キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver   作:やーなん

9 / 39
ハードボイルド By 便利屋

 

 

 

「やはり、カイザーが限りなく黒と言うことですか」

 

 アヤネは重々しく、会議室として使っている教室のテーブルに並べている資料を見下ろした。

 

 アビドス高校の所持していたはずの自治区の土地の権利。

 かねてよりのホシノの引き抜き。

 対策委員会への度重なる不良たちの襲撃。

 そして、雇われた便利屋。

 

「“彼の言葉は、我々へのヒントだった”」

 

 先生は男の言葉を思い返す。

 彼の言葉の多くは、一連の事件を裏側から操っていた存在を浮き彫りにする。

 

「でも、アビドス高校が潰れたら、借金を返す人間が居なくなるわよ」

 

 セリカの疑問は尤もだった。

 アビドス高校の抱える莫大な借金。

 それはアビドス高校が廃校になったら、空中分解するのは目に見えている。

 

「もしかしたら、返せなくても良いのかもしれない」

「え?」

「九億の借金なんて、カイザー全体からすれば端金。

 アビドス全体の土地を手に入れて、新しい活用法を見出そうとする方がより現実的かも」

 

 シロコの意見に、皆も唸った。

 

「返せない、と分かってて貸したってこと? 

 そんなのおかしいじゃない、普通返す能力が有るからお金を返すんでしょ?」

「シロコ先輩の言う通り、土地を別な方法で有効活用して利益を出すと考えれば、つじつまが合います。

 私達を早く追い出したい、という点にも合点が行きます」

 

 アヤネもセリカの言葉に追従する。

 

「“いずれにせよ、証拠が欲しい”」

「そうですね、カイザーが法を犯していたのなら、それに関する証拠を手に入れておきたいですね」

 

 ──真実を知りたいと、思わないか? 

 

 皆の脳裏に、昨日の夜の男の電話の声が反芻する。

 

「みんな、ちょっと待とうよぉ」

「ホシノ先輩?」

「仮にだよ、カイザーが黒幕だとしてだよ? 

 それがわかったところでどうするつもり?」

「それは、勿論──」

 

 勿論……その先の言葉が出てこないことに、セリカは自分でも驚いて固まった。

 

「仮にカイザーの不正を糾弾したところで、借金はゼロにならないと思うよ。

 カイザーローンが不正にかさ増しした金額が元に戻るだけ。

 勿論慰謝料とか貰えるだろうけど、それで借金がチャラになるわけ?」

 

 ホシノの言葉に、皆は黙った。

 そう、アビドス高校が過去に借金した事実は覆せない真実で、どうしようもない現実だ。

 彼女達にとって九億が一億や二億だろうと、別に大して変わらないのだから。

 

「“だけど、支払う利子は減るはず”」

 

 先生は皆を鼓舞するように言った。

 

「“昨日、連邦生徒会に廃校手続きを依頼した。

 調査員が廃校の為の調査や手続きをするのに、二か月掛かるって。

 議会に議題に挙げて審査もすると、もっと掛かるって”」

「……結局、私達の事なんて後回しなのね」

 

 セリカの落胆の呟きは、残り四人の胸中と同じだった。

 

 所詮今のアビドスは片田舎の五人しか在校していない辺境の学校だった。

 キヴォトスの治安悪化や連邦生徒会長失踪の混乱を収めようとしているだけで精いっぱいなのだ。

 

「“リンたちも頑張ってるんだけどね……”」

 

 先生も一応のフォローをしておくに留めた。

 リンたちの擁護を彼女達が聞きたいわけじゃないからだ。

 

「あ、一応先生も連邦生徒会所属ですもんね」

「セリカに悪気はない。悪く思わないで」

「“わかってるよ、気にしてないから”」

 

 そっぽを向くセリカ、その失言にハッとなるアヤネ、セリカをフォローをするシロコ。

 彼女達を気を遣わせてしまったと先生は少し反省した。

 

「……思い出を、作ろう」

 

 ホシノはふと口にした。

 

「みんなでどれだけ一緒に居られるかわからないけど、悔いのない思い出をみんなで作ろうよ。

 残りの時間を、利子の返済に奔走するだけなんてイヤじゃないかな?」

 

 彼女の言葉に、皆は顔を見合わせ、そして頷いた。

 

「利子の返済が出来ないと、今度こそ差し押さえられるでしょう。

 教官が私達の最後の切り札だと言った、私達や先輩方が必死に守り抜いてきた──アビドス高校の土地の権利書を」

 

 ノノミは決意を込めて、力強く皆に言った。

 相手は、敵は、最初からずっと、それを狙ってきているのだから。

 

