですか!?」

「わっ!」

 急に私が大声を出したせいで神引さんが驚いて仰け反る。

「す、すいません……意外だったもので……」

「あ、いやいや大丈夫。てか、私って結構オタクよ?」

 はい、きました、陽キャのオタクアピール。大体こういう時の陽キャは「ワンピース」とか「鬼滅の刃」とか出しとけばオタクだよね? みたいな雰囲気を出してくるものだ。その手には乗らないぜ。

「な、何を見てるんですか……?」

「んー、ジョジョとか?」

 …………ジョジョか…………いや、早計だ。ジョジョはアニメ化もしたし、最近じゃあリア充が知っててもおかしくない知名度だ。

「好きなのは何部ですか?」

「んー、全部好きだけど……やっぱ三部かなぁ」

 ほらね、有名でわかりやすくて人気の高い三部を挙げるのがその証拠だ。やはりその程度か神引葵夷。

「ポルナレフとか好きだし、イギーの最期とかも泣けるし、この話があるから四部とか五部に繋がってるんだって伏線? が多くて後から見返しても面白いもんね」

 …………ガチかも知れない。ニコニコとジョジョ三部の話をする神引さんに固まってしまっていたが、ふと今日のやる事を思い返す。

 ジョジョ語りはまた今度にしよう。正直長くなるし、もし神引さんが私より詳しくて七部以降の話を出されたら私がついていけない。私はスティール・ボール・ランの序盤までしか読んでないのだ。

「そ、それより神引さん」

「それで、その時の花京院が…………え、何?」

 めちゃくちゃ語るやんこの人……。

「遊戯王のアニメはご存知で?」

「あー、それはちょっとしか分からないかなぁ……ネタ程度にかな」

 ……残念。まあ、仕方ないか、オタクといえど全てのジャンルを網羅することなど出来ないのだから、リア充で友達付き合いの多い神引さんがこちら(オタ趣味)に割ける時間は多くないのだろう。

「ま、まあ、ネタ程度にでも知っているなら僥倖です」

「ぎょーこー……?」

 ポカンとして首を傾げる神引さん。……可愛いかよ。じゃなくて、僥倖って通じないかな? まあ、オタクは難しい言葉使いがちですからね。……意味は……何だっけ? 嬉しいとかそんな感じ……だった気が……違ったか?(現文評定3)

 まあ、そんなことはどうでもいいのです。多少でも情報を持っているのなら親しみやすいはずだ。というわけで私は自分のデッキを取り出す。初心者相手でも安心手札誘発なしのフルモンワイトデッキだ。

「さて、ものは試しです。実際にデッキを回してみましょう」

「オッケー! ……回す?」

 ……前途多難かも知れない……。デッキを手に持ってぐるぐる回し始めた神引さんに不安を覚えながら私のカードゲーム講義は始まったのであった。

 ……実際、完全素人にOCGを教えるのは困難を極めた。冷静に考えると遊戯王OCGはルールが複雑であまり素人向けではないのだ。

「私の先攻、ドロー!」

 神引さん、先攻はドロー出来ませんよ。

「このモンスターを守備表示で召喚!」

 守備表示で召喚するのはアニメだけの特殊ルールです。

「とりあえず、ブルーアイズホワイトドラゴンを召喚!」

 エキスパートルールより前のルールかな? レベル5以上のモンスターはアドバンス召喚しないといけないんですよ……。

 とまあ、基本的なことから教え始めて三日が経った頃には神引さんも最低限のルールは覚え始めていた。

「……で、フィールド上の【青き眼の乙女】を対象に手札の【青き眼の賢士】の効果を発動して、デッキから【青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)】を特殊召喚っと」

「……はい、基本的な動きは問題なさそうですね」

 最近では私も少しは神引さんに慣れてきて、あまりどもらずに話せるようになってきていたのだが、目の前の神引さんはなんだかご不満なご様子で。……なんだろう、陰キャが馴れ馴れしいとか思われてるんだろうか……? 正面切ってそんな事言われたら泣く自信がある。

「あ、あの……ななな、何か……?」

「ねえ、そろそろ敬語やめない? クラスメートなんだしさ」

 …………ケイゴヤメナイ? それは何語だ? と、まあ、冗談は置いといてだ。敬語を使わないねぇ……。

 ちなみに、私が敬語を使っているのはただのクセである。いわゆる敬語キャラという訳ではないが、私のような陰キャが波風立てずに過ごしていくには敬語で話すのがベストを通り越してマストなのである。だが、どうやら目の前のお姫様は何故だかそれが気に食わないご様子だ。

「えっ…………と、な、なんでですか……?」

「だって、せっかく仲良くなったのに、他人行儀に聞こえるじゃん」

「え?」

「え?」

 な、仲良く……? 私が神引さんと仲良く? このリア充代表のような方と仲良く?

