それだけ完成度が高かったということでしょうか。
コハルちゃんの検閲の出番は、まだです!!
『あそこです!!』
アヤネのナビゲートで、現地に到着した対策委員会前衛メンバー四人は車から飛び出した。
「前方敵影無し」
「右翼敵影無し、クリア」
「前方敵影無し、クリア」
即座にホシノを前衛に左右をセリカとシロコが固める。
背後の車を遮蔽物にノノミも武装を展開した。
『レーダーに敵影無し』
「小隊警戒を厳に、前へ」
彼女達は三方を警戒し、砂漠を進んでいく。
「あれです!! ターゲット確認!!」
ノノミが目的のモノを確認した。
半分が砂漠に埋もれたその場所は、何らかの工事現場だったのだろう。
むき出しの廃屋や重機が打ち捨てられていた。
その中心に、異様なモノが置かれていた。
それはガムテープなどで密閉された公衆電話の電話ボックスのようだった。
問題の中身は、ヘルメットを被った不良が縄で拘束され、閉じ込められていると言うだけでは無かった。
「ッ、ヒドイ!!」
セリカは目の前の光景に憤った。
当然だろう。
その不良は、身動きの出来ないままバケツのような物に両手を突っ込まされていた。
そのバケツからは、白い気体がもくもくと床に向かって垂れ流れていたのである。
──そう、それはドライアイスだった。
凍傷を与えるという拷問と同時に、人質を二酸化炭素で窒息死させる時限式の処刑装置だった。
彼女達が駆け寄ろうとした、その時だった。
『ッ、高速で移動する物体を確認!!
────罠です、皆さん!!』
「みんな伏せて!!」
ノノミの指示に、残りの三人は反射的に従った。
熱された砂漠の砂に伏せた四人は、ぶうん!! と何かが背の上を通り過ぎたのを感じた。
直後、轟音と共に砂煙が舞う。
『貨物用クレーンを利用した、ブービートラップ!!』
アヤネの戦慄した声が四人の耳に届いた。
見れば、廃屋に五tトラックにでも乗せるようなコンテナが直撃していた。
こんなのの直撃を受ければ、いくらキヴォトスの住人でもすぐには立ち直れないダメージを受けるだろう。
「これで、大丈夫?」
「いや、待って」
セリカがほっと胸を撫で下ろしたが、シロコは地面に違和感を抱いた。
「そこ、多分落とし穴がある」
シロコが愛銃で地面を撃つ。
彼女の言う通り、そこには薄いベニヤ板の上に砂が被せられた即席の落とし穴が有った。
深く掘られていない代わりに、むき出しの電線が蜘蛛の巣のように張られていた。
『こ、構造物スキャンをします!!』
「大丈夫だよ、落ち着いてアヤネちゃん」
ホシノは後輩に優しく労う。
『いいえ、教官の教えを受けた私は、彼がゲリラ戦のスペシャリストであることを分かっていました。
そもそも、あの動画はヘルメット団を誘い出す為のモノ。
のこのこ私達が出てきてもあの人に会えるわけないって、気づくべきでした!!』
「気にしないでアヤネちゃん。
私達も気が動転して、そのことに気づけてなかったから」
仲間を危険に晒してしまい涙声になるアヤネに、ノノミも慰めの言葉を掛けた。
「泣き言はいい、スキャン結果を教えて」
「ちょ、そんな言い方……」
「ここは敵地、わかって」
シロコはまだ周辺を警戒している。
セリカはその姿に言葉を呑み込んだ。
『……スキャン結果出ました。
同様のトラップが十八個存在、十一時の方向に電源らしき物体を確認!!』
「あの廃屋の中だね」
シロコとセリカの銃撃で、廃屋に隠された電源装置が破壊された。
「ムーブ、ムーブ!!」
ホシノの号令に、四人は陣形を維持したまま人質の下へと辿り着いた。
銃撃で電話ボックスを破壊し、アーミーナイフをバックから取り出し縄を切り裂く。
「よかった、凍傷は酷くない」
『皆さん、飲み水で患部を温めてあげてください!!』
日中の砂漠だと言うのに、寒さで震えている不良を助け出したホシノはドライアイスをその辺にぶちまけ、己の飲み水をバケツに入れた。
他の三人もホシノに習って飲み水をバケツに投入した。
『砂の熱を使ってください、この気温ならすぐにぬるま湯になる筈です』
「わかったわ」
凍傷の処置を終え、四人はようやく一息が付けた。
「あ、あの、対策委員会の人ですよね?」
不良はヘルメットごしでも涙で顔がぐしょぐしょなのが分かってしまうその表情を四人に向けた。
「で、伝言を、伝えろと言われました……」
四人は顔を見合わせる。
「なんて、伝えろと言われたの?」
「──もう十日目だ、遅すぎる、と」
「……」
ホシノはアビドス高校で保護した不良の携帯端末の画面を点けた。
ヘルメット団のグループチャットの最後の動画の既読数は、『1』。
それはもう、他にそのグループチャットを見る者が居ないことを示していた。
彼の戦いは、既にチェックメイトの段階に至っていたのだ。
「あの子たちは逃げて来たんじゃない。
私達へのメッセンジャーだったんだ」
それはつまり、この数々のトラップは対策委員会のメンバーに向けられていたモノに他ならないということだった。
「他に何か聞いていない?」
「な、何も知りません!!
