キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver   作:やーなん

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悪魔の教え

 

 

 

 ひゅうぅぅぅぅ、ドン!! 

 

 擲弾が空気を切り裂く音と、着弾し爆発する音が鳴り響く。

 次々と爆音と爆風が降り注ぐ。

 

「なんで、こんなことに」

 

 カヨコは今日の朝の出来事を思い返した。

 

 

 

 

 

「ええ、アビドスにお金を返しに行くの!?」

 

 ムツキの声が便利屋の事務所に響き渡った。

 

「だってこれ、彼女達の落とし物でしょう?」

 

 アルは先日、覆面水着団が落としていった一億円のキャッシュが入ったバッグを示す。

 

「私は足が付くのを恐れて置いて行ったように思えるけど」

「じゃあなんで銀行強盗なんてしたの?」

「それは……」

 

 銀行に強盗するなんて、お金以外の目的が有ったとしても当事者でないカヨコには応えられなかった。

 

「このお金がアビドスの面々が奪ったと言うのなら、彼女達のものでしょう? 

 きっと落として行って困ってるはずよ」

「それで、渡しに行ってどうするの? 

 私達はお巡りさんに落とし物を届ける善良な市民なの?」

 

 正直面倒なのか、ムツキがアルの琴線を刺激する言葉で遮った。

 だが。

 

「違うわ、ムツキ」

 

 アルはドヤ顔でこう言った。

 

「落とし物を届けた謝礼に、私達が一割を貰うのよ!!」

 

 セコイ。ムツキとカヨコはそう思った。

 

「流石アル様です!! 来世までお供します!!」

 

 ハルカはいつも通りだった。

 

 

「まさか、うちの風紀委員に待ち伏せを喰らうなんて!!」

 

 便利屋の四人は逃げまどうが、相手は物量で四人を仕留めに掛かっている。

 

「うッ!?」

 

 カヨコの意識が爆発の衝撃で飛んだのはすぐだった。

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

「はッ」

 

 ハルカは目を覚ましてすぐに周囲を見渡した。

 自分は何秒気を失っていた? 

 

「ムツキ室長!!」

 

 近くにムツキが倒れているのが見えた。

 

「カヨコ課長!!」

 

 少し遠くに、カヨコが気を失って倒れているのが見えた。

 

「アル様!!」

 

 そして、彼女の目の前にアルが倒れていた。

 

 遠くから、風紀委員たちの足音が聞こえた。

 

 

「私は、私はどうしたら──」

 

 その時、ハルカの脳裏にほんの数日前の記憶が蘇った。

 

 

 

「アル。ハルカはいい兵士になるぞ。

 兵士ってのはこいつぐらい頭が空っぽの方が良いんだ。

 余計なことを考えずに済むからな」

「まあ、私が選んだ社員だものね!!」

 

 ハルカは男に徹底的にしごかれていた。

 銃撃戦、格闘戦、あらゆる状況を想定した動きを叩きこまれていた。

 

 

「ハルカ、お前は優しい子だな」

 

 ある時、男はハルカを郊外に呼び出した。

 

「そ、そんなことはありません……私はグズで、弱虫で」

「それも資質だ。臆病なのは兵士に必要な才能だ。

 ハルカ、俺もお前くらいの頃は弱虫でグズで、どうしようもない奴だった」

「きょ、教官が、ですか?」

「ああ。だからこそ、お前に過去と決別させる機会をやろう」

 

 男は誰も居ない郊外に放置されていた廃屋から、何かを引っ張り出してきた。

 

 それは、────女子生徒だった。

 

 猿轡をされ、体を縄で縛られていた。

 その制服から、ゲヘナ学園の生徒であることが見てとれる。

 彼女は怯えたように、震えている。

 

「教官……その人は」

「ハルカ、コイツをぶちのめせ」

「え、出来ません!! アル様の命令じゃないと……」

「そうだな。良い子だ」

 

