「バカンスに行きます!!」
全てはその一言から始まった……らしい。
らしい、というのは、その場に男は居なかったからだ。
要するに、アコにハブられたのである。
しかもご丁寧に居残り組の風紀委員の訓練を押し付けて。
「べつにそれは構わねぇんだよ。
俺は所詮オブザーバーだし、指揮権どころか委員会の行動の意思決定権も無い。
先生が同行しているのならあっちは問題無いだろうしな」
「では、なぜ顧問官殿は不満げなのですか」
風紀委員の部隊長の一人が、男に問うた。
「さっき、アコの助からモモトークが来た。
『委員長の水着が見れなくて残念でしたねぇ』って煽ってきやがった!!
許せねぇ、委員長閣下の水着姿とか、何を投げ打ってでも見る価値があるだろうが!!」
「はあ……」
「くそッ、アコの助め、一緒に委員長閣下グッズをキヴォトス中に展開しようって誓いあった仲だったのに!!」
「それ、ヒナ委員長に止められてましたよね」
裏切られた、と男は嘆いている。
案外仲いいんだな、と部隊長は思った。
「まあいい、情報部に顔を出してくる」
「何をなさるおつもりで?」
「先生が行くところに、トラブルが無いわけないだろ」
男は満面の笑みでそう言った。
「俺は今日、早上がりにする。体調不良だ。
残りの訓練は適当に俺の部下たちとこなしておけ」
「……わかりました、顧問官殿」
「さて、なにかいいネタでもあると良いんだが」
そんなわけで早退した男を半眼で見送った部隊長を尻目に、彼は楽しそうに本棟の方へと向かった。
その途中で、飯でも食べようかと食堂に寄ろうとしたところ。
「よし、トウモロコシを売り捌いて資金を確保よ!!」
「予算が増えれば、食堂のレパートリーも質が上がりますからね☆」
「私達の取り分も増えるし、一石二鳥だね」
「ついでに、海辺やお祭りのときに食べるトウモロコシの美味しさについて検証も出来ます。良いことずくめです」
なにやら大量のトウモロコシの袋を給食部の車に積載している元美食研究会の四人と、それを心配そうに見ているフウカが居た。
「お願いだから面倒を起こさないでよ?
この間はあなた達が暴れた所為で食堂の修繕費で予算が削れたんだからね?」
「あれは、フウカさんの料理を貶した輩が悪いのですよ」
釘を刺すフウカに、とんでもない、と言わんばかりのハルナだった。
「そうだよ!! 私達だって一生懸命手伝ってるのにさ!!」
「うんうん、私達の苦労も知らないで、好き勝手言ってるんだもん!!」
「私達の手荒れの辛さを思い知らせてやっただけです★」
そしてジュンコやイズミ、アカリも好き勝手言っていた。
「手の美容の秘訣は、炊事をしないことに尽きます。
己の美容を犠牲にフウカさんは料理に粉骨砕身していると言うのに!!」
ハルナ達の憤りに、フウカは流石に強く言えなくなった。
彼女達も彼女たちなりに調理を頑張ってくれているし、最近は料理の楽しさを分かってくれているのもフウカは理解していた。
給食部は、料理をするのが好きだ、という割と普遍的な属性の持ち主はゲヘナでも数多く、その門を叩く生徒だって少なくない。
でも大半は挫折して去っていく。そのくらい激務なのだ。おかげで慢性的に人手不足。
そして食堂も学生価格でメニューも絞られているとはいえ、料金はほぼ材料費で相殺されている。
ほぼ慈善事業みたいな有様だ。その上、部費を割り振る万魔殿はケチくさい。
人手が足りなければクオリティが落ち、評価も低ければ部費は絞られる、そんな悪循環にあるのが給食部の現実だった。
彼女達が義憤(と自分たちの失態を揉み消す為に)資金調達に乗り出そうと言うのも仕方ない話だった。
「聞ぃ~ちゃった♡」
その気持悪い猫なで声に、元美食研究会の四人は錆び付いたブリキ人形のように振り返った。
「ダメじゃないか、フウカたそ。
このアホどもが問題を起こしたらちゃんと報告しなきゃ♪」
「そうやって貴方が喜ぶから言わなかったんです」
折檻でもされたらその時間が無駄になりますから、とフウカはため息交じりに言った。
「まあ、いい。フウカたそが問題視していないのなら、風紀委員会には告げ口しないでやろう」
男の言葉に、ホッと溜息を吐いた四人だったが。
「なあ、トウモロコシを売りに行くのは良いが、当てはあるのか?
