キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver   作:やーなん

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悪意の糸

 

 

 

「まずは真夜中にも関わらず、ゲヘナ自治区全域に法令の詳細を記したチラシを張る作業をしてくれたみんなに感謝を告げる」

 

 時間は午前二時。

 一般人に美食研究会活動禁止法を周知させる為の張り紙を、自治区全域の飲食店やコンビニなどに張るのを、風紀委員のメンバーを総動員して行った。

 

「これでもう、ゲヘナにアイツらの居場所はない」

「チラシに四人の顔写真も記載すべきだったのでは?」

「それだとインパクトが薄いだろ?」

 

 深夜の作業だと言うのに陣頭指揮を行った本部の面々はしかし、達成感に満ち溢れていた。

 

 誰もが確信していた。これ以降如何なるパターンでも、確実な美食研究会の終局が目に見えていたからだ。

 もう彼女達四人が何をしようと、男の掌の上なのだ。

 

「一応聞くが、連中が早々に解散し、即座に別の似たような名前の部活を立ち上げたらどうする?」

 

 そんな空気に水を差すように、イオリが尋ねた。

 彼女の仕事人としてのサガがそれを口にさせたのだ。

 

「それは無い。お前もそう思ってるはずだろ?」

「ああ、だからわざわざ対面して、相手の思想を確認したのか」

 

 イオリは男の抜け目の無さ、全ての行動に意味が有るのが空恐ろしかった。

 

「あいつらにとって、美食研究会の解散は、いや正確には黒舘ハルナにとって、己の間違いを認めると言うこと。

 ────できないさ。あの女には、そんなこと」

 

 男が笑う。悪意に、狂気に満ちた笑みだった。

 思わずイオリの背筋が凍る。

 

 相手をいたぶり、破滅させることしか考えていない、その表情に。

 

「あの対面でよくわかった。

 部長のハルナ以外はただの雑魚だ。

 あの三人はただ付き従ってるだけのようだ。作戦通り、そこを切り崩していく」

「初めて、ハルナさんに憐れみを抱きましたよ」

 

 敵に同情するのはおかしいのだろうか、とチナツは思った。

 

「唯一の懸念は、ハルナが己の信念を貫いて餓死を選ぶかもしれないってことだが。

 まあその時は俺もアッパレと称賛してやろう!!」

「アッパレじゃないだろ!! 

 学校が死人を出したなんて笑い話にもならないぞ!!」

 

 大笑いする男にイオリが怒鳴りつける。

 

「PTAもモンスターペアレントも居ないだろうに、何を怖がってるのやら」

「勘弁してください。そうなったらシャーレの先生になんて言えば良いか……。

 この間も、ハルナさんとシャーレで出くわして気まずかったのに」

 

 肩を落としてチナツが愚痴を口にする。

 そして、彼女はなぜか場の空気が変わったのを察して、周囲を見る。

 

 ────男が、彼女を笑って見ていた。

 

 チナツは思わず生理的に恐怖を覚えた。

 どう見ても、新しい邪悪な考えが思いついた怪物の表情でしかなかったからだ。

 

「そうか。よくやったチナツ。その手を使おう」

「い、いったい、どのような手ですか?」

 

 男は語った。

 黒舘ハルナの心を折り、その魂を汚辱する、最低最悪の方法を。

 

 ──チナツは即座に、我慢の限界に至った。

 

 ばちん、とチナツの右手の掌が男の顔を横薙ぎにした。

 

「あなたと言う人はッ、人の心を何だと思っているのですか!!」

 

 激昂するチナツ。

 それを見て、無理も無い、とイオリは思った。

 

 アコは絶句しているし、監視の為に居るイロハは怯えている。

 自分に置きかえれば分かる、この男の行う行為のおぞましさを。

 それを笑って行えるだろうこの男の、狂気と異常性を。

 

「……チナツ、お前はその感性を大事にしろ。

 俺はもう、戻れないところまで来ちまった」

「……」

「俺は可能な限りテロリストどもを道連れにする。

 その後の未来はお前たちが切り開くんだぞ」

 

 仮眠を取る、といって男は会議室を出て行った。

 本当に、チナツはあの男が心底気に入らなかった。

 

 その行いも、自分の命を捨てる前提でいるような今の言葉も。

 

 ちなみに、その翌日。

 

「チナツ、俺にはどうしても許せないことが有る」

「何でしょうか」

「この世全てのデカ乳エルフだ。

 だってあれ、許されないだろ!? エルフはつるぺたの貧乳だからいいんだ、それが原点だろう!? 

