「随分と玩具にされたようだな」
「…………」
カスミはたっぷり九十分、ウズに痛めつけられたようだった。
体中に痛々しい青痣が出来、ところどころ血がにじんでいる。
「こっちを向け、お前が壊れていないことぐらいわかってる。次の時間割りだ」
「うう、ぐす、今度は何をするつもりだ……」
「時間割を見ろ。遊びの時間だ」
男が顎をしゃくると、部下の二人が彼女の拘束を解いた。
「な、何が目的だ!!」
「遊びの時間だと言っているだろ。なあ、お前ら、どれで遊ぶ?」
「人生ゲームなんて良いんじゃないですか? 四人用ですし」
男が持ってきたボードゲームを吟味しながら、ムツニが言った。
「じゃあそれで」
男は机を引っ張り出し、その上にボードゲームを広げた。
「ほら、さっさと席に着け」
「ダメですよ、ボス。そんな言い方じゃ。ほら、擦り傷に効く軟膏を塗ってあげますね」
ナバトが先に椅子に座り、男はカスミに着席を促した。
猜疑心に満ちた視線を向けるカスミに、ムツニが軟膏をもって彼女に近づく。
「や、やめろ、近づくな!!」
「うーん、困ったなぁ」
「殴れば言うことを聞くんじゃないのか?」
「あ、そっかぁ」
拒絶の意志を示すカスミに、ムツニは小首を傾げた。
だが面倒くさそうなナバトの言葉に、ムツニはぱあっと笑った。
「まだ自分の立場が分かってないんだね、じゃあ殴るからね!!」
「わ、わかった、言うことを、聞く」
「最初からそうすればいいんだよ」
ムツニは彼女の破けた手術衣を捲ると、軟膏を塗り始めた。
「う、ううッ、しみる……」
「その分ちゃんと効くからね!!」
しばらくされるがままのカスミに軟膏を塗り終えると、ムツニは彼女の両肩を抱えて席に着かせた。
「じゃあ、遊ぶか」
プレイヤーが揃ったところで、ゲームが始まった。
「おかしいだろ、なんで離婚の慰謝料で五千万も失うんだ!?」
「ちなみに離婚の慰謝料の相場は四百万ぐらいらしいぞ」
「なら尚更12.5倍も支払うのは納得できないだろう!!」
「まあまあ、ナバト。これゲームだし」
「……」
理不尽なゲームバランスにナバトが憤っている。
本当に、普通にボードゲームをしているだけだった。
「次はカスミの番だぞ」
「あ、ああ」
カスミがルーレットを回そうとした、その時。
男のスマホが鳴った。
「おっと、もう時間だ。お前ら、その豚を管理しておけ」
「はーい」
「……了解です」
男はそれだけ言うと、立ち上がって地下室から出て行った。
「人間の時間、終わっちゃったね」
ムツニが笑顔でそんなことを言う。
時間割では、調教の時間だった。
「い、いたいことは、しないで」
「しないよぉ。ね、ナバト?」
「あんなクソレズと同じにするな」
怯えるカスミに、二人は答えた。
「でも命令は命令だからね。
じゃじゃーん、カスミちゃんにプレゼントを持って来たよ!!」
ムツニは手荷物から鉄製の物体を取り出した。
「下着が無いのは寂しいでしょ?」
「で、でもそれ、下着じゃ」
一般的にそれは、貞操帯と呼ばれる代物だった。
「私達もボスに逆らったりすると罰に付けさせられたりするんだ♪
ほら、ウズも付けてたでしょ?」
「……」
「はい、自分でつけて。あなたもボスの家畜なんだから」
「い、イヤだ……私は、家畜じゃない」
カスミの拒絶。ムツニは小首を傾げると。
ごッ、と無言で彼女を殴った。
「はい、自分でつけて。それともウズを呼ぼうか?」
「や、やります、ゆるして」
「家畜が人間の言葉を喋るな」
二人のやり取りを見ていたナバトが、口を挟んだ。
「今は調教の時間だ。こちらの指示に従わないなら、罰を与える」
「……わ、わん」
「あ、ワンちゃんになるんだ。豚さんは嫌かな?」
「まあどちらでもいいさ」
二人の仕事はカスミを完全に壊すことではない。
最後の一線程度、僅かな理性の糸を持つことぐらい許してやることにした。