 以前のハルカなら、わかりましたッ、と言って容赦なく攻撃を加えただろう。

 男は訓練が正しく発揮されていることに満足げだった。

 

「そういうことだ。お前はもう用無し、自由だ」

 

 男は誘拐してきただろう生徒の拘束を解いた。

 

「は、ハルカ、てめぇ!!」

「ひ、ひぃ」

 

 自由になった生徒は、怒鳴り散らしてハルカに詰め寄った。

 

「なんだよこのオヤジは、お前があたしを攫うように言ったのかよ!?」

「ち、違いますッ、違います!!」

「じゃあなんであたしがこんな目に遭ってるんだ、どう落とし前つける気だよお前!!」

 

 この生徒は、かつてハルカをいじめていた主犯格の一人だった。

 

「すみません、すみません!!」

「ふざけんなッ、ふざけんなよ、お前!!」

 

 素手の生徒に、ハルカは殴る蹴るとされるがままだった。

 

 頃合いを見て、男はスマホを操作し、音声ファイルを再生した。

 

 

『ハルカ、やりなさい』

 

 アルの声。瞬時にハルカは動いた。

 自分に暴行を加えてきた生徒を銃底で殴り飛ばし、動けなくなったところにショットガンの銃弾を至近距離から浴びせかけた。

 

「死ね、死ね、死ね、死ね、アル様の為に死ね!!」

「ひッ、ひぃぃ!!」

 

 弾丸が尽きても、ハルカは殴打を止めない。何度も何度も、マウントポジションで殴りつける。

 

『ハルカ、やめなさい』

「はい、アル様!!」

 

 アルの音声に、ハルカは笑顔で直立した。

 

『ハルカ、やりなさい』

「はい、アル様!!」

 

 殴打を加える。

 

『ハルカ、やめなさい』

「はい、アル様!!」

 

 直立する。

 

『ハルカ、──』

『ハルカ、──』

『ハルカ、──』

 

「た、たずげで……おねが……」

 

 ボロ雑巾になるまで打擲され、泣き叫ぶ体力さえないその生徒は命乞いをするほかなかった。

 

 そして気づいた。

 ハルカに、何の感情も無い事に。

 

 機械のように次の命令で何をコイツにすればいいのか、ただそれだけの為にその生徒を見下ろしていた。

 

 彼女は気づいた。それが、怪物であることに。

 

「……二度と、その子に近づくな。分かったな?」

「は、はいぃ」

「救急医療部を呼んでやる。もし余計なことを証言したら」

 

 男は生徒の髪を掴んで、脅しを掛けながら音声を再生する。

 

『ハルカ』

「はい、御命令でしょうか!!」

「こいつが余計なことを言ったら、今度こそ殺せるな?」

「はい、勿論です!!」

 

 ハルカは笑顔で男に答えた。

 

「このことをよく覚えておくことだ」

 

 コクコク、と生徒は痛みに耐えながら必死に頷こうとする仕草を見せる。

 

『ハルカ、そろそろ帰りましょう』

 

 それが、セーフワードだった。

 命令を受け付ける姿勢のハルカに、心が戻る。

 殺戮マシーンに洗脳された少女が、気弱な少女に戻った。

 

「じゃ、帰ろうか」

「は、はい、わかりました、教官!!」

 

 男はズタボロにした生徒のスマホで救助要請を送り、そのスマホを捨てた。

 

 男とハルカは車に乗り込み、現場を後にする。

 

「と、ところで、教官」

「ん、なんだ?」

「あの人って、誰だったんですか?」

 

 それを聞いて、男は大笑いした。

 

「ははははは!! 訂正するよ、お前は俺のガキの頃よりずっと強い!!」

「……? あ、あの教官。他にももうひとつ、よろしいですか?」

「くくく、うん? なんだ」

「もし、もしアル様が私に命令することが出来ない状況に陥ったら、じ、自害した方がよろしいでしょうか!?」

 

 銃を撃つのはアルが命令した時だけ。爆弾を起爆させるのもアルが命じた時だけ。

 全て指示通りに、それ以外の余計なことをするな。

 それが、男がハルカに痛みと共に植え付けた洗脳的な命令だった。

 

