キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver   作:やーなん

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拙作は健全さを保つために、コハルちゃんが監視中です。
初手ゼロ評価は流石に笑いましたww
幾らなんでもこれは悲しいので行進速度上げますww



転落

 

 

 

「いいか、アヤネ。情報ってのは使い方次第でいくらでも武器になる」

「はい、教官」

 

 男はアビドスの五人で、一番アヤネに目を掛けていた。

 この男にしてはいやらしい意味ではなく、愛弟子のように真剣に教えを与えていたのだ。

 

「例えば昨今、軍部のお偉いさんがSNSをやっていることも多い。

 自己発信の時代だと言えばそれまでだが、これは明確なリスクだ」

「個人情報を獲得できるチャンスってことですね」

「ああ、例えば自撮り写真ひとつでも、IPや風景、時間帯など、意識が低い奴はその辺りの警戒が薄い。それでこの世からオサラバさせてやった奴も多い。特にテロリストなんてのは承認欲求の塊だ。

 多少煽ってやればボロを出す。構成員を炙り出すのに使える」

 

 アヤネはメモを取りながら、真面目に男の話を聞いていた。

 

「昔、馬鹿で融通が利かない将軍が居てな。

 突撃命令しか能のないアホで、お互いの軍勢に被害が出まくった。

 こりゃあよくない。俺は傭兵だったからな。いのちはだいじに、ってのが戦場の鉄則よ。

 その時俺はSNSを使ってそいつの不倫騒動をでっち上げた。それがバズって、マジでそいつは不倫してたってのがバレたんだ!!

 あえなくそいつは更迭よ!!」

「ふふッ、それは残念なヒトですね」

 

 アヤネは思わず笑ってしまった。

 男の話はユニークで、同時に教訓に溢れていた。

 教材用のブルーレイディスクからでは得られない、生きた戦訓があった。

 

「今の時代はな、情報の取り扱い一つで簡単に相手を破滅させられる。

 スキャンダルひとつでエリートが無職になるんだ。これは使わない手はないぞ!!」

「怖いですねぇ」

「さて、今の状況でお前ならどうする?」

「……えーと、カタカタヘルメットらしきSNSの投稿を探すべき、でしょうか」

「ああ、メッセージアプリってのは、特にキヴォトスで流行ってる奴は秘匿性がそこまで高くなさそうだ。

 探せば構成員の投稿が見つかるかもしれん」

 

 所詮学生くずれどもだしな、と彼女らの意識の低さを男は見抜いていた。

 なるほど、とアヤネは何度も頷く。

 

「俺ならあいつらの一人を捕虜にして、スマホから連絡用のアカウントを手に入れる。

 多少まともなら一定期間ごとにパスワードや通信アプリとかを変えるだろうがな」

 

 今まさに彼女達に隠れてやっている自分の手口をアヤネに惜しみなく教える。

 それで自分の所業が明るみになることなど、この男は気にしない。

 

「お前たちはいつも追い払うだけだが、捕虜を使って交渉を考えたことはあるか?」

「いえ、そう言うのは。捕虜を養う余裕もありませんし」

「ドアホが!! その程度の支出ぐらい許容しろ!!」

 

 アヤネの返答に、男は怒鳴り声をあげた。

 

「どんな戦争でも、相手との交渉のチャンネルは用意するものだ!!

 たとえ相手が民族浄化を掲げてるようなクソ国家が相手でもだッ!!

 そこから情報を引き出す、相手の目的を知る、戦いの落としどころを見つける、それが出来ないからお前らはこんな砂だらけな学校に籠城してるんだろうが!! どうせ交渉の余地が有るかも確かめてないんだろう?」

「す、すみません!!」

「……いや、お前はまだ十五歳だったな。

 俺がお前くらいの頃は、クラスの窓際でラノベでも読んでるようなボッチだった。それも仕方ない。これから学べばいい。

 次は仮に、この校舎を放棄せざるを得なくなった場合に、ゲリラ戦を想定する」

「はいッ、お願いします!!」

「よし、この学校を放棄するなんてありえません、なんてほざいてたらぶん殴ってた。生き延びるために甘さは捨てろ!! 常に最悪を想定しろ!!」

「はいッ、教官!!」

 

 男はアビドス高校周辺の地図をテーブルに引いて、アヤネと額を突き合わせる。

 

 そんな様子を少しだけドアを開け、他の四人は覗き見ていた。

 