 あんなのウ〇娘のサイレント〇ズカの胸を盛るような大罪だろうが!! 

 それを言ったら同人誌もそうだ。原作より胸を盛るなとは言わんが、無駄に爆乳にしすぎるのはどうかと思うぜ!! 

 あれこそ原作への冒涜だろ!! オリキャラでやれ、オリキャラで!! ふざけやがって、欲と毒みたいに原作に忠実にやるべきだよな!! *1

 お前もそう思わないか、チナツ!?」

「ッ!!」

 

 チナツはもう一度、男をビンタした。

 

 

 

 §§§

 

 

「なんなの、あいつら!! 

 おかげで私、バイトクビになったんだけれど!!」

 

 美食研究会のセーフルーム。

 彼女達の活動拠点の一つに、四人は集結していた。

 

「どうやら、風紀委員会も本腰を入れて来たようですね」

 

 アカリはぷりぷり怒っているジュンコを横目で見ながら、他の三人に向き直った。

 

「どこのお店も食べ物を売ってくれないよぉ、お腹空いたぁ」

 

 イズミはまだ昼過ぎなのにもう既に泣き言を言っている。

 

「まだ各セーフルームには備蓄があります。

 連中に屈するのは早すぎるかと」

 

 ハルナは皆の不安を払拭するようにそう言った。

 だが、聡明で教養のある彼女はもうこの時点で、あの男の思惑の大部分を察していた。

 それが、不可避の魔弾であることも。

 

 そして彼女にできるせめてもの抵抗が、餓死してやるくらいしかできないことも。

 あの男の邪知に果てが無いこと以外、自分たちの行く末をほぼ察していた。

 

「あの臨時顧問官、でしたか? 

 相当なやり手ですわね、今回は相手が悪すぎるような気がします。

 ここは一旦、ほとぼりが冷めるまであちらの要求に従うというのは?」

 

 アカリの第六感が、今すぐ逃げろと警告している。

 絶対に勝てない相手を、敵に回してしまったのだと。

 

「冗談じゃないわ!!」

 

 空腹でイラついているジュンコが叫んだ。

 

「あのふざけた法律も、ゲヘナ内でしか意味が無いでしょ!! 

 だったらトリニティでもミレニアムでも、行けばいいじゃない!!」

「あ、そうだねぇ!!」

 

 それは名案だと目を輝かせるイズミ。

 

「果たして、素直に別の学区へ脱出させてくれるでしょうか。

 私ならゲヘナ内から絶対に逃がさないようにしますけど」

「いえ恐らく、簡単に出られると思いますわ」

「会長?」

「……」

 

 ハルナはここで初めて、うすら寒さを感じた。

 なぜゲヘナ学区から簡単に出られるのか? 

 

 それを口にしてしまうと、現実になりそうで恐ろしかったのだ。

 

「会長、早く食べ物を買いに行こうよ!!」

「ええ、そうですね。どのみちここに居てもじり貧です」

 

 ジュンコやイズミに連れられ、他の二人もセーフルームから出て車に乗り込んだ。

 

 そして、気味が悪いほど妨害などなく、ゲヘナ学園の学区の外へと出ることが出来た。

 

「ふん、どうせこんなことだろうと思ったわ!! 

 風紀委員会なんてツメが甘いって!!」

 

 ジュンコの威勢のいい言葉とは裏腹に、アカリとハルナの胸中にはどんどんと嫌な予感が押し寄せてきていた。

 

 まるで早く、ゲヘナの外に行ってほしいとでも言うような、無形の悪意を感じられたのだ。

 

「あ、あそこの公園でホットドッグ売ってるよぉ」

 

 目聡くイズミが食べ物のキッチンカーを発見した。

 

「良いわね!! ねえ二人とも、お昼はホットドッグにしない?」

「そう、ですね。良いと思います」

「わかりました」

 

 ハルナは車を駐車場に停めて、公園で皆でホットドッグのお店に向かった。

 

 ジュンコは念のため周囲を確認する。

 風紀委員会なんて、どこにも居ない。

 

 公園は何の変哲もない平和そのもので、公園を利用する住人や不良生徒が何人かたむろしているだけだった。

 

「おじさん、ホットドッグ四つ!!」

「はいよ、四つね」

 

 問題なく、ジュンコはホットドッグを買えた。

 勿論、風紀委員会が出てくることも無い。

 

「じゃあ、あそこのベンチで食べましょう」

「もう我慢できなーい!!」

「まったくもう」

 

 アカリが示した近くのベンチに移動する間もなく、イズミがホットドッグにかぶり付こうとした。

 そんないつもの何気ない日常に、ハルナが苦笑したその時。

 

 

「なあおっさん、あたしら見たぜ」

 

 美食研究会活動禁止法のチラシを持った不良のスケバン達が、彼女達の背後でホットドッグ屋の店主に詰め寄っているのを。

 

「しらねーのか? 美食研究会っつうテロリストに飯を売ったら、罰金なんだぜ。これ、ゲヘナの新しい法律な」

「な、何を言ってるんだ!! 