「恐れ多いのですが……」

「恐れ多いて」

 いや、そうだろう。私のような陰キャでカースト最下位の女子ごときが神引さんと仲良くしてるなど恐れ多いにも程がある。

「私は一ノ瀬さんと結構仲良くなれたって思ってるよ?」

「い、いや、でも……その……」

「一ノ瀬さんは、私のこと嫌い?」

「い、いや、き、嫌いとか、すすす、好きとかじゃ……」

「私は一ノ瀬さんのこと結構好きだよ?」

「スッッ――――!?」

 隙!? 鋤!? 数寄!? どれだ!? 脳内の変換が追っつかないのですが!? 急に愛の告白ですか!? 展開が早すぎるというか、私はノーマルですというか、百合か!? 百合なのか!?

 一人でワタワタしていると、神引さんが私の頭にポンと手を置いた。

「なんか、ちっちゃくて可愛いし」

「………………………………ぁ」

 あー、えー、そういう。はいはいはい、アレね、愛玩動物的なあれデスね。もしくは、子供扱いだ。

「…………子供扱いしないでください……」

 私が神引の手を軽く払い除けると、神引さんは少し残念そうに笑った。

「……そもそも、今は講師と生徒みたいな間柄ですから、仲良しとはまた違うと思います……」

「そーかな?」

「そうですよ……」

 とまあ、そんな話をしたのがつい一時間程前の部活中の出来事。今は神引さんを帰して、職員室に部室の鍵を返却したところ。

 昇降口で靴を履き替えるながら、次に神引さんに何を教えようかと考える。

 基本的な流れは問題なくなってきたから、リンク、シンクロ、エクシーズ辺りを教えるべきだろうか……。履き古して薄っぺらくなったローファーの靴底を気にしながら、今後の講義内容を考えていたところで駐輪場に差し掛かる。

 少し家が遠い私は自転車通学なわけなのだが、その私の自転車の近くに見覚えのある人物が立っていた。

 最近良く顔を見ている神引葵夷さんだ。

 …………何故彼女が此処に? 神引さんも自転車なのか? と思いながら近づくと、神引さんが伏せていた顔をパッと上げた。

「あー、遅いよ一ノ瀬さん!」

「へぁ?」

 変な声が出た。遅いとは何だろうか?

1 物事の進む度合いが小さい。動作・進行などに時間がかかる。のろい。⇔速い。

2 (「晩い」とも書く)ある基準より、かなり時がたっている。時期が遅れている。⇔早い。

3 時機に遅れている。間に合わない。

 と辞書には書いてあるが、その言葉を神引さんが発する意味が分からない。

 ハテナを浮かべている私に神引さんが駆け寄ってくる。いや、近い近い……。勢いが付きすぎて接触しそうになったので一、ニ歩退く。すると、神引さんがさらに距離を詰めてくる。…………何故だ。

「あ、あの、何か……?」

「遅いじゃん、せっかく待ってたのにさ」

「え、待ってた? 誰を?」

「一ノ瀬さんに決まってるじゃん」

 決まってるのか、そうなのか……いやいやいや。

「そ、そんな、約束してました、か?」

 状況が飲み込めず、とうとう敬語すら危うくなる私。このままだと自我の崩壊すらあり得るのでは? などと考えている私の手を神引さんが掴んだ。

「――――ッ!?」

「遊びに行こうよ、今から!」

 急なボディタッチに狼狽(うろた)える私に、追い打ちをかけるように神引さんが遊びに行くことを提案してきたが、混乱しきった私の頭では上手く処理が出来ない。

「あ、遊びに? な、なんで?」

「いやぁ、一ノ瀬さんが仲良くなれてないっていうから。じゃあ、仲良くなるために遊びに行けば良くない? って思ってさ」

「よ、良くない、です……」

「えー、ダメ?」

「だ、だめというか、なんというか、わ、私ごときが神引さんみたいな人が行く、お、オシャレな場所には向かないといいますか……」

 私の言葉に神引さんはしばらく呆気にとられたような表情をしていたが、急に吹き出して笑い始めた。その姿やまさに呵々大笑(かかたいしょう)という四字熟語がぴったりだった。

