Blue Archive / The Dark Knight: Requiem   作:藤子F藤浪

2 / 15
1.伝説を再び

「もしただの人間という概念を超越することができたなら、もし理想を貫き通すことができたなら、もしそれを誰も止めることができないならば………人は全く違う”何か”になることができる」

 

 

「それは………」

 

 

「──”伝説”だ」

 

 

 

 

月夜が照らすキヴォトスの街並みを、コウモリは孤独に監視を続ける。

ビル風に揺られながら靡くマントも、腰に巻かれたタクティカルベルトも、今日は一度しか使っていない。今日の夜は、いつもよりも平和な夜だった。

 

「──こちらカンナ、異常なし」

 

通信機越しに聞こえてくるのは、協力者からの平和を知らせる便りだった。

 

「こちらバットマン。異常はない、今日はあの一件だけだ」

「すまんな…わざわざお前を呼ぶほどでもなかったか……」

「気にするな、注意するに越したことはない」

 

夜空の輝くコウモリの紋章…その意味は”警告”。しかし、この地に住まう人々はこれを安心の象徴とも呼ぶらしい。昼間は誰も守ってくれない、でも夜はバットマンが守ってくれる。なんてことを言うインタビューが流れたこともある。

 

「今日は休むといい、後は私が見張っておこう」

「……ああ、そうしよう。助かる、カンナ」

 

通信を切り、監視を止めて鑑賞に変えると、そこには変わらずキヴォトスの街並みがある。ゴミ溜めにいたあの頃は知らなかった、美しい輝きがあった。

 

──この美しい世界にも、救われない者はいる。

非行に奔る者もいれば、そうは成るまいと、毎日を必死に生きる者もいる。そこに正解があるのかは分からない。だが、希望はある。ゴミ溜めの孤児が救われたように。

 

バットマンとは、暗闇を照らす光だ。

俺は救われければならない。立ち上がろうとする者を、日々を必死に生きようとする者を。

 

その為に俺は戦う。

弱者を利用する権力と。非行を続ける悪党と。──バットマンを倒そうとするヴィランと。

 

伝説になる、その日まで。

 

 

 

 

「──おはよう、トキ」

 

珍しくぐっすり…といっても4時間程度眠ったユウリの朝は優雅な気持ちだった。珍しく自分より遅く起きたトキに代わり朝食を作る。トーストを焼いてサラダを作り、スープを添える。

「ご機嫌ですね」とトキが尋ねると、ユウリは「昨日は早く眠れたから」と返す。昨日は犯罪が少なかったんだろうと理解したトキは、ユウリがご機嫌な理由に納得できた。

 

「「いただきます」」

 

小さな一口で食べ進めるトキに対し、ユウリは新聞片手に大きく食べ進める。それでも食べ終わるタイミングが一緒なのは、二人の間の時間の長さを物語っていた。やがてトキは自分の支度が終わるとユウリの準備を始める。放っておけば毎日黒一色の服しか選ばない男に適当な服を身繕い、髪型をセットする。”キヴォトスのプリンス”とまで呼ばれる男のだらしのない一面も、それはそれで好ましいとトキは思う。

 

「事件…ミレニアム…いや…これは……」

 

新聞と睨めっこしながら断片的に呟く様は、世界最高の探偵と呼ばれる影の姿を思い起こさせる。昼間くらいは大人しくしてればいいのに、とトキは思うが、バットマンに呪われているこの男が止めることはない。

 

「また、新しい事件ですか。最近は多いですね」

「連邦生徒会長が失踪してから目に見えて治安が悪化してるよ。夜はバットマンが守れても、昼間の”ユウリ”は何もできないからな」

 

昼間に人間でいることで疑いを避けているユウリにとって、昼間の活動はリスクになる。ユウリがミレニアムの生徒として他校に赴かない理由の一つだ。ユウリとしての生活と、バットマンとしての活動がリンクし過ぎてしまうと、万が一の可能性がある。何か隠れ蓑になれる存在があればいいが、そう便利な存在は見つからない。

 

──例えば、合法的に、皆が納得できる強い権限を持ち、人格者で、連邦生徒会長をも上回る、生徒を率いる存在。

 

それはまるで──

 

 