 そもそも、ここはゲヘナ自治区じゃないじゃないか!!」

 

 罰金を払う謂れなどない、店主はスケバン達にそう言おうとしたのだろう。

 

「みなさーん!! ここのホットドッグ屋はテロリストの協力者でーす!!」

「おい、SNSに挙げて晒してやろうぜ!!」

「ついでに“バイト先”に連絡しとけ」

「ういーっす」

 

 スケバン達がキッチンカーの前で騒ぎ立てる。

 公園の利用者たちは何事かとそちらに注目した。

 

「止めろ、止めてくれ、営業妨害だぞ!!」

 

 店主の必死な抗弁は無意味だった。

 スケバン達は禁止法の布告チラシをキッチンカーに次々と張り付けていく。

 落書きにでも使ってるのだろうスプレー缶を持ち出し、「テロリストの仲間」と文字を書いた。

 

「おいおい聞いたかみんな!! 

 テロリストの仲間が営業妨害とか言ってるぜ!!」

「ひゃははは、うける~」

「これ証拠、あいつらがここでホットドッグを買うの、動画に撮ってるんだよなぁ」

「みんなもっと騒げ!! 悪党の仲間を晒せ!!」

「おい、あっちの奴が通報した。ずらかるぞ」

 

 スケバンたちは、騒ぐだけ騒ぐと撤収していった。

 

「…………」

 

 四人は動けなかった。

 本当の恐怖というものを、思い知ったからだ。

 

「あ、あんたらか、あんたらがあいつらを呼んだのか!!」

 

 激怒する店主の声が、四人に降りかかる。

 必死にチラシを剥がし、ペンキを落とそうとするがそう簡単にはいかない。

 

「ち、ちが、違うんです!!」

「もうここで商売できないじゃないか!! 

 あと二週間もここで商売しないといけないのに、違約金も払わないといけないんだぞ、どうしてくれる!!」

 

 店主は泣いて、悲痛な声で訴えた。

 

「炎上でもしたら催事派遣の会社をクビになる!! 

 そうなったらどうやって暮らしていけばいい!! このキッチンカーを買うのに借金までしたと言うのに!!」

 

 店主の気迫に、ジュンコの力が抜ける。

 ぼとり、とホットドッグが地面に落ちた。

 

 空腹も食欲も、とっくに消え失せていた。

 

「行きましょう」

 

 震えるジュンコの肩を抱き、ハルナは呆然とするイズミを引っ張って車の方へ戻った。

 

「逃げるのか、卑怯者!! 訴えてやるぞ!!」

「それ以上近づくと撃ちますわ」

「ひッ」

 

 アカリに銃を向けられ、店主は恐れおののいた。

 その時、ぱしゃり、という音が聞こえた。

 

 住人たちが、携帯を向けて写真を撮っていた。

 彼らは決して()()()では無いはずなのに、アカリの胸に恐怖が再燃した。

 

 そして逃げるように車へと戻った。

 

「誰か、誰か、警察に、ヴァルキューレに通報してくれぇ!!」

 

 膝を突いて泣き叫び、助けを求める声が後ろから聞こえる。

 

 どこかで、悪魔の笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 結局、四人はセーフルームに戻るほかなかった。

 だが。

 

「荒らされてる……」

 

 部屋の中は荒らされていた。

 ご丁寧に金品や値打ちものなど一切手出しせず、備蓄していた食料品だけがごっそりと消えていた。

 

 それを見て、アカリは悟った。

 もう逃げるとか、逃げないとか、そういう段階ではないと。

 

 オオカミの狩りの、標的にされたのだと。

 逃げたところで、ひとりずつ狩られるのがオチだと。

 

「……お菓子の自販機などを探してみます」

「お願いします」

 

 ハルナはアカリに頷いて見せた。

 

 しかし、行く先々の自販機にはスケバン達が先回りして、お菓子やパンやカップ麺などを買い占めて行った。

 

