キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver   作:やーなん

13 / 39
アビドス編の山場。
ちょっとした手直しで投稿です。



『大人の戦い』

 

 

 

『先生の仰る通りに、書類のデータをナギサ様にお渡ししました。

 前向きに検討してくださるそうです。恐らく、ほぼ確実かと』

「“そう。ありがとうヒフミ、朝早くから”」

『いいえ、私も無関係ではありませんから。

 それと、一トリニティ生としてお礼を申し上げます』

 

 先生はそれから二言三言会話を交わし、通話を切った。

 彼はそのまま違う生徒に電話を掛けた。

 

『はい、先生。ユウカです。

 先日の件ですが、セミナーにて可決されました。

 後にリオ会長の判が押された書類が送られていくはずです』

「“ありがとう、助かったよユウカ”」

『いえ、ミレニアムは成果を重視する学校です。

 先生の行いは、きっと多くの生徒の救いになるでしょうから。応援してます』

 

 では、とユウカは電話を切った。

 先生はまた違う生徒に電話を掛けた。

 

『はい、こちら連邦生徒会のリンです。

 もしもし先生ですか? 例の件ですね? 

 はい、条件に合致する物件を確保できました。

 書類にサインさえ頂ければ、すぐにでもシャーレの所有に変えることが出来ます』

「“ありがとう、リン。無理を言ってしまって”」

『いえ、これは本来行政の仕事です。

 それを先生のお手を煩わせてしまう、我々の不徳に対する償いでもあります』

 

 リンの声は疲労が色濃く残っているように、先生は感じた。

 

「“あまり、無理をしないでね”」

『先生こそ。では早朝のミーティングがありますので』

 

 先生は頷いて通話を切った。

 そして、最後の電話を掛けた。

 

『おう、先生。俺だ』

「“全ての準備は整った”」

『もう手回しは終わったのか。流石だな』

「“今日、皆で例の場所に向かう。そこで落ち合おう”」

『俺としては、もうあいつらに顔を合わせるつもりは無かったんだけどな』

「“それは彼女達が悲しむ”」

『それは光栄だ。

 ……今日が決戦になるだろう』

 

 その言葉に、先生も感慨深く頷く。

 

「“今回の件は、勉強させてもらった”」

『そうだ。もっと経験を積め、そして自信を付けろ。

 いつかお前の言葉が、生徒たちの規範となる。

 お前のもとで戦う者が正義になるんだ。お前がどう思おうとな』

「“……肝に銘じておく”」

 

 先生は通話を切った。

 

 

「“……いるんだろう、ホシノ”」

 

「うへぇ、ばれちゃったか」

 

 先生が電話していた校舎裏の影から、ホシノが現れた。

 

「油断ならないなぁ、あの人も。

 本当に内通者を仕込んでいるなんて」

「“私が信じられないかい?”」

「先生。もう信じるとか、信じないとか、そう言う段階じゃないよ」

 

 ホシノはどこか儚げに笑った。

 

「あの人は言ったよね。いつか私達は身体を売るって。

 多分正解だったよ。たとえそれが、本当にそう言う意味だったとしてもね……」

「“ホシノ……”」

「本当に、バカみたいだよねぇ。

 自己犠牲なんて、結局は自己満足なのに。

 本当は何にも変えられないって、分かってたくせにさ」

 

 自虐の笑みを浮かべるホシノは、どこか遠くを見ていた。

 

「どうせ裏切られると分かってたのに、その相手に身売りしようだなんて……」

「“ホシノは最善を尽くそうとした”」

「でもそれこそが、皆との努力と思い出への裏切りだったんだ。

 大人は信じられないと思ってた。でも、私はそれ以前にみんなも信じていなかった。

 本当は私が、裏切者になるはずだったんだ」

 

 先生は何も言わずに、俯いたホシノの頭を撫でた。

 この華奢な身体にのしかかる重圧を想って、あの男の怒りを心底理解した。

 

「“──誰もが、君たちの悲しみに対して、責任を取ろうとしなかった”」

 

 それが、このキヴォトスという牢獄に満ちる不条理の正体なのだろう。

 そして、これまで誰ひとりとして、そのルールに対して疑問を抱く者はいなかったのだ。

 先生や、あの男のような例外を除いて。

 

