キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver   作:やーなん

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そして、現在に至る

 

 

 

「“子供でいられなくなるだけ、か”」

 

 不安定な砂漠を走行するオフロードカーに揺られながら、先生はその言葉を噛み締めるように呟いた。

 

 それは生徒たちの為に大人であろうとする彼を否定する言葉だったが、先生はどこか腑に落ちた思いだった。

 

 例えば子供が出来れば、それまでの趣味や交友関係から子育てを優先せねばならない。

 親は子供の頃のように自由に時間を使えなくなる。

 それが、彼の言うこどもではいられなくなる、という言葉の一例だ。

 

 だが、それは逆に言えば、先生のように仕事で生徒たちを助けることを選ぶことも出来ると言うことだった。

 

「“彼は、君たちの『先生』だったんだね”」

 

 先生は敢えて彼の所業について言及しなかった。

 彼の行いは彼の責任であるし、悲しそうな彼女達に対してそれを蒸し返す気にはなれなかった。

 

「どこが!! 最低のセクハラエロ親父だったわよ!!」

 

 セリカがぷりぷりと怒りを露わにした。

 

「ふふ、私には一度しか言ってくれませんでしたよ、セクハラ」

「訂正、最低のロリコンセクハラエロ親父だったわ!!」

「私達は色々と“可愛がられてた”もんね」

 

 怒るセリカと訓練を思い出して遠い目をしているシロコを、ノノミは微笑ましそうに見ていた。

 

「でも、戦いの事はいっぱい教えてくれたのに、あんまり自分の事を話してくれなかったよね~」

 

 自分の事を棚に上げていると理解していながら、ホシノが話題に入った。

 

「“外”では軍属だったのでしょうか。

 海軍式は練兵は罵声を浴びせると言いますし。あの軍服の紋章も林檎でしたね、アップルマンの由来も、そこから来てるのでしょうか」

「あのセクハラまみれで? 軍に居てもすぐに辞めさせられたでしょうね!!」

 

 ノノミの言葉をセリカは切って捨てた。

 

『そうですね、教官は自分を傭兵だと言っていました』

 

 アヤネは彼の教えを思い出す。

 あれは常に少数の味方での戦いを前提にしていたように思えたのだ。

 

「“結局、彼とは別れたの?”」

「ええ、説得……が、通じたのかもしれません」

「“説得が通じた?”」

 

 ノノミの言葉は歯切れが悪い。先生が思わず聞き返すくらいに。

 

「わけわからないのよ、あいつのことは」

 

 セリカが小さく吐き捨てるように呟いた。

 

「きっとノノミちゃんの“口撃”が利いたんだよ~」

「止めてくださいよ、ホシノ先輩」

 

 茶化すようなホシノの言葉に、ノノミは恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「“何を言ったの、ノノミ?”」

「いえ、本当に大したことじゃないんですよ。

 あの時言ったのは……」

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 廃基地に突入した四人が見たのは、汚れて不衛生な部屋で不良生徒を痛めつけている男の姿だった。

 

 丸太で作られた十字架に、ロープで手足を磔にされたヘルメット団のリーダーらしき人物。

 彼女の足元は枯れ葉が集まって、火が燃えていた。

 

「なにを、していたんですか?」

 

 ノノミはその言葉を口にしてから、自分の声が震えていることに気づいた。

 

「かつて魔女の疑いを掛けられた聖女は、磔にされ足元に火を付けられた。

 当時でも酷刑とされた火炙りの刑だよ。

 ほら、こうすればもしかしたら数百年後にはお前たちにした仕打ちが正当化されるかもしれない。」

 

 男は、たき火の中に無造作に突っ込まれていたバールを取った。

 

「なあッ、そうだろ!!」

「あああああ!!!」

 

 赤熱したバールを押しつけられ、リーダーが悲鳴を上げた。

 

「止めて!!」

 

 悲痛な叫び声に耐えきれず、セリカが威嚇射撃をした。

 だが、男はそれを無視した。

 

「聞くところによると、その聖女は魔女かどうか判別するために処女かどうか手を突っ込んで辱められたそうだ。

 お前には特別に、こいつで処女膜の有無を確かめてやるよ」*1

 