 この日、彼女達が昼から口にできたのはホットドッグ三つと自販機で買えたスープ類だけだった。

 

 その日の夜、セーフルームに四人は固まって眠っていた。

 まるで眠ることで消耗を抑えるかのように。

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 

 部屋のガラスが割れる。

 その音で四人は跳び起きた。

 

 発煙筒らしき物体が投じられ、室内は煙に覆われる。

 

「げほッ、げほッ、いったい何が!!」

「まさか襲撃!?」

 

 まさに寝込みを襲う、であった。

 しかし、それ以上の事は何もなかった。

 

 四人は何とか己の武器を探り当て、セーフルームから脱出した。

 

「場所を変えた方がよろしいでしょうね」

「でも他の拠点は全部荒されているか、行った先で襲撃されるのがオチでしょう」

 

 相手は四人から食事だけでなく、睡眠さえも奪うつもりのようだった。

 

 生かさず殺さず、執拗に追い回し、徹底的にいたぶり弱らせる。

 まさに狩り。

 

 四人を捕らえるだけなら、もうとっくに出来ている筈だ。

 だが、それをしない。それはなぜか。

 

「ええ、連中は我々が屈服するのを待っている!!」

 

 ハルナは己の抱いていた想像が確信に変わったのを理解した。

 

 か弱い生娘を強姦する悪漢のように、暴虐を楽しんでいるのだ。

 弱らせ、恐怖を与え、社会から排斥し、地べたに這いつくばらせる。

 

 四人が、所詮四人のただの子供でしかない、と徹底的に教え込むように。

 これが社会のルールから外れることであると、証明するように。

 彼女達の美学など花を手折るように踏みにじれると、嘲笑うように。

 

 悪意。或いは狂気そのものだった。

 まともな人間なら躊躇うような凶行そのものであった。

 

 そして、四人は気づいた。

 

 ぱらぱらぱらぱら、とローター音が聞こえたのを。

 

「く、ヘリに追跡されてますわ!!」

 

 アカリが窓を開け、銃撃をして牽制する。

 だが、有効射程から離れているからか、ヘリコプターの装甲に効果は無かった。

 

「適当な山中のトンネルで、車を乗り捨てますわよ」

「ウソでしょ」

 

 運転するハルナの判断に、ジュンコの絶望の呟きが漏れた。

 だが、追跡から逃れない限り、食事をするどころか眠ることすらできない。

 彼女の判断は的確なだけに、詰め将棋のように追い詰められているような気さえしていた。

 

 トンネルの通用口のドアを銃撃で破壊し、山の木々に紛れて逃げだす四人。

 だが深夜に、何の装備も無い山林は危険だ。

 

 夜の森の闇が、彼女達を覆っていた。

 それを切り裂くように、ヘッドライトの光が横切る。

 

「どうやら、山の中でサバイバルも出来なさそうですわね!!」

「山岳部隊でも居るのぉ!?」

 

 追跡者は暗闇を逃げる四人を一定の距離を置いて、迷わず付いてくる。

 その数は二人。

 

 そして銃声!! 

 

「撃ってきたよ!!」

「血も涙もないよ!!」

 

 イズミとジュンコが悲鳴を上げる。

 山岳部隊相手に、しかも碌な装備も無い状況で銃撃戦なんて自殺行為。

 四人は走って逃げているのに、視界が悪く足を取られて移動速度が遅い。

 なのに相手は歩くような速度で付いて来ている。

 

 彼女達も山の幸を求めて山中に来ることもあるが、練度が違う。

 

 一晩中、四人の悲鳴が山中に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

『WOLF4よりHQへ。

 これより四匹のキツネを午前四時まで山中を追い回す。

 以降は街中へと誘導する』

「了解、連中に山岳戦の恐怖を叩きこんでやれ。

 もう二度と、山でキャンプしながらバーベキューができないようにな!!」

 

 男の返答に、作戦本部は笑いに包まれた。

 

「待機部隊および、この作戦をモニターしている全ての風紀委員に告ぐ。

 これから、俺たちの対テロリスト戦はこのように行う」

 

 男は無線に向かって更に言う。

 

「ヨルムンガンドってマンガは知っているか? アニメ化もされた名作だ。

 その登場人物が言っている。『ウチは「殺し合い」なんてやらない。やるとしたら一方的な「殺し」』、だと。

 我々の戦いも、これからはそうなる。

 大勢で囲んで撃ち会うなんて、子供の喧嘩みたいな野蛮なことは終わりにしろ。

 我々がやるのは高貴なる貴族の遊び、ハンティングだ」

 

