向こうと同じように、多くの人の理解があることを願います。
先生は差し出された名刺を受け取った。
「“ご丁寧にどうも”」
「こちらこそ」
先生も男に名刺を渡した。
社会人による名刺交換であった。
先生が名刺に目を落とすと、『便利屋68 軍事顧問』等の肩書や名前、連絡先などが書かれていた。
「相変わらず美しいな、俺の天使。とその他御一行」
「誰がその他よ!!
一体なんで、ヘルメット団を使って学校を襲撃したわけ!!」
セリカが騒ぎ立てると、男の両脇を護衛していた団員が彼女に銃を向けた。
「やめろ、お前達」
男が声で制止する。
すると護衛の二人はスッと銃を下ろした。
荒事に疎い先生以外の四人はすぐに気づいた。
この護衛二人、手練れだと。
「うへぇ、どうやってヘルメット団を従えてるのかと思ったら、その子たちが居るからってことかな?」
「道理で、あのチンピラどもの中で余裕しゃくしゃくで寝れるわけね」
ホシノが警戒を強める。
嫌味を言うセリカは、嫌悪を隠さない。
「ところで、お前たちにヘルメット団が襲撃したと言うのは本当か?
ここのヘルメット団たちは数日前にかき集めた連中でな。
便利屋の仕事で追っている不良集団を知っていると言うから“お話し”して手伝って貰っているんだ。
もしかしたら俺たちの目標がお前たちを襲ったのかもしれん」
「白々しいですよ、教官」
ノノミが眉を顰める。
すっとぼける男の態度が気に入らんと言わんばかりに。
「あなたが彼女らを嗾け、私達をここに誘導したのは明白です」
「そうか、じゃあ証拠は?
お前達を襲った連中を捕虜にして、証言でもしたのか?」
「それは……」
「違うのなら、言いがかりは止めて貰おう」
彼女が言い淀んだのを見て、男はにんまりと笑う。
「この裏切者!!」
「いやはや裏切者とは。
いつ俺がお前たちの仲間になった?
お前達の志に賛同でもしたか?
違うだろ? それに追放された身だ。俺を切ったのはお前達だろ」
威嚇する猫のようなセリカを、男は微笑ましいものを見るように笑って見ていた。
「だったらもう一度退去してもらうだけ。
ここはアビドス自治区だよ、ヘルメット団と一緒に帰って」
『そ、そうです!!
便利屋だかなんだか知りませんが、アビドス対策委員会として正式に抗議し、退去を勧告します!!』
シロコの言葉に、アヤネも同調した。
「それはおかしいな。
俺はちゃんと、この土地の権利者から滞在を許可して貰っているんだが」
「そんなバカな!!」
「こんなこともあろうかと」
男は部屋の書類机の棚から一枚の書類を取り出した。
「権利者から権利書の写しを貰って来た」
男が取り出した書類を、ホシノがひったくるように奪い取った。
「そんな、嘘でしょ……」
絶句するホシノの後ろに、皆が群がる。
そして、全員が確認した。土地の権利者が、“カイザー・コーポレーション”となっているのを。
「疑うなら、先方に確認すれば良い」
男は余裕の態度で机の椅子に座り込んだ。
「アヤネちゃん!!」
『今連絡を取って確認します!!』
混乱する対策委員会の面々。
男は暇を持て余すように、護衛の一人の背を撫でた。
団員はくすぐったそうに身をよじるが、抵抗する様子はない。
「“その子たちも、洗脳して従えたのか?”」
先生が睨みつけながら問う。
この男がアビドスから別れてまだそれほど経っていない。
そんな男が強力な手駒を手にするには時間的に短すぎた。
「ああ、こいつらか?
