キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver   作:やーなん

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あるひとつの青春の終わり

 

 

 

「みんな、黙っててゴメン」

 

 アビドス高校に戻ってくると、対策委員会の面々は借金の事を先生に説明した。

 その原因である砂嵐のことや、借金の利息について。

 そして誰もがこの問題に無関心であることを。

 

 それに対して、先生は当初の予定通り一緒に問題に向き合うことを表明した。

 

 その後、ホシノは皆に己の事情を説明した。

 

 自分が二年前、アビドス高校の入学当初からカイザーに──正確にはゲマトリアに──勧誘されていたことを。

 それに応じれば借金の半額を帳消しにするという条件だったことを。

 

「ずっと、一人で抱え込んでいたんですね。先輩」

 

 ノノミが思わずホシノの華奢な身体を抱きしめた。

 

「気づいてあげられなくて、ごめんなさい」

「やめてよ、そういうの。おじさん、何も言えなくなるじゃん」

 

 二人のやり取りに居た堪れなくなったセリカが、おもむろに口を開いた。

 

「ねえ、やっぱり本当に内通者なんているのかな」

「居るわけがない」

「そうですよ!!」

 

 即答したシロコに追従するように、アヤネが声を張り上げた。

 

「言うだけならタダです。

 教官は誰よりも理解しているんです、アビドス高校は私達の結束が揺らげば容易に瓦解すると」

「そうだとしたら、最悪なことにメチャクチャ効果的でコスパの良い攻撃ね」

 

 セリカは吐き捨てるように言った。

 そう、きっと内通者など居ない。

 

 だが、意識してしまう。

 お互いがお互いを信じようとするあまり、相互に監視をしてしまう。

 

 そして、万が一怪しい行動をしたら、……疑ってしまう。

 

 そうなれば蟻の一穴がダムを崩壊させるように、対策委員会は崩壊するだろう。

 そして、──アビドス高校は滅びる。

 

「よし、今日は皆で集団行動をしようよぉ。

 それじゃあ、お布団を持ってきて、今日は皆で寝よう!!」

 

 ノノミの腕の中から離れたホシノが空元気を発揮する。

 皆も不安なのか、消極的な同意と言う形で頷いた。

 

 そんな時であった。

 

 セリカの携帯が鳴った。

 

「ば、バイト先かしら」

 

 全員に視線が無意識に集中する。

 セリカは通信相手をろくに確認もせず電話に出た。

 

『ようyo-!! セリカ!! 俺だよ俺!! 

 今話せるかyo!! fuuuu-!!』

「なんでエセDJ風なのよ!!」

『今ひとりか? ちょっと話そうぜ──』

 

 セリカは問答無用で通話を切った。

 

「…………」

 

 痛々しい沈黙が舞い降りた。

 

「くそッ、くそッ!! 私達を弄んで!!」

 

 遊ばれている。

 彼女達は、男のたった一言で翻弄され、身動き一つ取れなくなっていた。

 

「“……”」

 

 そんな彼女たちに、先生は掛ける言葉が無かった。

 

 

 

 §§§

 

 

 次の日はすぐにやってくる。

 

「おや、車両担当はナバトじゃなかったか?」

「まだ彼女はボスに忠実ではないので」

「そうか。お前は真面目だな」

 

 男は少女に促されるまま助手席に座った。

 二人は砂漠化した街並みを走り出した。

 

「しかしあの一見ひ弱な事務方(ホワイトカラー)がこのキヴォトスの新王とはね」

 

 移動中、男は雑談がてらそう言った。

 

「新王、ですか?」

「違うと思うのか、トリコ」

 

 男は運転席で車を操る護衛の少女に言った。

 

「軍人に政治的判断は不要と存じます」

「それもそうか。

 お前の古巣、元ご主人様が連邦生徒会長。

 SRTの特殊部隊の出動権限、つまり軍権はそいつしか持っていなかった。

 で、肝心のそいつが失踪し、連邦生徒会は新たな頭を立てることなく、お前の古巣を廃校しようとしてる。

 これがどういうことかわかるか?」

「いえ」

「俺が考えるに、シャーレの先生は──」

 

 男はもったいぶった言い方でこう言った。

 

「キヴォトス中の行政のトップに、命中させちまったんだろう」

 

「……」

 

 少女はその意味を理解し、顔を赤らめた。

 

「そうじゃなきゃ、あんな優男にタワマンを権力ごと貢ぐか? 