 男は作戦中だと言うのに、全部隊に語り掛ける。

 

「テロリストは人間じゃない。ケダモノだよ。ほら見て見ろ、あの四人を。

 衣食住足りて礼節を知る、という言葉がある。

 つまりボロボロの服で食べるものも無く、寝る場所も無いあいつらはもう獣同然だ。

 だったら、我らは人間として狩りの作法を教授してやらねばならない」

 

 男は語り終えると、無線のスイッチを切った。

 

「我が麗しのファム・ファタールにはホラを吹いてしまったな。

 これなら十日と言わず七日で終わると言っておけばよかった。

 この調子なら三日掛かるか怪しいくらいだしな」

 

 でだ、と男は風紀委員会の幹部たちに向き直る。

 

「もう一度聞くぞ。

 なんでこんな程度の連中に今まで手を焼いていた?」

 

 同じ風紀委員が作戦本部に大勢詰めていると言うのに、男は幹部たちに優しく問い掛けた。

 

 優しい声音が、かえって恐怖しかなかった。

 

「そ、それは、奴らが……」

 

 ダダン!! 

 

 言い訳を言おうとしたイオリに男はゴム弾を打ち込んだ。

 

「ちょ、いた、痛いだろ今のぉ!!」

「俺は」

 

 抗議しようとしたイオリはすぐに黙り込んだ。

 男がイラついているのがわかったからだ。

 

「恥ずかしくないかと聞いているんだ。

 お前達の工夫次第で、あんな連中とっくに叩き潰せていた。

 風紀委員会の誇りを穢していたのは、お前たちだ。恥を知れ」

 

 イオリは何も言えずに顔を逸らした。

 

「そうですね、返す言葉もございません」

「アコちゃん!!」

「作戦立案能力やプランニング、それを実行する行動力。

 悔しいですが彼の言う通りです。我々は学ばねばなりません」

 

 仮にここでこの男が作戦を離れたとしても、もう絶対に失敗できない、失敗することが出来ないほど作戦は軌道に乗った。

 男が部隊を鼓舞しているのがその証拠だ。もうどう転んでも失敗しようがない。

 

 イオリはやり切れずに溜息を吐いた。

 アコは気落ちしているし、チナツは何も言えないでいる。

 

 男は最小限の労力で最大の戦果を叩きだそうとしていた。

 その悪辣な発想を抜きにしても、学ぶべきところは多いとアコは判断したのだ。

 

「さて、次は温泉開発部とやらか。

 そいつらを根絶やしにしたら我が麗しのファム・ファタールにデートしてもらおうっかな」

「やっぱりあなたの事は認めませんからね!!」

「アコちゃん……」

 

 もう既に次の相手のことを考えている男は、アコを無視して事前に取り寄せていた資料を開いた。

 

「しかし、温泉開発部は美食研究会の連中と違って大所帯だ。

 今回のように全メンバーをマークして弱らせる方法は取れないぞ」

「そうだな。だから俺の部下を温泉開発部に潜入させている。

 まだ情報待ちだから明確なプランは決めかねている最中だ」

「ああ、あいつらいつもより人数が居ないと思ったら」

 

 イオリは男の抜け目なさに呆れていた。

 

「各員、交代要員と入れ替わり順次休息に入れ。

 この作戦の成功は皆に掛かっている。そして美食研究会の首級を世間に晒し、風紀委員会の雌伏の時は終わる。

 偉大なるヒナ委員長と共に、我ら風紀委員の栄光は訪れる!! 

 ヒナ委員長万歳!! ああ……ついでにマコト議長も万歳……」

「ヒナ委員長万歳!!」

「ヒナ委員長万歳ッ!!」

「一応マコト議長万歳」

 

 一斉に唱和する風紀委員会を他所に、雑誌を読みながら義理で上司を賛美するイロハだった。

 

 

 こうして、美食研究会活動禁止法の施行初日は終わった。

 

 

 

 早朝四時。

 

 太陽が昇り、薄暗い時間になってようやく、四人は山中から道路沿いへと飛び出した。

 

「はあ、はあ、やっと山から出られたぁ」

「もういやぁ」

 

 体中に枝葉が付き、服は一部が引っかかって破けた形跡がある。その上で何度も転んで泥だらけの四人がほうほうの体でコンクリートの道路へ、文明の息吹を感じられる場所へと至った。

 

 そんな彼女たちのところに、一台の車がやってきた。

 そして四人の目の前に止まると、助手席のドアガラスが降りた。

 

「よう、お前ら。おはようさん。今日も元気か?」

 