「教官、そのうち本気でアヤネちゃんを弟子にするとか言いそうですねぇ」

「あんなに真剣なアヤネ、始めてみた」

 

 ノノミとシロコはその光景をぼんやりと見ていた。

 

「ふん、二人っきりでいやらしいことでもするんじゃないかと思ってたけど、この調子なら大丈夫そうね」

 

 割と跳ねっかえりなセリカがそんな風に言うくらいには、少しだけ男に歩み寄っていた。鼻っ柱を叩き折られたとも言う。

 

「いやぁ、このままアヤネちゃんが頼もしくなったら、おじさんもっと楽になれそうだねぇ」

「先輩はもっとしっかりしてくださいよ」

 

 いつもと変わらない様子のホシノに、セリカは苦笑した。

 ただ、そのゆるい表情の下の内心を推し量れずに。

 

 

 

 その日のお昼。

 

 男はアヤネに講義を終えると、屋上に出向いた。

 

「うへぇ……」

 

 そこには、マットレスを敷いて眠っているホシノが居た。

 そんな彼女に、男は言った。

 

「警戒ご苦労。今日の警邏任務はごく潰しが引き継ぐから、君は教室に行くといい」

「……そう、じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ホシノはいつも屋上で周囲の警戒に努めていた。

 後輩たちには昼寝だと言って、ここがお気に入りの場所だと言って、いつもそうしている。

 常識的に考えて、周囲が砂だらけの外は日射の照り返しで快適とは言えない環境だ。

 砂埃なんて乙女の髪の天敵だろう。日差しも、肌の天敵だ。

 

 男は、本当によくホシノを見ていた。

 その本質を見抜こうとする視線が、ホシノの心をざわつかせる。

 当然、恋心などではない。警戒心、或いは敵愾心。

 いや、もっと単純に言うなら、──血の臭い。

 

 キヴォトスでは最大の禁忌である、人殺しの臭い。

 アビドスの五人とカタカタヘルメット団が逆の立場だったら、間違いなく自分たちにその人殺しの技術を向けるだろう、確信。

 

 そんな相手に、心を許し始めている後輩たちの姿に感じる、もどかしさ。

 或いは、何も状況を変えられない自分の無力さ。

 

 その辺りの感情がごちゃまぜになり、焦燥に似た何かを感じていた。

 

「あ、居た居た、ホシノ先輩!!」

 

 その時、ノノミが屋上に現れた。

 

「またこんなところに寝てたんですか?

 寝るなら教室にしましょう、ほら、御膝を貸しますよ♪」

「ふぁ~、それは魅力的な提案だねぇ。じゃあ、ノノミちゃんのやわらかい御膝を借りるよ」

「うふふ、ここで寝てたらお肌や髪の毛が痛んじゃいますよ。

 あ、教官もここ居ましたか」

「おう、ちょっとおセンチな気分になってな。風景でも見てようかと思ってな」

 

 男はノノミにそんな風にキザったらしい台詞を吐いた。

 

「うんうん!! あ、じゃあ今度、教官も私の御膝でお昼寝しますか?」

「何がじゃあ、なんだ、マセガキ。誰がお前の下乳なんか見ながら寝れるか」

 

 この男、割とノノミには辛辣だった。嫌ってるわけではない。ただ、好みのタイプじゃないだけだった。

 

「あら、残念です♪」

「やめてくれ、お前のそう言うあざとい所が苦手なんだ」

「え、あざとい、ですか……私……」

「悪いな、B82以上は女として見れねぇんだ」

「ガーン……」

 

 別に男女の好意を持っているわけでも無かったノノミも、これにはショックを受けた様子だった。

 

「こらぁ、ノノミちゃんをいじめるなぁ」

「悪いって。でも俺も昔はノノミみたいに無駄にチチがデカくてあざとい女が至高だって、思ってたんだって!!