カスミは半泣きになりながら貞操帯を付けることになった。
彼女はムツニを、ある意味で自分を痛めつけたウズより恐怖していた。
彼女はナバトのように感情の起伏が見えない。
カスミを殴った時に嫌悪感を示さなかったのだ。
人間、他者を傷つける時は多少、躊躇いを持つものだが、ムツニにはそれがなかった。
ムツニはカスミを人間扱いしたまま、シームレスに家畜として扱える。
まさにサイコパス。彼女は他者の苦痛を理解できなかった。
「えへへ、鍵は私が持ってるよ。自分じゃ外せないでしょ?」
「き、キツイ……」
「じゃ、これ飲もうか」
冷たい鉄の塊の圧迫感に耐えかねていると、カスミの目の前に水が入ったペットボトルを突き付けられた。
「み、みず?」
「うん。水分補給はしないとね。でも教えてあげる。これ、利尿剤入りなんだ」
「ッ……」
想像する、最悪な未来。
ムツニはにこにことカスミを見ていた。
「カスミちゃんはちゃんと、おトイレできるかな」
「私は戻る」
「あ、ナバトはカスミちゃんがしーしーしちゃうとこ見ないの?」
「ムツニに任せる。元々尋問とかやることになったらお前がやることになってただろ」
「ああ、そう言えば一応尋問のカリキュラムを受講しておいたんだった」
「テロリストで家畜と同じ空気なんて吸えるか」
「わかった。じゃあね」
ムツニはひらひらと手を振って、退出するナバトを見送った。
「ははは、まるで俺がお前達に変態調教してるみたいだな」
「こちらも奴を追い詰める為の演技とは言え、神経がすり減りますよ」
地上にある監視室で一連の出来事を見守っていた男が、ナバトの到着に合わせて笑って見せた。
「ほら、頭を撫でてやる。よくやってるよ、お前は」
「はい……」
ナバトは男の方に身を寄せ、されるがままに頭を撫でられた。
「もう少し様子を見た後、ちょっと刺激を与え、その後に手懐ける。いいな?」
「はい、全ては無辜の人々の為に」
「……」
ナバトは昔から強い正義感があったと、男はムツニに聞かされていた。
それ故にプライドも高く、それ故に落ちこぼれた自分に耐えられなかったとも。
「ところで、ボス」
「なんだ?」
「先ほどの聖騎士の話、流石に冗談ですよね」
「…………ああ!! あんなの女の子の前でする話じゃないだろ?」
「なんですか、その間は」
男の態度に、ナバトは溜息を吐いた。
時間割りで、休憩時間。カスミの待遇は監禁から軟禁にまで緩和された。
彼女が拘束されている部屋内に限るとはいえ、手錠有りで歩き回ることを許されたのである。
「く、スプーンのひとつでもあれば、穴を掘って逃げて見せると言うのに!!」
室内には脱出に使えるようなものは何もなかった。
風呂にも入って少しだけ余裕が出来たカスミは、色々と脱出の計画を練ろうとしたのだが。
「えへへ、えへ、カスミちゃん、ゴハン持って来たよ」
ぞくッ、とその声を聴いただけでカスミは背筋が凍る思いだった。
ドアが開いて、ウズがお盆に食事を持って来たのだ。
「この後もいっぱい痛いことしてあげるね!!」
「い、いや、もうやめて……」
嗜虐に満ちたウズの表情が、ふと真顔になった。
「……カスミ部長。ここから逃げたいですか?」
その言葉に、カスミは顔を上げる。
「な、なんだって?」
「実は今、私ひとりしか居ないんです。
今なら逃がしてあげられます」
「い、いいのか?」
普段の彼女なら、まず罠を疑うだろう。
だけど、この状況は異常で、彼女も正常とは言い難かった。
普段なら相手のメリットやデメリットを考えることぐらいしただろう。
「だって、カスミ部長はみんなに夢を与えてくれたじゃないですか。
それ自体は嘘じゃないって思って」
「……」
「これ、部長の携帯です。電池は抜かれちゃってるけど。
部長なら何度でもやり直せます、だってすごい人だから!!」
「は、ははは、そうだな!!
