キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver   作:やーなん

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ゲームセット

 

 

 

「随分と素直になったな、カスミ」

 

 男の膝の上で、カスミは子猫のように丸まっていた。

 

「この間は、嘘吐き、騙したな、って騒いでいたよな」

「そ、その話は止めてくれ……」

 

 カスミはどこか怯えるように、媚びるように男の胸板に頬ずりして言った。

 彼女の長い尻尾が男の身体に甘えるように巻き付く。

 

「今はあなたと皆で入る、ただ理想の温泉郷を夢想していたいんだ……だ、だから、私を必要としてくれ……」

 

 少なくとも、男はカスミとしては正常な判断力を残している、と確信した。

 その為にここ数日、ずっと時間割通りに調教し、遊びの時間には優しく甘やかした。

 尤も、過去のカスミが今の自分を、これは自分だと認めないだろうが。

 

「ならそろそろ、お前の部員たちのところに帰りたいんじゃないのか?」

 

 意地悪をするように、男は言った。

 

「帰りたい。温泉開発もしたい。で、でも、あなたの側を離れたくない……」

 

 全てにおいて温泉開発が最優先だった彼女に、同じ位置に男が居座ることに成功した。

 暴力によって、カスミが男に依存するように仕向けた。

 彼女と言う人間を知る者からすれば、劇的な変化である。

 

 やったことは実に単純だ。度重なる拷問と人格否定に、適度に優しくしたり人間扱いする。やっていることは家庭内暴力で妻を支配する夫と同じだ。

 そうやって、男はカスミを洗脳したのである。

 

「俺の言う通りにしろ。

 そうすれば、温泉開発もしていい。部活も残してやる。

 そしてこれまで通り、愛してやる」

「……うん」

 

 カスミは小さな子供のように、見た目相応の少女のように頷いた。

 ただ、彼女は知らなかった。

 

 自分がずっと監禁されている間、何が起こっていたのかを。

 

 

 

 §§§

 

 

『こちらオオカミ、“占い師”を懐柔した。

 そちらの判断で、作戦を最終段階へ移行せよ』

「了解。“狂人”に指示を送る。以上」

 

 作戦本部、アコは男の任務が完了したことを受け、ヒナの方に顔を向ける。

 

「委員長、作戦の最終段階への移行を」

「承認するわ」

 

 ヒナは頷く。

 

「こちら作戦本部からWolf2へ。

 作戦を最終段階に移行、騙りを吊るせ」

『了解。最後の討論を始める』

 

 砂の上を移動する音。

 周囲から砂漠を掘削する激しい音が鳴り響いている。

 

『メグ副部長、部長はどこでしょう?』

『え、たしか今は資金の調達に行っているはずだけど』

『そうですか……』

 

 ウズは躊躇うような声音で、メグに言った。

 

『メグ副部長、先にあなたにお話ししたいことがあります。こちらへよろしいでしょうか』

『えー、また~?』

 

 ここ毎日、ウズはメグに相談を持ち掛けていた。

 帳簿が合わない、不自然な物資の動きがある、等々。

 毎日、一滴ずつ毒を仕込むように、不信と言う名の違和感を与え続けていた。

 

 そして、今日それが爆発する。

 

『なーにー? 二人きりで秘密のお話し?』

『はい、実は、部内に裏切者が居るかもしれません』

『え、まさかー』

『おかしいと思わないんですか? 

 この間、急に次々と部員たちが風紀委員に捕まっていったじゃないですか!! 

 誰かが風紀委員に味方を売ったに違いないです!!』

『ど、どどど、どうしよう、部長に報告しないと!! 

 ああああ、ダメだ、電話の電源切ってるみたい!!』

『落ち着いてください。そう言えば、今日物資の搬入があるはず。

 そこで誰か怪しい動きが無いか、一緒に見張りませんか? 

 誰かと接触するのなら、そこしかないかと。それに、私ひとりだけだと不安で……』

『わ、わかったよ!! 部長が居ない今、私がしっかりしないとね!!』

 

 

『Wolf2よりHQへ、最後の論議が終了した』

「こちら作戦本部。了解した、指定の時間まで待機せよ」

 

 アコは無線を終える。

 

「車を出して。

 お芝居を始めるわよ」

 

 ヒナが椅子から立ち上がり、宣言する。

 緊張に満ちた作戦本部に詰める面々が、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 アビドスの砂漠に設営された、温泉開発部の物資集積所。

 もう既に山のようにコンテナが並べて置かれており、さながら砂漠の港と言った様相だ。

 そんな場所なので、夜中にこっそり密談するには打って付けであろう。

 