「うん、私達がアビドスの晩節を穢す訳にはいかない」

「私達をコケにしてきた奴らに、目に物を見せてやるんだから!!」

 

 瞳に炎を宿すシロコと気炎を吐くセリカ。

 

「私達が、最後のアビドスです!!」

 

 アヤネが力強く拳を握った。

 

「“それじゃあ、決起会をしよう!!”」

 

 昨日からずっと落ち込んでいた皆を奮起する為、先生は皆にそう言ったのだった。

 

 のだが。

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

「で、なんでそれがうちのバイト先なのよ!!」

 

 セリカはバイトの時間に来た仲間たちに怒声を浴びせた。

 

「ごめーん、他に思いつかなくてさぁ」

「しかも私のバイトの時間に!!」

「でも自由登校の日なのにバイトの時間ギリギリまでこっちに居てくれて、セリカちゃんには感謝しているんですよ」

「私何も食べられないじゃない!!」

「ん、明日は集金の日だし、今日中にみんなで計画を立てる必要があった」

「別に私は夕方以降でも別に構わないのに!!」

「ごめんなさい、セリカちゃん」

 

 結局アヤネが謝って、セリカは肩を落とした。

 

「“ごめん、セリカに予定があったなんて”」

「もう良いわよ。皆が決意表明した日に決起会が出来ない方が間抜けだし」

 

 アヤネと一緒に手を合わせて謝る先生に、セリカは諦めたように首を振った。

 

「──セリカちゃん、今日は早上がりで良いよ」

 

 その時である、カウンターの奥の調理場でラーメンの湯切りをしていた人物がそう言った。

 彼は柴大将。柴咲ラーメンの店主である。

 

「ああ、どうせ昼時を過ぎれば客は途切れる。

 アビドスの学生さんたちも、夕方まで仕込みをするからそれまでゆっくりしな」

「た、大将!! ありがとうございます!!」

 

 振り返った柴大将は感謝を述べるノノミたちの方を向いて、愛嬌の中にダンディズムを秘める笑みを返した。

 

「今朝、セリカちゃんが近いうちにバイトを辞めるかもしれないって言ってきてな」

「……」

「アビドス、廃校になるんだって?」

「ええ」

「そうか」

 

 柴大将は静かに瞑目した。

 

「そりゃあ残念だ。

 アビドスの名前も、無くなっちまうのかねぇ」

「……」

 

 皆は何も言えなかった。

 行政がどのような対処をするのか、その後カイザーが何をするのか、誰も分からないからだ。

 

「どの道、退去勧告を受けてた店だ。

 いっそのこと、潔く畳むかねぇ」

 

 柴大将はそこまで言ってから、いけねぇや、と顔を振った。

 

「湿っぽくなっちまって悪いな!! 

 アビドスがまだ今より賑わってた頃、育ち盛りの学生たちがラーメンを美味そうに食べる姿を見るのが生きがいでよぉ」

「大将……」

 

 彼女達は彼の目元に浮かぶ涙を見ないことにした。

 

「いよし、今日は全員にギョーザとチャーハンのサービスだ!!」

「そんなに食べられないよぉ」

 

 ホシノがそう言うと、みんなに笑い声が戻った。

 そして、皆がラーメンを注文し終えた頃だった。

 

 

「すみませーん、四人お願いします」

「はーい」

 

 がらがら、と入り口を開け、四人客が入ってきた。

 

「アルちゃん、やっぱり打ち上げってここにするんだ」

「ええ、昨日食べたラーメンの味が忘れられなくて」

「でも大丈夫? アビドスの連中に出くわさない?」

「そんなまさか」

 

 アルはムツキのそんな心配を笑い飛ばした。

 

「あッ!! あんた達、昨日の!!」

「って、居た──ッ!!」

 

 アルの叫び声が店内に響き渡った。

 

 

 対策委員会、便利屋の両陣営の間に緊張が走った。

 

 しかし。

 

「止めましょう」

 

 混乱から立ち直ったアルが今にも銃を抜きそうな社員たちに言った。

 

「ここはラーメン屋。ラーメンを食べるところよ」

「私達の学校を襲撃しておいて、何様のつもり!!」

 

 憤るセリカに、アルは指先を立てて、チッチッチ、と指を振った。

 

「A contract is contract.──契約は契約だ、よ。

 師匠曰く、尤も優れた暗殺者の言葉だそうよ。

 私達は仕事をこなしただけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

 たしかそうだったわよね師匠これで大丈夫よね、と念仏のようにアルは内心で絶叫しながらそう言った。

 

「仕事だったの、あれ?」

「足を引っ張っただけって言ったら可哀想じゃん」

 

 こそこそ言い合うムツキとカヨコ。

 折角キメてるのに、それを当人に言わないだけの優しさはあった。

 

「アル様、素敵です……」

 

 そして陶酔した笑みを浮かべるハルカ。いつも通りだった。

 

「大将!! ここに座るわよ!!」

「おう、昨日の嬢ちゃんたちだな!! 