「“今日、アビドスの負の遺産の清算をしよう”」

 

 ホシノは頷き、先生の胸の中で静かにすすり泣いた。

 

 

 

 §§§

 

 

 

「ここから先が、捨てられた砂漠……」

「私も砂漠化した市街地は見たことありますけど、この先は行ったことはないですね」

「私は生徒会の仕事で何度かあるよ。

 昔はここに大きなオアシスが有ったんだって」

 

 ホシノがみんなに伝聞での話をし始めた。

 

「聞いたことが有る。砂祭りの話」

「もう砂漠化が始まる何十年前の話だけどね」

 

 それを聞いて、対策委員会の面々は改めて実感する。

 あの男の言うように、アビドスの歴史を感じるものを何一つとして自分たちは知らないのだと。

 

 一行は時々現れるドローンやオートマタの襲撃を先生を守りながら蹴散らしていく。

 

『……ッ、皆さん、前方に何かあります!! 

 砂埃でハッキリと見えませんが、あれは、……何らかの工場、或いは駐屯地? 

 とにかく、ものすごい大きな施設のような物が……?』

 

 捨てられた砂漠を進み、アヤネが何かを補足した。

 この砂埃ではレーダーや機器は役に立たないと、肉眼での接近を皆に頼んだ。

 

 そして、一行を出迎えたのは果ての見えないほど長い距離のある有刺鉄線が巻かれている柵の壁だった。

 

「なに、これ」

「工場? いえ石油ボーリング施設、ではなさそうな……。

 一体何なのでしょう、この建物は……」

 

 セリカは絶句し広大な鉄で出来た施設を見渡す。

 ノノミはその建物から目的を推し量ろうとするが、選択肢が狭められないのか答えを濁した。

 

「こんなの昔は無かった」

 

 ホシノが唖然と呟いた。

 

 次の瞬間だった。

 銃声と、一行の前に弾丸が着弾する。

 威嚇射撃だ!! 

 

「侵入者だ!! 逃がすな!!」

「いや、待てッ」

 

 ぞろぞろと、警備兵らしき迷彩柄の警備兵が現れる。

 

「連絡に有った、商談相手かもしれん」

「了解、理事に確認を取る」

 

 武器を構えた対策委員会の面々を無視して、彼らは無線で連絡を取り合う。

 

「武器を下ろし付いて来い。

 ここの責任者がお待ちだ」

 

 兵士たちも武器を下ろすと、顎をしゃくって見せた。

 

「わかった。皆も、良いね?」

 

 ホシノの呼びかけに、皆も武器を下ろす。

 案内を始めた兵士に追従すると、全員の背後にも複数の兵士が監視の為に追従する。

 

「こいつら、いったい」

「あれを見て」

 

 セリカが警戒心を研ぎ澄ませたまま呟くと、ホシノがある建物の方に目を向けた。

 

 そこには、ロゴと英単語が刻まれていた。

 即ち、『KISER PMC』と。

 

「カイザーのPMCだ」

 

 PMC。民間軍事会社。

 要するに、傭兵派遣会社。

 

「ここがカイザーのPMCだって? 

 連中はこんなところに基地を置いているの?」

 

 シロコの疑問は最もだった。

 自社で傭兵を派遣するのが仕事なのに、これでは傭兵をここに派遣しているようであった。

 

 アヤネもネットで検索し確認を取った。

 カイザーPMCは間違いなくカイザーコーポレーションの系列会社であると。

 PMCが何かわかっていないセリカに、ノノミが解説をし始めた。

 

「退学した生徒や不良たちを集めて、企業が私兵として雇っているという噂がありましたが、まさか……」

 

 軍隊と聞いて腰が引けているセリカを他所に、ノノミはその噂の確信を抱いたようだった。

 

「おい、ごちゃごちゃうるさいぞ!!」

「黙って歩け!!」

 

 後ろの兵士たちが銃を突き付け、怒鳴り散らす。

 

「ちぇ、調子乗っちゃって」

「ここは一先ず、従いましょう」

 

 ホシノがぼやき、ノノミが諫める。

 

 程なくして、砂漠の基地の中心で、何かしらの陣頭指揮を執っている人物が姿を現した。

 彼は来客が辿り着くと、視線を向けた。

 

