Blue Archive / The Dark Knight: Requiem   作:藤子F藤浪

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7.ペンギン

ペンギンの脳裏に浮かぶのは”最悪”の状態になった自分だった。

バットマンは決して人を殺さない。しかし、それは”殺さない”だけである。

 

骨を折られた、線路に括り付けられた、建物の屋上から落とされた、バットモービルのタイヤで頭を踏み潰されそうになった………その類の話はブラックマーケットでは日常会話の一つになっている。

 

呑気に笑って話せる内はまだいい、問題は本当に彼を怒らせた時だ。未だに入院する者もいれば、トラウマになって裏社会から足を洗い、今尚夜は恐怖に怯えて生活する者もいる。バットマンの不殺とは、あくまで直接的な殺害行為は行わないということに過ぎない。非道な手段を排している訳ではないということだ。

 

「わ、分かった…!全て話す!だからまずはこの手をどけてくれ…!」

 

ミシミシと音を立ててペンギンの首を掴んでいた手が不意に離される。宙に浮いていたペンギンの身体はどさりと重量感のある音を立てて地面へと落下する。

 

ペンギンはデスストロークとは違う。可能ならばバットマンという存在とは関わりたくもなければその名前すら聞きたくない。幾度かの戦闘を見た。裏社会の名だたる腕に自信がある者が彼に挑み、悉く敗北した。その光景を誰よりも多く目にしてきたペンギンがバットマンを恐れていない筈もなかった。

 

「まず便利屋は関係ない!あれは向こうが雇っただけでワシは知らん!カイザーの目的も…!」

「カイザーがアビドスの土地を狙っていることは明白だ。だからあれだけ回りくどい手を使って対策委員会の借金返済を妨害している。知らないとは言わせないぞ」

 

バットマンが再び拳を握る。

「ヒィ…!」と情けなく声を漏らすペンギンの姿にブラックマーケットの支配者としての面影はない。それだけ、ペンギンは幾度と煮え湯を吞まされてきた訳だ。

 

「ワシはあくまで”パス”として使われただけだ…!あの女だ、”デスストローク”は知っているだろう!お前が邪魔することなんて向こうも分かっていた!だからお前を殺す為に奴らはあの殺し屋を雇ったんだろう!」

 

絶え絶えの息を漏らしながら、ペンギンはこれ以上知っていることはないという素振りを見せる。本心であることを確認したバットマンは改めて周辺を注意深く観察する。

 

「デスストロークと最初に接触したのはいつだ」

「に、二年前だ。お前がここを襲撃しに来ただろう…!あの件以降用心棒を探していたワシはブラックマーケットを放浪していた奴に出会った。暫く雇った末に別れて最近再開しただけだ…!」

「奴はここを訪れたな。何について話した」

「ワシはさっさと仕事を終わらせたいと、その為にさっさと終わらせろと言った…!だが奴は違う、お前を自分の手で始末して見せると………」

 

噂は正しかったと合点がつく。デスストロークはバットマンに挑み、勝利することに執念を燃やしている。ペンギンの反応からつい最近までここにいたことは確かだが、今この場にはいない。偶然なのか、バットマンからの追跡を逃れたいのか。理由ははっきりとしない。

 

 

デスストローク、本名は「スレイド・ウィルソン」

年齢は17歳。かつてはSRT特殊学校に在籍していたが、”とある事情”で退学。現在はフリーの傭兵として活動。そして、バットマンを殺そうとしている。ジョーカーの様な愉快犯とは違う、生粋の殺し屋。

 

謎が多い人物ながら目的ははっきりとしている。

であるならば、次考えるのはそれに対する対策と準備だ。

 

デスストロークは戦闘については天才といっても過言ではない実力の持ち主。銃以外にもナイフ、刀、ワイヤー、毒兵器に至るまで幅広く使うオールラウンダーながら、身体能力は超人級。数十キロにも及ぶ装備を身に纏いながら走れば車よりも早く、飛べば建物を易々と超える跳躍を行える。