 まあゆっくりしていきな!!」

 

 アルはセリカを気にせず、堂々とテーブル席に座った。

 対策委員会の座る横に。

 

「いや、なんで隣に座ったの?」

 

 彼女に倣って席に座るムツキ達。

 

「……い、勢いで」

「あはははッ、まあ私はアビドスのみんなとお話ししてみたかったから別に良いけどね!!」

 

 既にメッキが剥がれ掛けているアルを見てにっこにこ笑顔のムツキであった。

 

「こういう時、こういう時の師匠の教えは……」

 

 懐からアルはメモ帳を取り出して捲り始めた。

 

「あの、ところで皆さん、教官とはどういう関係なんです?」

 

 皆が居心地の悪そうにしているのを見かねて、ノノミが尋ねた。

 

「え、師匠は私の最高のアウトローの師匠なのよ!!」

「え??」

「こっちも馴れ初めを教えてあげるからさ、そっちも教えてよ」

「う、うん」

 

 ニコニコ笑顔のムツキに毒気を抜かれた対策委員会。

 それを了承と取ったのか、ムツキは話し始めた。

 

 

 

 §§§

 

 

「ねえ、わざわざブラックマーケットの外にまで買い出しに行かなくても良いんじゃない?」

「だってブラックマーケットの品物ってあちこちロンダリングされてて割高じゃない!! 

 ちょっと三十分車走らせるだけで弾薬が二千円も安いのよ!!」

 

 そのように力説するアルを、こういう時だけせこいなぁ、と思うムツキだった。

 

「あ、アル様、申し訳ございません!! 

 お、おトイレに……」

「もー、ハルカったらジュース飲みすぎだよ~」

「すみません、すみません」

「じゃあどこかコンビニでも寄るね」

 

 運転していたカヨコが最寄りのコンビニの駐車場に駐車した。

 すぐにハルカが車を飛び出し、手持ち無沙汰になった三人が店内をブラブラしていると。

 

「ぐふ、ぐへ、ぐへへ!!」

 

 立ち読みをして奇声をあげている男が居た。

 

「うわ、アルちゃん見て、変質者だよ」

「何があんなに面白いのかしら」

 

 気になったアルとムツキが怖いもの見たさに近づくと、件の変質者は立ち読みの振りをしているだけで、本の内容なんて見ても居なかった。

 それどころか、下校中の女子生徒たちを舐めまわすように見ていた。

 

「女の園のJKはたまんねぇなぁ。

 男の視線が無いからって、大胆な格好しすぎだろ。痴女かあれ。

 みんなどこまで際どい格好できるかチキンレースでもしてんのかぁ!! いいぞ、もっとやりやがれ!!

 あの蛍光灯みたいなヘイローも、ファッションなのかなぁ?」

 

 ムツキは反射的に警察に通報すべく、110を押そうとしたが。

 

「待ってムツキ!! 私達はアウトローよ!! 

 そんな私達が警察に通報なんて、なんか違くない!?」

「あれってそう言う問題?」

 

 ガチトーンでマジレスする幼馴染というレアな姿を気にも留めず、アルは自身のアイデンティティを主張した。

 

 そんな時である。

 

「二人とも、あれ」

「え?」

 

 商品棚の影に隠れたカヨコが顎をしゃくる。

 その先には、丁度コンビニに入って来る三人の女子生徒が居た。

 

 それだけなら誰も気にも留めないが、その生徒三人はヘルメットを被り武装していた。

 

 武装するくらいならキヴォトスでは服を着るようなものだが、問題はそれを手に持って構えたまま入店するのは違法だということだった。*1

 

「こ、コンビニ強盗!?」

「別に珍しくもないじゃん」

 

 震えあがっているアルを他所に、カヨコは冷淡な態度だった。

 

「動くな!! 店員、その下に通報ボタンがあるのは知ってるぞ!! 