まさか営業許可も取らずに夏祭りでも突撃するつもりか?」
「営業許可、ああ、忘れていましたわ」
ぽん、と手を叩いてハルナがそう言った。
「えー、それじゃあ食べられないじゃん」
「食べるんじゃなくて、売りに行くんでしょ!!」
売る気よりも食い気のイズミが声を挙げて、ジュンコがツッコむ。
「確かに今の我々は給食部の虜囚の身。手順を無視するのは問題ですね」
アカリもその見落としに唸る。なおフウカは給食部をなんだと思ってるんだ、と言いたげな視線を向けていた。
「……なあ、俺から提案があるんだが」
男の提案を受けて、四人が顔を合わせる。
「確かに、それなら確実に全部売れるかも」
「だろう?」
ジュンコに、男はニヤリと笑って見せる。
「不良たちの抗争の観客にトウモロコシを売りつけるよりは確実ですね☆」
「お前ら、そんな商売しようとしてたのかよ」
「ほら、SNSで話題になってるわよ」
ジュンコがスマホの画面を男に見せた。
「マジかよ。流石ゲヘナ。民度も終わってんな。
それにしても、この場所……」
男の口が徐々に吊り上がる。
すぐに、それは悪魔の笑みを形作った。
「じゃあ、行こうか。お前ら」
四人はいそいそと準備を始めた。
明日の仕込みがあるフウカを置いて、彼女らと男が校門へと車を走らせた時であった。
「おや、あれは」
「風紀委員の車ですね」
丁度、校門前に風紀委員会の車が止まった。
そこからアコが降りてきたのだ。
「総員、かかれ。捕まえろ」
「顧問官殿の仰せのままに」
お前の責任だからな、とハルナは言外に言って、四人はアコに不意を突いて襲い掛かった。
「あ、あなた達は、元美食研究会!! いきなり何をするのです!!」
「よう、アコの助」
誘拐慣れしている四人は、あっさりとアコを縛り上げた。
そんなアコの前に、男はニヤニヤと笑いながら現れた。
「あッ、あなたは!?
なんで彼女達を従えてるのですか!?」
「そいつはちょっと違うな。
俺はこいつらの更生を手伝ってやろうとしてるんだ」
「はあ!? それになんですか、この野菜臭さは……」
アコはトウモロコシと一緒に荷台に押し込まれた。
「俺が提案したんだよ。合宿をしている風紀委員に焼きトウモロコシを売ったらどうかって。
俺はオブザーバーとして、お前たちの健康管理のついでに合宿の差し入れにどうかなと思ってな」
「ならどうして私を縛り上げる必要があるんですか!?」
「……じゃあ行くか、お前ら!!」
「無視しないでくれませんかッ!!」
かくして、万魔殿に呼び出された筈のアコはとんぼ返りすることになった。
§§§
「おー、派手にドンパチやってるじゃねぇか」
一行が目的地にたどり着くと、砂浜では風紀委員会と不良の先遣隊が激しく撃ち合っていた。
「ハルナ!! これは運動前と運動後のトウモロコシの美味さの違いも確かめられそうだな!!」
「ええ、素晴らしいですわね」
「なんで分かり合っているんですか……」
楽しそうにしている二人を、諦めの境地に居るアコはそうぼやいた。
「ふぅ、良い空気だ。
車内は前に横に後ろにデカチチばかり。もうちょっとで吐くところだった」
「意味が分かりませんね♪」
「よーし、とりあえず風紀委員会が拠点にしてるホテル近くに納品するぞ」
アカリのツッコミを無視し、車はホテルに近づいた。
早速バーベキュー用のグリルコンロなどを準備し始める一行。
「あの、いい加減縄を解いてくれませんか?」
「なあ、コイツを焼いたら美味いんじゃね? 脂身が沢山有るしな」
「じゅるり……」
「じょ、冗談ですよね!?」
いつの間にか水着に着替えていたイズミがアコを見下ろし唾を飲み込んだ。
流石にいい加減憐れに思ったのか、男がアコの拘束を解いた。
「あ、あ、貴方ねぇ!!」
「トウモロコシのフレーバーは醤油と焼き肉のたれは定番だよな。
あ、おい、イズミ、なんだそれは、その真っ赤なのは……」
キレたアコが男に詰め寄ろうとしていると、彼女のスマホが鳴った。
「アコ、電話なってるぞ」
「うぐぐ」
アコは苛立ちを抑えながら己のスマホを取った。
「はい、もしもし」
『もしもし、アコ行政官。まだこちらに着かないのですか?