 今頃子育ての準備でもしてんじゃねえのか。

 膨れちまった腹がへっこむまで表舞台には出てこないだろうな」

「な、なるほどッ」

「それで、だ」

 

 男は羞恥に顔を赤らめる少女を気にすることなく、至極真面目に勝手に回り道した話の軌道を戻した。

 

「シャーレの権限、あれはやろうと思えば全ての学園の生徒を自分の兵隊にできる。あんな強権を俺は他に知らん。

 俺みたいな戦争屋には政治屋の考えは分からんが、キヴォトスの統一戦争でも始めるのかね」

「個人的には、それは不可能だと判断します。

 学校が違えば思想も違いますので」

「まあいずれにせよ、俺達は当分食いっぱぐれることはなさそうだ」

 

 男には予感が有った。

 戦争だ。大きな、とても馴染みのある戦争の予感だ。

 

「噂では、お前の古巣が無くなるらしいが、お前はどう思う?」

「私は、私達はもう学園を離れた身です」

「離れて正解だっただろう。

 今の連邦生徒会の面子がどういう奴らかは知らんが、権力者ってのは最後の最後まで、自分が死ぬ間際まで指揮権を手放さないもんだ。ノッブも言ってた。

 きっとアビドスのあいつらと比べても噴飯もののごっこ遊びをしてるに違いない。

 俺が昔クーデターで勝たせてやった政治経験の皆無の新政府とどっちがマシだろうな」

「権力の暴走や私物化が無いのなら、良いことなのでは?」

「お前は本当に政治に興味が無いんだな」

 

 俺も無いが、と男は笑った。

 

「だがそんな俺でもわかる。

 清廉で潔癖で、何もできない政治家よりも。

 汚職と問題だらけでも、政策を実行できる政治家の方が遥かにマシだ」

「そういうものですか?」

「多少の献金ぐらいなら役得だろ。それでやる気が出るならな」

 

 さて、と男は近づいてきたアビドスの居住地を見て目を細めた。

 ここまで来たら、アビドス高校はもう目の前だ。

 

「そろそろ仕事を始めるとするか」

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

「その様子なら、情報共有は済んだようだな」

 

 男は到着の連絡を入れると、対策委員会が会議室として使っている教室に入って行った。

 彼女達の顔色はあまりよくない。

 

「さて、俺の依頼主はアビドス高校から現存生徒全員の退去を求めている。

 その為なら武力交渉も視野に含めている。

 俺にお前たちと戦うなんて残酷な事させないでくれ」

「いったい誰が、なぜそんなことを……」

「知らん、少なくともお前たちを憎んでるわけじゃないようだ。

 俺はただの尖兵に過ぎない。俺を退けても、話の通じない輩が送られてくるだけだ」

 

 男はノノミに理性的に行こう、と肩を竦めた。

 

「“彼女たちは退去を望んでいない”」

 

 そこで、先生が口を挟んだ。

 男は舐めるように、それこそ女性相手のように先生を見た。

 

「ふむ、先生。あんたのスタンスを知りたい。

 あんたは何の目的でこいつらに加担する?」

「“私は先生で、彼女らは生徒だから”」

「ほう、その心は?」

「“生徒たちの望むことを尊重したい。その手助けをしたいと思っているよ”」

「なるほど、なるほど」

 

 男は先生の言葉を何度も噛み締めるように頷いた。

 

「“彼女たちの現状を、見て見ぬ振りは出来ない。

 可能な限り、力を貸そうと思っている”」

「では具体的なプランはあるのか? 

 資金や人員、その中から予算はどれだけ割ける? 

 借金返済の短期的、中長期的な計画はどうなっている」

「“私は昨日来たばかりで、まだ何も。

 だけど彼女達と一緒に考えていくつもりだよ”」

「俺は、お前の意見を聞いているんだ」

 

 男は先生を睨んだ。

 大人同士の話し合いに、生徒たちは息を呑むほかなかった。

 

「お前が当事者なら、どうやって彼女達を助ける? 