 こいつが誰に対してもこんな感じなのは分かってる、分かってるから!!」

「フォローになってない!!」

 

 自分より五十センチも小さい女の子に胸倉をつかまれて揺さぶられる男だった。

 一通り男の襟を乱した後、ホシノは男から離れた。

 

「もう行こう、ノノミちゃん」

「私も、皆みたいに気軽にスキンシップしてほしかったのに……」

「あれはセクハラだよ、ノノミちゃん」

 

 ちょっと天然で世間知らずの彼女に、ホシノは真顔でそう言った。

 

 

 

 放課後前、下校しようとしていたセリカは男が廊下でシロコと話しているのを見つけた。

 

「つまりだ、先手必勝よ。寝込みを襲って、既成事実。これに勝る必勝法は無い」

「ん、参考になる」

「何を話してるのよあんた達!!」

 

 普通に聞き流せばいいものを、セリカは即座にツッコミを入れた。

 

「なんだよ、あずにゃん」

「誰よそれ!!」

「おっと、悪い。それは別のキャラだったな、セリカ」

 

 男がセリカをからかうのはいつものことだった。この程度、軽いジャブだ。

 

「セリカ、教官に恋愛指導をして貰ってる」

「とても恋愛の秘訣には聞こえなかったけど……」

「惚れた腫れただのは二の次よ。とりあえず、口実を付けて合意を得るのもいいぞ。はぁ、お前らが恩人じゃなかったらなぁ……」

「どこを見てるのよ、変態!!」

 

 ジッとセリカの胸を凝視している男に、彼女は睨み返した。

 

「おっと、変態とな? 自分の胸部がマニアックなことをご理解してると」

「そう言う意味じゃないわよ!!」

 

 男はセリカを相手にせず、シロコの胸を見た。

 

「うーん、俺の勘が今のうちにシロコは食っとけって言っている。今が一番食べごろだと言っている……。なあ、丁度昨日お城みたいなホテルを見つけたんだ、一緒にデートしないか?」

「……遠慮する」

「意外と楽しいぞ、最近は女子会とかもそういうところでやったりすると聞いた。勿論、健全な意味でな」

 

 男の猥談に、シロコは顔を赤らめて目を逸らした。

 

「ワンナイトラブで良いから、行きずりの方が燃えるから、な!!」

「最低、このロリコン野郎……次の訓練の時は、背中に気を付けなさいよ……」

「え、セリカ、お前何で後ろ向いて話しかけてるんだ?」

「むぎぃぃぃ!!!」

 

 某妖怪マンガの猫娘みたいに激怒したセリカが男に襲い掛かる。

 これが一日一回は起きていた。

 

「仲いいね、二人共」

「誰がよ!! って、どさくさに紛れて何触ろうとしてんのよ!!」

「おいおい、無いモノは触れんぞ」

「ふぎゃああぁぁぁ!!」

 

 ブチ切れで殴る蹴るを繰り出すセリカとじゃれ合う男を、シロコは微笑ましそうに見ていた。

 

『俺にも昔、妹が居たんだよ。セリカみたいにクソ生意気な奴でな』

 

 シロコもセリカ達後輩を思い起こし、妹ってこういうモノなのかな、と思うのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 そのような日々を過ごしていた男が対策委員の会議に招かれたのは、十日が過ぎた頃だった。

 

「九億の借金に毎月数百万の利子ねぇ」

 

 男は彼女達から渡された書類を見て溜息を吐いた。

 

「可哀想に、その年でみんな体を売って稼いでるとは……」

「変な誤解をしないでください!!」

 

 アヤネが真っ赤になって叫んだ。

 

「え、じゃあどうやって毎月数百万も稼いでるんだ?」

「涙ぐましい努力の結果です!! 経費削減とか、備品の売却、賞金首の確保とか……」

 

 男はそうか、としか言えなかった。

 

「先に言っておくが俺は経営アドバイスなんて出来ないぞ」

「あんたにそんなの期待していないわよ」

「じゃあ何でこの場に呼んだんだよ」

「それは……」

 

 男の問いにセリカは口ごもった。

 そんな彼女に代わり、ノノミが答えた。

 

「みんなで話し合ったんです。

 教官はもう部外者とは言えませんし、ちゃんと話しておいた方が良いかと」

「たった十日程度でか? 人が良いな」

「寝食を共にし、共に戦ったじゃないですか」

「ふむ、まあ確かに」

 

 昨日もまたヘルメット団の散発的な襲撃があった。

 野外に居た男も結果的に応戦することとなった。

 

「俺も共に戦った戦友は家族みたいなもんだと思ってる。

 俺の部隊員は我が子同然だった」

 

 そう思えば、彼女らを恩人としか見ていなかった男は別の愛着がわいてきた。

 

「おいで、我が子らよ。

 手取り足取り英才教育をしてやろう、十八禁的な意味で」

「いくら何でもアブノーマルすぎるでしょ!!」

 

 セリカのツッコミが今日も冴え渡っていた。

 