「あー、ごめんごめん……ふっ、ふふっ、てか、オシャレな場所ってなに? どんなとこ想像してんの?」

「いや、その、あの、クラブ? とか?」

「いやいや、クラブとか行ったことないし」

「あ、そ、そうですか……」

 的外れな発言だったらしい。恥ずかしくなって顔を伏せていると、神引さんが繋いだままの手を優しく引っ張った。

「普通に、マックとか寄って帰ろうよ。一ノ瀬さんのこと、もっと知りたいしさ」

「わ、私の……こと?」

 顔を上げて神引さんを見ると、私をまっすぐ見ながら優しく微笑んでいた。笑顔だけで何種類持っているんだろうかこの人は? これがリア充というものなのか?

「マック食べながらさ、いっぱい話そ? そしたらさ、もっと仲良くなれるよ私達」

 そうなのだろうか? カードゲーム関係以外知り合いのいない身分としてはその理論は良く分からなかった。ただ、良く分からないのだが、何故だかその提案はひどく魅力的なものに感じて仕方がなかった。

 思えば、学校で友達と呼べる人がいたことがなかった。カードゲーム部の人達は良くしてくれているが、一緒に出かけたりとかはなく、話す内容もカードゲームのことばかりなので友達かと言えば違う気がする。クラスでは誰とも関わらずにひっそりと生きているため、親しい人間はいない。

 もう一度、神引さんを見てみる。優しい微笑みのまま、私の返事を待っているようだ。

「…………じゃ、じゃあ、い、行きます……?」

 何故か疑問形になってしまったが、そんなことは気にしないとばかりに、神引さんの表情が太陽のように明るい笑顔に変わった。……あぁ、眩しい。()けてしまいそうだ。

 そのまま神引さんに手を引かれて、学校の近くのマクドナルドに行き、暗くなるまで他愛のない話をした。初めての経験だったからか、基本的に神引さんの話を聞くばかりになってしまったが、不思議と悪い気はしなかった。

 …………学校に自転車を忘れたことに気がついたのは、神引さんと別れたあとだった。

 そして、その日からこれが私達の部活後の日課になったのであった。

 

 

 

「【聖刻神龍-エネアード】をエクシーズ召喚して、素材を一つ取り除いて、手札の【青眼の白龍】をリリースして【ワイトキング】を破壊! フィールドのカードが破壊されたから、墓地の【ブルーアイズ・ジェット・ドラゴン】を自身の効果で特殊召喚!」

 あれから一週間たった。ほぼ毎日教えているからか、神引さんは【青眼デッキ】をそれなりに回せるようになってきていた。ちょっとした凡ミスはあるけれど、これなら汎用誘発カードを入れたり、EXデッキの内容をもう少しイジっても大丈夫だろう。

「じゃあ、神引さ

「素晴らしい成長だね」

 私の台詞に被せるように後ろから声が掛けられた。ご丁寧にパチパチとおざなりな拍手までついてくる。

「あ、部長さん、お疲れ様です」

 わざわざ立ち上がって挨拶しようとする神引さんを手で制して部長が近寄ってくる。…………何だろう、何故か嫌な予感がする。いつものニヤニヤした笑いがない。空気も妙にピリついている気がする。

「…………随分と上達したみたいだね?」

「はい、おかげさまで! 一ノ瀬さんの教え方も上手いので」

 意外と礼儀正しい神引さんに内心驚きつつも、部長の薄ら寒い笑顔に私は警戒していた。…………何を考えている? 部長は大会成績はいいのだが、あまり部活には熱心に出てくる方ではない。下手すると一週間まるまる部活に出ないこともある。部長としてはどうかと思うが、実力もあるし、何より部長がいなくても部は円滑に回っているので問題はない。

 そんな部長が月曜日から部活に顔を出しに来ている。それが、非常に違和感だった。

「もう、良いんじゃないかい?」

「え?」

 今の返答は私のものだったか、神引さんのものだったか。それすら分からないくらいに私達は困惑した。もう良い(・・・・)とは何を指して言ったのだろうか? 予想はついているのだが、その答えに辿り着くのを私は自然と忌避していた。