 はあはあ、と息を整えるので精一杯の四人に、ドアから身を乗り出した男がホットドッグをむしゃむしゃ食べながら言った。

 

「ほら、真夜中の登山のご褒美だお前ら」

 

 男は四人の前へ包みに入ったホットドッグを四つ投げた。

 

「顧問官、罰金です」

「ほらよ」

 

 運転席の風紀委員が段ボール製の罰金箱を差し出すと、男はそこにお札を二枚投じた。

 

「な、なにをッ、はあはあ」

「こっちはまだまだいたぶり足りないんだ。

 このぐらいで音をあげられちゃ困る」

 

 男はむしろ親しみさえ感じる口調で四人にそう言った。

 

「ひ、卑怯者!! 

 自分は、隠れて、何も、しないなんて!!」

「いったい、はあはあ、何の恨みがあって、私達にこんなことを!!」

 

 膝を突いて息切れしているジュンコが叫ぶ。

 アカリは銃を持ちあげようとしたが、その体力すら無かった。

 

「何もないさ。ああ、何も無いんだ。

 お前たちに恨みなんて」

 

 男の穏やかな言葉に、四つん這いになっていたイズミは顔を上げる。

 そこには、嗜虐に満ちた笑みがあった。

 

「お前たちと同じさ。

 何の恨みも無い店を、気に入らないから爆破する。

 何の恨みも無いお前たちを、テロリストだからいたぶってぶちのめす。

 そこに何の違いも無い」

「いっしょに、しないでくださいませ!!」

「すげーな。信念や理念があれば、テロも肯定されるってか? 

 じゃあ俺のやり方もお前たちにとって肯定されてしかるべきだ」

 

 くくく、と男は口の奥で笑い声を漏らした。

 

「あのホットドッグ屋の店主には悪いことをした。

 彼には俺の方から個人的に補填をしておいた。安心してくれ」

 

 その言葉は、この地獄に垂らされたクモの糸のように見えて。

 

「だがこれからも続ける。

 飲食店だけじゃない。キヴォトス全員がお前たちを憎むようになるんだ」

「こ、この、サイコパス野郎!!」

「ははは!! まるで自分は違うとでも言いたげだな」

 

 アカリの罵倒を、男はそよ風のように笑って流した。

 

「……お前たちの魂を穢してやるよ」

 

 男は笑う。裂けたような、悪魔の笑みで。

 

「お前たちが、お前たち自身の意思で、自分たちの信念を裏切らせてやるよ」

「ふざけたことを!!」

「ほら、お前たちには銃があるだろ。

 食料が欲しいなら強盗でもしてみればいいじゃないか」

 

 ようやく息が整ってきたハルナに、男は言った。

 

「そうだ教えてやろう。

 風紀委員会としての、この作戦の予定はたった十日だ」

 

 たった十日。

 だが、彼女達にとって無限に思える初日だった。

 それがまだ九日も残っているという、絶望。

 

「だが、それが終わってもなお、俺は個人的にお前たちに同じ目に遭わせ続ける。

 勿論、俺の自腹でだ。俺に何の得も無い。だが、信念ってそういうモノだろ? 素晴らしいだろ、お前たちと同じさ!!」

 

 何を言い返しても無駄だと、ようやく四人は悟った。

 この男は、ただ嫌がらせの為だけに来ているのだから。

 

「ああ、そうだ。お前たちにもう一つプレゼントがあった」

 

 男はカバンからファイルを取り出し、三枚の用紙を取り出した。

 

「ほれ、────退部届だ」

 

 そして今度こそ、それはこの地獄に垂らされた本物のクモの糸だった。

 

「仲間を裏切れ」

 

 だが、男はそのうち二枚を破り捨てた。

 退部届は紙吹雪となって、四人の目の前に舞う。

 

「美食研究会は非公式の部活だなんて野暮なことは言わない。ゲヘナ学園の部活の大半が届け出なんて出してないからな。

 これに名前を書けば、本当にそれっきりにしてやる」

 

「ふ、ふざけ──!!」

「うわああぁぁぁん!!!」

 

 ジュンコが激怒しようとしたその時、イズミはどこにそんな体力が残っていたのかというような跳躍で男から退部届と一緒に差し出されたペンを奪い取った。

 

「ごめん、ごめんなさい、みんなぁ」

 

 イズミは泣きながらぐちゃぐちゃな名前を退部届に書いた。

 

「オーケー、受理された」

 