「借金返済の目下のたんこぶは、あのカタカタヘルメット団。

 彼女らのせいで、資金繰りが更に厳しくなっています」

「なるほど」

「正直、私は期待してないわよ。

 どうせ大人はこの問題に見向きもしないし」

 

 書記のアヤネとそっぽを向くセリカを見てから、男は書類に目を落とす。

 

 自然災害による対策の為の借金。

 アビドス高校は廃校寸前の崖っぷちで踏みとどまっている。

 大人でなくても目を逸らしたくなるだろう。

 

 そこで男は気づいた。

 二人だけでなく、彼女ら全員が諦念の視線を男に向けていた。

 

 男は理解した。

 彼女らは男に、何の期待もしていないのだと。

 ただの現実逃避に近い、これ以上絶望しない為の──希望を持つ必要が無いのだと己を守る為の自己防衛に過ぎないのだと。

 

「実は、俺は魔法使いでな」

「は?」

 

 男の突拍子の無い言葉に、何言ってんだコイツ、みたいな視線を向けるセリカ。

 

「どんな願いも一つだけ叶えてやるよ」

 

 男は不敵に彼女たちに笑って見せた。

 

「いや、ここは砂漠だしランプの魔人の方が良いか?」

「ぷッ、なにそれ」

 

 溜まらずホシノが噴き出した。

 ノノミもアヤネも愛想笑いするほかなかった。

 

「俺は本気だぞ、俺の天使よ」

「その言い方はやめてよ~」

「本気だと言っている」

 

 お茶を濁そうとするホシノに、男はもう一度繰り返した。

 

「お前たちの為なら、何でもしてやる」

 

 男の真剣な口調に、ずっと黙っていたシロコが口を開く。

 

「それって、一生のお願い的な軽いモノ?」

「まさか」

 

 男は肩を竦めて、愛銃を抜いて己のこめかみに当てた。

 その行動に、全員がギョッとした。

 

「今この銃には実弾が入ってる。

 お前達が望むなら、この引き金を引いても良い」

「ちょっと、冗談はやめなさいよ!!」

「冗談に聞こえるか?」

 

 狼の口が笑う。裂けるような笑みで。

 

「お前らに拾われた命だ。

 お前達にくれてやると言っているだけだ。

 別に重荷に感じる必要は無い。これが俺の生き様なんだよ」

 

 そこまで言ってから、男は愛銃を戻した。

 

「まあ、男の生き様なんてガキには理解できないか」

「冗談でも」

 

 ノノミはキッと男を睨んだ。

 

「命をくれてやるなんて言わないでください」

「本気なんだけどなぁ」

「もう!!」

 

 ノノミは顔を顰めてそっぽを向いた。

 

「まあまあ。ノノミちゃんがこんなに甘えているのは珍しいんだから、分かってあげてよアップルマンさん」

「やれやれ、体つきはいっちょ前でも所詮ガキか」

 

 ホシノが仲裁し、男が茶化してこの話は終わった。

 

「俺は、お前たちがこの地に縛られる必要は無いと思うけどな」

「どういうことですか?」

「お前たち五人が、アビドスだってことだ」

 

 アヤネの問いに、男は彼女らを見渡す。

 

「この地での思い出は尊いのかもしれん。

 だが、思い出はこれからも作っていける。

 ホシノも卒業までの時間を、苦労話で終わるのも空しいだろ」

「…………」

「まあ、それはそれで青春かもしれんがな!! 

 お前達なら、別の場所で新しいアビドスを作れると思ったんだがな!!」

 

 そんな選択肢は無い、と五人の間に流れる雰囲気で察した男は笑い飛ばすように己の意見を翻した。

 

「悪いな、快刀乱麻を断つような意見をビシっと出せたら格好いいんだが。俺はなろう系の主人公じゃないんだ、転生特典も無いしな」

「いえ、ごめんなさい」

「なぜ謝る、お前たちは悪くないだろ?」

 

 男は張り付いたような笑みで答えた。

 

「とにかく、お前たちの学校の問題は俺には荷が勝ちすぎている。

 それに、借金があるって分かった時点でこれ以上ごく潰しじゃいられない」

 

 男の言葉に、彼女達は思わず顔を上げた。

 

「傷も塞がったし、明日俺はアビドスを出ていく」

 

 その言葉に、誰も異を唱えられなかった。

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

「せめて、朝まで待ってお別れしたらどうなの?」

 

