Blue Archive / The Dark Knight: Requiem 作:藤子F藤浪
4.アビドス高等学校
砂漠の果ての地平線、沈みゆく太陽を地上数十階の高さから見渡す。黄金の様な景色を目に焼き付ける横で、その生徒は徐に口を開く。
「先生、約束は守ります。何でも一つだけ質問には答えます。曖昧な回答はしません。全て真実だと誓いましょう」
血が染みたYシャツを隠そうともせず、その生徒は堂々と先生に向き合う。
それは寧ろ見せつけているようだった。しかし、先生は相変わらず笑みを崩さない。
「”ユウリ”、私は──」
”ダークナイト”の伝説。その序章が始まる。
時間は少し遡る。
先生がアビドスへ赴任して幾日かが経過した頃。
「……それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます」
アヤネの司会の声が響く。セリカ救出後の休憩を挟んだ後、先生にとっては初の定例会議の場ということもあり教室には緊張が走る……ということはなく、そこには普段通りのメンバーが並んでいた。
「本日は先生にもお越し頂いたので、いつもより真面目な議論が出来ると思うのですが………」
「は~い☆」
「もちろん」
「何よ、いつもは不真面目みたいじゃない……」
「うへ、よろしくねー、先生」
一昨日の戦闘の疲れを感じさせることはなく、セリカでさえ何事も無かったかの様にピンピンとしている。先生が”よろしく”と返事をしたところで会議は始まった。
議題は「学校の負債をどう返済するか」
対策委員会にとっての一番の問題である。毎月の返済金額は利息だけで788万円。利息だけでも精一杯の現状では、返済など夢のまた夢…9億にも上る借金返済という難題の解決策が先生の存在だけでカバーできる筈もない。
それでも会議室では活発な議論が行われていた。
「ゲルマニウム麦飯石ブレスレットであなたも一攫千金……ねえ…?」
「そうっ!これでガッポガッポ稼ごうよ!」
セリカがマルチに騙されていたり。
「簡単だよー、他校のスクールバスを拉致ればオッケー!」
「はい!?」
「登校中のスクールバスをジャックして、うちの学校への転入学書類にハンコを押さないと、バスから降車出来ない様にするのー。うへ~、これで生徒数がぐんと増える事間違いなーし!」
「それ、興味深いね」
ホシノの提案する生徒数を増やす作戦にシロコが賛同したり。
「銀行を襲うの」
「はいっ!?」
「五分で一億は稼げる。はい、覆面も準備しておいた」
シロコが銀行強盗を計画したり。
「アイドルです!スクールアイドル!」
「ア、アイドル……!?」
「そうです!アニメで観たんですけど、学校を復興するのに定番の方法はアイドルです!私達全員アイドルとしてデビューすれば……」
ノノミがアイドルデビューしようとしたり。
そんな活発な議論が行われている最中、先生はニコニコとその光景を眺めているだけだった。
「あのぅ……議論が中々進まないんですけど……」
「もう先生に任せちゃおうー。先生、これまでの意見の中でやるならどれが良い?」
「えっ!?今までの中から選ぶんですか!?もう少し真面な意見を出してからの方がいいのでは!?」
「大丈夫だよー、先生が選んだものなら間違いないって」
「ちょ、ちょっと待って下さい!何でそう言い切れるんですか!?」
スクールアイドル、バスジャック、銀行強盗。
借金返済という名目はどこへ行ったというラインナップ。それも一つはれっきとした犯罪行為の中、選択を迫られた先生はそれでもやはり朗らかに笑う。
「そうだね、私は──」
そこまで言いかけたところで、先生はふとある事を思い出す。シッテムの箱とは別にあるスマホからメールを確認し、その画面を対策委員会のメンバーに見せた。
「ウェイン・エンタープライズ!?」
柴関ラーメンの店内にセリカの声が響く。幸いにも対策委員会と先生の他に客はおらず、大将も人様の事情だと聞き耳を立てることなく流してくれた。
「ちょっ、セリカちゃん声……」
「あっ、ごめんね。でもっ…!」
事情を知らない先生はズルズルとラーメンを啜るが、何やら慌てだした二人の様子を見て首を傾げた。どうやら、自分が知らないだけの様だ。
「知ってるの?」
「知ってるも何も、キヴォトス1と言ってもいい大企業!キヴォトスで知らない人なんて先生くらいよっ!」
セリカの言葉に一同が頷く。
業績もさることながら、連邦生徒会や各学校への多額の寄付金で発言力も強く、尚且つ徹底した透明な事業で市民からの信頼も厚い大企業。そんな情報を聞いて尚、先生の感想はゲームや漫画みたいだな、に落ち着いた。
「それにしても…この人は……」
「えっと、”ルーシャス・フォックス”さんだよね。この人も有名なの?」
「はい、公の場に出てくるのはほとんどこの方ですから。それよりも、驚いたのはこっちです」
アヤネが指さした画面の先には、”ユウリ・ウェイン”という名が記されていた。肩書は社長となっているが、それならばCEO兼代表取締役代理のルーシャスさんの方が文字的に凄そうだなと先生は思った。
