ヴァル・フ・ドルゴーム~チートスキル“仮面ライダー”とか異世界召喚3回目とかはどうでもよくて、俺みたいな陰キャでも勇者になれますか?~ 作:であであ
●ストヴァーニェ〔上界〕・宿屋
バスティ「な〜んだ、試練突破してなかったのね」
ナーチ「ご、ごめんなしゃい……」
バスティ「別に責めてないわよ。アタシも、まだ挑戦してないしね」
ガンテ「それで、普通の女の子になって試練を突破するために、修行するってか?」
ナーチ「は、はい……」
バスティ「それは分かったんだけど……」
椅子に腰かけるバスティとガンテ
その対面には、勇也とナーチの姿
特に勇也は、スーツに身を包んでいる
身の丈に合わない衣服の高級感
ファンタジーが蔓延するこの世界では場違い
ジャケットは大きく、スーツに着られている
バスティ「何よ、この状況……」
ナーチ「ゆ、勇也しゃん、あれ……」
勇也「わ、分かった……」
勇也、ゴホンと咳払いを1つ
姿勢を正し、対面の2人に頭を下げ―
勇也「娘さんを、俺にください!」
バスティ「本当に何よ、この状況」
× × × × ×
別室、スーツを脱ぐ勇也
ナーチ、不安げに眉を寄せながら―
ナーチ「それで、修行って何すればいいんでしょう……?」
勇也「あ、そこから?ん~、花嫁修業って言ったら~……、料理とか洗濯とか、あとは家計管理とかかな?」
ナーチ「な、なるほど……」
その時、コンコンと扉が叩かれる
エルマ、チラと顔を覗かせて―
エルマ「失礼します」
勇也「エルマ」
エルマ「ナーチ、これを」
そう言って、ナーチの掌に小袋を置く
ズッシリ、見た目以上に重みがある
エルマ「私たちパーティの所持金です。今日だけナーチに預けるので、貴方の思うようにやってみてください」
ナーチ「エ、エルマしゃん……」
エルマ「大丈夫、難しくないですよ。私はその間、少しお休みさせていただきますね」
ニコリ、優しく微笑むエルマ
しかし、ナーチの顔から不安の色は消えない
心の中、まるで呪詛のように—
ナーチM「なくしたらどうしよう……。落として全部穴の中に入ったら……!間違えて全部使っちゃったらみんなで野宿……?もし、誰かに盗まれたりしたら……、あ、その時は殺せば―」
勇也「気持ち分かるぞ、ナーチ」
エルマ「あはは……」
●ストヴァーニェ〔上界〕・市場
一本の通りに、屋台が連綿と並ぶ
勇也「夕方とかに行くと値引きされてるんだけど、その分なくなるのも早いから、午前中の買い物大事」
ナーチ「な、なるほど……!」
勇也「にしても、さすが亜種族混合都市、色々あるなぁ~」
ナーチ「えと、ガンテしゃんはお肉が食べたいって……」
勇也「うん。とりあえず、肉買わないとね」
辺りを見回す勇也
肉屋らしき屋台を見つけ、指をさす
勇也「あ、あそこじゃない?」
× × × × ×
肉屋の屋台
様々な種類の肉が、所狭しと並んでいる
店主「いらっしゃい、お嬢ちゃん!何にする?」
ナーチ「あ、あ、あ、え、えと、えっと……」
口籠るナーチ
一方、勇也は後方腕組みだ
感慨に耽るように、空を見上げている
勇也M「俺もコンビニくらいしか行かなかったよな~、前の世界だと。もっと色んなとこ行ってれば、もう少し充実した生活だったのかな……。そんな風に考えられるようになっただけでも、俺成長してる?」
店主「お、お嬢ちゃん、大丈夫かい……?」
ナーチ、体の震えが止まらない
それに、本気で心配そうな店主
やがて、ナーチが震えながら指さしたのは―
ナーチ「び、媚薬ポーションをひと、ひとちゅ……」
勇也「それ買って何する気!?」
●ボーテミュイズン〔上界〕・ヴァーガラー崖路
切り立った崖
地上は濃い霧の遥か下
勇也、恐る恐る覗き込み―
勇也「あ、またチビりそう」
ナーチ「買えないなら、自分で狩るしか……」
勇也「態々一狩り行かなくても、言ってくれれば俺が買ったのに」