こいつらは“お友達”に紹介して貰ったんだ。
──おい、トリコ。先生に挨拶しな」
護衛の一人が、ヘルメットを脱ぐ。
赤毛が露わになり、ぺたりと髪に張り付いていた狼のものらしき獣耳が真っすぐと立った。
「兜衣 トリコと言います。
元SRT特殊学園二年、Wolf小隊所属であります」
少女は礼儀正しくぺこりと頭を下げる。
「SRTって、連邦生徒会直属のエリート校じゃない!?」
ホシノが驚くのも無理はなかった。
最近廃校の噂が立っているが、まだ噂の段階だった。
「俺も詳しくは知らんが、落ちこぼれて自主退学になったんだとさ。
厳しい訓練にメンタルが適応できなかったんだとか」
誰もが特殊部隊になれるわけじゃないからな、と男は肩を竦めた。
「この間までキヴォトス郊外の山奥でサバイバルしてたんだぜ、こいつら。
不器用にも程があると思わないか?」
男が笑い声を上げると、少女は恥じ入るように俯いてヘルメットを被った。
「その割には、随分と親しげだねぇ」
ホシノの指摘通り、男と少女は付き合いが浅い割に、妙な距離感が有った。
「そりゃあ、男女の交流なんてひとつしかないだろ。なあ?」
男が少女の腰に手を回す。
少女は恥じ入るように身を捩った。
「“生徒に手を出したのか!!”」
「人聞きの悪いことを言うな。俺はまだ最後まではしてない」
「“そう言う問題じゃない!!”」
先生が声を荒げて糾弾する。
ホシノは顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を開閉していた。
「神聖隊って知っているか?
古代に愛し合うカップル同士でペアを作り、組織された軍隊だ。
こいつらのメンタルをケアする為に、俺は愛を与えただけだ」
「な、なにが愛よ、変態、ドスケベッ、エロ親父!!」
わなわなと頬を赤らめて震えるセリカを、男は舐めるように笑って見ていた。
シロコは真っ赤になって何も言わないし、ノノミは目を泳がせていた。
「“でも確か、神聖隊って同性あ──”」
「先生、そこをそれ以上突っ込まないで!!」
これ以上は彼女らの乙女心がどうにかなりそうだったのか、セリカが話の流れをぶち破った。
護衛のもう一人が男に向ける視線に敵意が混じってるなんてみんな知らんぷりをした。
「で、確認は取れたのか、アヤネ?」
『はっはい、教官』
男は少女の太ももを撫でまわしながら言った。
『た、たしかにこの地区はカイザー所有になっていました……』
場の雰囲気が一気に冷える。
この男は正当な手続きをしてここに拠点を構えていると言うことになっていた。
「まあ、そういうことだ。
さてと。ここで招かれざる客はおまえたちということになったわけだが……」
男はおもむろに携帯端末を取り出した。
「俺が先方に連絡したら、お前たちはどうなると思う?
カイザーからお前たちに抗議が入り、お前たちの学校の借り入れ先からの信用が落ちるだろうな」
「“どういうこと?”」
「なんだお前達、こちらの先生にまだ借金の事説明してなかったのか?」
男は黙り込む四人を見てニヤニヤと笑っていた。
「まあお互いまだ話し合う余地はあるようだ。
明日、俺がそちらに出向こう。護衛はそうだな、トリコだけだ。
それまでに先生にそちらの事情を説明して差し上げろ」
「バカにして!! 私達が何も知らないと思ってるの!!」
「カタカタヘルメット団は誰かに雇われて私達を襲ってた。あなたもそうなんでしょう?」
セリカの言葉に、シロコも追従する。
それが、うわ言のように「私は雇われただけ私は雇われただけ」と繰り返していたカタカタヘルメット団のリーダーの言葉だった。
しかし、それ以上は聞き出せるような精神状態では無かった。
