Blue Archive / The Dark Knight: Requiem 作:藤子F藤浪
「つまらないショーを見せつけてくれたな」
便利屋とアビドスの騒動を監視するもう一つの影達。カタナを背負う覆面の女丈夫と、その傍らに座るシルクハットを被る小柄ながらもふくよかな少女。
ブラックマーケットの最深部”アイスバーグ・ラウンジ”
完全会員制の秘密クラブが使われる用途は多岐に渡る。個人的な食事でも、団体の会食や接待、時には性を淫らに謳歌することさえ許されるこの場所が犯罪に使われない筈もない。
”ペンギン”と呼ばれる小柄の少女はこの組織のボスであり、裏社会きっての大物として君臨する、言わばブラックマーケットのボスとも言える存在。彼女の元に集う部下たちはその恩恵に縋る、彼女にすれば働き蟻と遜色ない存在だった。
「ワシは金さえ貰えれば構わん。面白くなんか無くていい。だからさっさとあの学校を廃校にしてカイザーからの分け前を寄越せ!」
「──ダメだ、面白くなければならない。私が事を起こせば、”奴”は必ず現れる」
そう言う覆面の女性”デスストローク”と呼ばれる彼女は、繰り返して何度も同じシーンをモニターに移す。そこに映るのは、キヴォトスを守る闇の騎士の姿。
悪党達を殴り、蹴り、バットラングで弾き、凄まじい速度で鎮圧する光景。
ケープを翻し、闇の中から現れる戦士の姿に悪党共は恐れ戦いた。
──しかし、デスストロークは違う。
キヴォトスの誰よりもこの戦士との戦闘を望んでいる自負があった。この戦士との果し合い、命を懸けたやり取りを想像しただけで自らの心臓の鼓動が早まり、熱くなっていく。
見たい、この男の全てを。マスクの下を、鎧で隠された肉体の全てを。自分だけのものにして、命が尽き果てるまで戦い続けたいとすら思う。女性を捨てた筈の身がこの男を猛烈に求めてしまう。
ペンギンから見れば、異様なのはデスストロークも一緒。
まるで
キヴォトスの平穏を守る為に命を懸けるコウモリ、そんなコウモリとの戦闘を心から望み命すら惜しまないアサシン。結局言えるのは、どちらも化物だということだ。
「うぐっ、早く消せ!顔も見たくない!コウモリなんて大嫌いだ!」
「軟弱な奴だ。少しは痩せろ、このデブペンギン」
「何だその言い草は!誰がお前に武器を供給してやってると思ってるっ!」
ピィピィと喚くペンギンを無視しながら、デスストロークはバットマンに集中する。
筋肉の動きを、行動の癖を、技のパターンを。全てが高水準に仕上がった戦士を凌駕する為の作戦を練る。
(正面から戦えば不利…だが、一対一が約束される機会)
想像する。自分の刀がコウモリを貫く様を、奴の拳が自分の顔面を吹き飛ばす様を、己の刃が肉を抉り、とうとうコウモリの羽を切り落とした時、間もなく死に至る奴が最期に自分を見る様を。
愛と見間違える程純粋な殺意を自覚しないまま、与える痛みも、受ける痛みも全て承知した上で、”勝ちたい”という欲求だけがひたすら募る。
だからこそ、アビドスなんていう
「お前は必ず私の手で仕留めてやるぞ、”バットマン”」
■
「──はい、これで」
「はい……確認しました、カイザーローンと取引いただきありがとうございます。来月もよろしくお願いします」
スーツを着たロボットが嬉々として借金の返済の取り立てにやってくる。今月の利息だけで788万3250円という金額が回収され、しかしそれでも返済には途方もない時間がかかることは明白だった。走り去る現金輸送車を尻目に、アビドスの生徒達の表情は暗く重い。
「はぁ、今月も何とか乗り切ったねー」
「……完済まで後どのくらい?」
「309年返済なので……今までの分を入れると──」
「言わなくていいわよ、正確な数字言われると更にストレス溜まりそう…………」
恒例となる毎月の返済に嫌気が刺す一行。特にセリカはその気が強いらしく、その表情は他のメンバーと比べても辟易としていた。不平不満を愚痴っても現実は変わりはしないことを理解しつつも、しかしそれが止まることはなかった。