 だからハルカは問う。

 

 アルの命令、即ち自分の存在意義が途絶えた時、それは己の意味の消失なのかと。

 

「いいか、ハルカ」

 

 男は頭を撫でてから、こう言った。

 

「その時は、自分のやりたいことをすればいい」

「やりたい、こと?」

「死ぬのはお前のやりたいことか?」

 

 ぶんぶん、とハルカは大げさに首を横に振った。

 

「なら直感で良い。

 生きたいでも、アルの生存に賭けるのでも良い。

 己のやるべきことを、本能で感じろ。

 それが────」

 

 

 

 

「──……それが、活路になる」

 

 ハルカは横に転がっていた己の愛銃を手に取った。

 

 彼女の内側を満たした感情は、たった一つだった。

 

「許さない」

 

 ムツキを、カヨコを、アルを。

 仲間を傷つけた者を、絶対に許さない。

 

「許さない。赦さない。ユルサナイ!!!」

 

 ──良いか、ハルカ。大勢の敵を殺す時、まず一番最初にするのは弱そうなやつを惨殺することだ。

 

 内に眠る男の教えが、彼女の行動を決定づけた。

 

『お守りをやろう、ハルカ。もし自分以外に誰も居なくなった時、このレコーダーのボタンを押せ』

 

 ハルカは男の言葉に、従った。

 懐にお守りのように大切にしまっていたオーディオレコーダーのボタンを押した。

 アルの音声が、再生される。

 

 

 

『――――ハルカ、生きなさい』

 

 

 

「なッ」

 

 風紀委員の前線指揮官であるイオリは驚愕した。

 倒したと思った便利屋の一人が、自分を跳び越えて率いてきた部隊の一番の新人に飛び掛かったのだ。

 

「あぐぁ!! た、たすけ──」

 

 ごッ、ごッ、がつッ!! 

 押し倒した新人の顔面を銃床で何度も何度も殴り、血や歯が飛び散った。

 

「何をしてる、撃て──」

 

 イオリは見た。

 自分へと振り返る、返り血に塗れた小さな怪物の姿を。

 

 

 

 §§§

 

 

「なにが、起こってるの?」

 

 市街地の爆音を察知した対策委員会と先生が現場にやってきた時、そこは死屍累々になっていた。

 

 そこら中にゲヘナ学園の風紀委員が倒れて血を流していた。

 その数は少なくとも三十以上だった。

 

「あ、あんた達!! ねえ皆、便利屋よ!!」

「“とりあえず手当てして話を聞いてみよう”」

 

 セリカが便利屋の面々が倒れているを見つけ、先生が医療バックを片手に駆けつけた。

 

「はッ、ここは……いたた」

「大丈夫ですか? 何が起こってるのですか?」

「……うちの学園の風紀委員に待ち伏せにあったのよ」

 

 ノノミがアルに気付け薬を打つと、彼女は目を覚ましてバツが悪そうに事情を話した。

 

「あれ、ハルカは? マズい、あの子は私の言うことしか聞かない!!」

「無理に動いちゃダメだよぉ!!」

「そんなこと言っている場合じゃないわ」

 

 無理を押して立ち上がろうとしたアルを見て負傷者の手当を始めていたホシノが声を上げるが、彼女は首を振った。

 

「向こうでまだ銃声が聞こえる、行こう」

 

 シロコが彼女の肩を貸し、戦闘の最前線へと向かった。

 

 

 

「いい加減、倒れろ!!」

「うあああぁぁぁぁ!!!」

 

 面々がそこにたどり着くと、ハルカはもはや鈍器と化した愛銃を振り回し、イオリと大立ち回りをしていた。

 風紀委員の残存兵も、激しく立ち位置が入れ替わる二人を援護射撃できずにいた。

 

『ハルカ、生きなさい』『ハルカ、生きなさい』『ハルカ、――』

「生きる、生きる生きる、生きる!! アル様の為に、生きる!!」

「イカレてるのか、お前!!」

 