そして誰が雇ったのか捜査できる余裕も伝手も、彼女達には無かった。
「察しが良いな。そうとも。
守秘義務があるから依頼主は明かせんが、俺は社長命令でお前たちをこのアビドスの地から追い出すよう仕事を割り振られた。
お前達は顔見知りだからな、簡単に追い出せると名乗り出たんだ」
「どうして、そんなことを!!」
「依頼主の事情など知らん。仕事は仕事だからな。
だが俺は、お前たちに引導を渡すのに良い機会だと思った。
お前達をあの埃っぽい校舎から解放してやるよ」
「……私たちが、本当に簡単に追い出せると思うんですか?」
「無論だ」
ノノミの言葉に、男は即答した。
「お前たちを壊滅させるのに、銃を撃ちあう必要は無い。
俺がたった一言、ある言葉を口にするだけで、お前達は終わる」
明確な悪意が、そこにあった。
全員が不快感を抱くような、嫌な予感が有った。
「いいか、よく聞け」
「“みんな、聞いちゃダメだ!!”」
先生がその言葉を遮ろうとする。
だが、無駄だった。
「お前たちの中に、内通者を仕込んでおいた」
男には全員の背筋がゾッとしたのが手に取るようにその表情から読み取れていた。
「嘘よ!!」
『そうです!!』
「ええ、それは教官のいつもの手口です」
「それを私達が信じると思う?」
「おじさん、もっと意外な言葉かと思ったよぉ」
全員がそうは思っていないことは、畳みかけるように言う彼女たちの態度が全てを物語っていた。
「“みんなしっかりして、でたらめだ!!”」
「そうともデタラメだよ」
男はわざとらしくゆっくりと頷いた。
「カタカタヘルメット団の連中も、みんなそう思ってた」
「……」
「Wolf小隊、お客さんをお送りしろ」
「オーケー、ボス」
少女がヘルメットをかぶり直す。
個性を没した四人が、全員をドアへ追い込むように近づいて行く。
「まって、最後に聞かせて」
「なんだ?」
ホシノが、男に問うた。
「カイザーに手を回したのは、あなたなの?」
「ん? あー、勧誘のことか?
少なくとも、俺が聞いた時には終わっていたはずだが?」
「そう、なんだ」
「ホシノ先輩?」
「ごめん、みんな。戻ってから話すよ」
ホシノは不安そうな皆にそう言って、一度だけ男の方を振り向いた。
「また明日会おう、俺の天使」
時間はまた十日前へと遡る。
「これは、どういうこと!?」
ホシノの携帯端末に突然届いたメールを見た時の反応だった。
カタカタヘルメット団の連中を護送する準備を終えたその時、彼女の携帯端末に着信したのだ。
彼女は周囲を気にして、誰も居ないことを確認すると、そのメールの実在を確かめるように声を小さく読み上げた。
「拝啓、小鳥遊ホシノ様。まことに勝手ながら、以前からの勧誘における全ての条件を白紙とさせて頂きます。
長期における勧誘においての拘束時間やこちらの事情からの一方的な破談に対するその方の損害を考慮し、ささやかながら粗品をお送りさせて頂く所存です」
ホシノは、最後に記された相手の名前を呟いた。
「──黒服より」
「どうすっかなぁー」
不良から拝借したクルマは、どうやら砂漠と言う過酷な環境を走行するには不十分のようだった。
男は砂漠のど真ん中で、途方に暮れていた。
対策委員会の面々と別れて早数時間。
男がかつてキヴォトス最大規模を誇ったと言うアビドスの広大さを身に染みて味わっていると。
どこからか、車のエンジン音が聞こえた。
見れば、砂漠が見せる逃げ水の彼方から、見知らぬオフロードカーが走ってくるのが見えた。
「おーい!! ちょっと乗せてくれ~!!」
男が親指を掲げて、ヒッチハイクを行うと、程なくして車は彼の前で停車した。
そして、助手席のドアが開いた。
「どうぞ、乗って下さい」
「……」
