【林檎男とゲヘナの天使】
今日も今日とて、ゲヘナでは銃撃戦の毎日。
「おーら撃て撃て、ぶち殺せ!!」
そして、この男にとっても犯罪者の摘発と逮捕は日常であった。
「チナツ、後ろからB班を回り込ませろ。スモークを焚け」
「はい、ドローンも飛ばします」
「上出来だ」
チナツの指示で、前線で撃ち合っている部下にスモークグレネードを投擲させる。
視界が遮られたところで、人員を裏路地から回り込ませる。
こちらの視界も切れるが、そこはドローンで敵の動きを監視。
「よし、手榴弾も投げさせろ。
弾幕を厚くして、こちらの動きを悟らせるな」
「それがよろしいですね」
指揮をしているチナツも愛銃を抜き、銃撃に参加する。
男も景気づけに当たらないのを分かりながらもリボルバーを乱射した。
そうしているうちに仲間が背後に回った。
前後を挟まれた敵はあっという間に全員地に伏した。
「状況終了だ。俺の手足どもの出る幕も無かったな」
今回の銃撃戦はそれなりの規模だったので、男はWolf小隊を待機させておいた。
だが、その必要も無かった。
「部員たちの練度が上昇しているのでしょう。
以前なら倍の人員と多くの装備が必要だったはずです」
「まあ、これぐらいの相手にそんなリソースを割いてられんわな」
ゲヘナではそこらかしこで銃撃戦、犯罪、また銃撃戦。
馬鹿正直に相手していたらキリがない。
「おい、お前らも拘束を手伝え。
よーし、お楽しみの時間だ」
数十人の不良を拘束し始める風紀委員達。
相手より風紀委員の手勢が少ないので、Wolf小隊もやってきて拘束を手伝っていく。
「じゃじゃーん、今日はこういうのを持ってきました!!」
「ううッ」
チナツは思わずのけ反った。
男が持ってきた虫かごには、ムカデを始めとした虫がぎっしりと詰まっていた。
「お前ら、可哀想な主犯に蜂蜜を食べさせてやれ」
「は、はいぃ」
風紀委員達は男が用意した蜂蜜を、今回の主犯の顔に塗り始めた。
「い、いや、やめ、虫は嫌ああぁぁ!!」
「そいつはよかった」
男は虫かごの蓋を開け、その中身を主犯にぶちまけた。
「おっとっと、俺も虫は大嫌いなんだった。ゴキブリもカブトムシも一緒だよなチナツ!!」
「そう言う問題ではありません、拷問は規則で禁止されてます!!」
「おやおやチナツ君は目が悪いのかな。
偶然虫が寄って来て、あいつに集った。それだけのことだ」
なあ、と風紀委員達に男が問うと、うんうんと彼女達も頷いた。
主犯は拘束されたまま悲鳴を上げ、のたうち回っている。
「でもやっぱキモイな!! おい、焼夷手榴弾を持ってこい」
「はい、顧問官殿」
「用意が良いな」
男は差し出された焼夷手榴弾のピンを抜いて、主犯に投げた。
テルミット反応で燃え上がる不良生徒の有様を、男は大笑いして見ていた。
不良がさらにのたうち回る姿に、チナツと犯人たち以外は大爆笑である。
「はい、チナツです。救急医学部をお願いします、はい」
チナツに出来ることは、出来るだけ早く医療班を無線で呼ぶことだけだった。
「ぎゃはははは!! 火傷じゃ済まないのに、丸焦げで済むなんて丈夫な奴らだ!!
