クータ谷地下城の仕事は当初の目的を鑑みると、失敗に終わった。
回収予定だった三人の冒険者の死体には別の魂が入っていたため蘇生不能。さらに同行したランド、ミリエラ、リヒター、イレーネは死亡と結果は散々だ。とはいえグレシアの策でクーレホルンを倒せなければ文字通りの全滅だったので、ずいぶんましな結末だとも言える。
国王を含めた城の住人たちが死体から解放され、この世を去ったのを見届けてから、俺とグレシアは他の調査隊メンバーの死体を集めた。積み込んだ死体の中にはグレシアの両親のものもあり、彼女は事務所のある街に着くまで、もの言わぬ二人をじっと見つめていた。
そして街に帰還すると、俺たちはすぐに教会へと向かい、ギュンター神父に全員分の蘇生を頼んだ。
グレシアの強い要望により俺が最初に蘇生されるということになったのだが、死んでいる本人に蘇生を依頼されるというのは蘇生術の経験が豊富なギュンター神父でも初めてらしく、妙な顔をしていた。
「曲がりなりにも死んでいるのなら、問題はない……か」
神父は腕組みをしてずたぼろになった俺を見ていたが、ものは試しということで蘇生室に連れていかれた。
俺が石灰の魔法陣の中に身体を横たえ、神父が祈りの句を唱える間じっとしていると、少しずつ感覚が戻ってきた。そして神父が祈りの言葉を締めたところで、完全に五感が戻った。
こうして俺が蘇生した後、続けて他メンバーの蘇生が行われた。
地下城の探索から数日が経ったある日の朝。俺はいつものようにノードレット死体回収事務所にやってきて、ドアに手をかけた。
「あれ……閉まってる?」
俺はもう一度事務所のドアノブに手をかけたが、やはり硬い手ごたえが返ってきた。鍵がかかっている。
「グレシアさーん、寝坊ですか?」
事務所の奥にも聞こえるよう強めにドアを叩いてみたが、反応はない。どうやら外出しているらしい。
「おかしいな、いつもなら事務所にいるのに」
俺は首をひねってから、彼女の行きそうな場所を考えてみた。食堂、商人ギルド、探索用装備店……。候補は多く、見当もつかない。
事務所の前で待機しておこうかと思って腰を下ろしかけたそのとき、俺はふと閃いた。
「……ひょっとしてあそこか?」
完全に勘だったが、なぜかそこにいるという確信はあった。俺は事務所を離れると、町はずれへと向かった。
しばらく歩いて門を抜け、市壁の外に出る。見晴らしのいい原を抜け、俺は教会の墓地にたどり着いた。
教会はきちんと墓守を雇って管理しているらしく、墓地は綺麗で荒らされた様子もない。墓石にとまって鳴いている小鳥を尻目に、彼女の姿を求めて辺りを見回した。
果たして、墓地の隅にグレシアはいた。
二つの墓石の前でしゃがみこみ、祈ることはせずじっと墓石を眺めている。後ろから見ているので表情は見えなかったが、何となく話しかけづらい雰囲気だった。
俺が立ち止まったままどう声をかけたものか思案していると、グレシアは背を向けたままつぶやいた。
「アウグスト君か」
「……気づいてたんですか」
「土を踏む音は聞こえてたからね。君の方は、どうして私がここにいるって分かったんだい」
「飯を食べるときも装備を整えるときも、仕事の前はいつも俺と一緒に行動してたからです。だから一人で行くってことは、特別な用でもあるのかなと。……墓地にいるかもしれないっていうのは勘ですが」
「なるほどね」
俺はグレシアの隣に立った。墓にはヴォージャー・ノードレット、ルサルカ・ノードレットと刻まれていた。
「教会で埋葬してもらったんですね」
「うん。私の両親も信徒じゃないから普通は無理なんだけれど、イレーネの回収料金をまけてくれたら埋葬するって言ってくれたんだ」
人一人につき十万ダリルなのだ。教会にとっても少ない額ではない。それを支払うくらいなら墓地の片隅を異教徒に使わせた方がいいという判断なのだろう。
「まあ理由はどうあれ……良かったですね。きちんと埋葬できて」
「うん」
グレシアは真新しい墓石に手を伸ばし、表面をなでながらうなずいた。