「ふん、本当にあの男の言う通り、アビドスの連中が来るとはな」

 

 巨漢のロボットの男が、彼女らの前に立ち塞がる。

 

「なによこいつ」

「こいつ、あの時の」

「ホシノ先輩、知ってるの?」

 

 セリカの問いに、ホシノは頷いた。

 

「前に言ったでしょ、あの提案を受けた時に一緒に居た大人だ」

 

 その言葉に、対策委員会の面々は息を呑んだ。

 

「ああ確か、例のゲマトリアが狙っていた生徒会長……いや、副会長だったか?」

「あなた達は誰ですか?」

 

 ノノミは自分たちの確信を真実にすべく、尋ねた。

 

「まさか私の事を知らないとは。アビドスなら借入先のトップ位把握していると思っていたが」

 

 彼は大仰に、或いは億劫そうに答えた。

 

「私はカイザーコーポレーションの理事を務めている者だ。

 そして君たち、アビドス高等学校が借金をしている相手でもある」

 

 その言葉に、彼女達は驚愕した。

 まさかこんな辺境の砂漠で、大企業の理事が居るとは思わないからだ。

 

「正確に紹介するならカイザーコーポレーション、カイザーローン、カイザーコンストラクションの理事だ。

 今はカイザーPMCの代表取締役も務めている」

 

 つまりは金貸し、建築、傭兵部門の責任者、と言うわけだ。

 

「それはどうでも良いけど、要はあなたがアビドス高校を騙して、搾取している張本人だってことでいい?」

 

 シロコは相手の自己紹介に辛辣に返した。

 

「ほう?」

「そうよ!! ヘルメット団や便利屋を仕向けて、ここまで私達をずっと苦しませてきた犯人があんたってことなんでしょ!!」

「ふむ?」

「あんたのせいで、私達は、アビドスは!!」

「やれやれ、最初に出てくる言葉がそれか」

 

 激情に駆られるセリカを見て、これだから子供は、と言いたげに理事は首を振った。

 

「口の利き方に気を付けた方が良い。

 私の客人はお前達ではない。ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。まず君たちアビドス生は今、私の采配一つで追い出すことが出来ると心得ることだ」

 

 その言葉に、セリカたちは黙るほかなかった。

 このキヴォトスで、経済のルールを仕切っているのは大人たちだ。その言葉が嘘ではないと、理解したのだ。

 

「では古くから続くこの借金について、話し合いでもするとしようか」

 

 そう言って、理事は朗々と話し始めた。

 

「アビドス自治区の土地だったか、確かに買ったとも」

 

 彼はそれらすべて合法的な、記録に残っている取引だと語った。

 

「君たちがここに来たのは私達が何をしているのか気になったからか? 

 どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由を知りたいのか?」

 

 下らない好奇心だ、言い捨てて理事は言う。

 

「それならば教えてやろう。私達はアビドスのどこかに埋められていると言う、宝物を探しているのだ」

 

 理事はうっとおしそうに、それこそ自分に群がる浮浪者の子供に小銭を与えて追い払うような面倒くさそうな口調であった。

 

「デタラメよ!!」

 

 声を荒げるセリカの言葉も尤もだった。

 

 企業の目的は利益の追求だ。

 宝探しなんて、博打もいいところだ。とても企業ぐるみの業務とは思えない。

 

「それはそう。もしそうだとすると、このPMCの兵力について説明付かない。

 この兵力は私達の自治区を武力で占拠する為だった。違う?」

 

 シロコは自分が考えられる最も合理的な考えを口にした。

 それを聞いた理事は淡々と答えた。

 

 数百両の戦車、数百名の精鋭、数百トンの火薬と弾薬。

 たった五人しかいない学校に向けるものではない、と。

 

「下らない考えだ。これはあくまでどこかの集団に宝探しを妨害された時の為のもの。

 ただそれだけだ。君たちの為に用意したモノではない」

 

 君たち程度いつでもどうとでもできたのだよ、と理事は肩を竦めた。

 

「……さっきから言っているけど、客ってだれのこと? 