次は誰を丸焦げにしようっかなぁ♪」
男が次の犠牲者を品定めした、その時だった。
彼はおもむろにチナツを片腕で突き飛ばした。
銃声。
「えッ」
血が、チナツの顔に降りかかった。
拘束を自力で破ったのか、犯人の一人である不良が隠し持っていた拳銃をチナツに向けて撃ったのだ。
「顧問官殿!!」
「あいつだ、あいつだ!!」
「よくも顧問官殿を!!」
風紀委員達は拘束が解けた不良に銃撃を浴びせ、完全に動けなくなるまで打ちのめした。
そのまま引きずり出し、囲んで蹴りや踏みつけを浴びせ始めた。
「ボス!!」
男の負傷に激怒したWolf小隊も集団リンチに参加し始めるが、トリコは彼を案じて駆け寄ってきた。
「心配するな、この程度掠り傷だ」
「ですが!!」
トリコは男の腕に縋りつく。
二の腕に銃弾による創傷が出来ていた。
「半端に頑丈なのも玉に瑕だな、多分9mm弾だが貫通しなかったっぽいな。骨には当たっていない」
「す、すぐに処置します!!」
医療の心得のあるチナツがすぐに傷を確認し、トリコと協力して止血と消毒を試みる。
「すみません、私が油断したばかりに……」
「気にするな。衛生兵がこの程度で動揺するんじゃない」
キヴォトスの生徒や住人は頑丈なので、銃創が出来ることは珍しい。
なにせ目玉に銃弾が命中しても体内に貫通しないのだ。
鉄も熔解するテルミット手榴弾で丸焦げになる程度なのだから、男はこの世界のデタラメさに色々と諦めの境地である。
「……なぜ庇ったんですか、我々が外の住人より頑丈なのは知っているでしょう?」
遺残による弾丸の摘出は基本的に手術しかない。
それまでの間、出来るだけ出血を抑えるためにチナツは腕にテーピングを行い、強く巻き付け止血するほかなかった。
「レディーを庇うのに理由は無ぇだろ」
「……」
「悪い、言ってみたかっただけだ。
誰でも同じだよ。ここに居る仲間の誰でも、俺は庇った。銃弾はフェアなだけだ」
トリコはそんな強がりを言う男の汗を必死に拭っている。他にすることが無いからだ。
チナツは油断した自責の念に駆られつつも、目の前にいるトリコに尋ねた。
「SRTではどのような処置を学びましたか?」
「現場での少々乱暴な摘出の方法なら」
「そうなりますよね……」
コンバットナイフをチラつかせるトリコに、チナツは肩を落とす。
彼女もこの場では同じ方法しか出来ないのだ。
そんな時である。
救急車のサイレンが近づいてきた。
「あ、救急医学部です!!」
「ああ、噂の」
チナツが安堵したのを見たが、男は改めて彼女らに遭遇するのは初めてだった。
男は基本的に敵を倒すと風紀委員達に引継ぎ、次の現場に向かう為、ゲヘナの医療班に会うことはなかったのだ。
救急車から、数名の白衣の天使が現れた。
「救急医学部、現着しました。
総員、死た……負傷者の確認と搬送を」
はいッ、と部長の号令に、きびきびと彼女達は動き始めた。
「セナ先輩!! お世話になってます!!」
「チナツですか、死体……負傷者の症状を」
「おい、勝手に殺すな」
「失礼しました」
セナはチナツの説明を受けながら、男の銃創を確認するとメスとピンセットを取り出し、あっさりと、弾丸を摘出した。
「はい、摘出完了しました。チナツ、縫合はお願いします」
「了解しました、先輩」
残りの処置をチナツに委任し、セナは未だに暴行を受けている主犯の方に向かっていった。
「いい腕だな。学生ってのが信じられん。歴戦の従軍医療従事者そのものだ。首から上は好みだし」
「そんな軽口が言えるのなら平気そうですね」
チナツは手際よく、男の銃創を縫合して消毒し包帯を巻いた。
なお、警告されてもリンチを止めなかったのでセナの愛銃が火を噴いていた。
「……ああ、そりゃあ歴戦の軍医みたいにもなるわな」
医者自ら負傷者を創り出すゲヘナスタイルに、男は遠い目になった。
なお、それがキヴォトスでは割とスタンダードだと後に某救護ゴリラと遭遇した際に悟ることになるのだが、それはまた別のお話。
セナたち救急医療部の面々は雑に救急車に負傷者(自分達が作りだした面々も含む)を詰め込み、部員たちも乗り込んだ。
「念のために救急医療部の部室で傷の具合を確認しますので、同行をお願いします」
「……俺は助手席で良いよな?」
「ええ、自力で動けるのに越したことはありませんから」
自分で動けなくしておいてそんな物言いであった。
これがゲヘナのノリなのか、俺はまだ正気なんだよな、と男は自問自答を繰り返しながら救急車の助手席に乗り込んだ。
学園の近くの為、移動時間は五分も掛からない。
なので、男は口を開いた。
「君、セナと言ったか?」
「はい、そうです」
「なあ、今度デートしないか?」
「遠慮させていただきます」
読者の皆様におかれましては、衝撃的な光景であることはご理解頂きたい。
そう、このバスト82以上は女性として認識しないと公言している貧乳派(絶壁も乙だけど、多少はあった方が良い、ここ大事)のロリコン野郎がセナを口説くと言う異常事態であることは。
この男にとってナンパはライフワークであり、好みの女性を見つければ多少の欠点(当然、この男の基準において)が有っても声を掛けない理由にならないのである。*1
「いいねぇ、好みだ。あと二年早く会いたかったぜ……」
男は窓の外を眺めながら、本当に惜しむようにそう言った。
「じゃあ、何をプレゼントしたらデートしてくれる?」
「……何でもいいのですか?」
「ああ」
「では、死体に興味があります」
男は声を挙げて笑った。
セナは表情一つ変えずに続けた。
「キヴォトスにおいて、死体は非常に希少ですから」
「ああ、わかった。ログ・ホライズンって一時期流行ったMMORPGに転移するタイプのラノベの設定と同じだろ?