 いや、仮にどちらかが棒立ちでも、彼女らは役立たずだっただろう。

 彼女らは、この世のものとは思えないモノを見たように震えていた。

 

「ハルカ!!」

「アル様ッ!?」

 

 アルがハルカを呼びかける。

 彼女が振り返り、アルの無事を確認した瞬間。

 

「──ッ」

 

 ふっと、緊張の糸が切れたかのようにハルカは意識を失った。

 

「はあ、はあ、チナツッ、被害状況を確認してくれ!!」

「各班から報告は受けています。

 戦闘不能者数、74名……。士気低下は言うまでも無く、戦闘継続は不可能ですッ!!」

 

 後方支援で指揮をしていたチナツの苦渋に満ちた報告に、イオリは唖然となった。

 一般的に、軍隊は三割が戦闘不能になると壊滅状態とされる。

 風紀委員の今回の作戦における戦力は一個中隊、約二百名。

 負傷者の救護や撤退に戦力を割くと、もう誰も戦える者は居ないのだ。

 

「そんな馬鹿な、まるでヒナ委員長と演習した時並みの有様じゃないか」

「大損害です。帰ったら行政官になんと言われるか……」

 

 これがたった一人の奮戦による被害だと、二人は信じられなかった。

 だが、それが現実としてのしかかる事実だった。

 

「あんた達、これは一体どう言う事よ!!」

 

 そこに、先生とアビドス対策委員会の面々が現れたのだ。

 

「ハルカ、ハルカ!! しっかりして!!」

「“今治療を!!”」

 

 気を失ったハルカに駆け寄るアルと先生。

 彼女はボロボロだった。

 キヴォトスの生徒たちにとって銃弾が鈍器のようなものだとすれば、彼女は体中に青痣と内出血で見ていて痛々しいほどだった。

 アルはそんな彼女を抱きしめ、リピート再生し続けるオーディオレコーダーの停止ボタンを押した。

 

「う、あの方はまさか」

「ちッ、こんな時に面倒な。

 ええとなんだっけ、アビドスだっけ? ここの連中って」

「“久しぶり、チナツ。説明をしてほしい”」

「……やっぱり、先生でしたか。こんな形でお目に掛かるとは」

 

 チナツはまるで親に咎められているような気分で目を逸らした。

 

『アビドス対策委員会の奥空アヤネです。

 所属をお願いします。そして指揮官と話をさせてください』

 

 アヤネが冷静に誰何を行う。

 彼女らはただの兵隊。作戦の理由を聞いても表面的なことしか知らないだろうとの判断だった。

 

「それは……」

『それは私から答えさせていただきます』

 

 チナツの持っていたタブレット端末の情報を通じて状況を把握していた相手が、画面からホログラムで投影された。

 彼女はその相手の名前を呟いた。

 

「アコ行政官……」

「アコちゃん……」

 

 彼女がまさか口を挟んでくるとは、とチナツは内心驚きを隠せなかった。

 イオリも同様の感想を抱いたのか、強張った表情になった。

 

『行政官、風紀委員会のナンバー2』

 

 ホログラム映像同士の対峙になった両者は、しかしアヤネが緊張感に息を呑む形となった。

 

『ナンバー2だなんて、私はただ委員長の補佐役に過ぎません』

 

 アコはそのように嘯くが、対策委員会の面々は誰も真に受けなかった。

 

『アビドスに生徒会の面々が残っているとは聞きましたが、皆さんの事のようですね』

 

『我々は対策委員会です。正確には現在廃校手続きの為に対策委員会に正式に生徒会の機能の譲渡を行っている最中ですが』

『廃校……そうですか。

 では現在機能している生徒会の方とお話しできますか?』

「アビドス生徒会は解散して機能停止中だよ。

 だから用件は対策委員会に言ってくれないかなぁ」

『なるほど、あなたが小鳥遊ホシノさんでしたか、なるほど』

 

 アコはホシノを認めて何度も頷いた。

 

「それより、正式にそちら側から戦闘停止命令をお願いできませんか? 

