Blue Archive / The Dark Knight: Requiem   作:藤子F藤浪

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8.闇市の少女

『人は何故落ちると思う?』

 

遠い昔……初対面に近い頃だっただろうか。

脈略のない言葉に戸惑ったが、そういえば彼が変人だったことを思い出して、その時は適当に答えた。

 

何と返答したのか、私はもう覚えていない。

 

 

彼は………とにかく変な人間だった。

表情を変えず、常に冷静で、真面目なのかと思ったら突拍子もない行動を始める。アビドスを訪れた理由も「やらないといけないことだから」と、訳の分からない理由で私達に協力するようになって、そこから暫く先輩と、私と、彼の三人でアビドスの復興を目指した。

 

彼は………常にどこかを見つめていた。

と言っても、壁や天井といった具体的な場所ではなかった。表面化できない何か……例えば、過去や未来といった抽象的な何か。目に見えない何かを、彼はじっと見つめている様だった。

それが現在なのか、過去なのか、未来なのかは分からない。

 

 

 

その日は、ユメ先輩が見つかった日だった。

久々に降った土砂降りの酷い大雨の中、アビドスの校舎の前に佇んでいた黒い影。

 

噂の騎士がアビドスを狙っている。

そう思い込んで愛銃を取り出した私に対して、彼はゆっくりとマスクを取り素顔を晒した。

 

『──俺がバットマンだ』

 

 

 

 

 

 

「───ぱい、ホシノ先輩」

 

窓から差し込む光の下、後輩が優しく背中を摩る振動でホシノの意識は覚醒する。薄っすらと開かれた瞼からは黄色と青のオッドアイが現れる。その目に捉えた姿は銀髪の犬耳少女──シロコだった。

 

「ん~どうしたのシロコちゃん…?」

「これ見て、新しい銀行強盗の計画」

 

シロコがホシノの眼前に出した一枚の白い紙には、事細かに計画された銀行強盗の手順とその経路案内が記されていた。

 

「狙うのはウェインの銀行。監視も多くてセキュリティは堅いけど、その分奪える量も多い。ハイリスクハイリターン」

「や、やめといた方がいいんじゃないかな~。あの企業の周りは怖いよー、社長さんも面倒臭いしねー」

「知ってるの?」

 

あっ、とホシノの動きが一瞬固まる。本気で眠ってしまっていたせいか、はたまた夢にその張本人が出てきたからか、ましてやその両方か。理由はどうあれ、口を滑らしてしまったことには違いない。

 

「昔、ちょっとだけね。でももう2年くらい会ってないから………何してるのかも分かんないや」

 

そう言ってホシノは大きく欠伸をした。

シロコも大して深追いすることもなく、時間は流れる──

 

 

 

 

 

 

 

「ここがブラックマーケット…」

「わあ☆とても賑わってますね?」

 

ざわざわと活気に犇めく裏社会の市場。

おおよそ街一つにもなる巨大なマーケットが展開される、その入り口に対策委員会の面々は揃っていた。

 

「本当に。小さな市場を想像していたけど、街一つぐらいの規模だなんて。連邦生徒会の手が及ばないエリアがここまで大きいとは思わなかった」

「うへ~私達は普段アビドスから出ないからねー、学区外は変な場所がいいんだよー」

「ホシノ先輩、ここに来たことあるの?」

「いんやー、私も初めてだねー。でも他の学区にはへんちくりんな物が沢山あるんだよー。例えば…アクアリウムって知ってる?おっきな水族館で、魚でいっぱいなんだよー!」

 

そう燥ぎながらアクアリウムの何たるかを熱弁するホシノの様子にアヤネが反応する。

 

「皆さん、油断しないでください。そこは違法な武器や兵器が取引される場所です。何が起こるか分かりません。何かあったら私が──」

 

タタタ!と奔る銃声と共にアヤネの通信が乱れる。

何事かと対策委員会のメンバーが目を向けた先には、チンピラの集団から逃げ惑う一人の少女の姿があった。

 

「う、うわあああ!!ま、まずいです!!つ、ついて来ないでくださいー!!」

 

少女の恰好から一目でトリニティの生徒だと勘づいたアヤネ。トリニティともあろう御嬢様校の生徒が一体どんな理由があってブラックマーケットという危険なエリアに立ち入っているのか。疑問が交錯する中、逃げる少女を行く先には対策委員会の姿がある。

 

「わわわっ、そこどいてくださいー!!」

 