 先端がL字に曲がった赤熱したバールが、ヘルメットのバイザーに付きつけられる。

 

「心配するな、他の構成員はガキだから半殺しで赦してやる、だがこいつは殺す。魔法少女凌辱モノのエロゲーでも割とあるシチュエーションだ。多分突っ込んでも問題ないだろ。

 ほら、お前みたいな害獣に欲情する変態がいるかもしれん」

「もう全部しゃべった!! もうやめてくれぇぇ!!」

「だってよ。お前達、コイツを許してやるか?」

 

 男は目玉焼きに何を掛けるかを問うような軽い口調で四人に問うた。

 

「赦すつもりは無いよ。

 でも、それを決めるのは貴方じゃない」

 

 ホシノがショットガンを突き出す。

 次に彼が何かしようとしたら、リーダーごとバールを撃つつもりだった。

 まだその方がマシなダメージだからだ。

 

「先輩、早く助けないと、焼け死んじゃうわよ!!」

「モノを知らないな。セリカ」

 

 男はスッとたき火をバールで示した。

 

「この程度の火力では、人を一人焼き殺すのに数時間は掛かる。

 実際、かの聖女の死因は煙による窒息死だとされている」

 

 四人は部屋の隅に置かれた換気用の扇風機の存在に気づいた。

 そう、この男は窒息死なんてラクな死に方をさせるつもりは無いようだった。

 

 数時間、弱火で、足の感覚が無くなって、苦しませながら殺す予定だったのだ。

 しかも、もう既にある程度の時間は経過している形跡があった。

 

「まあ、お前らが来た以上雑にやるしかない。

 公開処女貫通式と、しゃれこむか」

「あんた狂ってるわよ!!」

「じゃあ撃てよ」

 

 男は銃を構える四人の前に出た。

 

「お前たちが正気だと言うなら、撃ってみろ。

 俺を止めたいのなら撃てよ。

 正気を維持する為に銃と言う暴力を振り回すその狂気、矛盾。

 人間らしさの極みじゃないか、俺は好きだぞ」

「わかったよ」

 

 その直後だった。

 

 ホシノが跳躍した。

 まるで弾丸の如き突進で、彼女は男を盾で壁に押し付けたのだ。

 

「かはッ」

 

 勿論、それがただの衝突で終わるわけがない。

 男は衝撃で内臓が押しつぶされるような感覚を味わった。

 華奢な身体からは想像も出来ない剛力で、男は身動き一つできなかった。

 

「なん、だ。やっぱり実力を隠してたな、俺の天使」

 

 その場にいる三人も、モニターしていたアヤネも呆気にとられた。

 ホシノの雰囲気が、周囲が歪もうとしていた。

 

 なにか赤紫の未知のエネルギーが、周囲を渦巻いていた。

 ホシノのヘイローが、まるで瞳のように開こうとしていた。

 

「……」

「その表情も、素敵だ」

「……」

「天使は、元来感情を持たないと言う。

 神の命令に従い、殺戮をする兵器に過ぎないからだ」

 

 みしッ、と何かが軋む音がした。

 

 目の前の光景が現実味を帯びていなくて、固まって見ることしかできなかったのだ。

 ただ、少なくとも、彼女達の知る先輩がそこにいないことだけはわかった。

 

 男は、気味の悪い笑みを浮かべ目を細め、ホシノを見つめた。

 

「そうか。……君は堕天使だったのか」

「馬鹿馬鹿しい、もう終わりにしようよ……」

「出来るかな?」

 

 

「――――ホシノ先輩ッ!!!」

 

 アヤネの叫び声に、ホシノはハッとなった。

 

 謎の、ホシノを取り巻いていた未知の現象が鎮まっていく。

 彼女の身に何が起こったのか、誰も何も理解できぬまま、ホシノは正気に戻った。

 

 既に我に返ったシロコとセリカがリーダーを救出している。

 そしてアヤネが慌ただしくマニュアル片手に治療の指示をしている。

 

「……俺は自分の才能が忌々しかった。

 俺はこれしかできない。この方法でしか社会に貢献できなかった。

 俺を生かせば、また繰り返すぞ。さあ、どうする!!」

「ッ!!」

 