「特に問題は無かったね」

「まだ、わかりませんよ」

 

 温泉開発部は温泉宿だけでなく、その周辺施設まで合わせて開発する。

 その物資の搬入は膨大で、搬入だけでも夜まで掛るほどであった。

 

 メグとウズは、ずっと今日、違和感が無いか目を光らせていた。

 

「あ、部長だッ」

「待ってください!!」

 

 ワンコのようにカスミを見つけて近づこうとするメグを、ウズは後ろから羽交い絞めにして止めた。

 

「きゅ、急にどうしたの!?」

「あれを見てください」

 

 ウズが指差すと、カスミ以外にもコンテナの影に誰かが居た。

 

「あ、あいつは、風紀委員会のヒナ!?」

 

 ついこの間までの宿敵の登場に、メグが眼を見開く。

 

「私達って、もうゲヘナの公認なんでしょ? 

 どうしてあいつがここに……」

「わかりません、何か話してます。近づきましょう」

 

 どこからどう見てもバレバレな会話と接近だったが、メグ以外全員グルなので何にも問題無かった。

 

「ヒナ委員長、本当に私を見逃してくれるのかね?」

「勿論よ。ただし、あなた以外の部員は逮捕し、矯正局送りにする。良いわね?」

「はーっはっはっは!! 最初からその約束ではないか!!」

 

 ええ、とヒナは頷く。

 

「私達は温泉開発部の摘発の実績が必要。

 テレビであんなに大々的に発表したんだもの。今更和解しましょうなんて、風紀委員会が及び腰になったと取られる。

 世間には、あなたは副部長のメグに脅され、言いなりになっていたと言うことにしておきましょう」

「うむ、温泉開発部が終わろうとも、私が居る限り温泉開発は終わらない!! 

 彼女達には悪いが、尊い犠牲になってもらおうじゃないか!!」

 

 偽カスミの笑い声が響く。

 

 わざわざ周囲に聞こえるような声での密談。

 しかもなんでこんな場所でやる必要が有るんだ、という発想は今のメグには不可能だった。

 

「う、うそだ、部長が、裏切り者だったなんて……」

 

 彼女はガクガクと震えて、目に涙を湛えていた。

 

「今の話、録音しました。

 一刻も早くみんなに聞いてもらって、部長を問い詰めましょう」

「そ、そうだね!! みんなに相談しないと!!」

 

 メグは冷静なウズに従う他なかった。

 彼女は自分がバカなのを自覚している。この子は賢い、と連日の会話でそれだけは学習していた。

 他人との間に壁を作らない、彼女の良さが裏目に出ていた。

 

 用意周到に計画された内容を、ウズは実行した。

 

「メグさん、夜中になんですかー」

「ロマンの為でも睡眠は克服できませんよぉ」

 

 二人は砂漠にキャンプしている部員たちを叩き起こす羽目になった。

 ここ連日、ずっと当てもない砂漠の掘削に従事し、疲労も蓄積していたのである。

 何事かと、夜勤の作業班もやってきた。

 

「それより皆さん、大変です。

 これを聞いてください!!」

 

 ウズはボイスレコーダーを再生した。

 わざわざ事前に録音していた、高音質の先ほどの会話の内容を。

 

 すぐに広がる、困惑と不信と言う名の劇毒。

 一滴ずつ加えていた毒と水の量が、逆転した。

 

「そんな、部長が私達を売った?」

「ウソだッ、そんなの信じられない!!」

「なんでどうして!?」

 

 部員たちは阿鼻叫喚の様相になった。

 彼女達にとって、カスミは夢を共にする同志にして、シンボル。

 

 そんな存在が、自分たちを裏切った。騙していた。

 最早、彼女達に秩序だった行動は不可能だった。

 

 

 その時であった。

 

「ようやく気付いたのかね、我が愛しい部員の諸君」

 

 ざっざっざっざ。

 

 大勢が砂を踏みしめる音が、彼女達を取り囲む。

 今回の作戦に動員された風紀委員会の人員を総動員して、彼女達を包囲しているのだ。

 

 村人と、人狼の数が同数を超えた。

 ……ゲームセット。

 

「風紀委員会だ!!」

「囲まれてる!?」

「いつのまに、どうして!?」

 

 混乱する温泉開発部。

 誰も反撃の準備すら出来ていない。

 

「やっぱり騙されたんだ!! 