運転席に乗っていたのは、怪人だった。
そうと表現できなかった。
その怪人は、黒いビジネススーツをと黒い手袋を着用し、地肌を一切見せない。
肌を露出させざるを得ない頭部は、まるで黒い卵型の靄に、裂けたような怪光が口や目を形どっていた。
それに対し、男は。
「……兄ちゃん、イカしてんな!!」
なぜか好印象だった。
「いやー、砂漠のど真ん中で立ち往生しちまってよ。
あんたみたいな親切な奴がいて助かったわ」
男は躊躇いなく助手席に乗った。
すぐに車が発進された。
「それで、俺に何の用だ?」
「やはりお分かりですか」
「偶然にしては露骨すぎる」
「左様ですね」
怪人と怪人。
奇妙な沈黙が一瞬流れた。
「あなたには、お礼をと思いまして」
「お礼? 俺がお前さんになにかしたって言うのか?」
「ええ」
スーツの怪人は頷いた。
「おっと、自己紹介が遅れました。
私の事は“黒服”とでもお呼びください。この名で通っていますので。
あなたと同じ、キヴォトスの外部の存在です。存在していた領域は違っているでしょうが」
「なるほど。俺は“アップルマン”と呼ばれてる。
本名は一応あるが、面白みの無い数字の羅列だ」
狭い車内の中では、会話ぐらいしかすることがない。
「我々の組織はゲマトリアと名乗っています。
我々の組織の活動は主に研究、真理の探求、まあそんなものです」
「なるほど。昔、ぶち殺したネクロマンサーが似たようなことを言ってたな。死者の復活を望む崇高な真理の探究がどうたらこうたら。
だからその成果を俺は鉛玉をぶち込むことで見せて貰うことにしたんだ」
「くくく、崇高、崇高ですか」
男の話に、黒服が反芻するように言葉を繰り返した。
「我ら組織の目的は、方法や過程は違えど“崇高”に至ることと定義しています。
小鳥遊ホシノは、その有用な実験体として目されていました」
かちゃり。
男は車の進行方向を見たまま、無造作に愛銃のリボルバー銃を真横の怪人に向けた。
「こいつは俺の愛銃“ウルフズベイン”。
有名なゾンビゲーがあっただろ?
あのゲームに出てくる名銃から名を取ったんだ。
洗礼と聖別を繰り返した銀を使用した弾丸が、胸ポケットに一発残ってた。
多分お前もぶち殺せるだろう」
「それはそれは、恐ろしいですね。
しかし、見たところその銃は改造されたシングル・アクション・アーミー。
かのゲームに登場したのはコルトM1851がモデルでは?」
「ほう、分かるか?」
男は銃口を下げた。
「シングルアクションアーミーは世界で最も高貴な銃だ」
「その台詞を言ったキャラクターも拷問に精通していましたね。
しかし、こういう言葉もあります。金融は銃だ、と」
「ゴッドファーザーか!! あれはいい映画だ」
「ええ、私も好きです」
「敵を憎むな。判断に影響する」
男はその台詞を諳んじ、銃をしまった。
「で、俺の天使がどうしたって?」
「あなたは、我々がやろうとしていたことを代わりにやってくれたのです」
黒服の物言いに、男は首を傾げた。
「意味が分かるように言ってくれ」
「我らの目指す“崇高”とは、キヴォトスの生徒たちに等しく宿る神秘、その裏側にあると考えています。
それはつまり恐怖です」
「悪い、それは何の引用だ?」
「理解していただけなくても結構。
重要なのは、貴方のお陰で私が目的としていた確認したいことを観測できたことです」
そうか、と男は面倒くさそうに頷いた。
「こうなった以上、我々が小鳥遊ホシノに固執する理由もありません。
我々はこの一件から手を引きます」
「なるほどな、察するにお前がカイザーとやらを嗾けたってわけか」
「利害の一致ですよ。我らには我らの目的があり、彼らにも彼らの目的がある。