死んでもリスポーンするから、殺人より監禁の方が罪が重いって奴」
正直、今まで男は実感が無かった。
なぜわざわざ、キヴォトスで殺人が最大の禁忌だと、そんな当たり前のことを皆が言うのか。
「この世界で殺人は手間だ。つまり、より殺意の有無が重要視されるんだろう?
誰かを殺す為に準備し、実行し、殺害に至る。なるほど、結果より過程そのものを罪としているんだな」
つまり、このキヴォトスにおいて、最大の大罪人が誰か、男は理解したのである。
これは笑わずにはいられない。
要するに、盛大にフラれたのである。
「わかった、良いだろう」
「……」
「いつか、死体を調達してやるよ。その時は、二人きりでデートしてくれよ」
「ええ、出来るものなら」
「約束だからな?」
この時のセナは、まさか本当にこの男が有言実行をするとは思いもよらなかっただろう。
結局彼女はこの愚かな男と密室でデートをする羽目になったのである。
「まさか人生初のデートが、このような形とは思いませんでした」
ベッドに横たわり眠る男の身体に手を這わせ、自ら寄り添っていたセナは後にそんな感想を漏らした。
そして彼女はマスクとゴム製品を外し、ゴミ箱に投げ捨て、その地下室から去って行った。
§§§
【便利屋の皆さん。恐縮ですが、依頼の時間です】
銃撃、爆破、強盗に、思想犯(違法部活動)。
ゲヘナの生徒に聞き分けなんて存在しない。
「困りました、手が足りません」
その日、アコが書類とにらめっこしながら困っていた。
「組織の効率的運用、オペレーションの刷新に伴い、ギリギリ治安は改善しています、が校則違反者や犯罪者は突然現れる……」
「独り言ばかり言ってると婚期逃すぞ、アコの助」
「まだ私は若いです!!」
ソファーにどっしりと座って待機中の男に、アコは怒鳴り返した。
「で、どうしたよ。暇人に相談でもしてみな」
「単純にマンパワー不足ですよ。
情報部から犯罪組織の悪事の情報を得られたのですが、これを攻撃するには非番の者を呼ぶしかありません」
「まあ、情報は鮮度が命だからな」
折角休日のローテーションを組める程度にはゲヘナも(例年に比べ、比較的に)落ち着いて来たのに、突発的な事態にまだまだ対応できていない。
「俺の手足たちも出撃か潜入任務中だしな。
さて、どうしたものか……。あ、そうだ!!」
「何か妙案が?」
「便利屋を使おう」
男の提案に、アコが顔を顰めた。
「彼女達が我々の依頼を受けるとは思えませんが」
「誰が馬鹿正直にゲヘナの風紀委員会から仕事の依頼です、なんて言うかよ。
アルの性格はよく知ってる。口実なんて幾らでもでっち上げられる」
「……領収書は切ってくださいよ」
「ああ、任せろ」
幸い、今の風紀委員会には資金に余裕があった。
毎年予算がカツカツだった風紀委員会になぜそんな余裕があるのか?