 私達をここまで連れてきて、客扱いしないってわけ?」

「先ほどから物わかりの悪い。居るだろう、アビドス以外の、人間が」

 

 理事の言葉に、対策委員会の面々はハッとなった。

 

「さて、子供の相手は終わりだ。

 そろそろ商談に移ろうか。シャーレの先生」

 

 アビドスの四人が、ずっと黙っていた先生に視線を向けた。

 

「事前の話では、アビドス高校の土地の権利書を我々に売ってくれる。そう言う話だったな?」

「“ああ、そうだ”」

 

 先生は理事の言葉に頷いた。

 

「せ、先生、どういうこと!!」

『説明してください!?』

 

 取り乱す、セリカとアヤネ。

 

「なんだ、ちゃんと説明してあげていなかったのかね」

 

 そんな二人を、理事はせせら笑った。

 

「どういうこと、先生は私達を裏切ったの?」

「お願いです、教えてください」

 

 シロコとノノミがすがる様な視線を先生に向けた。

 そんな中で、ひとりホシノは何も言わずに恐怖に耐えていた。

 

 また裏切られる。騙される。

 そんな恐怖を必死に押し殺して耐えていた。

 

 そんな時だった。

 

 

 

「よう、お前ら。お早いお着きだな」

 

 

 自分たちが来た時のように、兵士たちに護衛のWolf小隊ごと囲まれて、男はやってきた。

 

「教官?」

「アップルマンさん?」

 

 アビドスの面々は、男の登場に目を見開く。

 ただひとり、ホシノを除いて。

 

「ふん、ようやく役者が出そろったか。

 では、立ち話はなんだ、そちらのテントに移動しようか」

 

 理事は仰々しく、客人を招くよう客室を示した。

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 一行はミーティングに使うだろう大型のテントの中に案内された。

 

 テーブルに着くのは、先生と理事、そしてアップルマンを名乗る男だけだった。

 それ以外の人間は、壁際に立っていた。

 

 大人と子供。その間にある空間は、とても隔絶しているように思えた。

 

「“あなた達は宝探しをしていると言った”」

「ああ、そうだとも」

「“ならそのお宝のある可能性が限りなく低い、捜索済みの土地の権利を売って欲しい”」

「なるほど。おい」

 

 理事が手を叩くと、兵士が地図を持って来た。

 彼はそこに色鉛筆で、彼らにとって重要ではない土地の区画に色を塗った。

 

「“……ここが良いだろうか?”」

「ああ、ここならアビドスの中心地から少し遠いが、別の学区も近い。交通の便もあるし、この基地から車で一時間もないだろう」

「“ではここで”」

「ふむ、おおよそこれくらいだろうか」

 

 理事は二人の示した土地に、電卓を叩いて二人に示した。

 

「およそ一億三千万。心配せずとも十分に良心価格だ」

 

 理事の言う通り、その区画は非常に広い。

 砂漠化はしているとはいえ、他校の学区に隣接しているから被害は比較的少ない方だった。

 

「この土地と、アビドス高校の土地を交換する、そう言うことで良いのか?」

 

 理事の問いに、二人は頷く。

 パワードスーツのヘルムごしにでも、彼がほくそ笑むのが二人には手に取るように分かった。

 

「失礼だが用途を聞いても良いか? 

 こんな何もない土地と、アビドスの中心地とも言えるこの場所ととてもつり合いが取れるとは思えないが」

 

 アビドスの中心地なら、砂漠でもさっきの土地の倍以上の値段が付いてもおかしくはない。

 彼の好奇心は当然と言えた。

 

 それに対し、先生は答えた。

 

 

 

 

 

「“……学校を、作る”」

 

 

 

「なんだって?」

 

 理事だけでなく、その言葉を聞いた他の生徒たち全員が耳を疑った。

 

「まさかお前たちは、アビドス高校をこの土地でやり直すのか? 

