Blue Archive / The Dark Knight: Requiem   作:藤子F藤浪

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11. 便利屋68

「えっと………ウェインさん? ウェインって、あの、ウェイン……?」

 

差し出した名刺を、眼鏡まで取り出して幾度も凝視する彼女。

「金を積まれれば何でもする」をモットーに掲げる無法団体『便利屋68』その社長、陸八魔アルだ。キヴォトスの法に照らせば、彼女は間違いなくバットマンが断罪すべき『ヴィラン』の一人、ということになる。

 

「少なくとも、私以外のウェインは聞いたことがありませんね」

 

では、なぜ俺は今、あえて生身で敵陣へと乗り込んでいるのか。

 

(ねえ、ウェイン・エンタープライズって、何をしている企業なの?)

(……本気で知らないの? キヴォトスのほぼ全ての産業に関わっていると言っても過言じゃない。ウェインと無関係な場所を探すほうが難しいよ)

 

対策委員会の面々のやり取りを思い出す。

便利屋の面々はカイザーPMCに雇われ、アビドスを襲撃した傭兵だ。少数精鋭の対策委員会と渡り合う実力を持ち、放置すればカイザー共々厄介な障害になることは目に見えている。

 

(アルちゃん、もしかして怖気付いた? 大丈夫?)

(ア、アル様……? 撃ったほうがいいですか……!?)

(だ、ダメよハルカ! ちょっとカヨコ、ハルカを抑えて!)

 

銀行での騒動を見る限り、彼女たちには契約以上の「意志」があるように見えた。カイザーとの契約が継続中であることはハッキング済みだが、彼女たちの行動原理は単なる金ではないのかもしれない。それを確かめるための訪問だ。

 

「さっそく依頼について話したいのですが……大丈夫ですか?」

「え、ええ……! もちろんよ! さあ、依頼を聞かせて頂戴!」

 

何やら取り込み中だったようだが……「アウトロー」という響きに身構えていた割には、アビドスの面々に似た空気を感じる。慌てふためく様子は、ユウカに追い詰められた時のネルに似ているかもしれない。

 

………前置きは十分だ。この『依頼』に、便利屋はどう反応する。

 

「依頼内容は護衛です。今、私はある人物に命を狙われている」

「護衛……? 命を狙われるなんて、一体誰に……?」

「──”デスストローク”という傭兵です」

 

瞬間、室内の空気が絶対零度まで凍り付いた。

呼吸の音すら不敬に感じるほどの、痛烈な静寂。裏社会において『デスストローク』の名は、バットマンと同等、あるいはそれ以上の恐怖を伴う記号だ。伝説の殺し屋が、若き大富豪を狙っている。その護衛を引き受けることの責任は、あまりにも重い。

 

さらに言えば、便利屋は現在カイザーと契約中だ。デスストロークを雇っているカイザーに背き、敵対企業の社長を守る。それは、裏社会のルールを破壊し、カイザー・コーポレーションという組織に宣戦布告することを意味する。

 

クリーンな市場を志向するウェインと、底なしのグレーを貫くカイザー。

その冷戦の最前線に、彼女たちは立たされることになる。

 

頷くはずがない、と確信していた。

どれほどの金を積もうと、デスストロークを相手にするリスクは、便利屋という小規模な組織が背負える範疇を超えている。裏社会での立場どころか、彼女たちの命そのものが瞬時に蒸発しかねない。実力はあっても、その精神性はまだ「学生」の域を出ないのだ。日夜死神に狙われる極限状態に耐えられるはずがない。

 

──だから、これは俺なりの「警告」だ。

 

「すみません、テレビを付けても大丈夫ですか?」

「ええ、構わないけれど………」

 

リモコンを受け取り、クロノス放送部のチャンネルに合わせる。時刻はちょうど正午。速報のテロップと共に、記者会見の席に立つルーシャス・フォックスの姿が映し出された。

 

「これって、貴方の会社じゃない……?」

 

アルが呟きかけたその時、ルーシャスの口から宣告が放たれた。

 

『我々ウェイン・エンタープライズはこれまでに数兆円にも及ぶ慈善活動を行ってきました。連邦生徒会からミレニアム、ゲヘナ、トリニティ。巨大な学園を通じて、滞りなく末端まで行き渡る支援は、これからも我々の目標になるでしょう。──しかし、我々は現状最も困難な場面に陥っている学園を見過ごしていました』

 

『ウェイン・エンタープライズはアビドスの砂漠化問題に対して毎年10億円の金銭支援を行うことをここに宣言します』

 

──どうだろうかと、思案する。

この選択が本当に正しいのか。キヴォトスの天秤をどう揺らすのか、自分自身でも予測はついていない。

 

きっと、ホシノは怒るだろう。

かつて信じ、裏切った男が、今になって自分の聖地に土足で踏み込もうとしているのだから。

 