 男は振り返った。

 

 夜の校舎、窓ガラスから漏れる月夜の廊下にホシノが立っていた。

 

 男は思ったことを口にした。

 

「ああ、……美しい。やはり君は俺の、天使」

「その呼び方は止めてってばぁ」

「美しいものを美しいって言って何が悪い」

 

 男はニヒルに笑ってみせた。

 

「……行くんでしょ」

「ああ」

 

 二人の間に、もはや余計な確認作業は必要無かった。

 

「ねえ、何でもしてくれるって、本当?」

「ああ」

「……とんでもなく酷いことを言っても、良い?」

「君の言葉は、どんな罵詈雑言でも天使の囁きさ」

 

 ……。

 ……短い沈黙が流れた。

 

 

 

「お願い、助けて」

 

 

 俯いて、か細い声が男の耳に届く。

 

 その言葉を言ったホシノはその時、理解していなかった。

 悪魔への願いは、正しく叶わないと言うことを。

 

「ああ、最初からそのつもりだ」

 

 男は振り返り、立ち去った。

 

 ホシノから見えないその表情は、絵画の悪魔のようにおぞましい笑みだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 男が去って、十日が経った。

 カタカタヘルメット団の襲撃は、嘘のようにぴたりと止んだ。

 

「今日も平和ですねー」

「あの変態セクハラ教官も居なくなったしね」

 

 対策委員の会議室で、五人は平和な時を過ごしていた。

 お茶を飲みながら返済計画を検討しているノノミの言葉に、嫌味で返すセリカ。

 

「もうちょっと居てもよかったのにね」

「正気ですか、シロコ先輩」

「恋愛のイロハとかもっと教えて欲しかった。

 ん、先手必勝、夜這い、寝込みを襲う、既成事実」

「あんのエロ親父、本当にシロコ先輩に余計なことを!! 

 ……はあ」

 

 何だかんだで、ちょっとだけ寂しさを感じてしまうセリカでもあった。

 

「ノノミちゃんもあの人に甘えてたもんね。

 あんな雰囲気のノノミちゃん、初めてみたよ~」

「うふふ、なんだかんだで、本気で私達の事を考えてくれていたのは事実だと思っていますから」

 

 そう、アビドスの問題を行政機関である連邦生徒会も、他の学校も見向きもしなかった。

 大人は彼女らに理不尽を課す存在で、敵でさえあるのかもしれない。

 

 そんな中で、あの男は彼女たち一人ひとりを見ていた。

 まあ、よこしまな思いも確かにあっただろうが。

 

 彼女達に好意を持って接する大人など、皆無だったのだ。

 

「もっといろんなことを教わりたかったです」

 

 アヤネも惜しむようにそう呟いた。

 人間性や人格はともかく、男は指揮官として経験豊富で熟達していた。

 彼の戦術、戦術眼、状況判断能力、用兵、その全てが卓越していて、アヤネにとって厳しくも学びの多い十日だった。

 

「さよならぐらい、言って行けばいいのに」

 

 そうぼやいたのは誰だったのか。

 

 まさしく、砂嵐のような男だったと、彼女達は懐古する。

 そんな思い出となりかけた存在を思い起こす対策委員会の五人を、地獄に突き落とす出来事が迫っていた。

 

 

 警報が、鳴った。

 

「敵襲!?」

 

 全員が即座に戦闘態勢に移り、アヤネを除く四人が素早く校門前に陣取った。

 

「アヤネ、敵勢力は?」

「……アヤネ?」

 

 シロコの問いに、いつもなら水を打ったように返って来る返事が無かった。

 セリカも首を傾げた。

 

『あッ、すみません、それが、変なんです』

「変? 正確に報告して」

 

 シロコの鋭い詰問に、アヤネが答えた。

 

『さ、三人です。それ以外、反応は見当たらないです』

「はあ!? たった三人? 見間違いじゃないの!?」

「いいえ、どうやら本当みたいです」

 

 ノノミがガトリング砲の銃口を下ろして言った。

 セリカも釣られて、彼女の視線の先を見やった。

 

「ど、どういう、ことなの?」

 

 四人の視線の先には、赤いジャケットのヘルメット団が一人。黒い制服のヘルメット団が二人。

 ゆらゆらと、砂漠の蜃気楼のように揺れながらこっちに歩いてきていた。

 武装も見当たらない。

 