私はまだ見ぬ温泉を求めなければならない!!」
「ええ!!」
「そうとも、こんなところで閉じ込められているわけにはいかないとも」
「今、手錠を外しますね」
ウズは鍵で彼女の手錠を外した。
カスミは携帯を受け取り、ドアを開けた。
彼女の頭の中には、早くここから逃げなきゃ、という感情だけでいっぱいだった。
「なるほどな。反省の色は無し、と」
そして、案の定、罠だった。
「ごめんなさい、部長。
今日も好きにしていいからって言われちゃって」
目の前で待ち構えていた男と、左右を固める二人の部下。
硬直するカスミの身体を、背後から抱きしめ撫でまわすウズ。彼女はカスミの赤い擦り傷を愛おしそうになぞった。
「ち、ちが、これは、ちがくて」
「オシオキ、オシオキが必要ですよね、ボス!!」
「もういや、やめて……」
真っ青な表情で震えるカスミに囁くウズは、男の方を見た。
「ボス、メグ先輩も捕まえましょうよ。
私は先輩の豊満なボディに興味あります。きっと傷跡が映えるんだろうなぁ」
「調子に乗るな、余計なことをしたらお前もオシオキだ」
男はカスミから携帯を取り上げ、手錠をかけて、今度は足枷まで付けた。
じゃらり、と鎖に繋がった鉄球の重みが、彼女の今の全てを物語っていた。
「そういうわけで、まあ、もうちょっとこいつに付き合ってやれや」
はははは、と笑う男がドアの奥へ彼女を押し込んだ。
がちゃり、とドアの鍵が掛けられる。
「出して、出してくれ、もうやだ、あんなのは!!」
「忘れていないか、カスミ。
もうお前の
どんどん、とドアを叩く音が、止む。
「これまで騙していた部員たちに詫びながら、一生そこで過ごすといい」
ドアの奥から、泣き叫ぶ声が聞こえた。
男は鼻を鳴らして、地下から地上に上がり、電話を掛けた。
「俺だ。カスミの
あとは懐柔に移る。子猫のように、可愛がってやるさ」
連絡を終えると、ウズ、と男は部下を呼ぶ。
「ボス、ここに」
カスミを撫でまわしていた人物と同一とは思えないほど硬い表情で、男の背後に跪く。
「トリコと共に、今日から温泉開発部の破壊工作を実行しろ」
「オーケー、ボス」
男は壊乱するテロリスト集団が絶望する光景を思い浮かべ、ゆっくりと笑みを浮かべた。
§§§
あの機密性の高い部屋での、作戦会議にはまだ続きがあった。
「──……このような段取りで、温泉開発部を壊滅に追い込みます。
委員長はその為の、演技をお願いします」
「素晴らしいわ」
アコが解説した作戦は実に悪辣で、戦うことなく相手を破滅に陥れるものだった。
「でも、この手の任務で私が戦う必要が無いと言うのも不思議ね」
「我が麗しのファム・ファタール。君が戦う姿なんて似合わないさ」
キヴォトスでも最強格の個人たるヒナの役目は、風紀委員会の長にして特攻隊長。
そのあり余る暴虐の力で、単身突入して敵を壊滅させることばかりだった。
「……組織の長が最大戦力で、戦わなければならない。
そんな脆弱な組織体制は終わりにしましょう。
組織とは、代替可能な個人の集合体。そうでないといけないんだ。
たった一人が抜けるだけで機能不全に陥るなぞ、それを組織などとは言わない」
「ええ、全く、耳が痛いわ」
男の提言に、ヒナは重々しく頷いた。
「オペレーションマニュアルの刷新が必要そうですね」
アコはそれの面倒さを思って、溜息を吐いた。
「あの、ボス。ひとつよろしいでしょうか」
「どうした、トリコ」
「どうか部員たちの処遇ですが、平にご容赦を」
トリコが頭を下げる。
「彼女達はただ純粋なだけです。
カスミ部長は悪党だとは思いますが、それでも彼女が与えた夢は本物です」
「銀行強盗すれば夢を叶えるカネが手に入る。
お前はそう言われて、銀行を襲うのか?」
「……」
「連中にもお灸をすえる必要がある。
お前達のように、善悪の区別ができて当然の年齢に、学校にまで通ってそれが出来ませんでは済まされない」
男の言葉に、トリコはうな垂れた。
どう言い繕おうと、温泉開発部は罪を犯している。
それがキヴォトスの住人にとって真実なのだ。
「カスミをどうにかしても、彼女の植え付けた歪んだ思想は変わらない。
カスミを失っても、彼女達はそれぞれバラバラ行動するだけよ。
私達はそれを矯正しないといけない」
ヒナはそう言って、トリコの肩に手を置いた
「あなたの双肩に、彼女達の運命が掛かっているの。お願いできる?」
「……はい、委員長殿。学園を脱したとしても、この胸に宿る学園の理念は変わりません」
「そう。期待しているわ」
そして、作戦はカスミの目の前以外でも進んでいく。
『メグ先輩、メグ副部長』
『ん? なーに? えーと新入部員だったよね? たしか名前は』
『毒島 ウズと言います。苗字では呼ばないでください。
ちょっと相談が有ります』
『なになに? 何でも言って!!