ただ彼らの資産や戦力は有用なので、表向きは協力関係を維持するつもりですが」
「お前らの事情はどうでも良い」
回りくどい、と男は思った。
「俺に近づく連中の用件はいつも同じだ。
俺を雇いたい、誰かを殺せ、そして余計なことを知ったから死ね。
俺は雇い主も敵も皆殺しにする、で有名だったぞ」
「ええ、どのような上位存在と接してこちらに来たかはわかりませんが、あなたの勇名は多少なりともこちらの“ツテ”で耳にしております」
男は初めて、横目で黒服に視線を向けた。
「対テロ戦の鬼、リンゴの悪魔。独裁者
テロリストをテロリスト以上に凄惨に殺す狂人。
とても、人類の英雄に数えられる男に付けられる異名ではありませんね」
「当然の評価だろ。
人殺しが正当化されるわけがない」
男にとって、どれも聞き飽きた評判だった。
「私達は、よきビジネスパートナーに成れると思いませんか?」
「ほう?」
「私はあなたの行いの結果を、観察したいだけなのです」
「男に見られて喜ぶ趣味は無いな」
「場合によっては、何かを頼むこともあるかもしれません。
しかし、その対価に私達は貴方が必要とするこの世界での基盤を与えることが出来ます」
「やっと話が見えて来たな。
結局俺の想像通りだったわけだが」
男は少し考えると。
「悪いが、その話は無しにしてくれ」
「と言うと? 我々は貴方に有利な交渉をしているつもりですが?」
「俺達は商談相手には成れないが、“友人”には成れると思うぞ」
「なるほど、つまり」
「「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け!!」」
ははは、くくく。
二人の笑い声が重なった。
「俺はあんたの事を気に入ったぞ。
殺すのは最後にしてやる」
「コマンドーですか?
動画サイトの名言集は御存じですか?」
「ああ、あの殆ど本編の奴だろ?」
二人の雑談は砂漠が途切れるまで終わらなかった。
……
…………
…………
時は少し遡る。
キヴォトス某所、郊外の山中。
山奥の深く、人里離れたその地には安物のテントがひっそりと建っていた。
そのテントの周辺は切り開かれ、手作りのろ過機、燻製器、たき火等が設置されている。
キャンプと言うよりは、サバイバル。
娯楽と言うよりも、生活の為の設備がどれも素人が作ったような粗雑さで置かれているのだ。
そんな中で、四人の少女がたき火を囲んでいた。
「そろそろ焼けたかな……」
「ちゃんと焼かないと、またお腹壊すよ」
「だから今度は内臓も取っただろ」
金髪の少女が、隣に座る黒髪ポニーテールの少女と言葉を交わす。
「姉さん、これ本当にろ過されてるのかな?
もう川の水を煮沸消毒した方が早いよ」
「だけど燃料にも限りがある。先日は雨で薪が使い物にならなくなった」
赤毛の少女が、小柄な少女にたしなめるように言った。
四人の間に、沈黙が訪れる。
「教科書通りにはいかないな……」
「節約して物資を使用したけど、手持ちはもう全部尽きたしね」
魚を焼く二人がぼやいた。
「……トリコ姉さん、いつまでこんなサバイバルを続けないといけないんでしょう」
「それは当然、我らの心身が鍛えれたと判断するまでだ」
赤毛の少女、トリコはクソ真面目な表情でそう言った。
彼女達はSRT特殊学園の生徒。元、という冠が頭に付くが。
彼女達は落ちこぼれだった。
隊長のトリコ以外全員、問題児だった。
彼女だけ真面目だからという理由で、小隊のリーダーになった。
実力ではない。だから舐められている。
それでも四人一緒に居るのは、他に行き場が無いからだ。
落第し、羞恥に耐えれず退学届けを出し、在野に下った。
お金も無ければ装備も無い。
寝る場所も、帰る場所も。
元エリートの学校出身でも、今はそこらの退学したり休学中の不良生徒と同じ。
