こんなありきたりな恋愛映画でも劇場で見ると臨場感があるのだなと感心し、感動した。想像以上に夢中になっていたところに突然声がかけられた。
「思い出したよ。唯」
隣を向くとまっすぐな目が私を見つめていた。いつのまにか私の手袋は脱がされて、手と手が重なっていた。
思い出した、おもいだした、オモイダシタ?
何故、いつ、という疑問はある。けれど、もっとも強く浮かび上がったのは疑問じゃない。
絶望だ。終わってしまった。私が記憶を消して、捻じ曲げたことがバレた。もう二度と笑ってくれない。頭を撫でてくれない。助けてくれない。
「……あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「唯、落ち着いて! オレは怒ってない。本当だ、キミならわかるだろ」
怖い、怒った顔を見たくない。私を罵る言葉なんて聞きたくない。そんなの耐えられる筈がない。
初めて私を助けてくれた人なんだ。初めて私に優しくしてくれて、居場所をくれたんだ。そんな人に嫌われたらどうすればいいんだ。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
「唯……お願いだから話、を……!」
声が止まった。見上げると翼の顔は時間でも止められたみたいに硬直していた。その原因が私の力だということに遅れて気づく。彼が私の手に触れていたからだ。麻痺させようとは考えていなかったけれど、無意識に発動したみたいだ。
どうあれチャンスだ、動きが止まっているなら、もう一度記憶を消せばいい。今度こそ完璧に……やり直して
「……!?」
「……た、のむ……ほん……とうに」
彼が私に向かって手を伸ばしていた。ゆっくりとけれど確実に距離は縮まっていく。段々と身体の自由を取り戻しているみたいだ。
胸の中で肥大化した恐怖の種が爆ぜて、私は、また逃げた、階段を降りて、劇場から抜け出した。辺りがざわついていたが、気にしなかった、というよりそんな余裕はなかった。
「なんで効かないの!?」
他の人間で試したときは一度もこんなこと起きなかった。みんな私が命令したことに忠実に従ったし、忘れろと念じれば全部忘れたのに。なんで逆らえるんだ。
息を切らしながら外に飛び出す。どこに逃げようか辺りを見回して、すぐにその無意味さを悟った。寒くて、真っ暗で、見慣れない景色が広がっていて、知らない人しかいない。昨日と同じだ。行く場所なんてどこにもない。
それにもう逃げる意味なんてない。だって翼はもう私を嫌いになってしまったんだから。今更何をやっても無駄だ。
ただ見捨ててほしくなかっただけ、好きになってほしかっただけなのに、なんでこんなことになったんだろう。
答えは分かっている。いいや、本当は最初から分かっていた。何をやろうが私には無理だったというだけだ。彼の記憶を書き換えて、他人のふりをしようが私そのものは何も変わらない。今日じゃなくてもいつかボロが出ていただろう。
自分の欲求の為に人の頭の中を好き放題弄り、素顔の醜さを隠すために他人の仮面を被ろうとした。こんなことをする人間には相応しい結末だ。
「もう……どうでもいいや」
膝から力が抜けてその場に座り込んだ。アスファルトは冷えて、ざらざらとしている。最低の座り心地だ。地面にまで存在を否定されているようで笑ってしまう。
ひそひそ声が聞こえだす。無遠慮な視線も感じる。いつの間にか道行く人々が私をじろじろと見つめていた。人の数が多かった。何故だろうかとぼんやりと辺りを見渡すと派手にライトアップされたクリスマスツリーを見つけた。ああ、そういえば今日はクリスマスイブだっけ。
地べたに座る人間が珍しいのは分かるけれど、今ぐらいは放っておいてほしかった。
どうせ誰も助けてくれない、学校でいじめられてたときも、廊下で吐き戻した時も、いつもそうだ。なのに私を見て、ほくそ笑む。助けてくれないならせめて放っておいてくれればいいのに。
誰も表立って口にはしないが、人にとっての最大の娯楽は他人の醜態なのだ。少なくとも私を取り巻く人間たちは皆そうだった。
そんなことは昔から知っていて、とっくに受け入れている。けれど今はそれがどうしても許せなかった。
「ねえ、あの子なんでこんなところで座ってるの?」
「目立ちたがりなんだろ」
「あの目見ろよ、こっち睨んでるぞ」
「きもちわるーい」
皆私を見て笑っている。指をさして馬鹿にしてる。写真を撮りだした人までいた。
「なにが面白いの……?」
痛い、寂しい、悲しい、辛い、妬ましい、恨めしい、苦しい、憎い、怖い、黒い感情がどっと溢れてくる。それは波濤のように私の胸を内側から叩いて、外に飛び出した。
「……キライ。消えちゃえばいいのに」
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