 こいつらのことは考慮するな。お前のプランニング能力を問うているんだ、俺は」

「“私もまだ、自分の出来る範囲を模索している最中なんだ”」

「オーケー、“新米”先生」

 

 男は先生を責めなかった。

 彼に責任を問える段階ではなかったからだ。

 

「まず俺ならこうする。

 適当にバイトを雇って人数を揃え、連邦生徒会の建物の前でデモでもして抗議する。

 大騒ぎでもしてやって、取材でもされて報道でもされれば御の字だろう。

 その後はクラウドファンディングなり募金なりで資金を集めつつ、アビドスの現状を訴える」

「“しかし、それはもう彼女達が試した”」

「キヴォトスの住人の全員にか? 

 本当に全員が無関心なのか? 

 行政や他校が無視しても、一般のボランティアぐらい集められるだろう。そうして人員を確保する。

 適当な無学籍の不良共を集めて、学費無しで学籍を与えてやる代わりにこっちの仕事を手伝わせ、生徒数の水増しを図るのも良いな」

「“なるほど”」

「そして適当な企業から重機を借りて、砂漠化の対策を行う。

 人数が揃えば別の業者も参入するだろ。インフラを整えねばならん。

 人の出入りが有れば自然とカネも集まるだろう。この先は展開次第だ。

 まあ素人の絵空事だが、アビドスの独力でやるならそんなものだろう」

 

 男のプランは割と善意を当てにしているものの、彼女達五人が学生の範囲でやれるには現実的な内容であった。

 

 しかしそう、絵空事だ。

 実際には彼のような邪魔が入るし、何より。

 

「このプランの致命的な欠陥はなんだ?」

「“彼女達にその計画の管理能力が無い事かい?”」

「違う、もっと大事なモノが足りない」

 

 男は対策委員会の五人を見やる。

 

「そう、時間が足りない」

 

 ここでようやく、先生はハッとなった。

 どう足掻いたところで、彼女らは最初から詰みの状態だった。

 

「なあお前達。この学校は好きか?」

 

 男は優しく彼女らに語り掛けた。

 

「ええ、いろいろな思い出もありますから」

 

 ノノミが代表して答えた。

 

「そうか、アヤネはどうだ? 

 この学校は好きか? アビドスに居て、誇らしいか?」

「は、はい。尊敬できる先輩たちも居ますから」

 

 男はアヤネの言葉に大きく頷いた。

 

「ホシノ、後輩たちは可愛いか?」

「と、当然だよ~、なんでそんなことを聞くの?」

「じゃあ聞くが」

 

 男はニヤリと裂けたように笑った。

 

「学校とアヤネ、どちらが大事だ?」

 

 え、とホシノは目を見開く。

 

「なあアヤネ、ホシノはどっちが大事だと答えると思う?」

 

 男はゆっくりとアヤネに近づき、その両肩にポンと手を置いた。

 

「なあ、アビドス対策委委員会の()()()()()

 

 アヤネの表情が、見る見る真っ青になっていく。

 先生は拳を握り締める他なかった。

 

 ホシノが、ノノミが、シロコが、セリカが。

 ようやく、自分たちにもう時間が無い事を理解した。

 

「来年は、何人がアビドスに入学するんだろうな。

 守る物があるってことは、それだけ弱点を抱えるってことだ」

 

 男は外を見た。

 整備が行き届かず、荒れているグランドが広がっていた。

 

「ゼロだった場合、利子の負担は四人になるな。

 再来年がゼロだったら、二人になる。

 今でもギリギリだと言うのに、お前たちの卒業という未来は絶対だ。

 先輩たちはどうしても後輩に借金を押し付ける形になる」

 

 男は本当に嘆かわしそうに彼女達を見た。

 彼女達は男の容赦の無さを知っている。アビドス学区やその周辺の中学に働きかけ、決してアビドス高校に進学させないように働きかけることぐらいするだろう。

 

 