 そこに近づいたら撃つ!!」

「ひえぇ」

 

 気の弱そうなコンビニバイトが、銃を向けられ震えあがっている。

 

「強盗は三人、ひとりが店員を脅し、二人が周囲を警戒。

 逃走手段は……自転車って、強盗舐めてるの?」

 

 カヨコが状況を冷静に分析する。

 

「動くな!! 銃から手を放せ!!」

 

 しかし、狭い店内では隠れられるはずも無く、三人はやむなく手を挙げた。

 

「撃たれるのも嫌だし、ここはやり過ごそう」

「え、でも、このままじゃお店の売り上げが……」

「別に私達のお金じゃないじゃん」

「それに、もう監視カメラから警備会社に通報ぐらいされてるよ」

 

 良心が咎めるアルに対して、ムツキとカヨコの反応は薄かった。

 これがキヴォトス。ゲヘナ地区ならもっと有り触れていて、更にここはブラックマーケットがお隣にあると言ってもいい無法地帯の目の前だ。

 

 コンビニ強盗達の目論見は、そのブラックマーケットに逃げて警察や警備会社の目を晦まそうと言う浅ましい判断だろう。

 

 どうせ失敗するのは目に見えている、とカヨコもムツキも判断していた。

 むしろ心配なのは、トイレに籠っているハルカが飛び出して大暴れしないかどうかであった。

 

 早く終わってくれないかな、とカヨコが思っていると。

 

「おい、なに余裕そうに雑誌なんて見てんだ!! 

 あんたも手を挙げろよ、おっさん!!」

 

 すると、コンビニ強盗が雑誌コーナーで本を読んでいる男に銃を向けた。

 

「ん? あんたも読むか?」

「聞こえなかったのか、撃つぞ!!」

「どうやって? 弾倉が無いぞ」

「え? んなわけあるか!!」

 

 男にヘイローは無い。

 なので銃撃はマズいと思ったのか、銃床で殴ろうと銃を振り上げた、その時。

 

 かしゃ、ごとん。

 

「へ?」

 

 すっと、男の右手が強盗の前を横切り──アサルトライフルの弾倉が消えていた。

 

「ほら」

 

 男がこれ見よがしに弾倉を逆さにする。

 じゃらじゃら、と弾丸が床に落ちる。

 

「ふざけッ──」

 

 強盗がアサルトライフルを捨て、サイドアームの拳銃を引き抜こうとした直後。

 

 男が、目の前に居た。

 

 ごッ、という激痛と共に、その強盗は悶絶しながら床に崩れ落ちた。

 

「うわ、あれ絶対痛い」

 

 ムツキには男が側頭部を殴打したのが見えた。喰らった不良が悶絶している。

 

「おい、なにして──」

 

 商品棚の位置の関係で、一連の出来事は残りの二人には見えていなかった。

 

 店員を脅していた強盗が異変に気付いた。

 その直後、男はコンビニの雑誌コーナーの反対側にあった銃コーナーのラックに掛かっていた自動拳銃と、筆記用具のように無造作に置かれていたマガジンを掴んだ。

 

 商品棚から飛び出し、即座にマガジンを装填した自動拳銃から銃弾を強盗犯に浴びせかけた。

 

「いてッ、くそ、舐めるな!!!」

 

 コンビニ強盗は銃弾に怯んだが、所詮はコンビニに売っているような拳銃では大して効果は見られず。

 

「死ね!!」

 

 男に向けられたアサルトライフルが火を噴いた!! 

 

 が、直前で男が銃口の手前を下から掴み、その銃口は天井へ向けられた。

 銃撃が空振りに終わった強盗の横を、男はするりと抜けた。

 

「えッ、あッ、ああ!!」

 

 そこで強盗は気づいた。自分の手首があらぬ方向に曲がっていたことに。

 

 膝を突いて泣きわめく強盗を無視して、男は最後の一人に歩み寄った。

 

「ち、近づくな、撃つぞ!!」

 

 最後の強盗はサブマシンガンを装備していた。

 それが火を噴けば、男は瞬く間にハチの巣になるだろう。

 

「どのタイトルだったっけな。ルパン三世は知ってるか?」

「な、なにが」

「次元大介がサブマシンガンを構えた相手に、撃ってみろって仁王立ちで挑発するんだ。

 敵は挑発に乗って次元を撃つんだが、弾は全弾外れるんだ」

 

 だが、それはサブマシンガンのリコイルや命中精度を考慮した銃に詳しいというキャラクター設定が反映されたアニメの演出に過ぎない。

 

「だが実際は最初の二、三発は真っすぐ飛ぶ。

 でもそんなにガタガタじゃ、当たるもんも当たらない」

 

 そう、男の言う通り、強盗の銃を持つ手は震えていた。

 

「銃で人を撃ったことが無いな? 目で分かる」

 

 キヴォトスの住人だからと言って、他人に銃を向けるのに慣れているとは限らない。

 自衛のために学校の訓練で的当てぐらいしかしたことのない者も多いだろう。

 