 ホシノが選択を迫られ、覚悟を決めかけたその時。

 

「あの、教官。こういう表現が正しいのか分かりませんが」

 

 ノノミが口を挟んだ。ホシノにまた同じことを起こさせてはいけない、そう確信して、彼女は口を開いた。

 とても、言い難そうな顔をして。

 

「自覚していらっしゃいますか? 今の教官はとても、そう」

 

 

 

「────大人げない、ですよ」

 

 

 

「…………ははッ」

 

 からん、と身動きの取れない男の手からバールが落ちた。

 

「はッ、ははははは!! そうか、そうだったのか!!」

 

 哄笑する。

 狂ったように、男は笑い出した。

 

「俺は、お前らみたいなガキに、いったい何をムキになって!!! 

 ははははッ、はははははは!! 俺は道化だったか!!」

 

 ノノミは何が彼の琴線に触れたのか分からなかった。

 だが、もう彼の暴走は止まったのだと、どことなく確信を抱いた。

 

「──……悪かった。

 別にお前たちの青臭い青春活劇を、邪魔したかったわけじゃないんだ」

 

 それは嫌味なのか皮肉なのか、それとも別の意味合いが有ったのか。

 男は実に穏やかな表情になっていた。

 

「なぜ俺がここに居るのか、ようやく分かった」

 

 ホシノはゆっくりと、押し付けていた盾を引いた。

 崩れるように男は膝を突いた。

 

「お前たちに裁かれるのなら、これほど美しい幕引きは無いと思ったんだが……。お前たちに、恩人に人殺しの咎を背負わせるのは違うわな」

 

 男は立ち上がり、すたすたとドアの出口に向かって歩き出した。

 

「お前たちの下らない馴れ合いごっこはもう沢山だ。

 精々無意味な徒労を、俺が見えないところで続けるがいいさ」

 

 男の歩みを誰も止めることは出来なかった。

 いや、なんと声を掛ければ良いか分からなかった。

 

「アビドス生徒会副委員長として、命じます」

 

 俯いたホシノの顔から、涙が零れ落ちた。

 その涙の意味は、彼女にも分からなかった。

 

「このアビドス自治区からの、強制退去を!!」

「そうか、まあ二度と会うことも無いだろう」

 

 男がドアノブに手を掛け、扉の向こうへと足を踏み入れた。

 

「だが、なぜだろうな。

 お前達とはまた、縁がある気がするんだ」

 

 ドアが閉じる時に見せた男の横顔は、歪んだ笑みを形作っていた。

 

 

 

 

 

「その後は大変だった。

 基地内には痛めつけられてたカタカタヘルメット団の連中が押し込められててさ。

 一応ヴァルキューレに引き渡して報奨金は貰えたから、先月は大分楽だったよね」

「その話はあとにしましょう」

 

 シロコの言葉をノノミはやんわりと遮った。

 まだ先生には借金や利子の話はしていない。

 これから戦闘があるのに余計なことにかかずらう必要は無いと判断したのだ。

 

「“大人げない、か”」

 

 先生は思った。

 きっと彼は自覚してしまったのだ、と。

 自分の身勝手さと傲慢さを、ずっと年下の子供たちに押し付けていたことに。

 

 それがどうしようもなく、みっともなかったということを。

 

 或いは、彼女達の眩しさや輝かしさを、直視できずにこんなことを仕出かしたのかもしれない、と。

 

「“それにしても、ホシノは愛に溢れているんだね”」

「なーに、それ。先生まであの人みたいなこと言い出すの?」

「“堕天使は、天使と違って愛ゆえに行動を起こしたわけだから”」

 

 ホシノは一瞬ハンドル操作を誤りかけた。

 

「“君はもう彼があんなことはしない、と信じたんだね”」

「そんなこと、ないよ」

 

 ただ事実を述べるならば、アビドス高校はカタカタヘルメット団の脅威から救われた。

 ついでに報奨金も出て、金策に支障が出ていた問題も一時的に解消された。

 

 願いは、確かに叶えられた。

 

『私達は、この一件を戒めとしてあの後もっと話し合いました。

 今後どのような活動をして、学校を守るか。

 先生の招致も、そのひとつです』

「まさかカタカタヘルメット団が壊滅した後に、また別のヘルメット団が流入するだなんてね」

 