 我々への九億の借金を引き継いで!!」

「“それは違う”」

「なに?」

「先生に頼んでおいたんだ」

 

 男はニヤリと笑って皆の疑問に答えた。

 

「アビドスのように財政破綻し、差し押さえた連邦生徒会が保有する営業停止の学校は無いか、とな。

 数千の学校の集合体であるこの学園都市なら、ひとつやふたつぐらいその条件に合致する物件が有るはずだと。

 先生には、その営業権を譲渡して貰った」

 

 男の言葉に、瞬時に理事は全てを理解した。

 

「アビドス高校を廃校にして、別の場所で同じ高校を作り直し、借金を踏み倒すだとッ──!!」

 

 それは、企業でもよくある手法だった。

 経営困難に陥って倒産した後、別の会社を同じ人員で起こす。

 グレーゾーンぎりぎりの裏技だった。

 

「別に珍しくも無いだろ。

 クソゲーを作るエロゲーの制作会社が売り逃げをする時によくやってる」

「だ、だがッ、校舎はどうする!! 

 あの土地には校舎として使える建物など何一つない!!」

「別にテントでもいいだろ。

 校舎がなきゃ学校を運営しちゃいけないなんて法律は無いはずだ。

 重要なのは、学校として機能しているかどうか。違うか?」

 

 男の言葉は、ある種いつ砂嵐で沈むかも分からないアビドスでは、メリットになる。

 いつでも移動できて、再建も容易い。

 

 砂漠になった学校ではない、砂漠を移動する学校になるのだ。

 

「“そして新アビドス高校の生徒は、全てがシャーレの部員として入部してもらう。

 私は、学籍を失ったり休校中の生徒を受け入れるつもりだ”」

「部活動が主導する学校など、矛盾している!!」

「全校生徒が部活動に入るのをほぼ強制している学校もある。別におかしいことではないだろ」

 

 大人たちの舌戦に、子供たちは付いて行けずに目を白黒させていた。

 

「…………いいだろう。百歩譲ってそれが成立するとして、運営資金や人員はどうする? 

 具体的な資本金や出資者はいるのか? 

 法律的には一円からでも会社などは設立できるが、それではままならないだろう。それとも、シャーレは学校の運営が可能なほどの予算があるのか?」

 

 ここまで言い合ってから、理事は気づいた。

 こいつらの事業に自分は関係なく、借金の元本分ほどしか損をしていないと。

 

「いやだなぁ、カイザーさん。

 折角ご縁があるんだから、そちらが出資でもしてくださいよ」

 

 冷静になりかけた理事の前に、男が資料の束を突き出した。

 

「これは、まさか、貴様か!! 

 ブラックマーケットの銀行を襲撃したのはッ!!」

「証拠は? 言いがかりはよしてほしいな」

 

 男が付きだしたのは、カイザーローンの不正利益の証拠だった。

 彼とWolf小隊が強奪した、スタンドアローンのパソコンのハードディスクに収められた、カイザーローン設立以来の不正の証拠がずらりと並んでいた。

 

「それにこれはビジネスの合間の小粋な世間話だ。

 なにもこいつでお前さんを脅したりなんて、そんな違法なことはしないさ」

「……なにが目的だ」

「企業の本質は、社会貢献だろう? 

 ここに学業ができず、家も無い浮浪者同然の生徒たちを受け入れようとしている奇特な御方が居るんだ。

 チンピラで組織された不法な組織を支援するより、よっぽど世間にクリーンな企業としてカイザーが大企業としての懐の大きさを示せる。違うか?」

「……」

「勘違いしないでほしい。これはビジネスだ。

 俺はビジネスの素人だが、ビジネスの基本は敵を作らないことだと聞いた」

 

 男はテントの外を示した。

 

「外にある何百の戦車やら、兵士やら爆薬やらを、この新しい学校の生徒で賄えば良い。口実は演習の授業でもなんでもいい。

 大幅なコストカットだ。あんたも次の理事会では鼻が高いだろう」

「……学校運営に必要な物資や食料の販売もこちらに任せて貰えるのだろうな?」

 

 食いついた。男はニヤリと笑った。

 

「当然じゃないか、なあ先生。

 大口の出資者の傘下の企業を誘致するのは当然じゃないか」

「“ああ、勿論だ”」

「ほら、学校の経営者がこう言ってるぜ!!」

 

 男は先生の方をバンバンと大げさに叩いた。

 

「カイザーさんよ。

 企業同士での商戦に熱中するのも良いが、ここはひとつクリーンで誰にも恨まれない健全な商売をしたらどうだ? 