 

そして、問題なのはバットマンとの戦闘という目的の為に奴が何を行おうとしているか。

アビドスの消滅、対策委員会の排除。それに最も近づく効果的な手段。

 

──先生の排除

 

バットマンとしての勘が先生の身の危険を案じさせる。対策委員会が傍にいる限り、余程の悪運にでも遭遇しなければ大丈夫だとは思うが、それでも相手は一流の殺し屋。バットマンである自分ですら手を焼くであろう相手に先生を守りながら戦うことになる対策委員会の苦労は図り知れない。

 

邪魔者は減らすに限る。

 

「もしまたデスストロークに武器を横流しするなら、カイザーとアビドスに首を突っ込むのなら……今度こそお前を──」

 

カン、甲高くも鈍い音が響いた。

ペンギンは信じられないという表情で俺の後ろを見つめている。頬には冷や汗が伝い、覚束ない口を必死に震わせている。

 

後ろを向く、そこには()()()鉄パイプを持ったペンギンの部下がいた。

キヴォトスでは近接武器は銃器以上に効果を発揮する場合がある。それは特に強い神秘を持つ相手に対して。銃弾でダメージが通らない相手に対して刃物や鈍器を振るうことは戦術としては間違いではない。

 

「お、おい………」

 

軽く首を動かす。痛くはあったが、それだけだ。ダメージは感じない。

 

「ぺ、ペンギン様………」

「お前…なんで……」

 

タキシードを着た少女がいる。ペンギンの部下なら……給仕だろうか。アイスバーグ・ラウンジのレストランやクラブとしての機能はよく知らない。大抵はペンギンの情報を当てにやって来る。

 

「──ペンギン、お前は私に借りがあるな」

「か、借りだと…!?」

「正面から入ってやることもできた。しかし私はこうして密かに侵入することを選んだ。金に図太い貴様への配慮でな」

 

バットマンは少女から折れた鉄パイプを取り上げ、それを()()()。ミシミシと音を立てながら丸くなっていく鉄パイプ、スーツの性能に依存しない純粋な握力だけで平然とこれを行う。

見せしめだった。二度と自分に歯向かわぬよう、実力という恐怖で相手を支配する。

 

「選べ、ペンギン。今ここで全員私に倒されるか、カイザーに歯向かうか」

 

10秒だけ待ってやる、なんて言うとペンギンは表には出さずとも思考をフルに使っていることが分かる。バットマンと敵対すれば最悪一生満足には生活できないかもしれない。カイザーを敵に回せばブラックマーケットでの地位を失うことにも繋がりかねない。

 

時間が迫る。

 

ペンギンの回答は──

 

 

アラームの音と共に搔き消された。

 

「バットマンだ!」

「殺せ!」

 

ぞろぞろと湧き出るペンギンの部下達。

アラートを発動したのはペンギンではなく、この場にしゃがみ込んで、今にも泣きだしそうな給仕だった。

 

「お、おい…!今回ばかりはワシは関係ないぞ!」

「部下の責任は上司の責任だ。取り合えず、貴様は後回しだがな」

 

 

ペンギンの部屋を離れラウンジの通路に出る。

多種多様な武器を携えたペンギンの部下がぞろぞろ集まり、バットマンの姿を探す。

 

「いたぞ!!」

 

そして、発見される。

 

何丁にも及ぶライフルとショットガンの発射音が轟音になって室内に響く。

弾丸は容易く建物内の家具を破壊し、隠れる場所を減らす。

 

ペンギンに配慮してやる筋合いもないので飾ってある適当な花瓶や棚を投げて牽制しつつ、本命のスモークグレネードも紛れ込ませて投げる。

 

「闇雲に撃つな!バットマンの思う壺だ!」

 