 カスミ部長に売られたんだぁ!!」

 

 混乱を助長するように、ウズが大声で騒ぎ立てる。

 

「ヒナ委員長の御到着!!」

「総員、敬礼!!」

 

 包囲する風紀委員会の面々の一部が割れ、出来た道をヒナが歩いてくる。

 

 絶望。

 温泉開発部の面々にとっての、ヒナとはそう言う存在だ。

 

 それが、数が負けている上で登場する。

 将棋なら王手飛車角落ちも同然だった。

 

「この度はご協力ありがとう、カスミ部長」

 

 ヒナが来た道を振り返り、声を掛ける。

 

 カスミ──正真正銘の本人が──を先頭に、ムツニとナバトを従えた男が歩いて来た。

 

「さあ、お前自身の手で、彼女達を呪いから解放しろ」

 

 部員たちに見えないように、カスミの背には拳銃タイプの擲弾銃が押し当てられていた。

 装填されているのは、あの肌を焼く毒薬の詰まった弾薬だった。

 

「部長、どうして、信じていたのに!!」

「ッ、本当に、君たちはつくづく愚かだな!!」

 

 悲痛な叫びを漏らすメグに、カスミは即座に切って捨てた。

 

「わからないのか、君たち程度、幾らでも替えの聞く手駒だと言うことを!! 

 だが、しっかりとお礼を言わねばなるまい!! 

 君たちは私の代わりに、犯罪を肩代わりしてくれたのだからな!!」

「犯罪……」

「もしや、自覚が無かったのかな? ハーッハッハッハ!! 

 まさかそこまで愚かだとは思わなかったぞ、この私も!!」

 

 カスミは仲間を嘲笑いながら、涙を堪えた。

 本当に、彼女は皆を仲間を愛していた。

 騙していても、夢を共有していたのは本当だったから。

 

「そう言えばこの間は傑作だったな!! 

 覚えているかね、メグ。温泉施設の熱を利用して、発電の研究をしようとしていた連中を!! 

 君は私の命令で、そいつらを撤去してくれたよな!! 

 温泉を温泉以外の方法で楽しむのは、温泉への冒涜であると!! 

 ハハハハ、我ながら頭の湧いた理由だったな!!」

「はん、ざい……」

 

 どさり、と砂漠の夜の冷たい砂にメグが膝から崩れ落ちる。

 

「まさかその年齢にもなって、他人に迷惑を掛けてはいけません、なんて幼稚園レベルの学習も出来ていなかったのかね? 

 これは御笑い種だ!! 矯正局ではいくらでも時間がある。

 そのスポンジ並みのスカスカの脳みそに、じっくりと常識というものを詰め込んでおくことだな!!!」

 

 カスミが施した呪いが、洗脳が、徐々に、急速に解けていく。

 それも当人の手によって。

 

「おや、何だね皆、その眼は。

 まるで騙していた私が悪い、みたいなことを言いたげだね? 

 じゃあ騙されていた君たちは悪くないのかね? 

 私の言葉を鵜呑みにして、何も考えず善悪など気にせず、辺り構わず壊して来たじゃないか?」

 

 カスミはその卓越した弁舌で、仲間……だった者達を罵る。

 ヒナはその様子を見て、彼女は間違いなく正気であると確信した。

 

「────ほら、楽しかっただろう? 君たちに私を責める資格なぞ無いさ」

 

 カスミは精一杯、悪い笑みを浮かべた。

 

「部長として最後の命令だ。諸君。

 私の為に、私の理想となる温泉郷の為に、生贄と成ってくれ。

 ほれ、いつものように、バカみたいに笑って従ってくれたまえ」

 

 

 

「ふ、ふざけるな──!!」

 

 部員たちの、我慢が限界に達した。

 

「信じてたのに、騙したんだな!!」

「嘘吐き、この悪党!!」

「お前が矯正局にぶち込まれろッ!!」

 

 批難轟々の大激怒。

 カスミの築きあげてきた信頼関係が、それを保証していた彼女の幻想(カリスマ)が完全に破綻した。

 

「総員、確保!!」

「了解!!」

 

 イオリを始めとした部隊長が指示を出し、風紀委員が一斉に温泉開発部のメンバーを一網打尽にする。

 抵抗らしい抵抗は、無かった。

 

「それじゃあ諸君、私は清い身のまま、去らせてもらうよ」

「そうはいかない」

 

 じゃき、とヒナは己の身長以上もある愛銃を、去ろうとする素振りをするカスミに向けた。

 

「まさかあなたも、はいそうですか、と帰すと思う?」

「は、話が違うじゃないか!! 