ナーチ「それじゃ意味ないでしゅ……。私がやらないと……」
勇也「そこは真面目なのね」
眼下、翼竜の群れが霧の海を泳ぐ
ナーチ、それらに目を剥き集中
獲物を仕留める寸前の肉食獣の様相だ
勇也「さ、流石のナーチでもこの高さは―」
ナーチ、勇也の言葉を待たず飛び出す
崖壁を滑り、翼竜へと飛ぶ
両翼を落とし、首元を掻っ切る
命を刈り取るまで、僅か数秒
しかし、力尽きたそれとそのまま落ちて行く
濃い霧の海へ、その姿がのまれていく
勇也「ナ、ナーチっ!」
思わず手を伸ばす勇也
直後、バサバサと大きな音が響く
徐々に風が吹き荒び、髪が乱れる
霧の海を掻き分け、何かが上がってくる
ナーチだ、背中に大きな翼を生やしている
剛腕に変質した腕で翼竜を抱え―
ナーチ「今日の晩御飯、調達完了でしゅ!」
勇也「わ、わ~い、心強~い……」
●ストヴァーニェ〔上界〕・井戸
陽の当らない街角
ナーチが井戸の隣に座っている
桶に水を溜め、衣服を手洗い中だ
小さな桶、動くたびに水が溢れる
そこに、勇也とバスティがやってきて―
勇也「井戸とは、また古典的な。エルマに言えば、魔法でやってくれるのに」
〔回想〕
ポツンと、井戸がある
そこから汲んだ水で、母が衣服を洗う
手洗いだ、冷たい水
水に浸かった手が、見る見る赤くなっていく
だが微笑みは崩さない、嫌な顔一つしない
その姿を、ナーチはただ見つめるだけ
ナーチ「……いえ、これで良いんでしゅ」
勇也「でも、流石に冷たいでしょ?」
ナーチ「あぁ、それなら―」
バシャッと水から手を上げるナーチ
その肘から指先までが肥大化している
皮膚は灰色で、岩のように硬度がある
到底、ナーチの愛嬌と見合っていない
ナーチ「スカルミェードの皮膚なら、全然冷たくないでしゅ!」
勇也「あ、あぁ、そう、良かった……」
バスティ「そう言えば、前に下界のストヴァーニェに行ったときは、まだナーチいなかったわね」
勇也「もしかしたら、同じラミア族に会えるんじゃない?」
ナーチ「……どうでしょう、ここは人目が多いでしゅから。でも、たまに見ましゅ、空飛んで天空街に行ってる同族を。私以外にも、部分変身の魔法を使える人はいましゅから」
そう言って、空を見上げるナーチ
上界に向かい合うように、下界が広がる
天空街は、今や世界の中心に位置している
勇也「飛んでったら、そのまま下界着きそうだよね」
バスティ「便利な時代になったわね」
勇也「むしろ世界の危機なんだよ」
ナーチ「洗濯物、終わりまちた」
勇也「お疲れ、戻ろっか」
ナーチ「はい」
歩き出す勇也とバスティ
その後ろを、ナーチが着いて行く
2人の会話が聞こえてくる
バスティ「って言うか、あの翼竜の置き場所どうにかしなさいよ。凄い注目されてるんだけど」
勇也「でも、他に置ける場所ないからな~」
バスティ「外出た時、通りがかった人と目が合うの気まずいのよ」
勇也「それはバスティが可愛いからじゃない?」
バスティ「引っ掻くわよ」
勇也「ごめんなさい」
クスっと笑うナーチ
その拍子に、籠から何かが落ちる
ヒラリと宙を舞い、スッと地面に着地
それに気づいた勇也が顔を近づけて―
勇也「これは……」
ナーチ「あ、バスティしゃんのパンt―」
バスティ、言葉を待たず瞬足でそれを拾う
そして、頬を赤らめながら吠える
バスティ「ちょ、ちょっと、あいつのと一緒に洗わないでよ……!」
勇也「あいつって?」
バスティ「ガ、ガンテよ……!///」
勇也「そんな、思春期女子みたいなこと言って~。いいじゃん、2人のパンツでマリアーz、ゲボバァッ!」
バスティのドロップキックが腹に炸裂
勇也、腹を押さえゴロゴロと悶え苦しむ
それを横目に、バスティはズンズンと去る
ナーチ、籠を持ったまま勇也を見下ろし―
ナーチ「勇也しゃん、帰ったらお料理しましょう」
勇也「見てたんなら助けて……」
●ストヴァーニェ〔上界〕・宿屋・台所
エプロンをキュッと結び準備万端