「つまり、貴方が命を狙われる理由は……」

「カイザーに真っ向から喧嘩を吹っ掛けたから、といった所でしょう」

 

俺があまりに淡々と答えるのを見て、アルの動悸が激しくなるのが分かった。彼女の中には、富豪という人種は死に直面すれば狼狽え、裏社会の住人に泣きつくものだという偏見があったのだろう。

 

しかし、目の前の男はどうだ。たかが17歳、自分と比べても一個だけしか年齢が変わらないのにも関わらず、その表情には焦燥の欠片も見られない。その漆黒の瞳は、どこまでも現実を直視していた。

 

「喧嘩を吹っ掛けた自覚はあるんだね」

「か、カヨコ…!?依頼人相手にそんな態度……」

「まだ依頼は受けた訳じゃないでしょ。それに、あのウェインの富豪様がわざわざ私達に依頼を出すなんて、不自然すぎる」

 

カヨコが鋭い視線で俺を値踏みする。

 

「デスストロークは確かに怪物だけど、ウェインは軍事産業にも通じている。本気で対処するなら、学生の私兵なんて借りずに自社の警備部門で固めればいいはず。……違う?」

 

当然の疑問だ、とユウリはじっとカヨコの顔を見つめる。便利屋のブレイン役は彼女らしい。今もこうして衣装や仕草から少しでも情報を得ようとする姿には感心せざるを得ない。

 

「仰る通り。実際、護衛だけなら自社の戦力の方がずっと安定している」

「じゃあ、なぜ私達なの?」

「──バットマン。ご存じですよね」

 

便利屋の反応にユウリはニヤリと笑う。今までずっとニヤニヤしていたムツキも、おどおどしていたハルカも、一瞬にしてその表情は真剣なものに変わった。そこまで、俺の口からこの名前が出るのが意外だったのか…………

 

──ああ、良かった。まだ”私”の方が恐怖されている。

 

思考が、そう囁く。

 

「俺が彼の活動を支援し、協力しているとすれば……辻褄が合いませんか?」

「……つまり私達は『撒き餌』? バットマンがデスストロークを誘い出し、仕留めるための、偽装の護衛役だってこと?」

「彼は孤独だが、仕事は確実です。デスストロークが現れるなら、スナイピングの射程内であろうと彼は捕捉する。そして、バットマンなら”確実”に奴を撃破できる」

 

根拠のない、だが狂気じみた確信。カヨコはその傲慢とも取れる言葉を「戯言」だと切り捨てようとして、しかし、それが全てのピースを繋ぎ合わせることに気づいてしまった。

 

バットマンの異常なガジェット、特注の装甲。毎夜のようにそれらを損傷させ、使い捨てる活動を維持するには、天文学的な資金が必要だ。使い捨てのボールペンを扱うような気軽さで、一本数百万の万年筆を戦場に投げ捨てている。

 

では、その資金の出どころが目の前の大富豪によるものだとすれば?

何千、何億という大金を湯水の様に行使できる人物なら、毎晩何百万という資金を溶かす活動にも継続して支援することができるだろう。

 

………いや、だとしても。それを自分達の様な人間に漏らす必要は無い。言い訳程度ならいくらでも繕える。なら、本当に──

 

「…………まさか、貴方がバットマンだったりしないよね?」

「冗談を。私がコウモリの格好で夜な夜な徘徊する頭がおかしい人間に見えますか?」

 

カヨコは一瞬黙り、そして小さく息を吐いた。

学生、経営者、研究者……昼の光の中を多忙に生きるこの男が、夜まで孤独な自警団として活動するなど、肉体的にも精神的にも不可能なはずだ。

 

「……そうだね、ごめん」

 

そう、不可能だ。本来なら。

空虚な笑い声が脳に木霊するのを感じた。

 

 

 

「話せるだけのことは話しました。それで、どうです? 私からの依頼を受けてくれますか?」

 

ユウリの視線が、アルの瞳の奥を射抜く。

断言してもいいが、ユウリは彼女たちがこの依頼を受けるとは微塵も思っていなかった。

 

これは事実上の「警告」だ。ウェインはアビドスの──いや、先生の味方をする。もしこれに敵対し続けるのであれば、相応の報いを受けることになる。

暗に「アビドスから手を引き、身を隠せ」と促したつもりだった。

 

「──ユウリさん。貴方は私達に、一体いくら払えるのかしら?」

「えっ! アルちゃん、この依頼受けるの!?」

 

予想を裏切るアルの返答に、ムツキが素っ頓狂な声を上げた。

 

「……自分で言っておいてなんですが、正気ですか? まだメリットすら提示していませんし、何よりリスクが──」

「もしかして……アルちゃん、またお金が底を突いたの?」

 

図星を突かれたのか、ムツキの問いにアルの背筋が不自然に跳ねた。

 