 ヘルメット団はチンピラらしく、徒党を組む。

 最低でも二十人近くで。

 それが三人などと、あり得ないことだった。

 

 やがて、幽鬼のようにふらふらのヘルメット団たちが校門の前にたどり着き、遭難者のように跪いた。

 

「あ、アビドス……対策委員会……ッ」

「たッ、たすけ、て!!」

「もうしません、わるいこと、しないからッ、許してくださいごめんなさい何でもしますこわいこわいこわい────」

 

 その彼女は、尋常じゃない様子であった。

 

 その様子に戦闘の意思は無いと判断した四人は構えを解き、彼女達に近づいた。

 

「あなた、何が有ったの?」

 

「お願いします矯正局でもどこでも行きます二度と銃も持ちませんこれからの人生ずっと償っていきますだからだからだからあああああ!!」

「悪魔が、砂漠の悪魔が来るのぉ!!」

「もう暗い所はいやぁぁぁぁああああ!!!」

 

 四人は、いや五人は立ち尽くしていた。

 呆然と、得体の知れない何かに責め立てられているような三人に戦慄して。

 

 

「とりあえず、鎮静剤を打って落ち着かせました。

 明日にでもヴァルキューレ警察学校に送り届けましょう」

「見張りは?」

「必要だと思う?」

 

 セリカの言葉にシロコも首を振った。

 アヤネの提案はそのまま採用された。

 

「あれ、先輩たち何をしているんですか?」

 

 会議室に戻った三人は、ノノミとホシノが複数の携帯端末を弄っているのを見かけた。

 

「ああ、カタカタヘルメット団のモモトークに、連絡用のグループがないかと思ってさ。

 構成員とか、彼女達に何が有ったか手がかりとか分かると思ってね」

「名案ですね」

「ほ、ホシノ先輩、こ、これ!!」

 

 四人はノノミの尋常じゃない声に、視線が集中した。

 

「ど、どうしたのノノミちゃん!?」

 

 この場に居る全員が入学からこれまで一度も聞いたことも無い、恐怖に満ちたノノミの声。

 

 彼女は震えながら、グループチャットに載せられた動画ファイルを再生した。

 

 

『ハロー、ヘルメット団の皆さん』

 

 そこは、砂漠のどこかだった。

 アビドスは大半が砂漠化して、すぐにどこかは特定できない。

 

 だが、白いフリップが映り、そこがどこだか克明に記されていた。

 そして、カメラが移動する。

 奇妙な物体が映る。いや、あってはならないものが映る。

 

 それは、端的に言って磔。十字架の形をした木材だった。

 

 ヘルメットを被った少女が逆さ吊りになって、手足を十字架に縛り付けられていた。

 ショーツが丸見えで、無残な姿だった。

 

『助けに来い』

 

 最初の声が、端的に告げた。

 動画の再生時間は、わずか十秒で終了した。

 

 

 そして二時間後のタイムラインで、次の動画がアップされていた。

 ノノミは再生ボタンを押した。

 

 

『助けに来なくて良いのか?』

 

 磔の不良の首は地面から離れている。

 だが、恐怖は地面にあった。

 

 それは、たき火だった。

 今にも火種が燻り、燃え上がろうとしていた。

 

『そうかそうか、お前たちは危機に瀕した仲間を助けない組織なんだな。

 次はお前が見捨てられるかもな!!』

 

 声が、ヘルメット団を嘲笑する。

 

 こうなっては助けざるを得ない。

 仲間を助けない組織は、士気が低下して瓦解する。

 

 悪辣で、悪魔のようなやり方だった。

 動画が終了する。

 

 グループチャットでは、ヘルメット団のリーダー格が何名かに救出を命令していた。

 

 

 次の動画を再生する。

 

『ここで、ネタばらし。こういうの、流出したらお前ら上に怒られるんじゃないのか?』

 

 動画の撮影主が、磔の少女のヘルメットを蹴飛ばす。

 すると、簡単に頭が外れた。

 

 それは、マネキンだった。

 

 カメラが周囲を映す。

 

 ──死屍累々だった。

 

 助けに来たヘルメット団の団員たちが爆発痕や丸太のトラップで押しつぶされ、昏倒していた。

 

 動画はここで終わっていた。

 

 グループチャットには罵詈雑言が無数に書きなぐられていた。

 

 

 次の動画が再生される。

 

『人狼ゲーム!!』

 

 暗い部屋に、四人のヘルメットを被った少女たちが縛られていた。

 

『これからお前たちに先日拉致したこの四人をお返しする。

 だが、ひとりだけお前たちを裏切るように指示した。

 銃を乱射し、お前たちを撃てとな。

 頑張って当ててみよう!!』

 

 動画は途切れ、どこかの監視カメラの映像に続いていた。

 

『誰だ、誰が裏切者だ!!』

『私じゃない、本当だって!!』

『私は何も指示されてない!!』

 

 どこかの小隊に合流した先の四人が、仲間たちに銃を向けられていた。

 

『うそつけぇ!! 