「永遠に青春なんて出来ない。

 お前達はご長寿アニメのキャラクターでも、何年続いても年を取らないソーシャルゲームの登場人物でもないのだから」

 

 

 それが、この世界の現実だった。

 男の演説は続く。

 

「そもそも、生徒会の規定人数を満たしていない以上新たに発足も不可能。ホシノが卒業した時点で、アビドス高校生徒会は消滅する。

 対策委員会は行政からすれば非公式の組織、学校の正式な生徒会の代わりに成れない」

 

 そこまで言って、男はくくくと笑い出した。

 

「俺の雇い主もせっかちで困る。

 あと一年も待たずに、アビドス高校は完全な無法地帯になる。

 それを理由に、治安維持を名目に占拠すれば良いモノを。

 それを待てば余計なコストを掛けずに済むと言うのにな」

 

 チェックメイト。王手。

 見えない誰かがそう言った気がした。

 

「“──?”」

 

 しかしその言葉の違和感を聞き逃さなかった者が居た。

 先生だった。

 

「そもそも新米先生よ。

 こいつらが学校の存続を、なぜ望んでいると思ったんだ」

「“言っている意味が分からないが”」

「こいつらの意思が正常だと、なぜ思った」

 

 男の言葉に、熱が籠る、

 

「このアビドスが砂嵐で没したのは、ずっと前だ。

 こいつらは本校舎すら見たことがない。

 例えばトリニティみたいな歴史ある学校に所属すれば、それだけで誇りを得られるだろうよ。

 だがこの砂漠を見て、いったい何を誇れる? どこが素晴らしい? 

 愛校精神? 実に素晴らしいな。アビドスにも歴史はある。

 だけどこいつらは、そのどれもをその眼で知らない!!」

 

 先生は、男を見てどこか安堵していた。

 怒っていた。この現状に、もしかしたら対策委員会の誰よりも激怒していた。

 

「思い出は大事だよな、お前ら!!

素晴らしいなお前ら、それを足枷にして死んで行けるんだから、俺にはとてにも出来ないよッ!!」

 

 結局、彼女達がこの学校に固執しているのは、情なのだ。

 理屈ではない。だが、その状況に酔っていないと、誰が言える?

 

「独裁者が!! 国民を騙して兵隊にして戦争に駆り出す為に植え付ける愛国心!! それと何が違う!! 

 学校の借金をなぜこいつらが背負う!? 

 蒸発した親がギャンブルで作った借金を、子供が返すのと何が違う!! なぜこいつらがそんな責務を背負う必要がある!!

 今に見てろ、こいつらは身体を売るぞ!!」

 

 こんなにも怒ってくれている大人がいることに、同志が居たことに、先生はどこか嬉しかった。

 

「貞操を売り渡し、身体を蹂躙され、ボロ雑巾のように路地裏に捨てられる!! 

 そんなことはこの世界が、こいつらが許したとしても俺は許さねぇよッ!!」

 

 荒れ狂う狂気が、憎悪が燃えていた。

 

「そんな不条理を敷くのなら、このクソ学校だろうと世の中だろうと、全部全部俺がぶっ壊してやるよ!!」

 

 はあはあ、と男の息遣いだけが教室内に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかりました」

 

 か細い声で、俯くホシノが呟いた。

 

「先生、廃校手続きの手伝いをお願いします」

 

 そう口にした彼女を、四人は抱きしめた。

 先生も、男も、全員がそれに同意したと受け取った。

 

 アビドス高校の長い歴史が、もうすぐ終わろうとしていた。

 

 

 

「ごめんなさい、ユメ先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警報音。アラート!! 

 

 そして爆音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎の外の方から、声が聞こえた。

 

「師匠~!! 手こずってるみたいね!! 

 私達、便利屋68の主力が!! 援軍に来たわよ!!!」

 

 校門前で傭兵を率いた便利屋の社長、陸八魔アルが満面の笑みで手を振っていた。

 

 

 





このお話もあまり加筆するところが見当たりませんでした。
正直アビドス編まで一応ストップする予定ですが、ぶっちゃけこの小説が評価されたのって美食研究会が出て来てからなんですよねぇ。

今日の更新はこれまで!! の予定!!
ではまた、次回!!
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