決裁書類のミスを直ちに修正してほしいのですが』
「……もう少し待っていてくれませんか」
『早く来ていただけなければ来期の風紀委員会の予算についてそちらに不都合が生じると思われますが』
「分かっています!!」
不良たちの抗争、上役からの嫌がらせに、男の襲来。
何もかも上手くいかず、アコの目に涙が浮かぼうとした時。
ひょい、とアコのスマホが男に取り上げられた。
「あッ」
「あー、テステス。お電話変わりました。こちら、ゲヘナ学園風紀委員会の特別顧問官を任ぜられたアップルマンと申します」
『……私は行政官に用があるのですが』
「行政官からのお言葉だ。現場の判断を優先し、そちらに行けない。後日報告書を提出する。以上だ」
『ただの書類の訂正に、なぜ戻って来れないのですか!!』
「現在、合宿地にて大規模な不良たちの戦闘行為が発生し、行政官殿は対処中だ。万魔殿におかれましては書類の不備と、治安維持、どちらが大事なんだ?」
『失礼ですが、そちらには風紀委員長殿もいらっしゃいますよね?
それでも対処できない規模なのですか? たった一人も抜けられないような有様では、やはり来期の予算の査定を考慮せねばなりませんね』
電話から小馬鹿にするような雰囲気が伝わってくる。
アコは思わず拳を握り締めたが。
「あんた、名前は?」
『は? なんです、急に』
「名前を聞いているんだ、小娘」
男の声が、低くなる。
「合宿が終わり次第、マコト議長に直接伺いを立てる。
万魔殿には、現場の判断の重要性を理解できない議員がいる、とな。
まさか、独自の兵力を有する万魔殿が、現場の希求の状況の重要性をわからない議員や役人を抱えているなんて、そんなわけ無いはずだからな」
『わ、私を脅す気ですか!!』
「おっと、失礼。そう聞こえたのなら悪かったよ」
『私は風紀委員に叛意アリと報告しても良いのですよ!!』
男は己のスマホを弄った。
その直後だった。アコのスマホの向こう側から、爆音が聞こえた。
「おっと失礼。たしか今頃風紀委員会が本校舎で砲兵演習の時間でしたな。
勿論、空砲だとも。砲身は、どちらに向いてたかな……」
『……』
スマホの向こうで、唾を呑む音が聞こえた。
「そう言えば俺は顧問官として、今度万魔殿の兵力と風紀委員会の演習を組もうと思っているんですよ。
いやぁ、その時は是非とも胸を貸して頂きたい。なにせ、格付けが出来てしまいますからなぁ。その結果を公表したら、どうなるのでしょうなぁ。
もしかしたら予算を心配するのはそちらになるのかもしれないな」
「おや、クーデターですか? 面白そうですね」
「おいハルナ、滅多なことは言うんじゃない!!」
男は大笑いして、トウモロコシを焼き始めているハルナに返した。
「で、なんの用でしたっけ?」
『しょ、書類の、不備は、間違い、でした……』
「おい小娘。名前を言え。こっちはそちらに照会しても良いんだぞ」
ごめんなさいッ、と通話は切れた。
男はスマホをアコに投げ返した。
「あ、ありがとうございます……」
「あんなのを真面目に相手にするな。
権限のある奴はちゃんと今回の合宿みたいな嫌がらせをする。
今みたいな雑魚は適当にあしらっておけ、真面目過ぎるんだよ、お前は」
「……」
「どうせ、今みたいな奴らに責任なんて取れない。上手くやれ、お前ならできるだろ」
「……ええ」
悔しそうな、複雑そうな表情のアコを遠目に見ながら、うわー、とか元美食研究会の四人がトウモロコシを焼いていた。
「……そのうち本当にクーデター起こしそうですね」
「その時はこっちに付こうっと」
アカリとジュンコは男の対応にドン引きしていた。
やっぱりもう、奴は敵にすまい、と。
「個人的には、もう雷帝の時みたいな騒動は勘弁してほしいのですけれどね」
「あー、そうですね」
なぜか焼きトウモロコシに合うお茶を試しているハルナの呟きに、アカリは真顔になって頷いた。
なんとなく、彼女達は感じていたのだ。
あの男がこれから巻き起こす、キヴォトスを揺るがす騒動を。
「げッ、なんであんたが!!」
「やっぱり、来てしまいましたか……」
その時、戦闘を終えてくたくたのイオリとチナツが帰って来た。
「お、おお、おおお!!
イオリ、やっぱりお前、身体は最高だな!! ……ふぅ、ちょっと雉撃ちに行ってくる」
「死ねッ、マジで死ね、この変態、変態!!」
イオリの水着姿を見て賢者になった男がそそくさとホテルの中に消える。
真っ赤になって罵倒するイオリを見ながら、チナツを含めた他の面々は呆れるのだった。
切りが良さそうなのでこの辺りで区切りました。
あっさりと美食研究会の面々を手懐けてるよ、あいつ。
偶にはWolf小隊の面々もお休みです。彼女らが居なくても奴は色々出来る所を見せないとですしね!!
ではまた次回!!