同士討ちも狙っていたが、そう甘くはない。ペンギン自身が弱いとはいえ、その資金力と裏社会での知名度は侮れない。ブラックマーケットを牛耳ることが出来る者の部下が弱い筈もなかった。

 

「ガッ!?」

「…!?どうした!」

 

背後からまずは一人目を倒す。よくよく見ればヘルメットを被った者もいる。寄せ集めの精鋭ならば、団結力には弱点がある。

 

グラップルガンで天井に吊るされたシャンデリアに上り、床に撒いていた爆破ジェルを起爆する。床が抜けて多くが一階へと突き落とされる中、二階に残った者達は必死に穴の中の状況を確認しようと下を覗き込む。

 

その隙に私は、重火器に狙いを定める。

 

「なっ!」

 

狙い澄ましたバットラングで本体とマガジン部分の接合位置を刺し抜き、銃を使いものにならない状態にする。

 

「違う、下じゃない!上だ!上にいるぞ!」

 

それでもまだ残った一部の兵士がシャンデリアごと発砲して落とそうとする。

落ちる寸前に階段へと飛び乗り、再びバットラングを構える。

 

ガシャンと落ちるシャンデリアに怯んだ隙に再びバットラングを今度は人体目掛けて投擲する。

 

「グッ!」

 

回転する刃が腕に命中し、兵士の一人が押さえて倒れこむ。障害が残る部位は避けたので後に響くことはないだろうが、普段とは違う刃の痛みにキヴォトスの人間は慣れていない。痛くて仕方がないだろう。

 

今度はこちらから仕掛ける。

まだ動ける敵に限定し、掴み、投げ、叩き、蹴り、殴り、あらゆる方向に散る敵を的確に始末していく。数発の被弾はあっても、合金プレートが仕込まれたアーマーが全てを防ぎ、開いた口元に来る弾丸は素のフィジカルで耐える。バットマンとしての訓練で培った技術と肉体が、ブラックマーケットの荒くれ者程度に負けることはなかった。

 

「この…!くたばれ!!」

 

至近距離、ショットガンの銃口が頭に密着した状態で発射される。

白い発煙がスモークグレネードの煙と合わさり充満する中で、マスクにへばり付いた銃弾がコロコロと地面へ落ちる。

 

信じられないという表情でこちらを見る少女を、()は容赦なく叩きのめした。

 

 

 

 

「この化け物め」

 

アイズバーグ・ラウンジの惨状を目にしたペンギンが最初に言い放った言葉だった。

散乱した武器と気絶した部下、オークションで競り落とした芸術作品の数々が無残な姿で床に並ぶのを確認し、怒りを飛び越え最早感情は無に等しかった。

 

しかし、それ以上にこれだけの規模で、しかも相手はペンギンが雇った部下で決して素人ではなかった。それなのに目の前のコウモリは傷一つ付けることなく、まるで何事もなかったかの様にアーマーの汚れを払うのみ。

 

「貴様の部下も質が悪くなったな。以前はもっと手強かった」

「お前がより化け物になっただけだっ!お前にここを滅茶苦茶にされて以来……ああ、もう!!早く出ていけ、クソコウモリ!!」

「何の得がある」

「…………チッ!ワシが言ったことは黙っておけよ。──アビドス砂漠を調べろ。カイザーの秘密はそこにある。デスストロークがいるのもそこだ」

 

渋々ながら、確かに聞いたペンギンの情報。

聞き終えればすぐにボロボロになったアイズバーグ・ラウンジから出る。もう用はない。

 

──ああ、一つだけ忘れていた。

せめてもの善意を伝える為にペンギンの方へと振り返る。

 

「──貴様に芸術を見抜く力はないな。どれも贋作だったぞ」

「…………何!?おいっ、どれも高かったんだぞ!!」

 

 

喚くペンギンの声が徐々に遠くなっていくのを感じながら、今度こそその場を後にした。

 

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