 彼女達もああして立っているだけでは心苦しいでしょうから」

『ああ、そうですね。失礼しました。

 総員戦闘中止、負傷者の救護に当たりなさい』

 

 ノノミの嫌味を聞き入れたのか、アコは命令が無く立ち往生していた残存兵に命令を下した。

 彼女らは命令通り、テキパキと負傷兵の救護を始めた。

 

「あら……」

「本当に戦闘を中止した?」

 

 言ったノノミもまさか受け入れられるとは思わず意外そうな表情になった。それはセリカも同じだった。

 

『先ほどまでの愚行は、私の方から謝罪させて頂きます』

「えッ、アコちゃん、私は命令通りやったんだけど!?」

『戦術データによると、市街地における配慮がおざなりであると記録されていますが?』

「いやだってそれは──」

 

 イオリの言い訳が程なく続いたが、アコは首を振って話を切り上げた。

 

『私達ゲヘナの風紀委員会はあくまで、私達の学園の校則違反をした方々を逮捕する為に来ました。

 あまり望ましくない状況にはなりましたが、まだ違法行為とは言い切れないでしょうし、やむを得なかったと言うことでご理解いただけますと幸いです』

 

 それは事前に決められた定型文だと、アヤネは思った。

 

『風紀委員会としての活動に、ご協力お願いできませんか?』

『それが通るとおもうのですか? 

 他の学校が別の学校の敷地内で、堂々と勝手に戦闘行為をするなんて!!』

 

 キヴォトスでは学校とは、国家にも等しい。

 つまり、他国の領土で軍隊が我が物顔で戦闘を行う。

 それは戦争の、開戦の理由としては十分すぎる暴挙だ。

 

『自治権の観点からして、明確な違反行為です!! 

 便利屋の処遇は、自治区内に侵犯された対策委員会が決めます!!』

 

 尤も、それは自国の犯罪者が他国の法律で罰すると言うようなモノ。

 到底あちらも受け入れないだろう、とアヤネは確信していたが、それでも言わねばならなかった。

 

『まさかゲヘナほどの大きな学園がこんな暴挙に出るとは思っても見ませんでしたが、ここは譲れません!!』

『なるほど……シャーレの先生。あなたも同じ意見ですか?』

「“少なくとも、事前にこちらに連絡を入れるべきだった”」

 

 一通り処置を終えた先生は、アコに向かってそう答えた。

 

『確かに、それは仰る通りです』

『そういうわけで、ゲヘナの風紀委員会に退去を要請します!!』

『困りましたね、この有様では武力に訴えるのも難しそうですし』

 

 アコが自分の部下たちの不甲斐なさに呆れたように苦笑していると。

 

「嘘を吐くな、天雨アコ。

 あんたの狙いは最初から先生だ」

『その声は、カヨコさん?』

 

 気絶から回復したカヨコがムツキを伴って現れたのだ。

 

「ハルカやるじゃーん、ホントに百人ぐらい倒してるし!!」

「ムツキ室長……?」

 

 おぼろげながら意識が回復したのか、アルの胸に抱かれているハルカがうっすらと目を開け彼女を見た。

 

『面白い話をされますね、カヨコさん』

「……」

 

 水を向けられたカヨコは、事細かに状況を整理して語った。

 

 自分たちを追って、大兵力で他の自治区まで追う理由。

 非効率的な部隊の運用は、委員長の指示ではなくアコの独断。

 その武力の対象は、便利屋でもましてやアビドスでもない。

 

 先生の身柄の確保である、と。

 

『なるほど、便利屋にカヨコさんが居るのを忘れていました。

 仕方ありません、事の次第を説明しましょう』

 

 そして、アコは語る。

 ゲヘナ学園と長年敵対しているトリニティの生徒会、ティーパーティーがシャーレに関する報告書を手にしたことで、彼女の部下の報告を確認したこと。

 シャーレという不確定要素を危険とし、トリニティとの条約に不利が齎されるかもしれない。

 

 故に、条約が締結されるまで、風紀委員会の庇護下に先生を迎えよう、と。

 

 アコは指を鳴らす。

 どこからか、軍靴の音のように足音が聞こえた。

 

『敵、増援を確認!! 