「ッ──!!」

 

 己の弱みを隠す為か、強盗は視線を逸らして引き金を引いた。

 

 銃火が迸り、強盗が反動でひっくり返って尻もちを付いた。

 

 しかし三十発ほどの弾丸は男の肩の上の方を通過し、天井に穴をあけていっただけだった。

 

「ひッ」

 

 そして強盗の前に、男の自動拳銃の銃口が付きつけられる。

 

「ゆ、ゆるして」

「俺は裁判官じゃない。罪ならあの世で我が神に問え」

 

 男の自動拳銃のトリガーに力が籠められる。

 

 ヘルメットごしにでも、強盗が目を瞑ったのは誰の目にも見えた。

 そして。

 

 かちッ、かちッ。

 

 男は何度かトリガーを引いたが、弾丸は発射されなかった。

 

「弾詰まりか。運が良いな、お前」

 

 男は自動拳銃からマガジンを外すと、小さく埃が舞った。整備不良だ。

 

「行け。二度目は無い」

「ひッ、ひぃぃ!!」

 

 強盗──いや、強盗だった少女は化け物にでも出会ったかのような悲鳴を上げて転がるようにコンビニから逃げ去った。

 

「く、くそぉ、死ねえええぇぇ」

 

 手首を折られた強盗が、床から左手で拳銃を抜いて男に向けた。

 

 弓手*2、態勢、精神状態、拳銃の命中精度と反動、諸々の要素を考慮して、男は避けるまでも無いと強盗を見下したまま身動きもしなかった。

 

「なッ、舐めやがって!!」

 

 

「カヨコ!!」

「了解、社長」

 

 カヨコが膝を突いて射撃体勢を取り、彼女の愛銃が火を噴いた。

 サイレンサーによって、その悪魔の咆哮を聞いたのは強盗だけだっただろう。

 

「クリア」

「よくやったわ、カヨコ!!」

 

 アルが部下に労いを掛けると、目を輝かせて男に近づこうとしたが。

 

「お嬢ちゃん、今手持ちがないからこれの代金、ツケで頼むわ」

「あ、いえ、保険が降りると思うので、お気になさらず」

 

 男は脅されていた店員の前に売り物の自動拳銃を置くと、そのまま去って行った。

 

「か、かっこいい……何から何まで、ハードボイルドそのものよ!! 

 追うわよ、三人とも!!」

「ちょっと、まだハルカが!!」

「はあ、私が行くよ」

 

 結局アルを追いかけるのはカヨコの役目になった。

 ちなみに、この時ハルカはトイレにトイレットペーパーが無くて泣いていた、と後にムツキが語っていた。

 

 

「ねえ、そこの素敵なオジサマ!!」

「俺を呼ぶのはどこの美少女かな?」

 

 男が振り返ってアルを認めると、そのスタイルをじっとりと観察した。

 

「(惜しい、あとちょっと胸が引っ込んでたらなぁ)」

 

 と、男がそんなことを考えてたなんて当然アルは知る由も無かったが。

 

「む、その銃は、PSG-1か!! 

 高いだろ、それ!! カラーリングもイカしてやがる!!」

 

 男がアルの身体よりも銃の方に興味が行ったのは、彼女は知らない方がよかっただろう。

 

「わ、分かる? 

 なんかこう、ハードボイルドな感じがするでしょう?」

「ああ、渋いねぇ、いやぁ懐かしい。整備も大変だろ? 

 なあなあ、どんなカスタマイズしてんだ!?」

「ええと、これはね!!」

 

「何あれ」

 

 道端で銃談義をしている二人を見つけ、カヨコは呆れて溜息を吐いた。

 

 二人はこうして意気投合した。

 

 

 §§§

 

 

「ってな感じよ!!」

 

 途中からムツキよりアルが熱弁していた。

 

「最初のアレさえなければ……」

 

 話を聞いたセリカは遠い目をしていた。

 他のみんなも似たような感じだった。

 

「すみませんすみません御役に立てなくていつか必ずちゃんと死にますアル様の為にアル様の為に──」

 

 トイレに籠っていただけの事を暴露されたハルカは真っ青な顔でぶつぶつ呟き始めた。

 

「あ、ハルカはトイレに籠ってただけだもんね。

 でもおじさんは一番ハルカに目を掛けてるよね」

「まあ、それは助かってるけどさ」

 

 ハルカは便利屋の愛すべき妹分だが、ちょっと思い込みが激しいところがある。

 カヨコは他の二人が何も言わないから自分も何も言わないが、それでも物申したくなる時ぐらいある。

 