ドンっ!と大きな音を立てて転ぶ少女と、その少女とぶつかったシロコ。

「大丈夫?」と優しく声をかけると、少女は痛みを堪えながらも「ごめんなさい!」と勢いのよい返事をする。

 

そして、チンピラがとうとう少女に追いついた。

 

「何だおまえらは。どけ!アタシたちはそこのトリニティの生徒に用がある。キヴォトスで一番金を持っている学校だ、だから拉致って身代金を頂こうって訳だ!」

「拉致って交渉、中々の財テクだろ?どうだ、おまえらも興味があるなら──」

 

 

その時だった、ブラックマーケットのど真ん中に鎮座する、その”クラブ”が爆発したのは。

 

 

「なっ、なんだ!って、あれは…………」」

「”ペンギン”のクラブ!?一体誰があんなこと──ヤバい!ずらかるぞ!!」

 

何かを察したチンピラ二人はまるで何かに怯えるようにその場を急いで後にしようとする。

先程まであれだけ雄大に語っていた計画はどうなったのか。得体の知れないあの爆発が、彼女達の犯行とどう関わっているのか。その謎を、対策委員会の”一名”を除いて誰一人知らない。

 

「ど、どういうことなの…?」

「あの方達だけじゃなくて、周りの人達までいなくなってしまいました……」

「──大丈夫だよ、おじさん達には手出ししてこないだろうから」

 

先程まであった騒がしい市場が一瞬にして静寂に包まれた。その事実に動揺する中、唯一ホシノは冷静に前に進み始める。困惑する中、対策委員会のメンバーと少女はその後をついていくしかなかった…………

 

 

 

「あ、ありがとうございました。皆さんがいなかったら、学園にも迷惑をかけちゃうところでした……それに、こっそり抜けて来ちゃってるので、何か問題を起こしたら……あうう、想像しただけでも………」

 

ブラックマーケットを散策する中、トリニティの生徒である”阿慈谷ヒフミ”は対策委員会への感謝を示した。

 

「えっとー、ヒフミちゃんだっけ?どうしてトリニティのお嬢様がこんな危ない場所に来たの?」

「あはは…実は探している物がありまして……もう発売されていないんですが、ブラックマーケットなら密かに取引されていると聞いて……」

 

そう言って、ヒフミは自身のカバンの中から一つの人形を取り出す。

白く、丸っこい……到底可愛いとは言えない、気持ち悪いとまで言えるその白い鳥こそ、ヒフミがブラックマーケットという危ない橋を渡る理由だった。

 

「これです!ペロロ様とアイス屋さんがコラボした限定ぬいぐるみ!限定100体しかないぬいぐるみで、どうしても入手したいんです!ね?可愛いでしょう?」

「わあ☆モモフレンズですね!」

 

そのマスコット?の出で立ちに誰もが神妙な顔をする中、唯一ノノミだけは理解を示す。

まさかと思ったシロコが周囲の面々の顔を見渡すと、どうやら自分と感想は同じらしく、ノノミ以外の対策委員会のメンバーは不思議な一体感を持った。

 

「という訳で、グッズを買いに来たのですが、先程の人たちに絡まれて……皆さんがいなかったら今頃どうなっていたことやら………ところで、アビドスの皆さんはどうしてここに?」

「私たちも似たようなもんだよ。探し物があるんだー」

 

そうホシノがあっけらかんと話せば、ヒフミはならばと協力することを即決する。お人好しの彼女にしてみれば、ここで対策委員会と離れる判断はあり得なかった。

 

「えへへ、実は怖かったんですよね、一人でここに来るのは」

「トリニティは危なくないの?ここは別として、発砲事件くらいなら日常茶飯事だと思ってた」

「それもあるんですけど、何より”バットマン”が怖いんですよね」

 

バットマン。キヴォトスなら子供から大人まで誰もが知る犯罪者を狙う自警団。

その存在は法に反した存在ながら、ヴァルキューレとは裏で繋がっているという噂まで立っている………そんな闇のヒーローの存在をヒフミは心配していた。

 

「バットマンて……あのバットマン?どうして?」

「ブラックマーケットはバットマンも特に警戒してると聞きます。しかもここで流通する品々はどれも違法の可能性が限りなく高いです。もしペロロ様を入手できても、没収されてしまうかもしれません…!」

「……大丈夫だと思うけどねー」

 