 まだこんな戦力を隠していたなんて!!』

『ゲヘナの風紀委員会は必要でしたら武力を行使することもあります。

 私達は一度その判断をすれば一切の遠慮をしません』

 

 相手は本気だと、対策委員会の面々は理解した。

 

「どうするの、アビドス。

 このままじゃ舐められっぱなしよ」

「ハルカを可愛がってくれたお礼、してあげなくちゃね!!」

「はあ、逃げるなんて選択肢は初めから無かったか」

 

 便利屋の三人は武器を構えた。

 だが。

 

『いえ、それには及びません』

「え?」

『聞きましたか、皆さん。

 これは行政官の独断だそうですよ』

 

 アヤネは対策委員会の仲間たちに呼びかけた。

 

「ん、ならこんなの窮地でも無い」

「どうやら、これ以上撃つ必要もなさそうだねぇ」

 

 シロコとホシノはリラックスしていた。

 本当に、こんな逆境は窮地ですら無いと言うように。

 

「正直、気は進まないけど。先生の為だしね」

「我々の為に骨を折って下さるのです。

 これくらいの恩返しは致しましょう」

 

 セリカは溜息を吐き、ノノミはどこか楽しそうだった。

 五人のその余裕そうな様子に、この場の誰もが理解できなかった。

 

『行政官、これ以上の暴挙はアビドス高校との関係の悪化を招きます。即座の退去を勧告致します』

『ふふ、面白いご冗談ですね。

 これから廃校になるアビドス高校と、我らゲヘナ学園との関係悪化? 

 何も無くなるあなた達に、何が出来ると言うのです』

 

 度重なる退去勧告。

 しかし、それはアコの失笑を買うだけだった。

 

『失礼ながら、ゲヘナ学園の校風は自由。それ故に毎日のように風紀委員会はテロや騒動の対応に追われていると聞き及んでいます』

『はあ、それがどうしたのですか?』

『いえ。ただ、本物の悪意に相対したことが無いのだな、と』

『言っている意味が分かりません』

『────シロコ先輩』

「ん、よく撮れている」

 

 ホログラム映像同士の舌戦を他所に、シロコは携帯端末で周囲の状況を撮影していた。

 

「私達はこの後、こんな感じのイメージビデオの撮影をすることになります」

 

 ノノミは口頭で、アコたちに説明を始めた。

 

 

 

 

 

「どうも、ゲヘナ学園の皆さん」

 

 そこは、砂漠のどこか。

 廃屋の影で撮影されており、光量が調整されていた。

 

 そんなかんじで撮影に適した環境で、五人の覆面の生徒が並んでいた。

 

「我々は、アビドス系地下組織。

 その名も、覆面水着団」

「私達は怒っているわ!!」

「ゲヘナ学園の風紀委員は、卑怯にも市街地にて擲弾による攻撃と、無許可の兵力動員を行ったんだぁ」

「これが証拠」

 

 映像は切り替わり、監視カメラの映像や今しがたシロコが撮影した映像が映りこむ。

 

「見てください、この無残な破壊の痕を。

 ゲヘナの制服が、これを成したのです」

 

「私達は、ゲヘナ学園の風紀委員長または万魔殿のマコト議長の釈明と説明を求める!!」

「この映像の公開後、三時間以内にです!!」

「記者会見で事情の説明と謝罪をしてください!!」

 

 覆面の女子生徒たちが、次々と言葉を並べる。

 

「それがなされない場合、我々は──」

「ん、ゲヘナ学園を襲う」

 