私は襲撃に参加してない、新人で雑用しかしていない、略奪もしたことないって必死に説明したら、二度と銃を握れない程度で許してやる、としか」
「私達が助けに来ることも計算ずくってことですか」
ノノミは肩を落とした。
これで振り出しに戻ってしまった。
手掛かりは、ゼロだったが。
「た、多分、基地に居ると思います」
不良の言葉に、皆は顔を上げる。
「責任者は、責任を取る為に居るって、あの人は笑いながら言ってました」
責任を取る。
その意味を、五人はすぐに察した。
── コ ロ す 気 だ 、とッ!!
「みんな、車に乗って!!」
ホシノの指示に、皆は従った。
そして備品のオフロードカーを走らせ、現地へと向かった。
道中、ノノミは確信めいた予感を頼りに、グループチャットの画面でグループ通話の操作をした。
『……お楽しみ中に無粋な電話をするのは誰だ?』
「私です、教官」
『なんだノノミか』
電話越しの男の声は、落胆したように溜息を吐いた。
「あんた、何してるのよ!!
自分がしたことが分かってるの!?」
通話できると分かるや否や、セリカが怒声をあげた。
『その声はセリカか?
元気そうだな。やっぱりあの程度の罠じゃ足止めにもならんか。
そして車のエンジン音からして等速、俺の位置を突き止めたな?
少しは成長したな、お前ら』
「セリカちゃんの質問に答えて下さい、教官」
セリカが相手だと会話にならないと判断したノノミが、念を押すように話しかけた。
そうしなければ、彼女は二度と会話できないような気がしたから。
『今のが質問か? まあいい。その前にアヤネ。俺はお前に何を教えた?』
『ッ……それは……』
『お前が腑抜けていたから、連中はこうなったんだ。それとも見て見ぬふりをしたのか?』
「アヤネちゃんは悪くないです!!」
男の追及を遮って、ノノミがそう言った。
『さて、俺が何をしたかだと? ──ただの害獣駆除だよ』
「違う!!」
『違わないさ。
こいつらは正式に学校から退学している。
キヴォトスにおいて学籍の無い人間は戸籍も無いも同然。
存在しない人間、存在を証明できない人間。
社会秩序から離れるということはそういうことだ。
こいつらは、暫定人間っぽい害獣。それ以上でもそれ以下でもない』
「何言ってるの、人間は人間でしょ!!」
『そう思うか?』
電話越しに、くくくッ、とくぐもった笑い声が聞こえた。
『セリカ、人間の定義とは何だ?』
「そんな論議は無意味です」
『俺は尊厳だと思う。ヒトとサルとを隔てるモノは』
ノノミが会話を遮るが、男は朗々と語り始めた。
『他者を慈しみ思い遣り、尊重する。
自分と言うアイデンティティを持ち、それを誇りとする。
それが人間と言う生き物だ。
然るに、こいつらは何だ?』
電話の奥から、少女の呻き声が聞こえた。
『他人の財産を奪い、生命を傷つけ、暴力のみを拠り所にしてサルのように騒ぎ立てる。
生産性も無ければ平穏を謳歌する一般人を脅かす。
その上、自分たちが何を振り回しているのか自覚が無いときたもんだ!!』
「彼女らの全員が、望んでそうなったわけじゃない筈です」
『そうかもな。だが、覚えているかノノミ。
あいつらは、お前たちを襲撃していた時生き生きとしていたぞ』
「それは……」
『俺もこいつらがただの物乞いとして、アビドスの校舎の前に食べ物を欲しただけなら慈愛を以て接しただろう。
だが、そうはしなかった。仲間を集め、武器を持ち、暴力を形成する一員として集合した。それだけで十分なんだよ」
「……」
『奪う以外の方法を知らなかった? 確かにそうかもな。
じゃあお前たちがこいつらを憐れに思うなら、素直に奪われればよかったじゃないか』
「ッ!!」
『他者を救うと言うのは、それだけで生涯を掛ける必要がある。
それだけの労力が必要なんだ。お前たちの正義感に満ち溢れた言葉には中身なんて無いのさ』
誰も、言い返せなかった。
男の言葉は全て正論で、残酷なまでに現実だった。
「それでも、救うのがダメなら壊すと言うのは間違ってる」
数秒の沈黙を破ったのはシロコだった。
電話の向こうから、男の笑い声がした。
会話の内容に進展がみられない少女たちを嘲笑うように。
『──銃と言うのはな、麻薬と同じだ』
「え?」
『こいつで一度でも誰かを黙らせられる、と知ったらもう手放せない。自衛だろうと、そうでなかろうと。
なぜ人間の血の味を覚えた熊は必ず殺さないといけないと思う?