 ここ数日、何人もの団員が行方不明になってるんだ!! 

 お前達の言ってることが信じられるか!!』

『頼む、助けてくれ、あいつが、あいつが来るんだ!!』

『黙れぇ!!』

 

 その時だった、解放された四人のうち一人──ではなく、元々居たはずの小隊の一人が小隊長らしき人物に銃を向けた。

 

『え──』

 

 彼女は次々に味方に銃を乱射し始めた。

 

『あはッ、あはははッ、これで解放される!! 

 やりました、私は言われた通りにやったッ!! 

 もうあんなところに戻らなくて良いんだ!!』

 

 裏切者は味方に次々と弾丸を浴びせた。

 だが。

 

『よくも、この裏切者!!』

 

 悲しいことに、キヴォトスの女学生たちは頑丈だ。

 混乱し、もはや敵味方関係なく撃ちあう面々。

 

 悪夢のような光景だった。

 

 

 次の動画を──―。

 

「もうやめて!!」

 

 その叫び声に、ノノミの指が止まった。

 

 ホシノがその携帯端末を、そっと震える彼女の手から取り上げた。

 画面をスクロールすると、そんな動画があと三十件ほど存在していた。

 

 暴力と拉致監禁で洗脳し、疑心暗鬼を誘い、同士討ちをさせ、誰も信用でき無くさせて自滅させる。

 そんな悪意が、ずらりと記録として残っていた。

 

 誰がやったのか、明白だった。

 

「早く、止めさせないと!!」

 

 セリカが叫んだ。

 彼女は泣いていた。

 正義感の強い彼女が仇敵を憐れんで、これを実行した相手を想い涙していた。

 

「……ば、場所が特定できそうな内容はありますか?」

 

 真っ青な表情のアヤネが、恐怖に震える体を勇気で振り絞りそう言った。

 

「最後の動画の景色に見覚えがある。

 投稿時間も五分前、車ならすぐのはず」

 

 シロコが口を横一文字に結んで、眩暈を覚える現実を直視した。

 五分前。そう、今まさにあの残虐なゲリラ戦は続いているのだと。

 

「私の所為だ」

 

 ホシノは心の底から後悔した。

 彼女は信じられなかった。捨て駒と分かって送り出した。彼は自分たちの為に命を捨てることを分かっていた。

 だが、捨て駒の筈の男は、おぞましい才覚に溢れていた。

 悪いのは彼か? いや発端は、真に邪悪なのは自分だと、目元に涙が浮かぶ。

 

「違います!! ホシノ先輩、しっかりしてください!!」

 

 尊敬する先輩の自虐の言葉、それを聞いたノノミはハッとなって立ち直った。

 

「まだ、まだ一線は超えてない、はず。

 彼にヒトの心があるのなら。そう信じて、止めに行きましょう」

 

 彼女の慈しみに溢れた言葉と共に慰めるように肩に手を置く。

 ホシノは年相応、いや見た目相応の少女のように、うん、と頷いた。

 

 こうして、対策委員会は動き出す。

 

 狂気を産み出す、その根源に。

 自分たちが助けてしまった、悪魔のもとへと。

 

 

 

 

 




このお話はR18版から4000文字くらい加筆してます。
具体的には、主人公とアビドス五人との交流のシーンが追加されました。
本当はこれぐらい、主人公が彼女達の為に命を賭ける理由を描写したかったのですが、連載当初は八か月くらい前。ブルアカの解像度が低かったのです。
アビドス編はアニメ化もされましたしね!!
作者はてっきり、五人とも校舎で寝泊まりしてるモノだと思ってました。普通に登校してたのね……。

アニメの評価は賛否両論ですが、作者はキヴォトスの世界観の解像度が深められ、十分に楽しめました。そして、やっぱいアコちゃんの服はおかしいことを再認識しました。

ではまた次回!!

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