万魔殿が予算の増額をしてくれたのか? いいや、違う。
男がヒナに進言した。
「鹵獲品を活用しましょうよ」
と。幹部たちはポカンとなった。その発想は彼女達には無かったらしい。
そもそも、風紀委員会は規律違反者を捕まえても、基本的に釈放と同時に武器を返却している。
生徒の所持品を奪う学校なんてありはしないので、風紀委員会は馬鹿正直にこれまで与えられた予算を運用していたらしい。
先日の海で男が重戦車を爆破せず、一部を損傷し使えなくしたのもそれが理由だった。
あの重戦車は風紀委員会で運用する物以外は全部売却したり、不良達が他にも不法に所持していた兵器類も売っぱらった。
これまで風紀委員会はそう言った兵器類を破壊していたので、処分費用も発生していたと言うのだからそりゃあいくらお金があっても足りまい。
鹵獲品の売却、誰もその発想に至らなかったのを見て、こいつらクソ真面目かよ、と思った男であった。
そんなわけで、風紀委員会にも鹵獲専門の部隊を発足させ、破壊した兵器を処分ではなく解体して部品ごとや廃材として企業に売却する為の講習を受けさせている者もいる。
先日ヒナが出撃した際に、装甲車に出くわしたらタイヤだけを攻撃するなど配慮も見られたりした。
男は真面目に経営アドバイザーを雇うことを考えたほどである。軍隊はとにかくお金がかかる。
まあそんな努力の甲斐あって、今風紀委員会には資金の余裕が出来ていた。
そうと決まれば、男はスマホで電話を掛けた。
「もしもし、先生、俺だが──」
「アル、崇高なアウトローとクズの悪党の違いは何だ?」
「美学よ」
「正解だ」
男の肯定に、アルはぱぁっと笑顔で喜んだ。
「アウトローってのは己の美学の為に生き、美学の為に死ぬのだ。
損得じゃねぇ、生き様のことだ。アル、お前の掲げる美学はなんだ?」
「孤高で、優雅で、誰にも媚びずに、冷酷に格好よく生きることよ!!」
そうか、と男は頷き返した。
「ならデキる経営者のアル社長は、当然理解しているよな?
お前だけではなく、部下たちにいい加減な仕事を許さないって」
「それは、勿論よ」
「じゃあ、ちゃんと給料を払え。
対価の発生しない仕事は必ずいい加減なモノになる、と某ラーメンハゲも言っていた。
いいかアル、給料を払わないのは、お前がいい加減な仕事をさせるってことだ」
男の視線に、うっとアルはたじろいだ。
「給料は払えません、今は待ってください、そう言うのがお前の言うアウトローか?
それとも私はアウトローだからお前達に給料なんて払わないわ、と開き直るのがお前の言うアウトローか?」
「違うわ、師匠!! そんなのはタダのクズよ」
「ならいい加減、ごっこ遊びは止めろ」
男はアルの瞳を見て、言った。
「カネが発生するってことは、相手と対等ってことだ。
カネが払えないってのは、対等な相手の信頼を裏切ることだ。
そうなったら死ね。クズは死ね。そうなったら俺も死ぬ。お前も死ね。わかったか!!」
「は、はいぃ!!」
それが、男が師としてアルに一番叩き込んだことであった。
「……はッ!? 夢、なのね……」
それこそ、夢に見るほどであった。
「……そう、お金で繋がる関係は決して卑しいものじゃない。
相手を信頼し対価を払う。それが仕事……」
男の教えを胸に、今日もアルは仕事をするのだ。
新アビドス自治区、砂漠化した廃墟群の一角の建物を間借りし、便利屋は営業を続けていた。
ただ、仮にもゲヘナ学園に休学状態とはいえ所属していた以前と違い、今の彼女達は完全な無学籍状態。
つまりその辺の野良犬と同じであり、まともな企業は野良犬とは契約はしない。
要するに、彼女達は真っ当な手段でスマホや固定電話、水道電気その他諸々を手にすることは出来ない。この仮事務所だって新アビドス学園からお目こぼしで見逃して貰っている。
そもそもキヴォトスでは学校の許可無く学生の起業が違法で、経営者としてまともな会社運営を出来なかったアルの状態を見ればそれは当然の理であった。
まあ、彼女達はアウトローなので、スマホの調達ぐらい非合法な手段を使うのに躊躇いもない。(なお、新アビドスの生徒会から連絡用にスマホを支給されている)