 私はちゃんと、部員の全員を売り渡したぞ!!」

「テロリストと交渉はしない。それが常識よ」

 

 即座に、風紀委員がカスミを取り押さえる。

 

「た、助けて、助けてくれ、みんな!!」

 

 すぐに彼女はかつて仲間だった存在に助けを乞う。

 だが、返って来たのは冷たい眼差しだけだった。

 

 それを見て、カスミは微笑んだ。自分が男の指示に完璧に従えたと悟ったからだ。

 

「全員を連行しろ!!」

 

 イオリの指示に、次々と装甲車がやってきて、逮捕した部員たちを連行して行く。

 

 こうして、温泉開発部は事実上の壊滅を迎えた。

 

 

 

 

 それからひと月後くらいの事である。

 

「諸君、ここが今度の開発現場である!!」

 

「はーい!!」

「了解、部長!!」

「今日こそ温泉が出るかな!!」

 

 カスミは新しく創設した温泉建設部の部長へと返り咲いていた。

 部員もそのまま開発部時代から引き継いでいる。

 

 風紀委員会の指導により、徹底的に他人に迷惑を掛けるな、と叩き込まれた彼女達は、監視付きの下で部活動の再開を許された。

 

 ほぼ満杯になった指導部屋で一緒に過ごすうちに、結局部員たちは何だかんだでカスミを許した。

 カスミが温泉への情熱やロマンを失っていなかったからだ。

 彼女の与えた夢やロマンは、本物だったのだ。

 

 皆が悪かった、と言うことで手打ちにしたらしい。

 今では温泉の開発以外にも、自分たちが壊した建物の再建を行いながら、活動を続けていくようだ。

 

 ただ、時々カスミは休みの日に出かけて、朝まで帰ってこない時があるとか、ないとか。

 

 

 

「みんなの尽力により、学園の名誉を害するテロリストの二大勢力の更生に成功した」

 

 ヒナは風紀委員会の朝礼で、皆にそう告げた。

 

「これからも風紀委員会は躍進を続けるでしょう。

 犯罪の検挙率も、先月比で44.8%も上昇した。これはゲヘナ学園始まって以来の快挙である。

 我々はゲヘナ学園の風紀委員会。この学園の秩序の担い手。学園の掲げる自由の守護者として、これからも奮闘を期待する」

 

 無数の拍手が、ヒナに向けられる。

 それを見て、彼女は誇らしげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「ヒナ君、今日の夜の予定は空いているかな? 

 よかったら会食でもどうかね?」

 

 誰コイツ気持ち悪い、と思ったマコトの誘いを受け、ヒナは食事を終えて帰路に付いていた。

 マコトの思惑などすぐに理解できた。

 風紀委員会がこれ以上、生徒会より趨勢を誇っては困るという理由だろう。

 今回の会食はお互いの思惑を探り合う、まあ食欲の失せる時間だったのだ。

 

「おつかれです、我が麗しのファム・ファタール」

「……」

 

 なぜか途中で、あの男が花束を手に待っていた。

 

「……報告は見せて貰った。

 あなたがカスミに何をしたのかも、全て」

 

 男がヒナに上げた報告は、全て包み隠さずありのままだった。

 いっそ不気味なほどに、何も隠されてなかった。

 

「へえ、それで?」

「貴方に一つだけ、言っておくことがある」

 

 ヒナは淡々と、あるいは面倒そうにこう言った。

 

「私は、貴方の────“破滅を齎す女性(ファム・ファタール)”には成れない」

「────」

「あなたの歪んだ破滅願望に、付き合うつもりは無い」

 

 一般的に、ファム・ファタールとは運命の女性の事である。

 だが、同時にそれは、惚れられた男を破滅へと導く、魔性を備えている場合が多い。

 

「小鳥遊ホシノ、そして便利屋。

 あなたはいつも、自分を殺すように相手を仕向ける。

 それは何が理由? 何が目的?」

 

「……」

 

 男は以前、自分を慕うアルに語ったことを思い出した。

 

 

 

「ねえ師匠!! 貴方の思う最高のハードボイルドって、なに?」

「そりゃあお前、犬死よ。

 まあダンディズムって奴だよな。

「自分だけの理由に従い、誰にも理解されずとも命を掛ける……最高に格好いいわぁ」

「まあ俺の場合、もうちっと違うな」

 

 自分に置き換えて恍惚としているアルに、男は言った。

 

「俺の場合、惚れた女に心底尽くして、最期には裏切られて死にたい。

 俺の事を一切合切躊躇いなく捨て去り、忘れて幸せに生きて欲しい」

「ハードボイルド……師匠、一生付いて行くわ!!」

「バカ野郎!! 自分の道を見つけてのアウトロー、ハードボイルドだろうが!!」

「そ、それはそうね、私が間違っていたわ!!」

 

「だからお前も、俺がハードボイルドを忘れたら、遠慮なく撃ち殺しに来い。ハルカと一緒にな」

 