「ユウリさんですか、昔パーティーで一度お見掛けしたことがあります。お父様とご一緒していましたけど、とても綺麗なお方でしたよ?経営者としても有名ですし」
「キヴォトスのプリンスの名は本当なのね…ミレニアムでの成績のかなりの上位らしいし、うぅ…何だか悔しくなってきた……それでっ!メールにはなんて書いてあったの?」
セリカがバッと画面を覗き込むと、そこには非常に丁寧な文章が何行にも渡って書かれており、要約すると「アビドスの借金を返済してもいい」ということだった。
これに対しセリカは目を輝かせて喜んだが、意外にも周囲の反応は冷ややかだった。
「支援ではなく、返済ですか………」
「何か裏がありそうですね…本当に信じてもいいんでしょうか………?」
ノノミ、アヤネが心配そうに先生を見る。しかし、先生は不思議と分かっていた。このメールの文面が”怪しませようと”していることを。突然大企業のトップが、それもこんな長々とした文章を書き連ねることは丁寧と言えるのか、”先生”としての自分を試されているなんていうのは想像に過ぎないだろうか。
そして、意外だったのはホシノが未だ沈黙していることだった。我関せずとラーメンに夢中のシロコは平常運転だとしても、ホシノが何も言わないことには少し違和感があった。
「取り合えず会ってみるよ。急ぎの用事がある訳でもないから」
「会うって、日付はいつなの?時間は?」
「ん?今日の一時間後だよ」
あっけらかんと答える先生、しかしその返答はあまりにも突飛で、急展開過ぎた。
「あっ、じゃあそろそろ時間だから行くね!」
そう言い残し、対策委員会の分の現金を置いて出ていく先生。静寂の店内に響き渡るのはシロコの啜るラーメンの音と柴大将が包丁で刻む心地よい音だけだった。
「あっ…あのう………」
「えーと、どういう状況?」
扉を前に立ち尽くす4人の生徒達が、そんな状況を眺めていた。
■
「困ったな、迷っちゃった」
ミレニアムのオフィス街、スーツ姿の人々が闊歩する中、先生は一人ベンチに腰掛け額に流れる汗を拭っていた。時刻のせいか街を行き交う人々の動きは早く、場所を聞きたくとも声を掛けるのは申し訳なく感じてしまう。
まさかスマホの電池が切れてしまうとも思っておらず、スマホの地図を頼りに歩いていた先生には今自分が何処にいるのかさえ大まかにしか分からなかった。
どうしたものか、そんな不安と焦りが募る中だった。
「どうかされたんですか」
顔を上げると、そこには制服を着た人物が立っていた。黒いカッターシャツと同じく黒いズボン、上着の黒いスーツ、唯一ネクタイが水色だったことからミレニアムの生徒だろうと分かったが、全身をほぼ黒で統一しているその姿が少しだけ異質に思えてしまった。しかし、それよりも………
ゴクリ、無意識に息を飲み込んだ音が確りと聞こえる。それはきっと自分が鳴らした音の筈なのにその実感は湧かなかった。彼と目が合った瞬間、自分と彼以外の全ての空間が一時的に見えなくなってしまったから。
かつて聞いたことがある。とある美貌の青年歌手を形容するのに、その小説家は
「…?どうかされましたか」
イケメン、男前……彼を表せる適切な言葉は見つからなかった。ギリシャ彫刻の様に美しい顔立ちもモデルの様なスタイルもそうだが、何より印象的なのはその
この世の全てを飲み込んでしまいそうな、まるでブラックホールの様な瞳。とってつけたようなハイライトだけが添えられた、それでも隠し切れない漆黒が瞳の奥に存在する。
例えるなら、
「もしかして体調が……」
「いや!大丈夫!少し道に迷ってただけだから!」
「それならよろしいのですが……」
事情を説明すると、彼は自分のスマホから地図を開き私に見せてくれた。どうにか付近にまでは来れていたらしく、もう数分の内に辿り着けそうだった。
「よろしければご一緒してもよろしいですか。私もそこに用があるので」
「本当に?それは心強いなぁ」
私の言葉に微笑む彼の顔を見て、最初の印象は既に大分和らいでいた。彼との数分の道中は思いの外平凡そのもので、彼の家のメイドの話や最近しでかしたミスの話なんかで盛り上がった。そして会社の前に着いてしまう。
「ここが”ウェイン・エンタープライズ”です」
「凄いなぁ、この辺りじゃ一番大きいね」
エントランスで彼と共に受付を済ませ、ソファに座り順番を待つ。彼から借りた携帯用充電器でスマホの充電をチャージしている途中、私たちはお互いがまだ自己紹介もしていないことに気が付いた。
「私はシャーレの先生。困ったことがあったらいつでも相談してね。まあ、今日は私が助けられたんだけど…………」
「この程度ならお安い御用です。あのシャーレの先生に恩を売れた、と考えるとですが」
ウィットに富んだ彼の発言に私も小さくだが笑ってしまう。そして彼は懐を弄る中で、とあることに気が付いて小さく息を吐いた。