拳を握り、フンスと気合を入れる
ナーチ「よちっ!」
勇也「ナーチの3分クッキング~!」
ナーチ「な、なんでしゅか……?」
勇也「ごめん、テンション上がった。でも、料理なら安心して任せられるよ」
〔回想〕
エルマ「因みに、本日のお料理はナーチにもお手伝いいただきました」
勇也「えっ!?」
勇也「実戦経験ありだからねぇ」
ナーチ「……実はあれ、ほとんどエルマしゃんが作ったんでしゅ」
勇也「え、あ、そうだったの?じゃあ、ナーチは何したの?」
ナーチ「……味見でしゅ」
勇也「……」
〔回想〕
一同の視線、モジモジとするナーチに集中
ナーチ「わ、私も作った、でしゅ……」
勇也M「どうして、あの顔が出来たんだ……?あいや、自己肯定感が低いから、ハードルも低いんだ」
勇也「ま、まぁそれは置いといて、食べやすいように一口大に切って焼こうか」
ナーチ「き、切るんでしゅか?」
勇也「おうよ。これを俺の世界では、サイコロステーキと呼ぶ」
ナーチ「な、なるほど……」
勇也、鍋に火を入れる
その上で、掌に肉を乗せ―
勇也「はい、俺が鍋に入れるから、ナーチはどんどん刻んじゃって~」
ナーチ「わ、分かりました……!」
キラリ、刃物を構えるナーチ
包丁―ではない、ダガーだ
刹那の斬撃、肉が一口サイズに分かれる
バラバラ、音を立てて鍋に投入
勇也「……あれ、なんか肉多くない?」
ナーチ「え?そうでしゅk……、あ」
鍋いっぱいに刻まれた肉の山
だがおかしい、一切れでこれほどの量はない
見れば、赤い生肉に紛れて橙色の肉がある
赤く滲んだそれは、まるで人の手だ
勇也「……え?」
勇也、自信の手首を見る
先程まで肉を乗せていたその先がない
ボタボタ、血の濁流が鍋に注がれる
手首が、ない
勇也「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!」
ナーチ「ゆ、勇也しゃん……!」
× × × × ×
テーブルに着く勇也一行
目の前には、豪勢な肉料理が並ぶ
エルマ「驚きました、まさか手首まで切り刻むとは……」
勇也「ナーチ、料理中はダガー持つの禁止ね……」
ナーチ「ご、ごめんなしゃい……!」
勇也、先程まで失っていた手首をスリスリ
それに頭を下げるナーチ
その傍ら、バスティとガンテが例の如く犬食い
ガンテ「でも美味いぜ、これ!」
バスティ「えぇ、ほんとねっ!」
ガンテ「にーちゃんの血が隠し味になってんだ!」
勇也「うっ、やめて……、リバースしそう……」
ピリオネ「悪くない味デスね」
勇也「あ、ピリオネ、結局食べてるじゃ~ん」
ピリオネ「生命維持のための食事は必要ないデスが、ワタシにも味覚はあるデス。ワタシの舌に見合う物を作ったオマエらが悪いデ~ス」
悪態をつきながらも、口に運ぶ手は止まらない
それを見て、勇也とナーチが微笑み合う
勇也「大成功だね、ナーチ」
ナーチ「はい!」
× × × × ×
勇也とナーチ、並んで食器を洗っている
ナーチ「私が洗いましゅから、勇也しゃんはいいんでしゅよ?」
勇也「みんな寝ちゃったし、この量1人はキツイっしょ」
ナーチ「ありがとう、ございましゅ……」
勇也「でも、何だかんだ言って楽しい1日だったな~。最初は夢かと思ったけど」
ナーチ「む、無理言ってごめんなしゃい……」
勇也「全然無理じゃないけど……、でも、恋人になる必要あったかなって。別に、俺じゃなくても―」
ナーチ「まだあるんでしゅ」
勇也「え?」
ナーチ「恋人じゃないとできないことが、あと1つあるんでしゅ……」
勇也「それって―」
キュッ、水を止める
ハラリ、エプロンを解く
台所から出る直前、勇也に振り向かずに―
ナーチ「シャワー、浴びてきてくだしゃい。寝室で、待ってましゅ……」
それだけ告げて、ナーチは去る
1人取り残された勇也―
勇也「……ほえ?」
そんな惚けた声が、虚空に消え入る