「もう良いだろう。最低限のルールは覚えたし、これからは個人でやっても問題ないレベルだろう」

「で、でも……」

 ……続きの言葉は出てこなかった。そうだろう、だって…………

「そもそも彼女は部外者だろう?」

「――――――――――ッ!」

 一瞬、憤慨したような表情を見せた神引さんだったが、言葉は出さなかった。

 その通りだ。毎日のようにここに来てはいるけど、神引さんはこの部の部員ではない。神引さんも含めて皆が皆一時的なものだろうと黙認していたのだ。部長はそこを改めて指摘したにすぎない。

「で、でも、特に問題があるわけじゃ……」

「問題ならあるだろう?」

「え、な、何が……」

「次の大会の準備は出来ているのかい?」

「うっ…………」

 神引さんが不安そうな表情で私を見てくる。…………大会の準備は出来ていない。今週末締め切りの、デッキレシピの提出も済んではいない。そもそも大会用に組んだM∀LICEデッキはろくに回してもいない。

「…………一ノ瀬さん、それって私の」

「違います!」

 そうだ、違う。これは私の怠慢だ。神引さんに教えながらでも、自分のデッキに触れる時間はあった。

 放課後寄り道などせずにまっすぐ帰ればよかっただけだ。

 帰ったあとデッキを一人回ししたり、デッキ解説の動画を見ればよかったのだ。

 神引さんへの講義を言い訳にそれをしてこなかった私自身の原因だ。

 ……つまり私は、早い話が調子に乗っていたのだ。

 大会では悪くない成績で、初心者にカードゲームを教える自分に酔っていたのだろう。だから、こんな事になる。

「……だったら、私が入部すれば、問題ない?」

「不許可だよ」

「何故!?」

「当然の事だ。部員という正当性を得れば、今の状況が継続されるだけ…………いや、場合によっては悪化するだけだろう」

 ……そりゃそうだ。そもそもの問題は私が神引さんの講師と自身のやるべきことを両立出来てなかったことにある。既に問題はそこにないのだ。

「心を入れ替えます……これからは、神引さんに教えながらでも部活に専念してみせます」

 部長の無機質な視線が私を貫いた。つい、視線を逸らしてしまう自分が憎い。ここで視線を逸らしたら分が悪くなるだけだというのに。

「分からんね」

「え?」

「そもそも、君は彼女に関わるのを嫌がっていたじゃあないか」

 頭を鈍器か何かで殴られたような衝撃……と言ってしまったら陳腐だろうか? だが、まさにその通りの衝撃だった。

 いつからだろうか? 神引さんにカードを教えるのが嫌じゃなくなったのは。

 いつからだろうか? 放課後の寄り道をイヤイヤでなく自分の足で行くようになったのは。

 いつからだろうか? …………彼女といるのが楽しいと思うようになったのは。

「……嫌じゃないです」

「ほう?」

「……私は、もっと神引さんとカードゲームがしたいです……!」

「一ノ瀬さん……」

 神引さんが驚いたような顔で私を見てくる。私だって驚いている。だって、こんな気持ちになったのは初めてなのだから。

「……そうか、だが、それは子供の癇癪とそう変わらんよ」

「くっ…………!」

 そう、私が言ってるのはあくまで感情論だ。それでは事態は何も変わらないのだ。それでは私達は

 

「じゃあ、私が一ノ瀬さんの手を焼かせないくらいに強くなれば良いんでしょ!」

 

 ……沈黙。

 その場にいた全員が呆気にとられていた。

 神引さんの意志の強い瞳が部長に突き刺さる。しかし、部長はどこ吹く風といったようにニヤリと笑った。

「ほう、ソレは具体的にはどれくらい強くなれば良いのだい?」

「え、そ、それは……」

 いや、考えてなかったんかい。ちょっと感動して泣きそうになった私の気持ちを返してほしい。

「まあ、良かろう」

「えっ!?」

 まさかの大逆転!? とか思ったが、この部長がそんなに甘いわけがない。何を言い出すのかと身構える。

「一週間後、私とデュエルしたまえ。そこで私が納得のいくデュエルが出来たら入部を認めよう」

「ちょっ、ちょっと待ってください…………!」

 いや、無理じゃない? この人、この間のCSで優勝してましたよ? 勝ち目ないですって。

「え? つまり、部長さんに勝てば良いんですよね? 乗った!」

 乗るな! 何言ってるのこの人!? その人めちゃくちゃ強いんですよ!?