惨めだった。
だから、このようなサバイバルを己に課して、誤魔化していた。
腹ごしらえを終えれば、訓練の時間。
山歩きだけは得意になった。しかし、それだけだ。
無為に時間が過ぎていくのを、四人は実感していた。
それでも、最後のちっぽけなプライドを守るために、修行と称したサバイバルを続けていた。
「時間だ、点呼を開始する。
Wolf小隊、Wolf2、ウズ!!」
「はい!!」
「Wolf3、ムツニ!!」
「はーい」
「Wolf4、ナバト!!」
「はい……」
隊長のトリコが点呼を取るも、士気は最低。
彼女が妹分と可愛がっているウズ以外の二人は気の無い返事だ。
「二人とも、返事はしっかりしろ。基本中の基本だぞ!!」
「なあ、トリコ姉さん。思ったんだけどさ」
ナバトと呼ばれた黒髪の少女が、若干うんざりした様子でこう言った。
「前から思ってたんだけどさ、ここはもうSRTじゃないし、小隊も実質解散してるし。この中で一番強い私がリーダーで良いんじゃないか?」
「……」
「腕っぷし以外何の取り柄も無い癖に」
「おい、ウズ、聞こえたぞ!!」
鼻で笑うようなウズのぼやきに、ナバトが激高した。
「我々の中で一番貧弱なくせに、なんだその言い草は!!」
「だって事実でしょ?」
「事務担当の分際で偉そうに!!」
「情報処理担当よ、脳みそ筋肉!!
私がオペレートしないと接敵も出来ないくせに!!」
「ならオペレートしてみろ、食料や湧き水の位置を!!
その電池切れのノートパソコンで!!」
言い争いがヒートアップする二人。
隊長のトリコは溜息を吐くばかりで、止めても無駄だから仲裁もしない。
残り一人のムツニは、にやにやと笑うばかりだった。
点呼さえまともにできない落ちこぼれ。
それが、彼女達──Wolf小隊の現実だった。
その時だった。
がさり、と木陰が動いた。
トリコとウズは咄嗟に背中を合わせ、ムツニとナバトは物陰にカバーした。
「おうおう、こんな山の中で喧嘩とは、いったい何が気に食わないんだ?」
かちゃり、と四人の銃口が、木陰から出てきた男に向けられた。
「そうかっかするなよ、道に迷ったんだ」
男は両手を上げてそう言った。
四人の現状は荒んでいても、迷い人を無下にするほど人として終わっていない。
僅かな薪木でお湯を沸かし、お手製の木のコップを男に渡した。
「白湯ですが」
「どうも」
隊長が代表して、招かれざる客人を持て成すトリコ。
男はそれを受け取って、飲みほした。
「聞いたところによると、ここに何とかって言う元エリートの生徒が暮らしてるって話だが、もしかしてお前たちなのか?」
「何者だ、貴様」
ナバトが警戒心をむき出しで、銃口を向けていた。
彼女と喧嘩していたウズなんて、唸り声さえ上げて威嚇している。
「我々がここに居るのは、誰も知らない。そう、誰もだ」
「さて、な。誰でも良いだろう。俺も良く知らないんだ」
男はおどけるように、ナバトに肩を竦めて見せた。
「それで」
様々な感情や思案を押し殺して、トリコが問う。
「我々に、何の用ですか?」
「ああ、用ならさっき無くなった」
「はい?」
「だって、元特殊部隊のエリートなんて、ここには居ないだろ?」
「貴様ッ!!」
「止めて、ナバト!!」
「さっさとぶちのめしなさい脳筋、それが取り柄でしょう!!」
「ウズ、お前もだ!!」
相方に諫められ、ナバトとウズは渋々矛を収めた。
「丁度手駒がほしくてな。
友人に誰かいないかって聞いたら、おまえらなんて良いんじゃねって話になったんだが、はッ、これは使い物にならなそうだな」
「勝手なことを、貴様のような大人に、我々の何が分かる!!」
「恥を晒しているのは分かるな」