「……えっと、実は、その…………」

「カイザーから一方的に契約を解除されたの。アビドス強奪の失敗を理由にね。向こうには本物の「プロ」が来たし、用済みってわけ」

 

歯切れの悪いアルに代わり、カヨコが溜息混じりに現状を補足する。「ウッ……!」と目に見えてダメージを受けているアルには、ハードボイルドの欠片も残っていない。

 

「いいの?社長。この依頼、しくじればただじゃすまないよ。デスストロークは、下手すればあのヒナよりも厄介な相手。そんな化物を相手に、私達だけで盾にならないといけない」

「わ、分かってるわよ!でも、これはチャンスでもあるでしょ?ウェインさんみたいな著名人の護衛を完遂したとなれば、業界の私達を見る目も変わる。それに……バットマンよ! あのバットマンに協力者として認知されるなんて、最高にアウトローだと思わない!?」

 

(そうなるのか………)

 

ユウリは内心、予想外だと言わざるを得なかった。

この毒を喰らうような依頼を、自ら進んで受ける人間が存在するとは思いもしなかった。だが、これはユウリにとっても好機だ。ウェインの直属警備を連れ歩けば嫌でも目立つが、便利屋のような「得体の知れない小規模組織」を隠れ蓑にできれば、行動の自由度は飛躍的に増す。

 

ユウリは懐から一枚の厚手の紙を取り出し、アルへと差し出した。

 

「好きな金額を書いてください。最低でも、カイザーが提示した額の倍は。ウェインの沽券に関わりますから」

 

アルは差し出された紙をジロジロと眺めると、何も書き込まずにそのまま懐へと仕舞い込んだ。

 

「手付金は受け取らない主義なの。私たちは私たちのやり方を貫かせてもらうわ。例え相手が貴方のような大物でも、ね。不満かしら?」

 

……ハードボイルドを装ってはいるが、その表情は引き攣り、隠しきれない物欲が透けて見えている。

 

「クライアントの命令に逆らえなくなるから……だっけ?社長のポリシー」

「アルちゃん、見栄っ張りなんだからー。本当は今すぐにでも喉から手が出るほど欲しいんでしょ?」

「う、うるさいわね!華麗に仕事をこなし、最後に報酬を受け取る。この美学が崩れたら、私たちが追い求めるビジョンは達成できないのよ!」

「さ、流石です……!アル様……!」

 

見栄なのか、それとも本気で美学を信じているのか。だが、傍目から見れば彼女たちはそれをさほど気にしていないようにも見えた。大事なのは報酬の多寡ではない。この四人で、この空気の中で活動することそのものが、彼女たちの「便利屋」という存在の核心なのだ。

 

「…………羨ましいな」

 

思わず零れたその独白に、一番驚いたのは俺自身だった。

俺は今、羨ましいと思ったのか?正義も、大義も、確固たる信念すらない。所詮は子供の遊びに過ぎない、こんな薄っぺらな組織を。

 

……違う。ブルースは俺にそんなことは教えなかった。

戦士であれ。機能であれ。バットマンという概念の、最も純粋な結晶であれ。

あの人が俺に注いだのは、骨を砕くような期待と、魂を削るような技術だけだ。和気藹々と笑い合い、失敗すらも共有できるような「家族」の温もりなど、彼は一度たりとも口にしなかった。俺が夢見た、父の隣でただ笑い合うような時間は、コウモリの影に塗り潰されて消えたはずだった。

 

それなのに、なぜ今、胸の奥がこれほどまでに疼くのか。

俺は、この「不純な感情」を、力任せに心の底へと押し込める。

 

「あら……? どうかしたの、ユウリさん?」

「いえ。たった今、迷いが消えた……それだけです」

 

アビドスに姿を現すつもりはなかった。この場所には、苦い記憶ばかりが眠っている……

二年前、バットマンとしての「イヤーワン」を歩み出したあの日からの失敗、後悔、懺悔……そして、責任。あの日犯した取り返しのつかない過ちを、俺は永遠に許すことはないだろう。そしてその傷跡こそが、ホシノとの間に癒えることのない亀裂を生んだ原因でもある。

 

──もう二度と同じ過ちは繰り返さない。

ホシノの顔を曇らせるような真似は、例えこれ以上憎まれたとしても阻止する。カイザーが、デスストロークがアビドスを狙うというのならば……俺は最早、闇夜に潜んでいるだけではいられない。

 

白日の下に、奴らに見せつけてやるのだ。

光さえも闇からは逃れられぬことを。恐怖の化身が、すぐ側に立っていることを。




アルちゃんに「なななな、なっ、何ですってーーーーーーー!!!???」を言わせたい。
ムツキをもっとムツガキにしたい。カヨコの魅力をもっと表現したい。ハルカの可愛い所をもっと書きたい。でもそんな構成力と文章表現能力がない。言い訳すんな、ちゃんと書け。
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