「部長……!」

「もちろん、最低限の手加減はするさ。……そうだな、そちらに合わせて私も【青眼デッキ】を使おうかな」

「いや、そもそも部長青眼使いでしょうに……」

「まあ、それだけじゃない。最新のカードは使わないで置いてあげるよ。そちらが使う分には自由にしてくれ」

 最新……最近出たストラクの新規枠か……。M∀LICE組んでる最中だったから、買ったけど組んでないのよね……。

 ただ、今回の新規は純粋なカードパワーが今までの【青眼】とは段違いだ。部長がそこを使ってこないなら、まだ勝機はあるのか?

 正直部長が何を考えているのかは分からないが、今の神引さんなら一週間あれば新しい【青眼デッキ】を使えるようになる可能性は高い。

「……分かりました。この勝負、受けて立ちます」

「よろしい。では、来週の月曜日にまた会おう」

 ニヤリとした笑顔を浮かべたまま、部長が部室から出ていく。……いや、部活参加していけよ。あと、見てただけの周りの男子共、ホッとしたような顔してるんじゃないよ、少しはこっちに加勢しろよ、ったく。

 その後、私達は新しいデッキを組み立て、少し回してから部室を後にした。部活終了の時間には少しだけ早かったのだが、周りの見守るようなというか、ニヤニヤしたというか、そんな感じの視線に私が耐えられなくなったのだ。

『……私は、もっと神引さんとカードゲームがしたいです……!』

 ああぁぁぁぁッ! クソッ! 思い返したら恥ずかしくなってきた! なんで、私はあんな小っ恥ずかしい事を……! 死ぬ! 恥ずか死ぬ!

 一人頭を抱えて悶えていると、隣を歩いていた神引さんがこっちを見ていることに気が付いた。

「…………なんですか?」

「いやぁ、なんか照れちゃうなと思いまして……」

「掘り返さないで貰えます!?」

 赤面したまま吠える私を見て、神引さんが少し恥ずかしそうに笑っていた。なんだコレ、付き合いたてのカップルかよ。…………まあ、誰かとお付き合いなぞしたことないから、漫画やアニメの受け売りでしかないけど。てか、そもそも女同士だけど……。

「……勝てるかな?」

 先程まで笑っていた神引さんの表情が陰った。――――そんなの、

「まあ、無理でしょうね」

「えっ!? 励ましてくれないの!?」

「いや、あの人ショップの大会とはいえ定期的に優勝するような人ですよ? 始めて一ヶ月も経ってない人が勝てる相手じゃないですよ」

「え、マジ?」

「マジです」

 神引さんの顔色が悪くなる。まあ、ぱっと見は厨二病拗らせただけの人にしか見えないからね。でも、実力は本物だ。徹底的に計算されたデッキと基本に忠実なプレイングはそれ故に強い。カードゲーム、特に遊戯王OCGは決まりきった勝ち筋をいかにミスなくこなせるかにあると思う。もちろん、それをひっくり返すような状況はいくらでもあるけど、相手のデッキの勝ち筋を潰して自分の勝ち筋を通すのがカードゲームだ。部長はそれが上手い。正直、現状の神引さんが勝てる要素はほぼない。

「…………でも、勝たないと」

「一ノ瀬さん……」

「――――!?」

 急に横から衝撃を受けてよろける。何事かと思い横をみると至近距離に神引さんの顔があった。端的に言うと抱きしめられていた。

「な、なななな、かみ、なに、かみびきさん、なにを……!」

「いやぁ、一ノ瀬さんが可愛いこと言うからつい」

「つ、つい、じゃないですよ、離れてください……!」

 あー! 近い! 柔らかい! いい匂い! じゃなくて、道端で恥ずかしいことはやめてください!

「ごめんごめん」

「まったく、勘弁してくださいよ……」

 こっちは部長にどうやって勝つか考えるのに必死だっていうのに……。

 あの部長の事だ、汎用性の高いドラゴン族モンスターと【青眼の白龍】を組み合わせた【ドラゴンリンク】を使ってブルーアイズ入ってるから【青眼デッキ】でしょ? とか言い出しかねない。戦術は基本に忠実なのに、盤外では人をおちょくるようなことをしてくるのがあの人だ。こちらが新規カードを使えるからといって油断できる相手じゃない。

「まあ、一番の問題は……」

「???」

 神引さん(この人)が一人で部長に勝てるかどうかですね……。なんでこんな賭けに乗ってしまったのかと、早くも後悔し始めてた。

 そして、ここから一週間。私達の地獄の特訓が始まったのであった。

 

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