次の現場のことで質問でもあるの?』
オペレーションルームで状況の推移をモニターしている風紀委員会の面々は固唾を飲んで見守っていた。
この時の為に、一週間以上前からウズは潜入をしていたのだから。
『私、情報処理が得意なので、予算や物資の管理を手伝っていたんですけど……なんだかお金の流れがおかしくて』
『うーん、ゴメン!! そういう細かいのは部長に相談してくれないかな!!』
『はい、相談したんですけど、気にするな、としか』
『じゃあ大丈夫なんじゃないかな』
『大丈夫、でしょうか。分かりました。ですが、少しだけ気に留めて置いてもらってもよろしいでしょうか』
『うん、わかった。お金が無いと建材も作業道具も買えないからね!!』
『はい、最近部長も体調が優れないみたいですし、これら全てをおひとりにお任せするのは忍びないですし』
『そうだね、こういう時こそ、みんなで頑張らないと!!』
『Wolf2からHQへ、今日の討論は終わった。次の日を待つ』
無色透明の液体に、一滴の毒を垂らす。
所詮は一滴。されど、毎日垂らせば毒の総量は増えていく。
「こちら作戦本部、Wolf1へ通達。
指定位置へ、“村人”たちを誘導せよ」
『了解、作戦を決行する』
カスミに扮したトリコが、アコの言葉に返答する。
『諸君、集まってくれ!!』
ぞろぞろ、と通信越しに部員たちが集まって来る音が聞こえた。
『実はアビドスにかつての伝説の将軍、トークナーガが湯治に使用した秘湯が存在していたと、とある古文書に記されていた!!
場所もおおよその範囲を特定済みだ、はーっはっはっは!!』
『秘湯!? じゃあ次はそこが現場になるんですね!!』
『うむ、しかしアビドスは広大だ。
簡単な開発にはならないだろう、しかし皆の協力が有れば不可能ではない!!
これまでの作業は切り上げ、こちらに全ての部員を集結させ、伝説の秘湯に全力投球するぞ!!』
了解でーす、と部員たちが撤収作業を開始する。
『こちらWolf1からHQへ、作戦通りアビドスにダウジングに向かう』
「了解、引き続き“占い”を続けてください」
アコは無線のスイッチを切った。
「どうやら、順調みたいだな」
イオリが安堵の息を漏らした。
「それにしてもよくアビドスの土地を借りられましたね。
この間、いざこざがあったばかりなのに」
チナツが疑問を口にする。
「あそこは砂漠ばかりだからな。どうせどこを貸しても大丈夫なんだろう。
こっちも誰にも迷惑を掛けずに作戦を実行できる」
「ヒナ委員長には交渉の為に骨を折って頂き、感謝しています。流石委員長です」
アコはずっと座って待機しているヒナをヨイショした。
作戦に使う砂漠がある土地の交渉はヒナが行ったのだ。アコ達もこの間のことなので顔を合わせずらかったのもある。
「構わない。それに面白い話を聞かせてもらった」
「面白い話?」
「もしかして、まだ分からないの、アコ」
「も、申し訳ありません。
非才の身で、委員長のお考えを察することが出来ず」
「そこまで遜らなくていい」
ヒナは首を振って見せた。
「報道を利用した人心操作。テロリズムへの深い理解と手法。
そんな相手を、我々は先日相手にしなかったかしら?」
「ッ、まさか、アビドスの!!」
そこまで言われて気づけないほど、アコは愚鈍ではなかった。
「ええ、あの男こそ、アビドスの悪魔の正体だった」
「なんてことでしょうか……」
ヒナの齎した事実は、アコに衝撃を与えた。
「なんですか、それは?」
イオリは話に付いて行けなかった。
アビドスの悪魔だなんて、ゴシップの域を出ない話であった。
「先日、情報部はアビドスで十数名ほどの、重傷を負った精神錯乱状態のヘルメット団を発見した。
報道はされてなかったけど、その殆どに苛烈な拷問や虐待の形跡が認められたそうよ」
「うわ」
苛烈な拷問や虐待、と聞いてイオリも顔を顰めた。
「あなた達をやり込めたあの手法、彼の教えの賜物だったみたいね」