 後ろめたさは少ない方が良いだろ?」

「…………」

 

 沈黙。

 その静寂は、この場に居る誰にとっても、長いものだった。

 

 

「……よかろう。商談成立だ」

 

 理事は立ち上がって、手を伸ばした。

 男と先生も立ち上がり、順番に握手を交わした。

 

「あとでそちらにこちらの人員を送る。

 子細はそいつらと詰めてもらおうか」

 

 これにて、大人たちの戦いは終わった。

 

「おい、お客様の御帰りだ。丁重にお見送りしろ」

 

 これにて、銃弾が一発も交わされない決戦が終了したのだ。

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺達は帰るわ」

 

 先生とアビドス対策委員会と、男とその四人の部下は基地の外の車の前で別れようとしていた。

 

 その男の背に、セリカが涙声で言った。

 

「ねえ、あんたは最初からこれを狙っていたの!!」

「まあな。良い意味で、シャーレの先生のお陰で予定は狂ったがな」

 

 男の予定では、銀行強盗の資金で学校の運営権を買う予定だった。

 先生の持つ権力や“お友達”のお陰で、その他諸々の大幅なショートカットがあったのは事実だ。

 

 だが最初は、男は自分一人で全てやるつもりだった。

 

「これで、アビドスの借金もチャラだ。

 お前達も好きなところで、これからも下らない馴れ合いの青春ごっこにでも興じてればいい」

 

 男の恩返しは、これにて完遂したのだ。

 

「もう二度と、会わないと良いな」

 

 男の部下たちは既に車に乗り込んでいる。

 彼も後部座席の扉を開けた。

 

「総員、教官に敬礼!!」

 

 ホシノが叫んだ。

 

 男が振り返ると、涙を流す教え子たちが居た。

 

「だが不思議だな。もう二度と会わないつもりなんだが」

 

 男は車に乗り込む。

 

「お前達とはまた、縁がありそうだ」

 

 車が発進される。

 その車が地平線に消え去るまで、彼女達は敬礼を続けていた。

 

 

 

 

「ねえ、思ったんだけどさ」

 

 帰り道、車の中でシロコは呟いた。

 

「借金はチャラになった。

 でも結局、インフラや物資はカイザーに握られたままだよね」

「私も、そこが不安要素でした。

 インフラを握っているのは非常に強いですから。

 カイザーがまたいつ、不正を行うか」

 

 ノノミも己の中の小さな不安を口にした。

 

「“それなら、大丈夫”」

「え、どうして?」

「“新アビドス高等学校の大きな目的のひとつは、──復学だからだよ”」

「そうか」

 

 ホシノは先生たちの妙手に唸った。

 それが不良や退学した生徒を受け入れる理由のひとつだったのだ。

 

「復学と言うことは、以前の学校に戻ることになる。

 つまり、トリニティだったらそちらの学校の監査とかが入ることになるわけだねぇ」

「“トリニティやゲヘナ、ミレニアムにも話は既につけておいた”」

「カイザーも三大学校の三つの目がある中で、不正はやりづらいだろうねぇ」

 

 それをさっきの場で言わないのが実にしたたかだ、とホシノは思った。

 そして同時に、これは超法規的な権力を持つシャーレにしかできないことだった。

 

「ねえ、先生。新しい学校の名前は決まったの?」

「“いいや。でもアビドスの名前を残そうと思っている”」

 

 それは、それぐらいしか出来ない、とあの男が言っていたと先生は懐古する。

 俺は名前を残してやることぐらいしかできない、と先生には謙遜としか思えない言い方だった。

 

「“ちょっと早いけど、皆に転校届を渡しておくよ”」

『先生、ぐすッ、あ、あありがとうございますぅ』

 

 アヤネはさっきからずっと泣きっぱなしだ。

 ちなみに先ほどからアルの泣き声も聞こえていた。多分他の便利屋の三人と一緒にくつろいで聞き耳を立てていたのだろう。

 

「じゃあ、新しい門出に向けて、しゅっぱつー!!」

 

 ホシノはアクセルをべた踏みして、車が大きく揺れる。

 黄色い悲鳴が車内で鳴り響き、ホシノは笑った。

 

 本当に、いつ以来だか分からないほど久しぶりに、心の底から彼女は笑えたのだ。

 

 

 

 

 




やっぱりこの辺りは追加はできなかったですね。

では、次回。数時間後にまた会いましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。