公園にテント生活に慣れた彼女達には、電気水道なんて無くてもまあまあ何とかやって行けるバイタリティもあった。
まあ、何が言いたいかというと、彼女達はいつもと変わらず極貧状態だった。
「み、みんな、今月の給料日よ!!」
はーい、と災害用の手回し式充電器でスマホを充電している三人が、アルに応じた。
「はい、ハルカ」
「ありがとうございます!! アル様!!」
「はい、カヨコ」
「ありがとう、社長」
「はい、ムツキ……」
「ありがとー」
アルは社員たちに給料袋を支給した。
「ねえ、これ手作り? カワイイじゃん!!」
ムツキが給料袋から、“給料”を取り出した。
それは手作りの自称社内通貨だった。……肩叩き券と同レベルだった。
「そ、それは、いずれ会社にお金が入ったら、現金と交換できる社内通貨で……」
「アル様!! 私にとってはこちらの方が価値があります!! 全部大事に保管します!!」
「……そ、そう。自由にするといいわ」
「はい!!」
キラキラとしたハルカの視線が痛いアルだった。
「じゃあ、今日もアビドスに顔を出してくる?」
「今月のキャラバンは終わってるし、仕事は無いと思うけどね」
「あ、私は緑化農園部に雑草用の肥料を貰いに行きたいです……」
彼女達の主な収入源は、新アビドスからの依頼なのだが、報酬は食料だったり備品を融通して貰ったりと、法的に違法な会社である便利屋とは表向きに金銭的なやり取りはしていないことになっている。
国家が敵国を国と見なさないでただのテロリスト集団として扱うのと同じで、新アビドスの生徒会は便利屋を善意のボランティア集団として扱っているのである。だからこれは癒着ではない。いいね?
どちらにせよ、ずぶずぶな関係なのは変わりないのだが。
「(こ、この状態が続いたら、師匠に殺される……)」
アルの師は金払いについてはとにかく厳しかった。
便利屋は半分くらい傭兵みたいなものなので、報酬の未払いなんてよくあること。
だからこそ、男はその辺りの信頼についてはきっちり躾けていた。
アルの脳裏には、笑顔でリボルバー銃でぺちぺちと手を叩いてる男の姿が過った。
それを見計らったのかは、或いは偶然か、アルのスマホにメールが届いた。
「あれ、動画ファイル?」
メールの題名は『依頼』と書かれていた。
広告や嫌がらせのウイルスメールっぽくは無かったので、アルは動画を再生した。
動画と言っても、映像はシャーレのエンブレムが映され、音声が流れるだけだった。
『“えー、こほん。便利屋の諸君。依頼の内容を説明する。
依頼内容は連邦生徒会も問題視しているブラック企業の内偵だ。
彼らは表向きはちゃんとした催事販売を生業としているが、その実態は退学した生徒を不法な低賃金で雇い、場合によっては報酬も出し渋るらしい。
仁義にもとる彼らの行いは赦してはおけない。
報酬は要相談だ。この依頼を完遂させれば、連邦捜査部シャーレとの関係が構築されるでしょう。そちらにとっても、悪い話ではないのでは?
それでは、良い返事を待っている……こんな感じで良──”』
「みんな、仕事よ!!」
動画ファイルを見たアルはにっこにこでそう言った。
「はい、アル様!!」
「うわー、アルちゃんのツボを分かってるね」
「あれ多分、いや絶対アップルマンさんが手を回した奴だよ」
二つ返事で声を挙げるハルカ。
幼馴染をよく理解しているムツキは可笑しそうに笑い、男の影を察したカヨコだった。
当然、アルに断るという選択肢など頭に無く。そして、便利屋の潜入捜査が始まった。
「はあ!? ノルマなんて聞いてないわよ!!」
そうして暴かれる、ブラック企業の実態。
現場でバイトするアルは突如告げられるノルマに悲鳴を上げる。
「これ、有名店が監修したってお菓子だけど、本店のウリであるオーガニックさなんて皆無の添加物の塊じゃん」
「これ今日の分は期限切れで廃棄だけど、持ってく?」
「いや、いらない……」
販売される商品にドン引きするムツキ。
そうだよね、とカヨコも期限切れのお菓子をゴミ箱に廃棄した。
「ノルマの半分も売れてないじゃないか!!
