狭くるしい部屋に万年床の布団が敷いてある。そこに寝そべる瀬戸良治43歳。布団の周りには炭酸飲料の空き缶と漫画が散らばっているが、彼はそれらに気にも留めない。
「くそ!!おい!今当たっただろ!!ラグすぎんだろ!!またハイピンかよ!!」
床に直置きされたデスクトップPCで一心不乱にFPSゲームに興じている。画面に向かって悪態をつく彼は、義務教育9年間を終えて、進学も就職もせず、毎日享楽に興じている。
「あああ!はぁぁぁぁ!!こいつチーターだろ!おかしいって!」
周り近所の迷惑を考えずに、良治は絶叫する。
「はぁ。またか」
「お父さん、コンセント抜いて」
「そうだな」
一階のリビングでテレビを見ていた良治の両親は深く疲れ切ったため息をついた後、ルーターのコンセントを抜いた。
「ああ!?やりやがったな!!」
ドドドド!!!すぐに気づいた良治は大急ぎで階段を駆け下りてくる。こういう時だけ、行動がやたら速い。はやきこと風のごとし、足速きアキレウス、ふざけんな糞親父である。
「くそ親父!!!またルーターのコンセント抜きやがったな!!今すぐ戻しやがれ!!21時から『サクサクパンダちゃんのお悩み解決生配信』がはじまるんだよ!!俺のマシュマロが読まれるかもしれねーだろうが!そうなったらどうすんだよ!」
ドアを勢いよく開けると良治はまくしたてる。家族の前では見事な内弁慶様である。
「落ち着け、話を聞きいなさい。ここに座れ」
「そうよ。良治、お父さんとお母さんね」
「うるせぇ!何を話すことがあんだよ!俺がいじめられた時、何もしなかった癖によお!」
食卓に座り落ち着いて話す両親に、良治はまた悪態をつく。43歳にもなって10代のころの話を持ち出すのは、彼の常套手段である。リビングから自分の部屋に戻ろうとする良治に父親は叫ぶ。必死に引き留めたいのだ。
「私達はこの家を出ていく!!父さんも母さんも、もう限界なんだ!ネットも解約する!!」
「はぁ!!寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ!」
良治は父親の胸倉をつかみ壁に勢いよく叩きつける。ゴフッと鈍い音とともに、うぅ..と父親がうめく。
「生活費は毎月振り込む。この家もやる!!その方がいいだろ」
この家は良治の父、正彦が40年ローンを組んでようやく建てた家だ。先月ようやくローンを完済した。この家を譲るということは、彼にとって相当の覚悟のいる決断だっただろう。
「そうよぉ、私たちからうるさく言われないんだから、あなたにとってもいいでしょう」
母親の涼子が疲れ切った顔ですがるようにいった。
「ネットはどうすんだよ!!」
ネットは良治にとっての生命線である。
「このスマホをな、使いなさい。通信費がタダなんだよ」
父親が箱に入ったスマホを差し出す。良治はスマホは取り上げられていた。18歳のころスマホゲームの課金で30万円の高額請求をされてからだ。デスクトップPCは就活のためとプログラミングの資格を取ると言い訳し、20万円のパソコンを購入している。実際にはyoutubeとPCゲームにしか使用されていない。
「スマホだぁ?データは?無制限プランなんだろうな?」
「ああ、そうだ。なんでも広告と見るだけで、使い放題なんだそうだ」
「ふーん、わかった。ただし、毎月の生活費は20万!!これは忘れんなよ!」
良治は手元のスマホをポチポチといじくりながら、部屋に戻っていく。
「よし、テザリングも問題なし!なんだ普通に使えんじゃん」
顔認証登録、指紋認証の登録と住所、氏名、生年月日など、自分の個人情報をなんの疑問も持たずにスマホに入力していく。両親が出て行き、約束通り生活費20万円が口座に振り込まれた。半月が過ぎ、手元のスマートフォンにまた通知が届く。
「データ通信量が規定値に到達しました。通信を制限します。タスクを実行してください」
「っち!もうか」
通知を見ると良治は舌打ちをする。アプリを起動し、広告を見始める。1時間ほど広告が流れるとまたスマホが使える。そのはずだった。
「今月のタスクが完了しました!!お疲れ様です!!!」
いつもの無機質な通知音とは違い、快活な少女の声がスマホから聞こえた。
「ん?」
漫画を読んでいた良治がスマホをのぞき込む。そこには、彼が大好きなVtuberのような少女がlive2Dで動きながら笑いかけている。顔認証が完了しました。小さく通知が出る。
「はじめまして!!このスマートフォンに搭載された、次世代型スマートAIナユタです」
はじけるような笑顔で小さな画面に映った少女のキャラクターは自己紹介を始める。
「ナユタねぇ。こんなのもあるんだ」
ナユタと名乗るそのキャラクターは心なしか良治が大好きなVtuber「サクサクパンダ」に似ていた。髪色や顔つきは別人なのだが、どことなく雰囲気が似ていたのだ。
「こんにちは、名前と呼び名を入力してください」
簡素な入力画面が出てくる。
「ああ、瀬戸良治と。呼び名は、えーと、マスターでいいか」
「マスター!これからよろしくおい願いしますね」
ナユタは表情を人間らしく切り替え、大げさなリアクションをする。
「へへへ、よろしくな。ナユタ」
嬉しそうに良治は気持ち悪く笑った。この出会いは何を引き起こすのか。
気が向いたら続きを投稿します。