「そう。我々は、ゲヘナ学園への報復を行う。

 交通機関を混乱させ、保養施設などを攻撃する」

「これは正義の行いです。故に民間人を攻撃したりはしません」

「卑怯にして悪辣な風紀委員会は、私達を口封じする為に指名手配するかもしれないねぇ」

「ええ、だけど、私達が捕まり、全員がこの世から去ったとしても!!」

「アビドスの住人は覚えている。

 この攻撃を、この卑劣な行いを」

「そして、私たち全員が倒れたとしても」

 

 

 

「「「「「我らのリーダー、“ファウスト”が必ず報復を続ける!!」」」」」

 

 

 

「では謝罪と説明を、それがなされるのを期待しているね~」

 

 ぶつん、と映像は途切れた。

 

 

 

 

「と、まあこんな感じでしょうか」

 

 ノノミの解説に、その場にいる全員が唖然となった。

 

『あ、あなた達は、テロリストになるつもりですか!!』

「ん。問題はそこじゃない」

 

 激昂するアコに、シロコは首を振った。

 

「あなたの行いが、テロリストを産み出した。それが問題なんです」

『ッ、ま、まさかあなた達!!』

『ええ、私達は確かに廃校寸前。

 これから何も成しえない、無力な存在です。

 ですが、それでも、──貴女を道連れにすることはできます』

 

 唖然とする先生は、アヤネの背後に幻視した。

 あの、悪辣な、人類の悪意そのものを体現したような男の笑みが。

 

「もしこの場で先生を連れだしたら、先生の身柄の要求も付け加えようか」

 

 ホシノが楽しそうに言った。

 

「ちょっと、私のセリフが少なくない? 

 どうせならもっと派手にやりたいわ!!」

「どうせなら銀行も襲うべき」

「それはシロコ先輩の趣味でしょ」

 

 セリカとシロコが軽口を言い合う。

 

『ええと、確か、トリニティとの条約の不確定要素がなんでしたっけ? 

 すみません、私達には関係無い事なので忘れてしまいました』

 

 アヤネの中に、あの男が居る。

 先生は、カヨコは、そう思った。

 

「今回の件で条約の締結に支障が有ったら、困っちゃいますねぇ」

 

 ノノミがとぼけたような口調でそう言った。

 

『さて、どうしますか。行政官。

 いえ、そのうち“元”が付きそうですね』

 

 アヤネは淡々と、相手に王手を突き付けた。

 

「か、かっこいい……流石最高のアウトロー。覆面水着団ね!!」

「えぇ……」

 

 推しのアイドルを見るような視線を送るアルに、ムツキはドン引きしていた。

 

「こ、これ、私達もマズくないか?」

「ええ、マズいです。最悪、風紀委員会の解体までありえます」

 

 イオリとチナツも血の気が引いていた。

 上司の首を切って終わるなんて、そんな頭がお花畑なら風紀委員会なんてやってられない。

 

 相手はもう失うモノの無い無敵の人達。

 やるかどうかは問題では無い。むしろやる必要性は無い。

 だがやる。そう思わせる凄みが、彼女達にはあった。

 

『うぐ、うぐぐぐぐ』

 

 チェックメイトの状態で、詰みの盤面をそっくり入れ替えたかのような理不尽な逆襲。

 

 たったひとり、アコだけを狙い撃ちした悪意が、そこにはあった。

 

 

 

 

『──もう良いでしょう、アコ。役者が違うわ』

 

『そ、その声は!!』

 

 通信機から割り込んでくる声に、アコが震える。

 それは今最も、自分が会いたくない人物の声だった。

 

 

『要求通り、釈明に来たわ。アビドス対策委員会』

 

 増援の風紀委員会の面々が、海の割れる奇跡のように左右に分かれる。

 

 そうして出来た道を、ひとりの少女が歩いて来た。

 

 ──空崎ヒナ。ゲヘナ学園の風紀委員会長、その人であった。

 

 

 

 

 




ハルカの洗脳シーンを追加。
他にて直しは無しですかね。最後以外は原作の要約ですし。

ではまた、次回!
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