 セリカが溜息と共に肩を落とす。

 結局状況は何一つ好転していなかった。

 

「今度は何だっけ? ペタペタヘルメット団だっけ?」

『彼女達、かなり分派があるらしくて、こっちの縄張りの空白を察知してきたみたいなんです』

 

 ホシノの声に、アヤネが補足する。

 

「“うん、出来る限り協力するよ”」

「先生には“大人”の立場をお借りできれば十分だと思ったのですけど、本当に助かります」

「“見てみぬ振りはできないから”」

 

 きっと自分の前任者もそう思ったのだろう、と先生は思った。

 

「到着したよ~」

 

 長い回想の時間は終わった。

 これからは未来に、前へと進む時だった。

 

『ちょっと待ってください』

 

 砂漠の廃屋の影に車を隠し、ヘルメット団のアジトへと向かうとアヤネが一行を止めた。

 

「どうしたの?」

『廃基地が、要塞化されています!!』

「なんですって?」

『航空映像をそちらに送ります』

 

 シロコとセリカは携帯端末に送られた画像を確認した。

 

 ボロボロで不潔で不衛生な廃基地は最低限の整備がされており、少なくとも住居として活用可能な様子だった。

 それだけではない、迫撃砲が見える限りで四門、銃座が八門ほど設置され、ヘルメット団の団員たちが高い密度で巡回をしていた。

 

「あいつら、ホントに不良? 

 ヘルメット団なんてアニメのゴブリンみたいな連中よ。

 誰もサボってないし、だべってもない」

 

 双眼鏡で遠距離から様子を見たセリカが眉を顰めた。

 

「情報が漏れた? いやでも、連中を撃退してすぐに来たのに」

「いいや、きっと違うよ」

 

 情報を整理しているシロコと違い、ホシノはどこか確信めいた直感があった。

 

「私達ならこうするって、わかってたんだ」

「それは、つまり……」

 

 ホシノ以外の三人が顔を見合わせる。

 

「行こう」

「先輩!!」

 

 ホシノは無防備に、基地の方へ歩いて行った。

 それを追う残りの面々。

 

「止まれ!!」

 

 すぐに彼らの姿はヘルメット団に補足される。

 銃座に移動する団員も居たが、その遅さは練度の低さを物語っていた。

 

「アビドス対策委員会だな!! 全員警戒態勢を解け!! 

 お前達、我らのボスがお待ちだ!! ついて来い!!」

 

 練度の低さと裏腹に、指揮系統は完璧だった。

 そのちぐはぐさが、異様であった。まるでゴロツキの扱い方を、完璧に理解しているようですらあった。

 

 そして、対策委員会のメンバーと先生は基地内に通された。

 

「ボス、お休み中申し訳ありません!! 

 言われた通り、客人を連れてきました!!」

 

 団員の声と共に、奥の部屋からボスが姿を現した。

 

「いいや気にするな、そろそろ来る頃だと思ってた」

 

 欠伸をし、目元を拭いながらそいつは皆の前にやってきた。

 

「よう、お前ら。また十日ぶりくらいだな」

 

 先生は初めて、その男と対峙した。

 

 リンゴのエンブレムを頂く、くたびれた軍服。

 それを纏う毛並みに覆われた背の高い狼男。

 

 

「初めてみる顔もいるな。

 あんたのことは、俺の“お友達”から聞いているよ、シャーレの“先生”」

 

 男はスッと名刺を取り出し、差し出した。

 

「今はとある便利屋の軍事顧問をしている。

 まあ、アップルマンとでも呼んでくれや」

 

 先生は、その犬顔が裂けたように笑う姿に、警戒を強めた。

 

 

 

 

 

*1
꒰ (⸝⸝ↀᯅↀ⸝⸝)໒꒱<■■■とかエッチ!! ダメ!!





この話を書き上げた当時、まさかホシノが堕天使()になるなんて思わなかった模様。
今回はホシノのテラー化描写を追加しました。あいつの精神干渉とか無しでホシノをここまで追い詰める主人公って一体……。

ちなみに、コハルちゃんの検閲は、彼女の基準で行われる模様。
ではまた、次回!!
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