「──速報です!!連邦矯正局から停学中の一部の生徒の脱走と、あの”ジョーカー”が脱走したという情報が入りました!!!」

 

 

 

「──すまない、トキ。学校には一人で向かってくれ。俺は奴等を矯正局に引きずり戻す」

 

準備した衣服を脱ぎ捨て、ユウリは駆け足で地下へと向かう。昼間の世界には似合わない漆黒のスーツを着用し、ケープを纏う。特殊装甲の戦車のような車、バットモービルに乗り込み、衛星からの信号を受信し、襲撃地点を割り出す。

 

 

 

轟音と共に発進したバットモービルは外郭地区に向かう。目的地に近づくにつれて穏やかな景色な物騒なものへと変化していく。大破した車、瓦礫になった建物、壁として積まれた土嚢もあることから銃撃戦の現場になったことが伺える。

 

『主導者は狐坂ワカモ。目的地はシャーレの部室です』

「誰が対処してる」

『連邦生徒会から派遣されたのは、セミナーの早瀬ユウカ、正義実現委員会の羽川ハスミ、風紀委員の火宮チナツ、トリニティ自警団の守月スズミ、そして──”先生”の計5名です』

 

バットモービルに積まれた人工知能(AI)が解析した情報を告げる。

先生。それは、あの連邦生徒会長が後見人として選んだ人物。現在起きている数千もの学園自治区の混乱を治められる人物。「サンクトゥムタワー」の管理者として相応しい人物。連邦生徒会の行政制御権を復活させられる人物。それほどの人物が現場で指揮を執るならば──

 

「──目標をジョーカーに変更しろ。先生に万が一があるといけない。俺が奴らを相手する」

『衛星からデータを受信します。ターゲット「ジョーカー」の追跡を開始します』

 

 

雲一つない青空の下。闇夜に潜む”ダークナイト”は姿を現した。

 

 

 

 

 

 

──キヴォトスには騎士がいる。

 

真面目な生徒達が至極当然に語るのを見て、先生と呼ばれる彼は戸惑うばかりだった。騎士と言えば…所謂西洋の甲冑だとか、背丈にもなる長い剣を振り回す存在。そんな認識のまま”騎士”の姿を見た彼は、その想像とのギャップに目を奪われた。

 

コウモリの様なマスク、身の丈程のマント、銃弾すら容易く弾く鋼鉄の鎧。そして、その全てを漆黒で覆う異様な意匠。その姿はヒーローと言うよりは、まるでヴィラン。

 

撤退したワカモを追ってシャーレの部室へと向かう最中、クルセイダー戦車や不良生徒の襲撃に遭う先生と生徒の間に割り入った、青空の下には似合わない漆黒の戦士の姿があった。

 

「あれは……”バットマン”!?なんでこんな時間に!?」

「……我々では対処できないと思われたのでしょう。何といっても、停学中の生徒だけでなく、あのジョーカーも脱走しましたから」

「あれがダークナイト…現物を見るのは初めてです」

 

バットマン。ジョーカー。ダークナイト。コミックの様な名前が当然に存在する現状に、先生の理解に追いつけていない。しかし、呆けている暇は無い。気持ちを入れ直し、再び生徒に指示を下す。

 

「私達はシャーレの部室に向かおう。クルセイダーや不良生徒は彼に…バットマンに任せよう」

 

四人の返事と同時に、先生は今一度バットマンの姿を見る。身長は…180cmほどだろうか、一見スリムだが、かなり鍛えられていることがスーツ越しにも分かる。ダークナイトという称号に相応しい格好。連邦生徒会とは違う異質な存在が突如として戦場に現れたことに、不良生徒達も動揺を隠せないでいる。

 

彼が乗るその”戦車”は、何百という銃弾を受け、戦車の砲弾を受けてなお無傷で鎮座している。彼がこうして動こうとしないのは、今なら見逃してやるというサインだろうか。

 

先生の視線に気が付いたのか、バットマンは小さく頭を動かして先生に視線を向ける。互いに何を考えているのか、何の目的で動いているのかも分からないまま、先生は口元に手を当て、大きく、はっきりと彼に告げた。

 

 

「ありがとう!」

 

 