 社長のアルが男を受け入れ、五日ほどで案の定彼女はやらかした。

 

 

 

「おいハルカ」

 

 爆弾で依頼以外にも色々と破壊し、報酬は無しだ、と依頼主に電話越しで怒鳴られたのが数分前。

 

「すみません、すみません、お詫びに死にます!!」

「ハルカ」

「は、はいぃ」

「優しくするのと、徹底的に厳しくするの、どっちがいい?」

 

 男はしゃがんで、ハルカの目線に合わせて彼女に問いかけた。

 

「わ、私なんて優しくされる価値なんてありません、だから死んで──」

「そっか」

 

 ばちん、と音がしてそれを見ていた三人は目を逸らした。

 

「い、いたい、痛い!!」

「おいてめぇクソガキ」

 

 頬を張られたと気づいた彼女が恐怖に震え、地面に倒れた彼女は髪の毛を男に掴まれ、引き寄せられた。

 

「死ぬ、だぁ? 

 てめぇ無価値なんだろ、じゃあ何で死ねば責任とれると思ってんだボケが!! ふざけてんのか、ああん!?」

「ひ、ひぃ、ご、ごめ」

「黙れ」

 

 男は空いた手で、ハルカの口に指を突っ込んだ。

 

「お前が死ねばな、死体の処理をしないといけないんだ。

 お前の大事な大事なアル様が迷惑するんだ。わかるな?」

 

 ハルカは涙をこぼしながら、精一杯頷いた。

 

「てめぇの無価値な意志で、行動を起こすんじゃねぇ、わかったか? 

 次から銃を撃つ時はアルの指示を受けた時だけにしろ。爆弾もだ!! 

 わかったなら頷け。いいな?」

「あの、もうそれぐらいに」

 

 男は居た堪れなくなったアルが仲裁しようと前に出た瞬間。

 

 ハルカの髪から手を放して、男は銃弾をアルに浴びせた。

 

「ぎゃああああ!!」

 

 ゴム弾の直撃を受けたアルは悲鳴を上げて地面を悶絶し転げまわった。

 

「むうううう、ううううう!!!」

「なぜアルが撃たれた? 

 お前のミスの所為だ」

 

 口を抑えられたハルカは、突っ込まれた目の前の狂人の指に噛みつき、獣のように暴れまわろうとして抑えつけられていた。

 

「ふん!!」

「ひぐ!?」

 

 そんな獣と化したハルカを、男は頭突きで黙らせた。

 真っ赤に染まり、骨まで見えるほど歯が食い込んでいた指がハルカから離れた。

 大の字で倒れるハルカを、男は踏みつける。

 

「だが、お前のような無価値なガキも、犬ぐらいにはなれる」

 

 体重を掛けられ、身動きの取れないハルカに男は語り掛ける。

 

「俺が紛争地域でテロリスト狩りをしてた頃、毎回俺に突っかかって来るストリートチルドレンのクソガキが居てな。

 面白いから毎日、エサを恵んでやったんだ」

 

 じたばた暴れるハルカから足を退けると、彼女は飛び上がって男に掴みかかる。

 

「ある日!!」

 

 犬歯をむき出しにして襲い掛かるハルカをもう一度頭突きで黙らせると、今度は逆に地面に彼女を抑えつけた。

 

「ニュースで、そのクソガキが駅で爆弾の入ったバックを仕掛けるのを見た。

 死者数53名、重軽傷者86名の大事件だ。

 俺はその時あの無価値なガキの命の輝きを見た」

 

 その時、あんなに暴れまわっていたハルカが、初めて怯えた様子を見せた。

 その時彼女が何を見たのか、他の三人は分からなかった。

 

「俺は、お前をそれぐらい殺せるようにしてやれる」

 

 悪魔が居る。カヨコはそう思った。

 

「お前のような無価値でバカで何もないガキが!! 

 数多の未来をぶっ潰せるんだ!! 無価値で、無意味な、お前がだ!!」

 

 男は覆いかぶさっていたハルカから離れ、立ち上がった。

 もう彼女は暴れてはいなかった。

 

「アルの為に100人殺せるようにしてやる。

 アルの命令で、200人を殺して死ねるように、()()()出来るようにさせてやる」

 

 男の言葉に、ハルカの表情が恍惚に歪んでいく。

 

「舐めろ」

 

 男が血で濡れた指先を差し出すと、ハルカは躊躇いなくそれを食んだ。

 まるで酒に酔うように、彼女という人格がそのままに、別の生物へと置き変わっていくようだった。

 

「アルが命じた時だけ、お前は死ね。それ以外に価値は無い」

 

