悲観主義者でも空は青い   作:無知無知

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慌てん坊のサンタクロース

 終業式の後、担任が軽く挨拶をして二学期は終わりを迎えた。担任は『あまり羽目を外しすぎるな』、『課題は計画的に』、そんな毒にも薬にもならないようなありきたりの言葉を言っていたと思う。よく聞いていなかったから細かい部分は覚えていない。

 

 美月を送ったあの後も更に更に何十分も走り回ってようやく唯を見つけた。すぐさま気を失った彼女を家に連れ戻したが、それで全部コトが丸く収まったわけではなかった。彼女は意識を取り戻すなりすぐに部屋の中にひきこもってしまった。丸一日経ったのに一歩も外に出てこない。それどころか食事すら取っていなかった。オレがいるから食べづらいのかと思って何度か外に出たが、卓に置いておいた食事は一口も手をつけられていなかった。

 

『美月もオレも怒っていない』、『なにもしないから出てきてほしい』、そう何度も扉越しに伝えたが『ごめんなさい』と喉が枯れるまで謝り続けるだけで、いつまでたっても出てきてはくれなかった。

 

「…………」

 

 どうすればいいのだろう。無理やりにでも部屋に入るべきだろうか。でもそれはしてはいけない気がする。無理に距離を縮めようとしてもいい結果は……これはただの言い訳なのか、もうなにがなんだか分からない。

 

「やあ、やあ。ご機嫌いかがかな。翼クン」

 

 朗々とした声が背後から聞こえた。そのおどけた口調があまりにも今の気分にそぐわなくて、つい神経が逆立ってしまう。

 

「その一言で最悪になったよ」

 

 うんざりしながら振り向く。細長い手足、男にしては高い声、芝居がかった仕草、馬の体毛を想起させるような栗毛、何より特徴的なのは張り付いたような笑顔。宮代明は、同性から見ても秀でた容姿を持っていたが、見るものにどこか作り物めいた印象を与える少年だった。

 

「ボクが話しかける前から機嫌は悪かったでしょ?」

 

「察しがいいな。なら分かり切ったことを一々聞くなよ」

 

「あはは。そんな風にばかり話してたら友達いなくなるよ」

 

 指摘されてようやく自分の言い放った言葉の乱暴さに驚く。八つ当たりにも限度と言うものがあるだろうに。

 

「……ごめん」

 

「そんなことよりさ。今朝のニュース見たかい?」

 

「……いや、今日テレビ見てない」

 

 酷く落ち込んでいる唯のことが心配で、他所の事情なんかに気を回している余裕はなかった。あの調子だと持ち直すのに一周間では足りないだろう。

 

「……翼、いまどき情報源がテレビだけなんて。現代社会のスピードについていけている?」

 

「うるさいよ。で、そのニュースってのは何なんだ?」

 

「裏路地でね。殺人があったんだよ。死体が見つかったのは昨日のうちだったみたい」

 

 殺人。それはまた物騒な話だ。しかしそれだけならよくあることで終わりそうなものだが。

 

「首を切られたんだ。この近くでね」

 

 正確な場所を聞くと、驚かされた。昨日オレたちが遊んでいた動物園からそう遠くない。

 

「これだけなら、どこぞの狂人が人を殺したってだけで済むんだけど」

 

「まだあるのか?」

 

「その人はね。見えないなにかに殺されたらしいんだ」

 

「……見えない? それはどういう……」

 

「目撃者がいたんだよ。その人が独りでに、見えないなにかに引きずられるみたいにその路地に入るのを」

 

 よほどの仕掛けを用意しなければ無理だろう。いや、手間と証拠を増やすだけだ。そもそもそんなことをするメリットはない。

 

「……へえ、なにかの見間違いじゃないのか? 幽霊の正体見たりとかそんな諺もあるだろ」

 

「ロマンがないなあ。超常現象は本当にある、って考えた方が面白いじゃない?」

 

「本当はないから超常現象って呼ばれるんだろ。実際に起こってたらそれはもう超常でもなんでもないただの現象だよ」

 

「確かにそうかもねえ」

 

 昨日はロクに寝ていないし、疲れが溜まっている。雑談をする気力ももう残っていなかった。さっさと帰ったほうがいい。

 

「悪い、少し疲れてるんだ。また今度」

 

「まあ、待ちなって。グロッキーな翼君にはサンタさんから早めのクリスマスプレゼントをあげよう」

 

 こちらのペースなんてお構いなしだ。この傍若無人ぶりはある意味才能といえるだろう。

 

 両手には一枚ずつ映画館のチケットが握られていた。流行りものの恋愛映画みたいだ。

 

「キミ映画見に行かない?」

 

「……お前となんてやだぞ」

 

「ボクとじゃないよ。クリスマスイブに男二人で恋愛映画なんて怖すぎるでしょ」

 

「じゃあなんで二枚あるんだよ?」

 

「付き合っていた女の子がさ。すごいおっちょこちょいで、そこが可愛いんだけど。まあとにかくその子と「イヴの日は一緒に行こう」って約束したんだよ」

 

 砂糖漬けした果物みたいに甘ったるい惚気話を聞かされるのはなんというか、癪に障る。言ってて恥ずかしくないんだろうか? 