これでは赤字だよ赤字!! お前たちの給料も半分だからな!!」
四人に放たれる雇い主の罵声。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「そんなの契約書に書いてないじゃん……」
「てか、普通に違法だよ。バイトの私達に店の事情なんて関係無いし」
店頭に並ばされて怒鳴られ、ハルカは頭を何度も下げている。
その横で仕事に愚痴る二人。アルもアルで真面目なので、雇い主のパワハラに涙目だった。
「ねえ、もう良くない?」
「そうだね。書類とかも手に入れたし」
ムツキとカヨコはそう判断した。
「社長、我慢はそろそろ良いんじゃない?」
「いや、でも、商品が売れなかったのは私達の努力が足りなかったからで……」
「この駅前の人通りの良い場所で売れないのは、商品に魅力がないだけだよ」
なぜか責任を感じてるらしいアルに、カヨコは溜息を吐いた。
「ハルカちゃん、やるよ」
「え、でも、ムツキ室長……」
「あッ、ごめん。忘れてた」
ムツキは笑顔でこう言った。
「
「はい!! 分かりました!!」
ハルカは即座に銃を取り出し、雇い主と店に乱射し始めた。
アルは狙撃手であり社長なので、現場にいるとは限らない。
なので、別の言葉でハルカにスイッチを入れるワードが設定されていた。
なお、元ネタを知っていたカヨコはドン引きした。
「あはははッ、二度と営業できなくしてあげる!!」
「社長、ほら、戻って来て」
「はッ、そうだった。仕事だったわ」
己も銃撃を開始したムツキを横目に、カヨコに肩を揺すられたアルは正気に戻った。
「カヨコ、退路の確保を。私は二人をバックアップしながら退却するわ」
「了解」
「ムツキ、ハルカを援護して、スマートに退却よ」
「オーケー!!」
「ハルカ、攪乱をしなさい」
「はい、アル様!!」
ハルカが店の棚に仕込んでおいたC4爆弾を爆破させ、悲鳴と混乱で大騒ぎになった駅構内を客に紛れて脱出する。
駅の警備隊を退けつつ、四人は退却を完了した。
「あのクソ雇い主め、杜撰な書類管理で助かったよ。
これを先生に送っておくよ、社長」
「ええ、お願い」
スマホで書類の写真を撮って、依頼主に送信するカヨコ。
「あはは!! もうちょっと暴れたかったね」
「アル様、次のご命令はなんですか!!」
「……ハルカ、今日はもう帰りましょう」
「はい、アル様」
ガンギマリの表情で待機していたハルカが構えを解いて脱力した。
「……ねえ、カヨコ、確か今の店の本社って、この近くにあったわよね」
「え、そうだけど、それがどうしたの?」
「正直ね、私も暴れ足りないの」
アルはどこか遠くを見るような表情をしていた。
はあ、とカヨコは溜息を吐いて、地図アプリを示した。
「えー、いいの? アルちゃん。多分給料も出ないよ。余計なことをしたって怒られるかも?」
「ムツキ室長」
アルは背の低い幼馴染を見下ろした。
「いつから貴女は私を試すようになったの?」
「あはッ」
二人に、もう言葉は要らない。
「ハルカ」
「はい!!」
「やりなさい」
ハルカは壮絶な笑みを浮かべて、カチカチっと起爆装置を押した。
いや既に爆弾仕掛けてたんだ、とカヨコは思った。
この日、ブラック企業のひとつが瓦礫となって消えた。
なんとか先生のフォローで、関係各所に謝って回るだけで済んだ四人であった。
そして後日、便利屋の仮事務所前に報酬と書かれた札束が置かれていたのだった。
次回から二章を始めます。
セナと主人公がどんな濃密な密室デートをしたのかはR18版の78話に少しだけ描写されてます。いやぁ羨ましいなぁ(白目
あと、二章の追加エピソードをどうしようかなって思ってたんですけど、ふと天啓が降りてきて、ウキウキしてきました。
でも私が楽しいことが読者の皆様とって楽しいこととは違うんですよね。いつもそれで低評価貰うんですよー、とあらかじめ私の心に予防線を張っておきます。
ではまた、次回!!