今度は仲間の制止が飛ぶ前に、拳が飛んできた。
「おっと」
男はナバトの拳をいなして、脇で固めて自由を奪った。
「血の気が良いのは嫌いじゃないぜ」
「放せ!!」
「ナバトッ!!」
ついに、トリコがナバトに向けて怒号を飛ばした。
「ついに我らWolf小隊の誇りまで捨てたのか!!」
「ッ……」
「一般人に、手を上げるなどと!!」
「…………ごめんよ、姉さん」
ナバトは急に泣きそうになって、脱力した。
男はそんな彼女を放した。
「なあ、これでも俺は昔、傭兵部隊の教官をしたこともある。某国で秘密裏に対テロ部隊の訓練とかもな」
「対テロ部隊だって?」
「少し俺の言う通りに動いてみろ。
おまえらの問題点を指摘してやるよ」
彼女達は、男の提案に顔を見合わせた。
対テロ部隊、即ちその役割とはSRTと同じ、精鋭。この男の言うことが本当なら、だが。
「どうした。別にこっちは対価を求めているわけでも無い。タダだぞ?」
「……いずれにせよ、第三者からの意見が我々に必要なのは明らかでしょう」
「姉さん!!」
ウズが悲鳴じみて姉貴分に訴える。
しかし、トリコは一睨みするだけだった。
「まあ、毎日代わり映えの無い訓練よりは……」
「ムツニがそう言うなら……」
もう一組も話が付いたようだった。
「じゃあ始めろ」
男は当たり障りのない訓練メニューを四人に課した。
その結果。
「あー、なるほどなぁ」
男は四人の欠点をすぐに見抜いた。
「まず、お前ら四人は単独行動に向いていない。
お前らが訓練している間に、さっとSRTの教本を読んだが、これは個々の暴力で最大限の効率を追求してる。
お前らはお互いにお互いを気にし過ぎて、そこを追及できない。違うか?」
「……先輩達にも、同じことを言われました」
「だろう? だが俺はそれを欠点とは思わない」
何度も叱られたのだろう、トリコはその男の言葉に思わずと言った様子で顔を上げた。
「お前たちの欠点は情動の強さだ。つまり、心の弱さ。
命令違反は日常茶飯事だったろ、他にも自分の判断で単独行動をして突っ走ったりして怒鳴られてばかりだろ?」
「……」
「……」
図星だった。
男は四人の欠点が手に取るように分かった。
「言ってやろうか、お前たちはお互いをお互いに信頼などしていない。
真に結束をした軍隊とは、相手に自分の命の全てを預けられるものだ。決して、お前たちがしてる己の独りよがりの心配ではない」
「では……ではどうすれば……」
「お前たちの誰もが、指揮官には向かん。忠実に任務に従うことで初めて個々の真価を発揮するだろう。
つまりだ、俺に従え。そうすれば、俺はお前達を完成させてやれる」
「ふざけるな!!」
その言葉に激高したのは、ウズだった。
「とうとう本性を現したわね、この下種野郎!!
そうやって、私達を食い物にするつもりでしょ!!」
「そうか。そう思われたのなら残念だ。
じゃあ俺は帰る。お前たちはそこで、最後までサバイバルごっこでもしていればいいさ」
男は腰を下ろしていた木の幹から立ち上がった。
「んじゃな」
「ま、待ってください!!」
踵を返し、立ち去ろうとした男を、トリコは呼び止めた。殆ど土下座だった。
「本当に、我々を完成させてくれるのですか!!」
「ああ、三日もあればまともに部隊として稼働させてやる。ただし、俺に絶対服従だ。それだけは守ってもらう」
「トリコ姉さん!!」
今度こそ、ウズは悲鳴のように彼女を呼んだ。
「だって、だって!! このままじゃ、先輩達やSRTに顔向けできない!!」
それは落ちこぼれ部隊の隊長の、悲痛な叫びだった。
トリコはそんな姿、一度もウズに見せたことは無かった。それがウズにはショックだった。
「私は、恥ずかしい、恥ずかしくて堪らない!!
