乙女の狂気は蜜の味
暗く閉め切った部屋の中、ベッドの上で私は一人横たわっていた。チクタクチクタク。時計の針が進む音がいやに大きく聞こえる程に家の中も家の外も静寂に包まれている。
「うるさい……」
そう言ってはみたものの丸一日栄養を摂っていない頭は重たくてそれを解決する方法すら思いつかなかった。体にも力が入らなくて指一本動かすことすら億劫だ。
人間が餓死するには一週間以上かかるというが、こんなの後一日すら耐えられる気がしない。それとももう少し時間が経てば苦しいと感じることすら出来なくなるようになるのだろうか。
苦痛に身を任せてまた目を閉じようとした時、昨日起こったことが瞼の裏で強制的に再生された。自分を気遣ってくれた彼女を突き飛ばしてしまったこと。私を見上げる怯えた眼差し。楽しい時間が壊れてしまった音。
その全てが一瞬のうちに脳内を駆け巡って、活力を失った体を動かした。
「私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい」
左手首の傷口に指を突っ込んで肉を抉り出す。痛みなんて気にもならなかった。むしろそれが望みだった。
治りかけの患部が広がって血液が溢れ出す。血がシーツにこぼれ落ちて、大きな染みが出来る。
「いやだいやだ……やだよ……」
自分はろくな人間じゃない。何の取り柄もないし、不登校で、まともな人付き合いもない、それに度を超えた臆病者だ。今まで一度も人の役に立ったことがない。要らない人間だ。彼にまで見捨てられたら本当に居場所がなくなってしまう。
時刻は十二時を指していた。今日は終業式だからもうそろそろ帰ってきてしまう。
「……どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」
帰ってきたらなんて言われるんだろう。出て行って欲しいって言われるのかな、キライって言われるのかな、もう優しくしてくれないのかな。
胃の中は空っぽなのに吐き出してしまいそうな程気分が悪かった。
みっともなく涙を流して喚いても時計の針は止まってくれない。だというのにどう申し開きをすればいいか何も思いつかなかった。
結局のところこんな私だから全部ダメになっちゃうんだ。今の私じゃなくて昔の“音羽唯”ならこんなことにはきっとならなかった。
記憶、記憶さえ失わなければ何も問題はなかったのに。小さな頃からずっと翼がいて、昨日みたいなことも起きなかったはずなのに。彼からもらったあのウォークマンだってもっと大事にしていた、きっと壊されたりしなかった。
でも、そんなもしもは無意味だ。過去は変えようがないのだから。どんな人間にだって……
「……違う、私なら、変えられる」
一つだけ、他のどんな人間にも出来なくて、私には出来ることを思い出した。とても単純で絶対的な解決法。
「……記憶を消しちゃえばいいんだ」
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