 男は名前の書かれた退部届に判子を押した。

 イズミはそんなことなどお構いなく、地面に放り投げられたホットドッグを貪り始めた。

 

「明日また、もう一枚持ってくる。じゃあな」

 

 行け、と男が運転手に指示をすると、車は発進していった。

 残酷なことに、イズミはそのまま置いてきぼりにして。

 

「ごめん、みんなごめん……」

「まさか私より先に、あなたが逃げ出すとは」

 

 アカリは責めなかった。

 彼女をただただ抱きしめた。

 

「もうやだ、こんなのもうヤダよ……」

 

 ジュンコはすっかり心が折れていた。

 だがまだ悪夢は二日目。それも始まったばかり。

 

 そしてもうどこにも、彼女達の居場所は無い。

 

「皆さん、ここで私と別れましょう」

「会長?」

「あの男の狙いは私ですわ」

 

 ハルナは悟っていた。

 彼女の知性か、はたまた狂人同士の共感性なのか。

 

 男はハルナさえ崩せば終わると理解していた。

 それはまたハルナも、同じ見解だった。

 

「私から離れれば、そのうちあの男がやって来て退部届を突き付けてくるはず。

 それであなた達は私のもとから去りなさい。そうすればあの男はあなた達から興味を失うはず」

「でも、会長……」

「これ以上、あなた達が傷つくのをみたくはありません」

 

 アカリとジュンコは何も言えなかった。

 女子高生にはとても耐え難い苦痛。それを丸一日。

 それがあと九日。でも終わりではない。

 二人は心身ともに完全に参っていた。

 

「そしてそうなったら、私とあの男の我慢比べ。

 私は負けませんわ。食か死か、それが美食研究会。

 我が行いが罪だと言うなら、私は気高く飢えて、全ての咎を背負って逝きます」

 

 そう決意したハルナは、女神のように美しかった。

 

「私を見捨てて、あなた達はシャーレの先生を頼りなさい。

 それでは皆さん、ごきげんよう」

 

 ハルナは空腹と疲労だらけの身体を推して進む。

 

「じゅ、ジュンコ、は、早くシャーレの先生に連絡を!! 

 ハルナ会長は、死ぬ気ですわ!!」

「そんな、どうしよう、どうすれば!!」

 

 生憎四人は武器を持ち出すだけで精いっぱいだった。

 誰も携帯電話を持っていない。

 

「近くの民家でもコンビニでも良いから、電話を借りますわよ!! 

 早く、手遅れになる前に!!」

「う、うん!!」

 

 二人はまだ残っていたホットドッグを口に放り込み、行動に移した。

 

 イズミだけがしくしく泣いて、その場に取り残されていた。

 

 

 

 

 

 §§§

 

 

「いやぁ悪いな、お前ら。消費を手伝って貰って」

 

 男はわざわざスチーマーをどこからか借りてきて、ホットドッグ業者から自腹で買い取った商品二百人分を風紀委員達に振舞っていた。

 

「これ全部俺の奢りだ、早い者勝ちだぞ、食え食え!!」

 

 タダだということで、男の下に風紀委員達が群がっている。

 そんな光景を、ホットドッグを齧りながらイオリは呆れて見ていた。

 

「あいつ、納品予定だったホットドッグを全部買い取った上に慰謝料も渡したんでしょ? 自腹で。どうかしてるよ」

「同感ですよ……」

 

 チナツも夜食にホットドッグを貰って齧った。

 

「ホットドッグフィーバーだ、これがあと二週間続くぞお前ら!!」

 

 男の宣言に、勤務中の楽しみが出来た風紀委員達は大喜びしていた。

 

「意外と、美味しいですし、モチベーションアップの為にこれからも常備しても良いかもしれませんね」

「太るぞ、チナツ」

「そう言うことは言わなくてもいいんです!!」

 

 同僚に致命的な欠陥を指摘されて、チナツは顔を赤らめて逆切れした。

 

「よーしよしよし、容器に入れて、次の奴が出来るのはもうしばらく後だ」

 

 業務用のスチーマーとは言え、一度に作れる数には限界がある。

 男はホットドッグをセットして満足そうに頷いた。

 

「お、お前らももっと食え食え、学生の分際でダイエットだの何だの気にするんじゃねーぞ。体が資本なんだからな!!」

 

 こうして見ると気のいいおっちゃんなのになぁ、と思うイオリだった。

 

「連中が次のアクションを起こすまで辛抱強く待機のフェーズだ。食えるうちに食っておけよ」

「言われなくてもわかってるよ」

「さーて、次はどうやって産まれたことを後悔させてやろうっかな!!」

 