その言葉を聞いたバットマンは小さく微笑み、そしてすぐに騎士の面持ちに変わる。先生にだけ分かる小さな頷きと共に、不良生徒に向けて歩み始める。

 

「行きましょう!先生!」

 

ユウカの声に先生はシャーレの部室へと駆けだす。

そして先生の姿が消えたことを確認した後、バットマンは不良生徒にとって最適な銃撃距離、クルセイダーの砲台のすぐ目の前に立った。

 

「今なら見逃してやる。早くしろ」

「ッ!舐めやがって…!」

 

勢いのある声とは裏腹に、不良生徒の反応はかなり慎重だった。ダークナイトの噂を彼女たちが誰よりも知っている自信があった。一瞬で制圧された。為す術がなかった。敵対すること自体が間違いだった。酷く自信を無くした同胞の姿に、思わず恐怖したのを肌で感じた記憶が蘇る。

 

「お前たちを手引きしたのはワカモか、ジョーカーか。どっちだ」

「…さあ、どっちだろうな」

 

成程、バットマンは小さな声で落胆に近い納得を得た。ジョーカーの指示であれば、拮抗状態を続ける必要はない。あの道化の為に無謀に、無意味にバットマンを攻撃し、散ればいい。それがあの道化が一番喜ぶ展開だろう。にも関わらず、こうして震える指で必死に引き金を弾こうとする彼女達。バットマンには確信があった。

 

「出てこい、ジョーカー。潜んでいるのは分かっている」

 

バットマンの声に不良生徒に動揺が広がる。

ジョーカーはこの状況を楽しんでいる。先生と呼ばれる存在にも、連邦生徒会にも、ワカモにも興味を持たずに。奴の目的なただ一つ。それは──

 

「──伏せろ!」

 

バットマンはその声と同時にバットモービルの影に潜みケープで身を包む。その一秒後に訪れた爆音と衝撃が、辺り一面を爆撃地帯へと変えた。

 

「HAHAHAHAHAHAHA!!!!」

 

そして、鳴り響いたのはこの世の全てを嘲笑う悪魔の笑い声。

 

「よく分かったじゃないか、バッツ。流石はオレのプリンス様」

 

バットマンとジョーカー。秩序の守護者と混沌の配達人。正義と悪、そんな文言では語りきれない関係。まるで”運命”のように、世界は二人を引き合わせる。バットマンは静寂の闇に潜み、ジョーカーは狂乱の中で笑い続ける。今この場も例外ではない。

 

「どうしてって面だな、バッツ。分かるかなぁ、見たかったのさ。連邦会長だっけ?あれがいなくなった混乱の世界で、先生とやらは”笑える”存在なのかどうか」

「…………」

「でも駄目だ。あれはちっとも面白くない。やっぱりオレのダーリンはお前だけだバッツ。お前が一番面白い。せっかくだ、ジョークはどうだ?オレがどうやって脱走したのか聞きたいか?あそこは全く笑えなかった。みんなしてオレを可哀想な病気の人間だって、その笑いを矯正してやるって、誰もオレがみんなの先を行ってることに気づいてくれない。でもな、その内オレに感謝するさ。オレのおかげで──」

 

ドカッと鈍い音が響く。握りしめた拳を緩めず空いた手でジョーカーの襟を掴むバットマン。相変わらずの仏頂面にも関わらず、その気配には隠せない怒りがあった。

 

「答えろジョーカー。お前は何故このタイミングで脱走した。何を企んでいる」

 

服の繊維が千切れる寸前まで音を立てる。赤く腫れた頬を気にすることもなく、ジョーカーはニヤニヤとした表情を崩さない。彼の関心の全ては目の前の哀れな騎士様に注がれている。ジョーカーに目的はない。強いて言えば、バットマンと”遊ぶ”ことだ。今こうして自分だけを見てくれる瞬間を作ることこそ、ジョーカーが混沌の配達人である理由だった。

 

「バッツ…オレが企んで何かをすると思うか?オレはな、犬みたいなものさ。目の前のエサを追っかけて、気が付いたら火薬やガソリンでお前と遊ぶのさ」

「ならお前が追いかけた餌はなんだ。何がお前を脱走させた」

 