「あはは、そんな日は来ないわ、絶対に!!」

 

 

 

 

「……生き様、ですかねぇ」

 

 男はヒナの質問に、そう返した。

 

「貴方はアビドスでも、ヘルメット団相手に苛烈な拷問や虐待を加えた。

 どうしてそんなに、テロリストを憎むの?」

「まあ、キヴォトスの外で色々あったんですよ。

 連中は皆殺しにしないといけません。どこに居ようと、俺はそれを変えるつもりはありません」

 

「そう、貴方は罰を求めているのね」

 

 ヒナは理解した。

 テロリストを殺す為に、誰よりもテロリストになってしまった、この男の葛藤と怒りを。

 その憎悪を。

 

「……我が死に目に、俺は己に罰を与える神が現れるはずでした。俺の故郷ではそれが当たり前だった。

 俺のような愚かな人間には、必ず。だけど、かの御方は現れなかった」

「……」

「神とは人の罰である、とあるゲームのキャラが言った。

 かの御方は、それそのもの。人間を罰する理想の神だった。

 なのに、なのにかの御方は俺の前に現れなかった!!

 ……聞いたことがあったんだ。度を突き抜けた罪人には、もはや罰を与える価値すら無いと、そう言われるのだと」

 

 地獄に行く価値すらない、そんな風に男は言われたように思えたのだ。

 

「わかった」

 

 ヒナは目を瞑り、小さく息を吐いてこう言った。

 

「なら貴方に、この世で最も残酷な罰を与えるわ」

「あなたの思うままに。我が麗しのファム・ファタール」

 

 男は彼女の前に、花束を持って傅いた。

 ヒナは銃を手にし、その肩に銃の砲身を置いた。

 

 まるで、騎士の叙勲のように。

 そして告げる。この男に最もふさわしい、罰を。

 

 

「──このキヴォトスで、テロリストを殺してはならない」

 

 男が顔を上げる。

 泣きそうな顔をしていた。

 

「ああ、そうか。殺さなくて良いのか。ここでは」

 

 まるで、その事実に今まで思い至らなかったかのように、男は自嘲の笑みを浮かべた。

 彼の脳裏に、以前ノノミに言われた言葉が反芻される。

 

 また、大人げなかったのだ、と。

 

「そして、生きなさい。

 生きて、その呪われた知恵と経験を、この世界を平和にする為だけに使いなさい。

 そしていつか、自分を赦せるようになったら」

 

 ヒナは銃を抱え直し、そのままいつものように背負った。

 

「今度こそ、本当の愛を誰かに与えなさい」

 

 そして、何事も無かったかのように彼女は男の脇を通り過ぎた。

 

 男だけでなく、どこからともなく現れたWolf小隊の四人が彼女に向けて跪いた。

 

 

「仰せのままに。我が麗しの乙女、ヒナ」

 

 そして男は顔を上げた。

 

 

「心底惚れ直したぜ。

 俺は彼女に全てを捧げるぞ。異議のある奴は俺を撃て」

 

 その言葉が一切合切、嘘偽りも無いと、キヴォトスというこの世界が思い知るのはそう遠くない未来の事だった。

 

 Wolf小隊の面々は、更に頭を下げる。

 

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」

 

 彼女らに、異論などなかった。

 

「我ら一同、貴方の手足となり、ヒナ殿の影となり、骨身になるまで戦う所存であります」

 

 隊長のトリコがそう宣言した。

 

「ヒナさんの目となり、手足となり、我が全知と全能を捧げ尽くします」

 

 ウズが躊躇いなくそう言った。

 

「我ら血盟の姉妹は、ヒナさんとボスに最期まで付き従います」

 

 ムツニがとても嬉しそうにそう答えた。

 

「全ては、キヴォトスの平穏の為に。目に映る邪悪を屠ると誓う。偉大なる先輩達と、かつての母校の正義と誇りの為に!!」

 

 ナバトが力強く、そう言い放った。

 

「よく言った、お前達」

 

 男は彼女達を両腕で一度に抱きしめた。

 

「良いだろう、死ぬ時は一緒だ」

 

 男の腕の中で、彼女達は頷いた。

 Wolf小隊の四人が、真に完成したのはこの時だった。

 

 

 

 

 




今回は細かい手直し程度です。

これにて温泉開発部も討伐完了です。
次回はこの章のエピローグになりますね。

評価バーがオレンジになったら二章やるって言いましたけど、悩み中。
ここでバサッと黄色に戻るなら悩まないんですけど。ちゃんとこっちにも需要があるんでしょうか?
もう少し考えてから決めます。

ではまた次回。
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