 男はルンルン気分でそんな言葉を吐いた。

 風紀委員達にホットドッグを振舞う姿と、まるで境界線なぞ無いとでも言うように。

 

「あんたって、ずっとこんなことをやってたのか?」

「何がだ?」

「テロリスト相手にだよ」

「ああ」

 

 男は腕を組んで壁に背を預けた。

 

「今回みたいに大勢でってのは、むしろ少ないな」

「そうなのか?」

「当然だろう、テロリストどもは基本的に集団懲罰をやるような奴らだぞ」

 

 集団懲罰。その言葉を聞いてイオリは眉を顰めた。

 要するに、無関係な相手に、同じ共同体に居るというだけで制裁をすることだ。

 

「俺の仕事の多くは、秘密裏にテロリストの要人とかの戦力を削いだり、連中の士気を挫いて混乱を与えたりするのが仕事だった。

 最終的にテロリストどもを根絶するのは政府の役目だからな。じゃないと意味が無い」

「今回の件も、万魔殿の差配ということになると聞きましたが、そういうことでしたか」

 

 チナツが納得したように頷いて見せた。

 

「ああ、プロパガンダは必要だからな。テロに負けない国家、狂ったテロリストを一網打尽にした実績を持つ軍隊、そう言う抑止力が必要なんだ」

「だから、独りで戦ってたのか?

 他人に報復が行かないように」

「別に一人で戦ってたわけじゃないけどな。

 テロリストどもの標的は大抵国家やら集団だ。不特定の個人に攻撃などできない、身軽さは俺の武器だった。

 それでも、マジでイカレてる奴らは無差別に市民を攻撃する。自分たちの主張や教義の為にな」

 

 男は、テロリストを狩る狼だった。

 無辜の市民に矛先が向かない為に、秘密裏に雇われて、テロリストを倒して回る。

 

「俺がどれだけ暗闘を繰り広げても、連中は誰が相手だか分からないから他人に八つ当たりする。

 テロリストは反省なんてしないんだ。自分の事しか考えてない。

 だから根絶する。奴らの主義主張などゴミクズだ。奴らは口から屁を吐いて生きている。慈悲や容赦など欠片も必要無い」

 

 男の底知れない憎悪は、己の実体験に基づく深い怒りだった。

 

「まあ、美食研究会の連中はそんな奴らに比べれば多少はマシかもな。

 腹が減ったからって無差別攻撃しない程度には」

「一応、彼女らなりに一線はあるのかもしれないですね」

「いずれにせよ、矯正は必要だ」

 

 男の狂気に触れても、イオリはブレない。己のやるべきことを分かっている。

 

「同じ方向を向いている間は仲間で居てやる。

 当然、あんたにも私達の規則は守ってもらう。わかってるよな?」

「ああ、規則はちゃんと読み込んである。安心しろ」

 

 ならいい、とイオリは踵を返した。

 

「私は貴方のやり方に納得したわけではありません」

「そうか」

「ですが、必要なのも理解しました。委員長は慧眼ですね」

 

 まさに毒を以て毒を制する。薬学と同じだ。どんな薬だって、副作用は存在するのだから。

 チナツは、そのように考えることをした。

 

 男はそんなチナツの横を通り過ぎ。

 

「ッひぎゃあああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 おもむろにイオリの尻尾の先っぽを摘まんだ。

 イオリは悲鳴を上げて腰砕けになった。

 

「あ、悪い。そんなに敏感だって思わなくて」

「なッ、なんでこの流れで尻尾に触るんだ、お前!!」

「いやだって、丁度いい位置にあったから……」

「あッ、やめ、くにくにするなぁぁ!!」

「なかなかの触り心地……はッ、ヤバい、セクハラになるところだった」

「もう遅いからな!!」

 

 イオリが涙目になりながら男を追い回し始めた。

 

「悪かった、悪かったって!! そんなつもりは、イヤらしい気持ちは無かったんだ!!」

「うるさい、殺してやるッ!!」

「はぁ……」

 

 チナツは溜息を吐いた。

 きっと、恐らく、委員長は慧眼であってほしい、そう思う彼女だった。

 

 

 

 

*1
『欲』と『毒』。言わずと知れたブルアカ界隈で最も知名度のあると思われるエロ同人。作者もお世話になりました。




最後にエピソード追加。本編部分は手直しするところが見つからなかったです。
手抜きとか言わないで!! 挟むネタが無かったともいう。

次回、四人の結末。ハルナの決意です。
ではまた!!

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