「ていうかっ!ユウリ・ウェインに払わせるって話はどこにいったの!?あんな大金持ちなら私達の借金なんてへっちゃらでしょ!」
「何の関係もない人に払ってもらうのは申し訳ないよ……」
「でも、向こうから払うって言ったじゃない!」
「なら無理矢理襲って払わせれば……」
「それは完全に犯罪です!」
地団駄を踏みセリカを宥め、犯行を企てるシロコを止めるアヤネ。特にシロコは止める者がいなければ嬉々として犯行を実践するだろうので念押しされて止められる。そんな場面をノノミは微笑ましく思う。
「まーまー、そう焦っても仕方ないよー。おじさんもあんまり”知らない人”に頼るのは好きじゃないし。今まで通りにやるしかないよー」
気の抜けたホシノの言葉に、一同は一先ず納得するしかない。
会議の為に教室に戻ることにした対策委員会のメンバー。
その言葉の裏に隠された違和感に気付く者など、誰一人いなかった。
「全員揃ったようなので会議を始めます。まずは、二つの事案についてお話したいと思います」
アヤネの言葉から会議をスタートする。
「最初に、昨日の襲撃の件です。私達を襲ったのは「便利屋68」という部活です。ゲヘナでは、かなり危険で素行の悪い生徒達として知られています」
便利屋がアビドスを襲撃したのは先日のこと。柴関ラーメンでは互いに襲撃者とターゲットだということを知らずに接していたが、今では敵とも友人とも言えない微妙な関係である。
「部活のリーダーの名前はアルさん。自らを「社長」と称しているようです。彼女の元には三人の部下がいて、それぞれ「室長」「課長」「平社員」の肩書があるとのことです」
「いやぁ、本格的だねぇー」
アル、ムツキ、カヨコ、ハルカの四名で構成された便利屋のモットーは「金を貰えばなんでもする」政治や宗教的な特定の思想を持たない組織ということもあり、金銭の移動ルートさえ隠せば雇い主を特定することも困難になる。雇い主の思惑も透けて見える気がした。
とはいえ、そこまで過剰に警戒すべき部活かと言われればそうでもない。アビドスへの襲撃を見ても通り、リーダーのアルの根っこの甘さもあり倫理に反した行動は無く、戦力的に見ても組織としてのチームワークと個人の実力の高さは目立つものの、それは対策委員会も同じ。
「ゲヘナでは企業は認められているの?」
「それはないと思いますが……勝手に起業したのではないでしょうか」
「あら、校則違反ですか。悪い子達には見えませんでしたが…」
「………あれ、企業が駄目ならそれこそユウリって人も駄目じゃないの?ゲヘナでは駄目でミレニアムなら認められるっていうのも変だし……」
「ユウリさんは入学前から社長でしたから。連邦生徒会や他の学園にも多額の寄付金を贈っていたので、学園としても認めない訳にはいかなかったんでしょう」
セリカの疑問にノノミが答える。
「その寄付はアビドスにはなかったの?他の学園はあまりお金には困ってないと思うけど……」
「うん……コネクションや借りを作る為なら個人でやる必要はないからアビドスに来てもおかしくないし、実際に借金を肩代わりしてくれようともしたから……ホシノ先輩は何か知りませんか?」
アヤネの視線がホシノに向けられる。「ん~?」と気の抜けた声と共に首を傾げるホシノ。
それは紛れもない、いつも通りの姿だった。
「いやー、おじさんは知らないなー」
「そうですか……ユウリさんが私達の借金を肩代わりしようとしてくれたのはただの善意なのかな……」
先生なら何か知っているかもしれない。淡い期待を先生に抱く。
「続きまして、セリカちゃんを攫ったヘルメット団の黒幕についてです。先日の戦闘で手に入れた戦略兵器の破片を分析した結果、現在では使われていない型番ということが分かりました」
「もう生産されてないってこと?」
「それをどうやって手に入れたのかしら」
「生産が型番を手に入れるには………キヴォトスでは「ブラックマーケット」しかありません」