バットマンがペロロのぬいぐるみを押収するかは兎も角、ブラックマーケットという犯罪の温床をあのダークナイトが見逃す筈もなく、それでもブラックマーケットが維持できるのは偏にペンギンの努力の賜物なのだが……その肝心の本人が現在進行形でボコボコにされていることを、この時は誰も知らなかった。

 

 

ヒフミの案内でブラックマーケットの奥へと向かう。

様々な企業が違法な事柄を巡り争い、専用の金融機関や治安機関もあるこの場所のことをヒフミはよく知っていた。

 

途中、疲れたのこともあり、屋台のたい焼きで休憩することにした一行。

ブレイクタイムの中、ヒフミは対策委員会の探す戦車の型番が全く見つからないことを訝しんだ。

 

「ここまで情報がないなんてありえません……妙ですね。お探しの戦車の情報、絶対どこかにあるはずなのに、探しても探しても出てきませんね……販売ルート、保管記録…全て何者かが意図的に隠しているような、そんな気がします。いくらここ牛耳っている企業でも、ここまで徹底してブラックマーケットを統制することは不可能な筈……」

 

ヒフミにしてみれば、ここは謂わば悪党の集まる街。ここにわざわざ訪れるような企業は、ある意味開き直って商売を行っている。それにも関わらず、戦車の情報だけは巧妙に隠されている。それが意図的なものだとするのなら、バレたら不都合なことでもあるのなら、一体それは何を隠そうとしているのか?

 

ヒフミの見上げた先には、一つのビルがあった。

 

「あそこのビル。あれがブラックマーケットに名を馳せる闇銀行です」

「闇銀行?」

「ブラックマーケットで最も大きな銀行の一つです。聞いた話だと、キヴォトスで行われる犯罪の15%の盗品があそこに流されているそうです…横領や強盗、誘拐など、様々な犯罪で獲得した財貨が、違法な武器や兵器に変えられて犯罪に使われる…そんな悪循環が続いているのです」

 

ヒフミの言葉に一同は息を呑んだ。犯罪が犯罪を生む悪循環。それを認識した対策委員会の反応は様々だった。

 

「……そんなの、銀行が犯罪を煽っているようなものじゃないですか」

「その通りです。まさに銀行も犯罪組織なのです……」

「…………」

「ひどい!連邦生徒会は一体何やってんの!」

 

ノノミが悲しみ、シロコは答えず、セリカは怒りを露わにする。

──そんな中で、ホシノはいつも通りだった。

 

「……理由は色々あるんだろうねー、どこもそれなりの事情があるだろうからさ。──だから、みんな”あの子”に頼ることを辞められないんだね」

「ホシノ先輩…?」

 

アハハと笑うホシノ。乾いた笑いがシロコの耳には妙に残った。

 

 

「お取込み中失礼します!そちらに武装した集団が接近中!」

 

アヤネの言葉に一同は身を隠しながら状況を伺う。

 

「あれは…!マーケットガードです!ここの治安機関でも最上位の組織です!」

 

護衛中の彼らを監視する。現金輸送車と思わしきトラックが闇銀行へと入っていく。

 

「今月の集金です」

「ご苦労、早かったな」

 

闇銀行の行員と銀行員のやり取り。スムーズな流れから日常的なものだと推察できた。「失礼します」と言い残した銀行員。その男の姿に、対策委員会は見覚えがあった。

 

「あれ……な、何で!?あいつは毎月うちに来て利息を回収してる銀行員!」

「ほ、本当ですね!車もカイザーローンのものです!」

 

車も今朝の車体と同じもので、回収して回った末にここに来たのかもしれない。

──しかし、それが何故かブラックマーケットにいる。

 

「か、カイザーローンですか!?」

「知ってるの?」

「カイザーローンといえば、かの有名なカイザーコーポレーションが運営する高利金融業者です。カイザーグループ自体は合法と違法の間のグレーゾーンで上手く振舞っていて…トリニティでも生徒への悪影響を懸念して「ティーパーティー」でも目を光らせています」

「ティーパーティー――トリニティの生徒会が、ね」

 

ティーパーティー、それはトリニティの生徒会の名称。キヴォトスでも特に発展している学園ですらカイザーを警戒している。その事実が対策委員会に重く圧し掛かる。

 

「…………皆さんの借金は、もしかしてカイザーローンから融資を…?」

「借りたのは私たちじゃないんですけどね…」

「話すと長くなるんだよねー。──アヤネちゃん、さっき入っていった現金輸送車の走行ルート、調べられる?」

「……駄目です、全てのデータをオフラインで管理しているみたいです。全然ヒットしません」

「だよねー」

 