バットマンの問いに、その笑いを隠そうともせず、バットマンの目を見つめる。その意図は何なのか、狂気とも虚無とも違う感情に適した名称が出てこない。そして、ジョーカーは語る。バットマンの未来を。これから続くであろう()()を。

 

「これからお前は挑まれるのさ。()()()()に」

「誰だ」

「オレがお前が如何に面白いかを話してやったら、アイツらはすぐにお前に興味を持ったよ。是非ともお前に会いたいんだってさ」

「だから、誰のことを言っている」

「オレがお前以外の奴の名前なんて覚えられる訳ないだろ。とにかく…えっと、そいつ等がオレを脱走させた。理由なんて知るか」

 

的を得ない返答に、再び拳を握り込む様子を見せても、ジョーカーは呆れたような顔で見つめるばかり。とは言え、想定以内ではある。ジョーカーに期待することほど馬鹿らしいことはないとバットマンも十分理解している。ジョーカーの言う()()()()の正体は分からないが、新たなヴィランの登場には常に警戒している。とは言え、現状のキヴォトスの変化を見るに、多少警戒を強めるべきだという考えもある。

 

現状では情報が少なすぎる。考えるのは後でいい。まずは目の前のこの男を片付ける必要がある。

 

「立てジョーカー。大人しく矯正局に戻れ」

「………なあバッツ。あの塔なんで光ってるんだ?」

 

サンクトゥムタワーが、あの機能停止した、連邦生徒会長の遺物が、今こうして動き始めた。

その原因は間違いなく──

 

「──っ!何っ!」

 

ほんの僅か、目を離した一瞬だった。突如として爆撃が瓦礫が二人諸共吹き飛ばした。起き上がった頃には、残ったのは掴んでいた紫色のスーツだけ。ジョーカーの姿は消えていた。

 

まずい、これは非常にまずい事態になった。ジョーカーというヴィランの影響はバットマンすら凌ぐ。矯正局に入って尚奴の手下は暴れまわり、バットマンは幾度となくそれを相手した。それが脱走に成功し、再び活動を始めたらどうなる。キヴォトスは現状より更に治安が悪化することは目に見えている。

 

バットマンは頭を抱える。そして、着弾位置から想定される方角を見る。

太陽と重なり、視界はかなり狭まる。それも計算しての発射だったのか、戦略としては付け焼刃ながら間違ってはいない。サンクトゥムタワーを見上げた一瞬を逃さず、ジョーカーを逃がしたことから、かなりの手練れであると判断できる。

 

『これからお前は挑まれるのさ。()()()()に』

 

もしその言葉通りなら、その相手なのだろうか。ジョーカーを逃がしたことも、何かしらの利益がある行動なのだろうか。バットマンは思考の海から離れることをせず、バットモービルに乗り込んだ。

 

「現状を説明しろ。先生はどうなった」

『連邦捜査部シャーレの権限が復活しました。先生がその権限を持ち、サンクトゥムタワーの管理権限は連邦生徒会に移譲された模様です』

 

…………成程。サンクトゥムタワーの権限についてはいいとして…シャーレは連邦生徒会に連なる組織ながら、その目的は不明…いや、存在しない筈。連邦生徒会は先生に何をさせるつもりなのか。……目的はないままなのか?だとすれば…………

 

「……何かをするのも、しないのも、選択は全て先生の自由ということか」

 

どうあれ、調査は必要だろうというのが現時点での結論だ。

先生が善人なのか、悪人なのか、無能なのか、有能なのか。

 

疑わなければ、信用はできない。

 

「……ワカモはどうなった。捕まったのか」

『いいえ、現在行方は分かってはいません』

 

仕方がないか……ワカモは七囚人でも指折りの実力者。真正面から、あのメンバーで捕縛までは難しいだろう。そう考えると、ジョーカーを逃がしたのはかなりの痛手である。ワカモとジョーカー。分野は違えど、その影響の相乗効果は分からない。手を組みことはないだろうが、万が一に警戒するに越したことはない。

 

サンクトゥムタワーの管理権限の移行、シャーレの活動開始、ジョーカーの脱走、先生の存在。

 

一日…それも僅か1時間以内の出来事にしては、あまりに情報量が多い。

 

ダークナイトの物語が、着々と動き始めていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。