「ブラックマーケット……とっても危ない場所じゃないですか」
ブラックマーケット。キヴォトス随一の非合法地帯、スラムといっても差支えのない闇市。中退、休学、退学等の理由で学園を去った生徒が屯し、そのほとんどが連邦生徒会の認可を受けていない否認下での部活になる。今回アビドスを襲撃した便利屋68もこの類に入る。
事実、便利屋もブラックマーケットでは何度か騒動を起こしている、界隈での”著名人”である。ブラックマーケットを調査すれば何かが分かるかもしれない。そんな期待にアビドスのメンバーの行動は決まる。
「よし、じゃあ決まりだねー。ブラックマーケットを調べてみよう」
こうして、対策委員会はブラックマーケットへの調査へと乗り出した。
「ヒッヒッヒ……カイザーからの金もたんまり入ることだし、暫くは豪遊できるぞ」
クラブの最奥、彼女以外に誰もいないその部屋で少女は孤独に笑う。その笑みはこれから始められるであろうあらゆる娯楽を想像してのものであり、非常に”汚い”笑いだった。それもそうだ、彼女はキヴォトスでは珍しい、生粋の金の亡者だった。しかし、悪党としての感性は正常とも言える。
そして、少女は決して強くはない。むしろ神秘というキヴォトスの特性をもってしても、彼女は明確に弱いと分類される側の人間だ。彼女が使うのは武力ではなく闇社会での政治力と資金力であり、殴り合いなら子供にすら勝てるか怪しいレベルである。
「あの馬鹿アサシンはこのワシのことをデブだと抜かしたが……フンっ、所詮は戯言に過ぎん。身体の大きさは器の大きさでもある、ワシは一々そんなことで腹を立てるバカではない」
少女はそう言って納得する。人との関係を金でしか考えていない彼女にとって、あの殺し屋は友人でも何でもない。ただの利害の一致で協力するに過ぎない。
”バットマンの排除”という利害で。
「むっ、ワシのおやつのストックが切れているではないか。誰かいないのか!早く補充しろ!チップスとチョコレート、つまみの類は要らんぞ!」
少女の声が部屋を通り抜け通路まで響き渡る。しかしその声に反応する者はいない。渋々スマホを取り出して部下を呼び出そうとした、その時だった。
「むっ」
停電が起こる。僅かな時間だが、スマホは一時的に圏外になり、部下も原因解明の為に動き出す。仕方ない、とおやつの時間を先延ばしにする決意をする少女の背後に──
そのコウモリは立っていた。
「グエッ」
壁に叩きつけられ潰されるカエルの様な声が少女の口から洩れる。被っていたシルクハットは勢いのまま部屋の隅へと飛んでしまい、付けていたモノクルの地面に落ちて割れる。
少女もまた地面へと這いつくばる中、コウモリは躊躇することなく少女を片手で易々と持ち上げ、再び壁へと叩きつける。
「単刀直入に聞く。お前はアビドスとカイザーの件にどこまで首を突っ込んでいる、”ペンギン”」
コウモリの問いにペンギンは答えることをしない。正確にはできない。キヴォトスでも並外れた膂力の持ち主である彼にか弱い彼女が対応できる筈もなかった。
当然、相手もそんなことは知っている。その上で更に力を強める。
吐かなければ──
そんな圧力が、ペンギンに恐怖を掻き立てた。
「キサマ……!何故ワシとカイザーのことを……!」
「私を誰だと思っている。──それとも久々過ぎて忘れたのか?」
じりじりと再びコウモリはペンギンに詰め寄る。
視線を合わせ膝をついて、マスク越しの表情は無であるにも関わらずそこには恐怖を感じざるを得ない何かがあった。冷や汗が流れるペンギンを見て、彼は名乗る。
「俺は”バットマン”だ」
戦士、探偵、そして──
それ以上は必要のない自己紹介に、呼吸すら危うくなる程の危機感をペンギンは覚えた。
「知っていることは全て吐け。カイザーに何を依頼された。何故アビドスをターゲットにした。──デスストロークは何処だ」
ペンギンが戦う相手はまさしく自分の中の”恐怖”そのものだった。