自分たちの弱さに耐えられないから、私達はSRTを脱した!!
それでも、私たちなりに何かをしようと、こうしてここに居るッ!!
でも本当は、世間の目が怖いからこうしているだけなんだ、皆は違うの!?」
「……」
「……」
「……」
彼女達も、SRTの門をくぐる頃はエリートとして、鳴り物入りで入学したはずだった。
しかし結果はどうだ?
ただ立ち位置が高い、目立つだけの落ちこぼれになっただけだった。
こうして、おめおめと逃げ出し、隠れるように山奥でごっこ遊び。
「私は!!」
ナバトが叫んだ。
「正義の為に、この力を使いたかった!!
この世の悪が赦せない、それを見ているしか出来ない自分は、もっと憎い!!」
「ナバト……私は、いいよ。あの人に絶対服従でも」
「……すまない、すまない、ムツニ」
ムツニはその豊満なバストでナバトを抱きしめた。
「話はまとまったか?」
「……はい。我らは貴方に従います」
「俺に従うのはまだ早い。俺はまず、お前達を完成させてやる。
その後に、俺の目的とお前たちの使い方を教えてやる。
それに賛同するのなら、改めて俺に従え。それまで、お前たちに触れることはしない」
話はそれからだ、と男は言った。
「では、教官として俺は、そうだな、ウズ、お前に命令する」
「……はい」
苦虫を嚙み潰したような表情で、ウズは頷いた。
「お前、──トリコとキスしろ」
「えッ」
その時、ウズの心臓が飛び跳ねた。
「聞こえなかったのか、キスだキス。しかもねっとりと、舌を絡ませる奴だ」
「……そ、そんなの、できるわけ!!」
「やれ、と俺は命令しているぞ」
「……」
ウブな少女の顔が真っ赤になる。
トリコも何が起こっているのか理解できず、口をパクパクさせている。
「い、いいよ。ウズ」
「トリコ姉さん……」
二人の少女は、男に言われるがまま唇を合わせた。*1
「吊り橋効果は知っているか?
お互いに深い谷がある底吊り橋に男女が行くと、その緊迫感を恋心と勘違いするって奴だ。
俺はそれを今から人為的に引き起こす」
くっつきあう二人を唖然と見ているムツニとナバト。
そんな彼女達の様子に気にせず、男は淡々と理屈を語る。
「これから三日間、俺はお前たちに過酷な訓練を課す。
心が挫け、折れるような猛烈なしごきをする。
耐えられないと思ったら、相方とキスをしろ。夜泣きするのならお互いにお互いの身体を慰め合え。
お前達に必要なのは、愛だよ」
男は冷徹に、情愛すらも武器にする。
「お前たちは今日から本物の家族を超えた血の姉妹になるのだ。
血縁よりも濃い絆で結ばれ、死ぬ時も同じだ。自分が死ねば、相手が死ぬと思え。いや、死ね。相方を失ったら死ね。それくらい深く愛するのだ。
愛こそが、お前達をどんなに硬いワイヤーよりも固く結びつける」
ムツニとナバトも、二人を見て自然と唇を合わせていた。
「俺が、お前たちを本物にしてやる」
それが、Wolf小隊の本当の始まりの日だった。
今回は後半に拙作のオリジナル生徒、Wolf小隊のオリジン的なエピソードを追加しました。
彼女ら四人は一人一人苗字から性格、使用する武器やスキルまで事細かく設定されています。
具体的な容姿はR18版でAIイラストで載せています。それくらい気合の入ったオリジナルキャラですね。
作者には絵心がないので、AIイラストは触った当初は心躍りました。
昔から小説を書いてきましたが、挿絵を乗せるのが夢だったモノで。
巷ではいろいろ言われていますが、作者は技術の進歩に感謝しております。
ではまた、次回。