人間は弱い生物だと理解するからだよ。
それが、暴力の本質だよ』
男は哲学者のように真理を騙る。
『お前達は銃を手放せない。いつか好きな男が出来て、結婚し、子を成し、老いて孫が出来ても──ふとした瞬間に頭を過るんだ。銃が有れば黙らせられるのにって』
それは、呪いの言葉だった。
このキヴォトスという世界を呪う呪詛だった。
『お前たちとこいつら、それを隔てるのは紙一重だ』
「一緒にしないで!!」
セリカが、何も言い返せない自分を恥じて涙を湛える彼女が叫んだ。
「なら、あんたは全員が銃を捨てれば解決すると思ってるわけ!?」
『まさか、銃が無ければ剣を、それがダメなら鉈を、鉄がダメなら棍棒を。そうやって、人は戦い続けるのさ。暴力の連鎖は終わらない』
男は穏やかに、決して呪いは終わらないと告げた。
「あんたの言う人間の定義に、どうしようもなくあんたが外れてるって理解してるの!!
私達の誰が、あんなヒドイことをしてと頼んだって言うの!!」
「っ!!」
セリカの言葉に、運転に集中しているホシノが歯を噛み締めた。
『俺は自分の持ちうる手札で、最大の効果を得られる結果を求めただけだ。
なぜこの害獣どもがお前たちを執拗に襲ったと思う?
血の味を覚えた熊と同じだからさ。
駆除しない限り、お前たちは消耗を強いられただろう。
そうだな。まあ、50人ばかりの手勢があれば、お前たちと一緒に堂々と正面からこいつらを倒しただろうな。それはさぞ、楽しいに違いない』
男はその違いに、意義を見出していなかった。
正義を掲げて戦い勝利の高揚を得るのも、だまし討ちと卑劣な手段で残虐に痛めつけるのと、同じだと男は言ったのだ。
「……あんたも結局、私達の大嫌いな大人だったってことね」
説得は不可能と、セリカは理解するほかなかった。
そもそも、彼女達と男は生きている世界が違い過ぎていた。
『随分と他人事だな、セリカ。
しかし、それはちょっとばかし勘違いだ、的外れだと言ってもいい』
『もうやめてください、アップルマンさん』
聞いていられないと、アヤネが言った。
『大人なんて、どこにもいない。
ただ、お前たちの思う大人と言う人間はみな、──子供ではいられなくなっただけだ』
誰よりも悲しそうに、男はその現実を語った。
これまでの講釈が全て、自虐に過ぎないからだ。
『そしてお前たちも、いつかそうなる』
それは五人が、ずっと目を逸らしていたことだった。
『子供でいられなくなるとどうなると思う?
……優先順位を付けなければならなくなるんだ。
そうだな、お前たちで例えるのなら──』
「もういや、聞きたくない!!」
セリカの悲痛な叫びは、他の四人の代弁だった。
『現状維持で緩やかに高楊枝のまま滅びるか、俺のような所業に至るか。
気づいているか? お前たちはそれぞれ優先順位がバラバラだ』
対策委員会の全員はアビドスを愛している。
だが、その愛を維持する方法を思い描くには個々で異なっていた。
ホシノは最悪自分を犠牲にするつもりでいる。
ノノミはいざとなったら親を頼るかもしれない。
シロコは手段を択ばなくなるだろう。
セリカはどこか無意味と分かっていてバイト代を返済に充てている。
アヤネは具体的な自分の意見を持っていない。
最後の選択を突き付けられた時、彼女らの結束は瓦解するだろう。
男はそれを見抜いていた。だから別の地での再起を促した。
『いいか、お前たち』
「到着したよ!!」
ホシノがブレーキを踏む。
カタカタヘルメット団が根城にしている廃基地にたどり着いたのだ。
保護した不良を車に置いて、彼女達は基地内に突入する。
『なにが一番大事かを決める』
男は、基地の奥でヘルメット団のリーダーを磔にしていた。
男は四人を認めると、手にしていた携帯端末を下ろした。
「それが、子供ではいられなくなる、ということだ」
十日ぶりの再会だった。
銃で人が死ぬ世界の人間と、銃で人が死なない世界の人間。
キヴォトスなら銃でみんなは死なないよ、やったね、とはならない。これは男の、主人公の八つ当たりなのです。
ではまた次回。