「何でだろうね。埋葬が終わって、ちょっとほっとしてるんだ。この八年、私はずっと宙ぶらりんだった。二人が生きてるのか、それとも手遅れになっているのか……それがふとした拍子に頭をよぎって、心が休まらなかった」
「……」
「今は悲しいけれど、それ以上に安心してるんだ。ほんと、何でだろうね」
困ったように薄く笑う彼女の横顔を見て、俺は答えた。
「うまく受け入れたんですよ」
埋葬は死者のためのものではない。生きる者が故人を悼み、受け入れるための儀式だ。彼女は八年の時を経て、ようやく肉親の死を自分の心のあるべきところに仕舞うことができたのだろう。
「受け入れた、か。月並みな言葉だけど、その通りかもしれないね」
グレシアは墓石から手を離して立ち上がると、思い切り伸びをした。
「これからどうするんですか」
「ん?」
「そもそもグレシアさんが大金を稼いでいたのはあの事務所を守って、両親の帰還を待つためでしょう。死体回収業みたいに危険な仕事で金を荒稼ぎする必要ももう無いはずです」
俺がそう言うと、グレシアは首を振った。
「別にやりたいことがあるわけじゃないし、今さら他の仕事なんてできない。だから、私はこの仕事を続けていくつもりだよ」
「そうですか」
まあ確かにずっと回収業しかやってこなかったのなら、今更別の仕事をやれと言われてもロクな稼ぎ口はないだろう。
「アウグスト君も、まだ借金返済分は稼げてないんだろ」
「はい」
調査隊の四人の回収料で十六万ダリル、地下城の財宝の分け前で五万ダリル。合計二十一万ダリル。今までの返済分や利息を合わせて考えると、まだ二十万ダリルほど返済しなくてはならない計算になる。
「だったらこれからも、一緒に仕事をしようよ」
「元からそのつもりですよ」
「本当? ミリエラから誘われてたでしょ」
「聞いてたんですか」
「うん。それで、そっちに行っちゃうだろうなって思ったから……」
「あれだけ言っておいて、置いて行ったりはしないですよ」
俺がそう言うと、グレシアはほっとした表情を浮かべてから、根性の悪そうな笑みを見せた。
「生きる理由なんていくらでも変わります。理由ができるまでがきついって言うなら、俺が何とかしてあげます。ですから、ついてきてください……か。あれは格好良かったね」
「……余計なことを思い出さないでください」
一言一句同じようにそらんじられ、俺は初めて彼女の記憶力を憎らしく思った。
「ははは。まあでも良かったよ……さすがにやめるって言われるかと思ったからさ。苦しまないように工夫したとはいえ、君を殺しちゃったわけだし」
「俺はこうして生きているわけなんで別にいいですけど、ああいうことは、もう二度とやりませんよ」
俺をアンデッド化する際、彼女は俺の口に剣を差しこみ、脳幹を刺したのだ。
非力なグレシアが外傷をつけずに俺を即死させるとなると、それくらいしか方法がなかったのでしかたのないことではあった。だが、やられる側としては怖すぎる。
喉奥にあてがわれた刃の冷たい感触を思い出してぶるりと震えると、グレシアは少し目を泳がせた。
「あれは本当にごめん。それしか思いつかなくて。でも……あのとき、ちょっと嬉しかったよ」
「俺を殺せたことがですか?」
少し引いてみせると、グレシアは慌てて首を横に振った。
「違う違う! 前々から思ってたけど、ほんと君、私をどういう目で見てるんだよ。私だってやりたくてやったわけじゃないのに!」
「分かってますって。冗談ですよ。それで何が嬉しかったんですか」
先ほどの仕返しとしてからかわれたことに気づいたらしく、グレシアは憤懣やるかたないという表情を浮かべた。そして、びしっと人差し指を俺に向けて叫んだ。
「君が……君が、私のために命を張ってくれたことが嬉しかったんだ!」
そう言い捨てると、グレシアはぷいとそっぽを向き、俺を置いて歩き出した。
突然怒鳴られた俺は呆気に取られ、遠ざかるグレシアの背を見つめていた。だが、彼女の白い耳が薔薇色に染まっているのに気づき、笑みがこぼれた。
「待ってください」
俺が走り出したその瞬間、木々の隙間から爽やかな風が吹き抜け、彼女のローブをはためかせる。
帰り道の向こうから鳴り響く、教会の鐘を聞いた。
最後まで読んでくださりありがとうございました。