想定はついていたようで、ホシノの声は変わらず呑気なものだった。

「──じゃあ」万事休すかと思われた状況で、ホシノの言葉に注目が集まる。そんな様子を気にすることもなく、ホシノはシロコの背中をポンと押した。

 

「──やっちゃおうか、”アレ”」

「ほ、本気ですか!?ホシノ先輩!」

 

嫌がらせ、なんていうわけもなく、車両に乗車していた銀行員が何かにサインをしていた所を全員が目撃している。そこには集金先の名称から担当者の名前まで記載されている筈だった。そこにアビドスの名前があれば、アビドスから集金した金銭がこの闇銀行に流れている動かぬ証拠となる、とホシノは踏んだのだ。

 

アヤネはすぐにその意図を察知する。セリカも感付いたのか驚愕の表情を浮かべる。ノノミは成程という表情でポンと手のひらの小さく叩いた。

 

「あ……!そうですね、あの方法なら!」

「う、嘘っ!本気で!?」

「…………あ、あのう、全然話が見えないんですけど……「アレ」って何ですか?」

「…残された方法はただ一つ」

 

一人だけ皆目見当がついていないヒフミ。ガサゴソと懐を探り、数枚のマスクを取り出し、一人一人に配りだしたシロコに疑問符を浮かべるだけのヒフミ。謎の覆面集団に囲まれ、突然の展開に狼狽えることしかできないヒフミ。

 

そして、シロコは宣言する。

 

「銀行を襲う」

 

ドンッ!という背景が幻で見える程、ハッキリとしたシロコの宣言と、それを「だよね」の一言で済ませた対策委員会のメンバーに、ヒフミは未だ頭の回転が追いついていない様子で狼狽え、本気でビビっている。

 

──まさか、信頼できると考えていた、ブラックマーケットという犯罪の市場で自分を助けてくれた恩人達が、こうも頭のネジが飛んでいたとは思わなかった。

 

「………ヒフミの分の覆面がない」

「うへー、バレたら全部トリニティのせいになるね」

「それは可哀そうすぎます。ヒフミちゃん、とりあえずこれでもどうぞ☆」

 

そして差し出された一枚の紙袋。たい焼きの紙袋をくり抜いて作られ、「5」という数字が書かれたそれを被ることを拒否できるほど、ヒフミは冷静ではなかった。

 

「ん、完璧」

「番号も振っておきました。ヒフミちゃんは5番です☆」

「見た目はラスボスだね?悪の根源だよー、親分だねー」

 

まさか、自分も闇銀行の襲撃に参加するんですか?

その必然たる問いも、対策委員会との間に交わした”約束”によって決着する。

 

「──じゃあ”先生”。例の台詞を」

 

シロコの言葉に全員の視線が先生に集まる。

 

「ん?私かい?」

 

先生はおやおやと、近くにあるベンチで休憩しながら遠巻きに生徒のやり取りを観察していた。

今までの議論に参加はしていなかった。そんな先生なら──というヒフミの幻想はあっさりと打ち砕かれた。

 

「じゃあ…!みんな、銀行を襲うよ!」

 

そして、「覆面水着団」と名付けられたその一団は徐に闇銀行へと歩みを進め始める。最早彼女達を止められる存在は居ない。その事実を認識したヒフミは、とうとう腹を括る。

 

「…………というか、今回はやけに静かだったじゃない。先生」

「せっかく生徒が話し合っているのに、大人が茶々を入れるなんて勿体無いからね」

 

覆面水着団、最初のミッションはスタートした。




「ペンギン(オズワルド・コブルポット)」
バットマンヴィランの中でも特に最初期に登場した悪役。容姿は背の低い、恰幅のいい男性で、紳士的なシルクハットやモノクルを身に着けている。本人の戦闘能力はあまり高くなく、主にギャングなどの部下を使って戦う。バットマンヴィランでは珍しい正常な精神状態の人物で、バットマンとは敵対しながらも利害が一致すれば協力するなど、他のヴィランとは違う独特な関係性がある。
映画、アニメ、ドラマ、ゲームまで幅広く登場し、知名度もあるヴィラン。ティム・バートン監督のバットマン・リターンズではメインヴィランとして登場。キャラクターが立っており、スーパーパワーもないのでメイン、サブ両方で登場させやすいのかもしれない。
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