 こくん、とハルカは頷いた。

 

「ちなみにその子、テロリストだったの?」

 

 ずっと黙って見ていたムツキが、男に問うた。

 

「まさか、はした金を手渡され、良いように使われただけだろ。

 ニュースには俺の追ってたテロリストの犯行声明もあったしな」

「そのテロリスト、どうなったの?」

「ああ、勿論──」

 

 男は振り返る。

 その表情に、ムツキはぞくりと背筋に緊張が走り、思わず笑みが浮かんだ。

 

「140回ほど、死なせてくれと言うまで徹底的に痛めつけてやったよ」

 

 これがハードボイルド、とまだ痛みで地面で涙目になっているアルは思ったのだった。

 

 

 

 そんな思い出を、カヨコは振り返っていると。

 

「さあ、今度はあなた達の番よ!!」

 

 すっかりアビドスの面々と意気投合してお友達感覚で話し込んでいるアルは、この後彼女達の境遇と決意を聞いて号泣した。

 

 

 

 §§§

 

 

「ほーう、これがキヴォトスでも有数の規模の大企業か」

 

 男はカイザーコーポレーションの本社ビルの前にやって来ていた。

 勿論、事前にアポを取ってある。大人の礼儀だ。

 

 天にそびえる黒塗りの本社ビルは、まさに悪の巨塔と言った有様だ。

 

「まるで、ミッドガルの神羅ビルみたいだ」

 

 そんな冗談を口にしながら、男は護衛にWolf小隊の二人を伴い中に入った。

 

「どうも、いらっしゃいませ。カイザーコーポレーションへ!!

 失礼ですが、アポイントメントはございますか?」

「ええ、先日お電話でお伺いした便利屋68の者です。

 先方には今日御会いして下さると、約束をしておりますが」

「……少々お待ちください」

 

 受付のOLの格好をしたロボットの社員が、カタカタとノートパソコンでアポを確認する。

 

「ナバトナバト、ここがカイザーの本社ビルだよ!!

 SRTでも取引とかしてたけど、ここに来るのは初めてだよね!!」

「ムツニ、遊園地じゃないんだぞ」

 

 と照会の間、護衛の二人は完全アウェーの空気にそわそわしていた。

 

「はい、確認が取れました。

 15階の応接室にお進みください、こちらがゲストIDです」

「はいはい、と」

 

 男は受付からゲストIDを受け取り、エレベーターへ進んだ。

 

「いやぁ、こういう最先端の企業のオフィスってのは、何だかテーマパークみたいだな!! テンション上がるぜ!!」

「ですよね、ボス!!」

「……はぁ」

 

 エレベーターの移動の最中、なぜかうきうきしている二人に、ナバトは溜息を吐いた。

 

 そして、辿り着いた15階の廊下から応接室に三人は入った。

 

「おいこれ、ウォーターサーバーだぜ!! お湯も出るんだとよ!! これが福利厚生って奴か?

 便利屋の事務所にも導入するようにアルに言おうかな!!

 ここから見える景色も良いな、流石は一等地だ!!」

「コーヒーサーバーもありますよ、ボス。一杯50円ですって!!」

「ここにある備品は自由に飲んで良いらしいぞ。どれどれ、いろいろカスタムしてみようぜ」

「いいですね!! じゃあ私はこれとこれと……」

「二人ともいい加減にしろ!!」

 

 このちゃんとした企業に就職なんてしたことも無い男と、傍若無人のサイコパス女であるムツニは割と似た者同士だった。

 これにはナバトも恥ずかしかった。

 

「失礼する、待たせたかな」

「いいや、お気になさらず」

 

 コーヒーマシンでブレンドを作って遊んでいた男は、応接室に入室してきた相手にそう言った。

 制帽にロングコートを着た、明らかに上役が護衛の警備兵を伴い現れたのだ。

 

「どうも、カイザーコーポレーションの警備部門を担当している者だ。職位はジェネラルとなっている」

「これはどうもご丁寧に。俺は便利屋68の軍事顧問をしてる、アップルマンと言う者だ」

 

 二人は社会人らしく、名刺を交換した。

 

「……それで、便利屋が我々に何の用かな」

 

 名刺の表裏を見ながらジェネラルが男に問うた。

 

「ええ、アビドスに関する資料の開示請求をお願いしようかと」

「そのくらい、然るべき部署に連絡してくれればデータを送るのだが」

「おや、記録に残してよろしいのかな?」

 

 おどけるような男の態度。ジェネラルは鼻を鳴らした。

 