「申し訳ありません、名刺を切らしてしまったようです。先生相手に不躾に挨拶する訳にもいけません。よろしければ、次会った時に改めて名乗らせて頂くというのはどうですか?」
彼の提案に私はいいよと答える。名前を知れないのは残念だが、また次の機会への楽しみが増えたと考えたらいい。丁度彼を呼びに来た受付の獣人と共に彼は会社のエレベーターへと乗り込んでいく。私が大袈裟に彼に手を振ると、彼は小さく笑って同じく手を振り返してくれた。そんなこんなで、私の緊張はいつの間にか解れていた。
私の名前が呼ばれ、最上階に運ばれる。厳重な警備に囲まれた簡素ながらも荘厳な雰囲気を放つ部屋に通される。そこには、一人のスーツを着たロボット型の経営者が立っていた。
「初めまして先生、本日はわざわざご足労頂きありがとうございます。私はウェイン・エンタープライズ代表取締役代理兼CEOのルーシャス・フォックスと申します」
「初めまして、私はシャーレの先生です」
席に案内され、二人は互いに向き合う形でテーブルを挟み椅子に座る。
和やかな表情とは裏腹に思考は冷徹とも言えるまでに鋭く研ぎ澄まされる。今、先生は大人の仮面を被った。これから先生は見極めなければいけない。目の前の人物の善意を、悪意を、”生徒の為”という言葉に含まれるあらゆる要素を。
──そして、そんな先生の思考をルーシャスは既に見抜いている。だからこそ、行動で示すことを選んだのだ。
「堅苦しいのもなんです。折角ですから、少し歩きませんか」
美しい街が見える。輝かしい人々が。
二人で見下ろすキヴォトスの景色。そこには争いも諍いもない平和そのものだった。
「美しい景色です。人々は富栄え、人の役に立ち、幸せに過ごしている。高級ホテルの最上階から見る夜景も素敵ですが、私はこの当たり前とされる景色にこそ価値があると考えています」
同感だ、と先生も思う。それを見越した上でルーシャスは先生に問う。
「先生、昼と夜のどちらがお好きですか?」
先生は戸惑った。質問の意図が分からないからだ。ただ、単に自分の好みを応えればいいのだろうか。少し勘繰った末に、先生は答えた。
「──昼ですね。生徒達の活動を直に見ることができる時間帯ですから」
「ほほう、流石は先生。私も一緒です。ですが、先生の様な高尚な理由ではありません。単純な理由です。嫌いなんです、夜が」
淡々とそう言いのけたルーシャスは天を指さす。
「昼は明るい。太陽が全てを照らしてくれます。そこで深刻な犯罪を犯そうとする者なんてほとんどいません。しかし、夜は違う。混沌に塗れています。月明りでは全てを照らすことができない。だから”彼”の様な被害者が必要になる」
ロボットの筈のルーシャスの目にあらゆる感情が見えた気がした。それは後悔なのか、懺悔なのか、全てを諦めて尚も現実を見続けなければならない大人の悲しさであると先生は思った。
「先生、貴方にとって救いとは何ですか。暗闇でしか生きられない人間を外へと連れ出すことですか。過去しか見れない人間に未来を見せることですか。貴方は、救えない生徒にどう接しますか」
二人の目が合う。ルーシャスが何を考えているのか、先生は到底分からない。
──それでも、これだけは言える。
「──私は救います。もし救えなくても、私は挑みます。できる限りを尽くして。それで誰かが救われるきっかけになるのなら、私は行動します」
「──大切にしてください、貴方自身を含めて」
先生の返答を、ルーシャスはどう受け止めたのか。答えはルーシャスしか分かりようがなかった。
部屋に戻る途中、ルーシャスは思い出したかの様に先生へと振り向いた。
「実は、今回の件に私は関与していません。私は”シャーレの先生”には興味がありませんから。ですが貴方を知れてよかった。困ったことがあれば、私でよければ力になりましょう」
「…………え?」
半ば無理矢理の握手経て、ルーシャスは気分よく先生を置いて一人エレベーターへと向かう。
そして一人取り残された先生。どうしようかと戸惑う最中、社長室の扉がバタリと空いた。
中から出てきた人物には、どうも見覚えがあった。
「──先程ぶりですね、先生」
先程自分をここまで送り届けた青年だった。名前も知らない彼の目が先生を貫く。
──只者じゃないな
それでも先生は笑顔を崩さない。相手は生徒で大人だから、その理由を貫き通す。
しかし、先生は知らない。
今目の前にいる青年が普通ではないことを。戦士であり、探偵であり、騎士であることを。
今晒している素顔が本性ではないかもしれないことを。
「少しだけお時間を頂きます──先生」
こうして、二人は出会った。
これが吉と出るか凶と出るか、二人には知る由はない。
バットマンの登場人物でも解説したいと思います。アメコミ歴浅いので間違ってても許してね。
バットマン
架空の犯罪都市ゴッサムを守る自警団。その正体はゴッサム一の大富豪ブルース・ウェインだが、本作ではブルースの弟子であるユウリが継いでいる。
「
因みに筆者はパティンソンのバットマンが好き。