「それが、今度は我々を味方している。因果なモノですね」
チナツはそれを聴いても驚かなかった。
もっと非実体的な概念的な怪物だとしても、驚かなかっただろう。
それくらい、あの男は常軌を逸していた。
「キヴォトスの生徒の誰も持ち合わせていない思考回路。
感情的でありながら並行的に合理性を有し、悪逆非道でありながら善性を失っていない。
実に興味深いと思わない?」
幹部たちは何とも言い難かった。
彼のせいで少しの間落ちぶれ、彼のお陰で風紀委員会は躍進を始めた。
あらゆる意味で狂ってるし、イカレている。
そう表現するしかない。
「前回の作戦で彼の有能さを見せて貰った。
今回の作戦では、彼の本質を見せて貰う」
ヒナはこの場に居ない男の姿を思い描き、目を細めた。
§§§
「い、いやだ、もうやめてくれ」
「よかったな、今日はウズは仕事だ。
だから代わりに俺がお仕置きをする」
カスミは地下室の台座に大の字で拘束されていた。
その上で、目隠しもされている。
「この時間割りの時は酷いことをしないって、言ったのに!!」
「おやおや、そんなこと言ったかな? そもそもお前が逃げようとしたのが悪い。
俺もそんなに手荒なことはしたくなかったんだが」
男は震えるカスミを見て笑う。
「さて、これまでの人生の風呂の心地よさをよく噛み締めておけよ。
なにせ、もう何か月は風呂に入れなくなるんだからな」
「ま、まさか!!」
「お前の想像通りだ」
男の冷酷な言葉に、カスミは泣き叫ぶ。
「いや、いやだぁ、お風呂に入れないなんて、死んだ方がマシだ!!」
「じゃあ死ねクソテロリスト。
舌を噛む勇気はあるか? あれは舌の根元を噛み千切らないと出血死できず、苦しむだけだから気を付けろよ」
そんな度胸は女子高生に無いと分かっていて、男は助言をした。
「ぶ、部員のみんなには謝る、もう二度と迷惑を掛けたりしないからぁ!!」
「さて、どこに掛けようかな」
目隠しされたカスミには、いつどこに毒液を掛けられるか分からない。
それが恐怖をさらに搔き立てる。
「ここにしよう」
カスミの右腕に、焼けるような熱さが襲った。
じゅうううぅぅぅ、と肉が焼ける音と臭いが地下室に充満する。
「あああああああああぁぁぁぁ!!!」
激痛に、カスミの記憶が走馬灯のように流れる。
「参ったな、風紀委員会め本気だぞ」
風紀委員会の宣戦布告から三日、早くもカスミは焦りを感じていた。
自分たちの資金源を次々と特定され、もう既に十人以上の部員が検挙されている。
いつもの風紀委員会なら大兵力を動員してこちらに攻撃してくるのに、連中はやり方を変えた。
少数で隠密性を重視し、こちらから孤立した部員を集中して狙って行った。
これまでと行動パターンが違う。
事前に動きが察知できない。
真綿で首を絞めるように、少しずつ少しずつ追い詰められていった。
そんな折、こんな報道があった。
『温泉開発部の諸君。
風紀委員会は諸君らの建築技術を高く評価している。
我々と、諸君は和解が可能なはずだ。無差別な破壊活動を止め、校則に従い活動するなら我々も咎める理由はない。
その為に交渉の場を用意したいと思う。こちらの誠意を見せる為、部長の鬼怒川カスミを指名手配から解除し、逮捕した部員の解放を行う。
交渉に応じた場合、温泉開発部の正式な活動を認める。より良い返事を期待している』
と、棒読みでカンペを読んでいそうなヒナの姿が報道された。
罠である。
むしろ罠じゃない方がおかしい。
しかし、このままでは来週の温泉開発に60%の遅延が見込まれる状況だった。
カスミに選択肢は無かった。
だが彼女も馬鹿ではない。自分が帰ってこなかった場合や、自分を餌に部員たちに投降を呼びかけられた場合など、様々な指示を文章にして部員たちに周知させた。
ただ、あの男の悪意はカスミの頭脳を上回っていた。
ただそれだけの話だった。
「どうだ、焼かれたところの感覚は無いだろう?