 

 そこでふと話のおかしな点に気づく。約束があるのならなぜ手放すのか。

 

「だったらなんでオレに渡すんだよ。一緒に行けばいいじゃないか」

 

「もう別れた、振られたんだよ。残念ながら、悲しいことに」

 

「それは、災難だったな」

 

 いけ好かないやつだとは思うが流石に同情してしまう。白々しい口調でなければの話だが。

 

「まあ、仕方がないよ。本当にいい子だったからね。ボクじゃあ最初から釣り合わなかった」

 

 相変わらずよく分からないことを口にする。真面目に取り合うのは無駄だろう。

 

「で、結局いる?」

 

 差し出された二枚のチケット。借りを作るのはいい気分がしないが、唯と一緒に見に行くのもいいかもしれない。断られる可能性の方が高いが、どうせ余り物だ。明には悪いが使わないという手もある。

 

「……もらっとく。ありがとな」

 

 軽く感謝してから背を向けた。いつまでも教室で立ち話をしているわけにもいかない。ほかのクラスメイトはすっかりいなくなってもうオレたちしか残っていなかった。

 

「ねえ、唯って子とは上手くいっている?」

 

 後ろから呼びかけられた。オレは以前コイツに唯との関係について何度か相談したことがある。昨日までは美月にも唯と再会したことは話さなかったのに、コイツだけには話していた。なんだかんだいって信用できる奴だからだと思う。それに口も軽くないし。

 

「……わからない」

 

 振り向いて答える。オレ自身は唯のことが好きだ。昔のことを覚えていなかったとしても、その気持ちは変わらない。

 

 だから一緒に暮らしている中で昨日みたいに彼女が突然取り乱して泣き出したり、寝込んだり、そういうことがあってもそれを迷惑だと思うこともない。

 

 心配なのは二人で暮らしていても唯のためにならないのではないかということだ。オレは心理カウンセラーではないし、ましてや親でもない。彼女と同じただの子供だ。本当に彼女のためを思うならもっとほかの方法があるんじゃないかと不安になる。端的に言うと自分では手に負えないような気がしてならない。

 

「……オレが一緒にいても何も変わらないんじゃないかって、むしろ苦しめてるだけなんじゃないかって、そうとしか思えないときがあるんだ」

 

「……喧嘩でもしたの?」

 

「まあ、そうかな」

 

 昨日の一件は喧嘩とは少し違うかもしれないが、事情を説明するには少し骨が折れる。

 

 独り言のように小さく呟いたオレに、明はいつになく真剣な表情を見せた。

 

「初めて会った時から何も変わっていない? 笑顔を見せる回数が増えたり、よく喋るようになったり」

 

 随分食い気味だったので、少々面食らった。何故そこまでオレと唯のことが気になるのだろう。

 

「……それは、あるけど。時間が経ったからだろ。一か月も経てば……」

 

「そうは思わないな。何か月経とうが独りぼっちじゃ心の傷は治らないよ」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

「自信を持って、ってこと。キミが思っているよりキミはその子のためになってるよ」

 

「……なんでそんなことが分かるんだよ?」

 

 苛ついた。何の根拠もない慰めの言葉なんて癇に障るだけだ。

 

 唯に一度も会ったことがない癖に知った風な口を利くなよ。そんな言葉すら出かかっていた。

 

 内で生じた怒りは相手にも伝わっていたと思う。けれどコイツはいつも通りのにこやかな表情を変えることはなかった。

 

「キミ優しいから。一緒にいれたらいいだろうなって」

 

「……は?」

 

 ものの見事に毒気を抜かれてしまった。こいつはなぜこういう科白を臆面なく言えるんだろうか。

 

「……訳分からん、気持ち悪い、そもそもお前に優しくした覚えなんてない」

 

「覚えてないだけかも」

 

「ないったらない!」

 

「あはは。じゃあ、そういうことにしとこう。イブのデート上手くいくことを祈ってるよ」

 

 小馬鹿にしたような笑い声をあげてそのまま教室から飛び出していった。本当におかしなやつだ。

 

「……まったく」

 

 けど、少しだけ、ほんの少しだけ気力が戻ったような気がする。

 

「よし……」

 

 帰ったら怖がらず、普段通りに唯と接そう。すぐに元に戻るわけじゃないだろうけれど、それでもやらなければいけない。

 

 教室から外に出る。オレが最後だったから鍵をかけて職員室に返さないといけなかった。

 

「……唯、お腹空いてるよな」

 

 早く帰ろう。自分が待たれているかどうか、必要かどうかも自信はもてない。けれど、今はアイツの言葉を信じてみることにした。

 

 軽めなもの、消化にいいものを作ろうか。鍋焼きうどんとかどうだろう。季節にもあってるし。

 

「……よし、そうしよう」

 

 外に出ると、薄い雲と澄んだ青空という冬らしい景色が待っていた。それだけでなんとかなりそうな気がしてきた。

 

 




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