「アビドスでは我が社が重要なプロジェクトが進んでいると聞いている。極秘ゆえにその辺りの内部情報は開示できないな」

「学生風情の会社ごっこには付き合えない、と?」

「ニードトゥノウの原則に従ったまでだ。

 現時点で私も詳しく知らされていない。どこまで内容を開示しても良いかもわからないのだよ」

「それなら仕方ありませんね」

 

 男は肩を竦めて引き下がった。

 

「参考までに、どのような情報が欲しかったのだ?」

「アビドス高校との取引記録についてだ。

 まあ、ダメと言われたら仕方がない、帰るぞ、お前ら」

 

 探りを入れるジェネラルに、男はそう答えた。

 

「はーい、ごくごく、ッ、げほげほッ!!」

「あー、もう、急に胃に押し込むから」

 

 帰ると言われて紙コップの中身を飲み干したムツニは咽せて、ナバトがハンカチを手に取って口元を拭いてやった。

 

「君、玄関まで送って差し上げろ」

「了解しました」

 

 ジェネラルは護衛として連れてきた警備兵に、三人を送らせた。

 彼らが応接室から退出していく。

 

「……」

 

 ジェネラルは男から受け取った名刺に目を落とす。

 便利屋68の文字が書かれている、その裏を。

 

 そこには、ある場所と時刻が記されていた。

 

 

 

「いいんですか、ボス。なんの成果も得られませんでしたよ」

「いいんだよ、ナバト」

 

 本社ビルから離れ、男はナバトに言った。

 

「あの上役、やり手だ。それと接触できただけで良い」

「まさか、カイザーと組むつもりですか?」

 

 カイザーのあくどいやり方を知っているナバトは、疑わし気に男を見た。

 

「違う。カイザーはいずれぶっ潰す。あのデカいビルが真っ二つに折れるのが楽しみで仕方ないぜ」

「爆破解体なら任せてくださいよ、ボス!!」

「そうだな、べちゃって潰れるを見るのも捨てがたいな」

 

 けらけらと笑う、男とムツニ。

 ナバトは己の飼い主と幼馴染にドン引きしていた。

 

「でもボス、カイザーのキヴォトスでの影響力は大きいですよ。

 潰しちゃったら失業者とか大勢出ますし、インフラにも多大な影響が──」

「だからどうした?」

「……」

「あの会社を潰したら社会に影響が? お前いつから政治家になった。

 そう言うのは利権を持った政治家の言い分だ。

 電気が使えなければキヴォトスは原始時代に逆戻りするのか?

 失業者も田舎で畑でも耕せばいい。何か問題でもあるのか?」

「いえ……」

 

 ナバトは、男の瞳の中に有る狂気を見た。

 カイザーグループを滅ぼし尽くすまで、決して止まらないだろう狂った思考だ。

 

「ナバト、お前の正義はその程度だったのか。

 連中は俺の恩人を搾取し、苦しめた独裁国家だ。

 社長は全身の部品をキヴォトス中にバラまいて、頭をプレス機に掛けてぺらぺらにしてから、アビドス高校の正門に飾ってやるんだ」

「楽しみですね、ボス」

「ああ。カイザーとなら、戦争が出来そうだ。

 お互いに失い、失わせ合いながらボロボロになって、最後の一人になるまで殺し合うんだ!!

 どんな手を使う? 戦力を整えて正面から喧嘩を売るか? それとも情報戦で経済力を削るか? それともゲリラ戦を仕掛け消耗を強いるか? 楽しみだ、楽しみだよ、カイザー……」

 

 狂った男と、それを見てニコニコするムツニ。

 ナバトは本気でカイザーに同情した。

 この男は、カイザーを滅ぼすまで止まらないだろう、と。

 

「それが、悪を討つ為になるなら、私は従いましょう。ボス」

「おう。最後にぶち殺す悪が、この俺になるといいな。ナバト」

「……はい、勿論ですボス」

 

 二人のやり取りを見たムツニは、えーボスは別にいいじゃない、とぼやいた。

 

「……Wolf小隊、総員準備をしろ。次は、給料日の時間だ」

「「オーケー、ボス」」

『『オーケー、ボス』』

 

 護衛の二人だけでなく、後方で状況を監視していた二人も了承を返した。

 

 

「じゃ、銀行を襲うか」

 

 

 

 

 

 

 

*1
それ店内で構えたらよくない? とか言ってはいけない、海外では割とある。

*2
利き手じゃない方の手のこと。




最後のカイザー訪問のシーンを追加。
ジェネラルとはまた後で接触するシーンを書く感じで。

今回もあんまり手直しはなかったけど、次回は修正のしがいがありそうです。
では、また次回!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。