お前の肌は醜く焼け爛れて、見るも無残な有様だ」
男はビーカーに入れた液体を、カスミの腹部に掛けた。
「あづいいい、あづいよぉぉ!!」
ぱたぱた。
ごぽごぽごぽごぽ。
ムツニが七輪で焦げたサンマの臭いを団扇でカスミに送っている。
ナバトは電気ケトルで沸かしたお湯の温度を測り、ビーカーに移し入れた。
「次は右足にしよう」
男は、そのビーカーを手に取り、カスミの左足に熱湯を掛けた。
その瞬間、ナバトは七輪に豚肉の切り落としを乗せた。
じゅううぅ、と肉の焼ける音がする。
「いだいぃぃ、もうごろじでぇぇえ!!」
「ダメだね」
熱湯を掛けられ、のたうち回るカスミ。
60℃くらいのお湯で、彼女は苦しみ悶えていた。
人間は想像力だけで、内出血を引き起こしたり、ショック死が可能だ。
目隠しをした被験者にナイフで腕を切ったと教え、血が流れていると言って水をそこから垂らすと言う実験を行った際、実際に死亡事故が起こっている。
「ほら、もうお前の身体は焼け爛れ、誰が見てもお前を愛そうとは思わないだろう」
「……」
カスミは動けない。
自らが想像する激痛に、彼女は疲れ果てていた。
「もう、おんせんがたのしめないなら、わたしに、いきるいみなんて」
「俺は愛してやれるぞ」
「……へ?」
「どんな姿になっても、俺はお前を愛してやれる」
男は心にも無い事を口にして、カスミの頭をバグらせていく。
「俺を愛すると言え。
そうすれば、俺も無償の愛をお前に与えてやる。
お前の醜い体を、恋人のように優しく抱きしめ、お前の苦痛に満ちた体験の記憶を上書きしてやる。
お前が俺を愛するなら、その体を治療して、もう一度温泉を掘らせてやる」
「……ほんと?」
「ああ」
男はカスミを抱きしめた。
本来なら毒薬で焼かれて感覚が無いはずなのに、弱り切ったカスミはそんな矛盾に気づかず男の温もりに安堵した。
「あッ、愛してる!! 頑張って好きになる!! だからもっと優しくして……」
男はニヤリと笑った。
本当に女と言う生き物は度し難い、とでも言いたげに。
「勿論だ。お前が俺に従順になるなら、きっと愛してやれるさ」
身体は好みだしな、と余計な一言も忘れない。
「これはひどい……」
「やっぱりボスは撃ち殺した方が良いんじゃ……」
この悪魔の所業の一部始終を手伝う羽目になったムツニとナバトは、この女の敵に白い目を送っていた。
とりあえず二人は、恋人のように口づけを交わす加害者と被害者を尻目に、用済みになった七輪と電気ケトルを片付けることにしたのだった。
前半部分はR18版から大幅に改訂されました。
ついでに向こうだと出番が少なめのムツニとナバトのシーンも追加。
次回で、温泉開発部編は終了です。
とりあえず、この幕間が終わったらこっちの活動は終了する予定です。これ以上こっちで書く意義が見いだせないので、あちらの連載に戻るつもりです。
こっちで連載することで、少しでも向こうのことを知ってくださった読者の方々が居たことが最大の収穫と言えるでしょう。
ではまた、幕間の終わりまでお付き合いください!!